No.230 企業における機械力学研究者
2026年度庶務理事 本家 浩一〔(株)神戸製鋼所〕
JSME談話室「き・か・い」についての執筆依頼があり、さて何を書けばよいものかと考えましたが、過去のコラムを見ると、執筆者の皆様がそれぞれ思い思いのことを書かれているようでしたので、ちょうどあと2年足らずで定年を迎えることもあり、企業での機械力学研究者としてのこれまでを振り返り、感じたことを綴らせていただきます。
私は機械力学分野、特に振動工学を中心に研究開発をしてまいりました。約40年の企業人生で、研究室長・研究所長というラインマネジメント職に就いた時期もありましたが、概ね8割は研究者として実務に当たってきました。
企業で機械力学を専門にしておりますと、大学での研究との違いを強く意識する場面が多くあります。大学では理論の整合性や一般性が重視され、整理された形で体系化されています。一方、企業の現場では、個別の製品やトラブルに対して、限られた時間の中で答えを出すことが求められます。前者が理論としての完成度を目指すのに対し、後者は現実の問題をどう解くかに焦点が置かれており、ここが企業における研究の面白さでもあると感じます。この二つは別々ではなく、大学での研究成果をいかに実用の世界に落とし込むか、また実用上の課題をいかに大学へフィードバックするかが重要です。その中で、私自身は機械学会という組織が非常に有効に機能してくれたと感じています。
このような現実の問題を扱うにあたり、振動の問題を例にとると、教科書では線形系で境界条件も明確で、非線形性があっても数式で表せる場合を対象とすることが多いですが、実用の世界では剛性は一様でなく、減衰も不明確で、さらに得体の知れぬ非線形性や接触が加わり、運転条件も変化します。その結果、現象は複雑になります。こうした中で求められるのは、厳密解を求める力だけでなく、「どこを見れば本質がつかめるか」を考える力だと思っています。
このような場面では、やはり原理原則・基礎が頼りになります。1自由度系の挙動、エネルギーの流れ、共振の考え方といった基本が複雑な現象を整理する軸になります。支配的な要因を見極めて、それを切り出し、モデルとして表現できるかが重要です。
現在はCAEが非常に強力な道具になっていますが、「計算できた」ことと「理解できた」ことは同じではありません。結果をどう解釈し、現象を力学として説明できるかが問われます。解析結果をどう捉えるかという軸は、自分の中に持っておく必要があると感じています。
企業における研究の特徴は、「結果がそのまま製品につながる」点にもあります。自分たちが行った解析や検討は、そのまま性能や信頼性に直結し、誤ればトラブルにつながります。そのため、単に結果を出すだけでなく、その判断に責任を持つという意識が重要になります。
また実務、特に機械力学分野では、設計、材料、流体、制御といった分野との連携が不可欠です。その中で機械力学は、現象を共通の言葉で説明する枠組みとして役立つことが多いと感じています。そのため、各分野の基礎的な知識を幅広く持つことも重要だと考えています。
近年は解析の高度化が進む一方で、結果に振り回されやすい面もあります。だからこそ、モデルの前提に立ち返り、結果の意味を丁寧に説明する姿勢が重要になっています。
理論と現実を行き来しながら、振動現象の背後にある仕組みを理解し、価値につなげていく。この点に企業における機械力学研究者の面白さがあります。機械力学は古典的とも言われますが、現場では今も新しい気づきに出会います。技術が高度になるほど、基礎の重要性は増していると感じています。これは機械力学に限った話ではないと思いますので、後輩の皆様も、理論と現象の両方に向き合いながら、それぞれの専門分野で力を発揮していただければと思います。
談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。本会理事が交代で一年間を通して執筆します。
<2026年度 庶務理事>
本家 浩一
◎(株)神戸製鋼所 技術開発本部 機械研究所 シニアプロフェッショナル
◎専門:機械力学、振動工学、制御工学