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非線形時系列解析による燃焼ダイナミックスの解明とその工学的応用

後藤田 浩




立命館大学 准教授
理工学部機械工学科
gotoda@se.ritsumei.ac.jp
宮野 尚哉




立命館大学 教授
理工学部
マイクロ機械システム工学科
tmiyano@se.ritsumei.ac.jp
立花 繁


宇宙航空研究開発機構
主任研究員
研究開発本部
ジェットエンジン技術研究センター
tachibana.shigeru@jaxa.jp


1. はじめに

 非線形時系列解析とは, 一定の時間間隔ごとに並んだ数値データ(時系列データ)のダイナミックスに潜むカオス特性を明らかにする解析である. 具体的には, Takensの埋め込み次元定理[1]を用いて時系列データを位相空間に変換し, 位相空間内の軌道の構造的特徴である自己相似性(フラクタル性)や力学的特徴である軌道不安定性を定量化する手法である. 1980年代にレーリー・ベナール対流の数理モデル方程式として提案されたローレンツ方程式の解に対して非線形時系列解析が適用されて以来[2], 非線形時系列解析は数学・物理系のみならず生命科学・電子・情報系などの幅広い分野で適用されており, 複雑に変動する非線形現象の解明に対して有効になりつつある. 燃焼は, 流動, 熱・物質拡散, 化学反応が相互に作用し合う複雑な非線形現象であることから, カオス力学の考え方が燃焼ダイナミックスの取り扱いに対しても重要である. 実際, パルス燃焼[3], [4], 旋回燃焼[5], [6], セル状火炎[7], [8], デトネーション波[9]などの挙動に対して非線形時系列解析が適用されている. これらの研究では, 位相空間内の軌道の自己相似性や軌道不安定性の定量化に対して相関次元[2]やリャプノフ指数[10], [11]が用いられ, 燃焼ダイナミックスの物理とカオスの関連性が議論されている. しかしながら, 非線形時系列解析が工学的応用という視点から利用されていないように思われる. 工学的応用としてカオスの特徴を利用できないのであろうか? 「決定論的カオス」と呼ばれるカオスには「短期予測可能・長期予測不可能」という重要な性質があるが, この性質に着目して燃焼ダイナミックスの短期的な予測はできないのであろうか? 燃焼ダイナミックスの短期的な予測の可能性をカオス力学の視点から明らかにしていくことは, 基礎燃焼分野の新たな展開を切り開いていくだけでなく, 高度化する燃焼器の制御技術の開発にも大きく寄与していくと思われる. この点に着目して, 著者は4年前に, 非線形時系列解析を用いて旋回燃焼の挙動の短期的な予測を試み, カオス力学の重要性を明らかにした[12]. しかしながら, 短期予測を行う上で必要となる位相空間内の軌道の決定論的な特徴の抽出に不十分な点が残っている.

 このような背景のもと, 最近, 我々は位相空間内の軌道の決定論的な特徴を抽出する方法として実績のあるWayland法 [13-15](位相空間内の軌道群の平行度を定量化する手法)によって燃焼ダイナミックスの決定論的な特徴を抽出し, 抽出された決定論的な特徴に基づいて燃焼状態の短期的な予測を試みる研究を行っている. 本稿では, 希薄予混合ガスタービン燃焼器で発生する振動燃焼[16], [17]を対象に, 非線形時系列解析を用いて振動燃焼の圧力変動から決定論的な特徴を抽出し, 圧力変動の短期的な予測の可能性を明らかにしたものを紹介したい[18].



