No.226 「茶を点てる」
2025年度企画理事 須藤雅子〔ファナック(株)〕
JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。
No.226 「茶を点てる」
「森羅万象」とは、宇宙に存在するすべての事物・現象を包括的に表す概念です。森羅万象は、中国古代の自然哲学由来で、陰陽と五行の組み合わせで成り立っているとされます。陰陽は、万物が相反する性質を持ちながらも、互いに補い合い、秩序を保つという思想。五行は、木・火・土・金・水(「もっかどごんすい」)と読みます)の五つの要素が循環し、自然と人間の営みを支えているという考え方です。これらの思想は、仏教や中国文化とともに日本に伝来し、私たちの生活の中に静かに息づいています。現代の科学的文脈では、森羅万象は物理学・生物学・宇宙論などにおける自然界のあらゆる現象や構造と読み替えることができます。「森羅万象」を翻訳ソフトに聞いてみたところ、そのものずばりの翻訳はないようです。が、いくつか候補が上がった中では、All phenomena of natureが一番近いかなと思いました。
前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、今回のテーマは茶道です。中国から伝来したときは、抹茶は薬として服用されていました。戦国時代になると「茶の湯」として武士たちが競って茶道具を集め、名物物といわれる道具をひけらかすことで勢力を誇示するようになりました。道具のやり取りを通じて政治にも利用されていた記録が残っています。時代は過ぎて、日本の夜明け文明開化の後には女性の嗜みとして「花嫁修業」としてのイメージが定着していきます。
茶室に入ると、畳の上を歩く足音、湯の沸く音、風に揺れる庭の草木。すべてが、今この瞬間にしかない自然の表情を映し出します。季節の移ろいを知ることは、茶道の基本の基です。茶を点てるという行為の背後には、自然を観察し、和歌を詠み、国焼きと呼ばれる日本の陶器や、大陸から渡来した焼き物の歴史を学んで器を選び、簡素ではあるが旬の料理(懐石)を作るという、すべてが季節と密接に関わっています。一つ一つの行為にまさに森羅万象との対話があるのです。知識の習得というよりも、地球の上で生きることに根ざした「知る喜び」がそこにはあります。
茶道の到達点の一つに「茶事」があります。これは、亭主として客を招き、懐石から濃茶・薄茶までを取り仕切る、いわば茶道のフルコースです。茶事においても、予期せぬ出来事が起こることはあります。そんなとき、知識と経験を総動員して、何事もなかったかのようにリカバリーして涼しい顔で客をもてなす。それこそ深い知識と経験、超高速の機転があってこそ可能なことです。畳や路地の歩き方、道具の持ち方にもルールがあります。そのルールが茶道は煩わしそうという印象を持たすことになっているようですが、実際に習得すると、相対する人に気を遣わせないスムーズな動作となり、結果として相手に負担をかけない所作であることが理解できます。これは、会社員としての日々の仕事にも通じるところがあります。表には出さず、裏で整える。静けさの中にある強さといえます。
さて、機械学会誌5月号理事紹介ページにも記しましたように、私の理想の暮らしは「晴耕雨読」です。晴れた日は仕事に精を出し、雨の日には無理せず静かな時間を過ごすことで、自然との対話を楽しみ、時には茶を点て、森羅万象の中に生きていることを、静かにかみしめたい。と、夢想しながらも、現実は酷暑の日も雨脚の強い日も休むことなく、けなげにせっせと職場に通い、PCとの対話に明け暮れる「晴雨兼行」の日々です。それでも、日々の営みの中に、ささやかな自然の気配を見出した時、森羅万象の一部として生きているのだと、 あらためて思い起こされます。
