一般社団法人 The Japan Society of Mechanical Engineers

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No.155 自転車の振動:雑感
2016年度企画理事 齊藤 俊[山口大学 教授]

2016年度(第94期)企画理事
齊藤 俊(山口大学 教授)


四半世紀前の話になるが、研究室の学生からトライアスリートの友人を紹介された。当時、週3回位のペースで月間150kmくらいの距離を素人ながら走っていたので、トライアスロン参加へのお誘いかと思いきや、彼自身が私に紹介したい人がいるので是非とも会って欲しいということであった。彼は、電気電子工学科の大学院生で、うちの研究室の学生が研究の合間に通う大学のスポーツジムでトレーニングをしている時、プライベートの相談やお互いの研究の話をするような親しい間柄になり、研究室の先生である私の話題も時々持ち上がるようになり私の専門を知ることとなったようである。トライアスリートというのは、その彼に言わせると、タイムが1秒でも上がるという話を聞くと金に糸目をつけることなく、ウェアや機材に資金を投入するらしく、彼はその頃トライアスロン競技の中のバイク(自転車)のタイムを上げることに注力していて、特注のバイクに資金を投入して色々試していたようであった。その自転車のビルダーは、アマンダスポーツ(〒114-0012 東京都北区田端新町1-11-18)オーナー千葉洋三氏である。千葉氏は、彼自身が研究家で、それまで経験に基づき作り上げてきたものが果たして理にかなっているのかを知りたいという要望を強く持っており、材料学的なものだけでなく力学や運動学の観点から自転車やパーツについて多面的な調査を行っており、振動に関してもいくつか疑問を抱えていたようである。トライアスリートとしてオーダーメイドの自転車を作ってもらっている際の打ち合わせの最中に、彼の友人であるうちの研究室の学生の指導教員である私の話が出、自転車の振動が簡単に測れる?!という話になり、そこで奇妙な縁が生まれることになった。兎に角、自転車パーツの振動や走行時の振動を調べてみると何かわかるんではないかということになったようで、当時荒川にあったお店に遊びに行くことになった。そこで、自転車製作に使用する機材やクロモリ、カーボン仕様のロードバイクなどの完成品を拝見し、自転車にかける熱い想いを語って頂いた覚えがあるが、偶然以外の何物でも無いこの出会いは、私の人生において貴重なものとなった。当時はカーボンチューブを利用した自転車フレームが出始めたばかりの頃で、クロモリ仕様のフレームを持つロードバイクに対して、カーボンチューブ軸方向とバイアス方向に配向する繊維弾性率をどの位の組み合わせ値にするのが良いのかなどが話題としてあった。

千葉氏からの最初の注文は、フレームチューブ(カーボン、アルミ、クロモリ材など計7種類)、フロントフォーク(カーボン、アルミ、クロモリ材など計4種類)、ホイール(クルミ、アルミ、ヒノキ材など計3種類)といった当時の自転車競技のロードレースなどで使用されている材料からなる自転車パーツの振動特性の調査であった。打撃試験法で振動実験を実施し、結果を見せながら各パーツについて考えられることを話したところ、「思った通りです。この結果を雑誌に載せましょう。」ということになり、八重洲出版が発行しているサイクルスポーツ(素材を科学する Part 1, 21-12(1990), PP.87-91、素材を科学する Part 2, 22-1(1991), PP.162-166)に掲載されることになってしまった。当時、「…を科学する」は流行りであったが、「科学する」という言葉の使い方自体も批判を浴びると思われるし、内容自体も「科学」には程遠い(不明な点が多すぎる)ものであり、若気の至りというべきものであったと思う。しかしながら、実際に自転車を製作している人の生の声やその機材を使って実際に競技している人が語る「感覚」と一致するような結果が得られたことや、全く異なる材料で作られている自転車パーツを感覚で仕上げていくと似たような特性を持つように出来上がっているという事実には少なからず感動を覚えたものである。その後もチタン合金フレームやタイヤチューブにラテックス、ブチルを履かせたホイールなどの自転車パーツの振動特性や、種類の異なる自転車の走行時の振動特性を調べたが、データを取りっぱなしの感が強く、不明な点が多々残されている。

ここで自転車を描いてみよう。フレームは正三角形を2つ使うダイヤモンドフレームとする。まず、底辺を水平に置いた正三角形を描き、底辺の一方の頂点を中心に適当な大きさの円を描き後輪ホイールを表現する。底辺は、チェーンステイ、後輪側の辺はシートステイ、逆側はシートチューブと呼ばれる。次に、後輪を描いたのと逆側に正三角形を作る。即ち、正三角形頂点から底辺と平行に同じ長さで線を引き、下向き正三角形ができるようにその先端と後輪逆側の底辺の角を線で結ぶ。水平線となる上側はトップチューブ、一方は、ダウンチューブと呼ばれる。更に、後輪と逆側にできる頂点から対辺であるシートチューブと平行に線を引きフロントフォークを表現する。その先端を中心に後輪と同じくらいの大きさの円を描き前輪とする。最後に、フロントフォークとトップチューブの交点辺りにTの字でハンドルを描き、シートチューブからトップチューブ上方にTの字でサドルを描くと出来上がりとなる。

このダイヤモンドフレーム構造は、接続部分の仕上げが大事ではあるが、面内の曲げ剛性と面外の捩り剛性を同時に高めるのに適した構造となっており、競技用自転車の殆んどがこの構造である。一般の自転車には、他の形態も多数存在するが面内の曲げと面外の捩れを抑える機能が求められるのは言うまでもない。自転車のフレーム構造は多数存在するが、走行時の自転車の振動特性を調べてみると、ロードレーサー、マウンテンバイク、ママチャリなど種類が異なっていても似たような特性が現れ、15~20Hzと30~40Hz辺りの振動が大きくなることは分かっている。ただ、新たな材料や構造の利用も進んでおり、四半世紀後の今の自転車がどうなったかは不明である。また、老若男女を問わない乗員の個性も自転車の振動特性に大きく反映するため、これらの組み合わせとなる走行時の振動特性については調べるべき事柄が多数残されていると思われる。企画理事の仕事が終わったら…