2. 希薄予混合ガスタービン燃焼器で発生する振動燃焼の圧力変動

 図1で示されるように, 本研究で使用する燃焼実験装置は, 空気供給系, 燃料供給系, 燃料-空気混合室, 燃焼室から構成される[16], [17]. ブロアから供給された空気は電気ヒーターによって予熱され, 混合室へ流入する. メイン燃料は, 燃焼器入口より260mm手前の位置で, 円盤上に多数あけられた細孔から気流中に噴射される. 燃焼室は, 長さ630mmで100mm×100mmの矩形断面を有している. なお, 主/2次燃料ともにメタンガスを用いる. 火炎は燃焼室入口に組み込まれた軸流スワーラ(ハブ径20 mm, スワーラ外径50mm)によって保持される. 図2で示されるように, 燃焼器壁面の圧力変動は, 圧力トランスデューサ(Kulite Semi-conductor Products, Inc., Model XTL-190-15G)を用いて計測され, 圧力トランスデューサは混合室に1つ(PT1)と燃焼室に3つ(PT2, PT3, PT4)の合計4ヶ所に取り付けられている. 圧力変動の時系列データは25.6 kHzのサンプリングレートで取得される.



図1 実験装置


図2 圧力変動の計測

 この燃焼器では, 入口温度, 空気流量を, それぞれ, 700K, 78g/s(スワーラ断面流速90m/s に相当)で一定とし, 主燃料の流量のみを変化させ, 当量比f を0.43から0.55まで増加させる. 本研究では, 図3で示されるような振動燃焼の圧力変動[16], [17]に対して非線形時系列解析を適用し, 圧力変動の決定論的な特徴を抽出し, 圧力変動の短期的な予測を行う.


図3 振動燃焼の圧力変動(f = 0.49の場合)




3. 圧力変動の決定論的な特徴

 圧力変動の決定論的な特徴を抽出するために, まず, 式(1)で示されるTakensの埋め込み次元定理[1]を用いて圧力変動p’ [kPa]の時系列データを図4で示すような位相空間へ変換する. 式(1)でti (i = 1, 2, … , N) を変化させることによって, D次元の位相空間内に軌道を描くことができる.

(1)

ただし, X(ti) を位相空間内の軌道上の点(位置ベクトル), τ を埋め込み時間, Dを埋め込み次元, Nをデータ点数とする. 本研究では, 最適な埋め込み時間を圧力変動の相互情報量[6]が最初に最小になるときの時間とする.
次に, Wayland法[13]を用いて, 構築されたD次元の位相空間内の近接する軌道群の平行度を求め, 決定論的な特徴を抽出する. 図4で示されるように, まず, 時刻tiの位相空間内にある位置ベクトルX(ti)について, K個の最近傍ベクトルX(tk) (k = 1, 2, …, K)を探す. 本研究では, K = 10とする. 最近傍ベクトルX(tk)のそれぞれについて, Tτだけ時間が経過した後の位置ベクトルはX(tk +Tτ)になる(ただし, Tを時間ステップとする.). このとき, 時間の経過に伴う各軌道の変化は式(2)によって近似的に表すことができ, V(tk)の方向の分散は並進誤差Etransとして式(3)で表せる. 位相空間内の軌道に決定論的な特徴が残っていれば軌道群の平行性は高く, 決定論的な特徴が残っていなければ軌道群は互いに交差し, 平行性は低くなる. Etrans ≦0.01のとき, 位相空間内の軌道群の平行度に決定論的な特徴が強く残っていると判定する. 本研究では, X(ti)を無作為にM個選択し, その平均値をEtransとして求める. 本研究では, M = 100とし, D を 2から10まで変化させる.

(2)
(3)
(4)


図4 位相空間内の軌道群の決定論的な特徴の抽出


 3次元位相空間内の軌道の形状と当量比fの関係を図5に示す.f =0.43のとき, 軌道は位相空間内を埋め尽くし, 軌道の変化に決定論的な特徴は観察されない. f =0.44のとき, f =0.43の場合と比較して軌道の交差は少なくなるが, 決定論的な特徴は十分に観察されない. f =0.45のとき, 軌道の形状に中空の領域が現れ, 軌道の変化に決定論的な特徴が生じ始めるようになる. そして, f = 0.46のとき, 幅を持ったリミットサイクルが形成されるようになる. f = 0.52まで増加すると, リミットサイクルの形状に変化が生じ, f = 0.55で周期性が失われ始める. これらの位相空間内の軌道群の平行度を定量化した並進誤差Etransと当量比fの関係を図6に示す. ただし, Etransの値は, 埋め込み次元Dの変化に対して最小になるときの値とする. f < 0.45のとき, Etransの値は0.01よりも大きく, 軌道群の平行度は低い. この結果は位相空間内の軌道の形状と対応しており, 短期予測を行うための決定論的な特徴が圧力変動に存在しないことを示している. しかしながら, f ≧0.45では, Etransの値は0.01より小さくなり,f =0.45から0.55までの範囲で形成される振動燃焼の圧力変動には, 短期予測を行うための軌道群の平行度が存在していると言える.


図5 3次元位相空間内の軌道の形状と当量比f の関係


図6 並進誤差Etransと当量比f の関係




4. 圧力変動の短期予測

 圧力変動に決定論的な特徴が存在しているとする. もし, 現在の挙動と似たような挙動が過去にも観察されていたならば, 現在の挙動が発展していく様子は, 過去の挙動と似たようなものになると考えられる. この考え方に基づいた時系列データの短期予測法の一つがSugihara & Mayによる局所非線形近似法[19]である. この方法は位相空間内の軌道の変化に決定論的な特徴が十分に残っている場合に対して適用可能な方法であり, 決定論的カオスの重要な性質「短期予測可能・長期予測不可能」という考え方に基づく方法である. 軌道群の平行性が位相空間内で保たれている領域が多ければ多いほど, 予測の精度は高くなる.

 短期予測法を時系列データに適用する前に, まず, 時系列データを二分し, 圧力変動を予測するためのデータベースとして前半の時系列データを用い, 予測された時系列データと比較するための参照用データとして後半の時系列データを用いる. 本研究では, 22秒間の時系列データに対して, 20秒間をデータベースに, 残り2秒間を参照用データとする. 図7で示されるように, データベースから構築される位相空間内の軌道の予測する点をX(tp)とし, Tステップ後にX(tp + T)に移るものとする. このとき, X(tp)に近接する点X(tk) (k = 1, …, K)はX(tk + T)に移る. X(tk + T)X(tp)X(tk)の距離dkの指数関数で重みづけることで, X(tp +T)を式(5)より求めることができる. X(tp +T)を時系列データに逆変換することで, 予測された圧力変動が得られる.

(5)
(6)



図7 位相空間内の軌道の短期予測


 決定論的な特徴が残っていると判断できるf =0.46と0.49の2つの場合について, 圧力変動を短期的に予測した結果をそれぞれ図8, 9に示す.f =0.46のとき, 予測の開始直後では実測値(破線)と予測値(実線)がほぼ一致しているが, 時間が経過するにつれて, 両者の振幅と位相が徐々に一致しなくなっていく. 他方, 決定論的な特徴が多く残っているf =0.49のとき, 実測値と予測値は時間が経過してもほぼ一致している. このことは, 位相空間内の軌道の変化に決定論的な特徴が多く残っているほど, 圧力変動の短期予測の精度が高くなることを示している. 本稿では, 位相空間内の軌道群の近傍点数やデータベースの大きさを固定して非線形時系列解析を行ったが, 今後, これらのパラメータを系統的に変化させ, 圧力変動の短期的な予測がどの程度まで可能であるのかを議論していく必要がある. また, 実測値と計測値の一致度を定量的に評価していく必要がある.


図8 f = 0.46における圧力変動の短期予測


図9 f = 0.49における圧力変動の短期予測




5. おわりに

 本稿では, 非線形時系列解析の工学的応用を視野に入れて, 希薄予混合ガスタービン燃焼器で発生する振動燃焼の圧力変動に潜む決定論的な特徴を抽出し, 圧力変動を短期的に予測した結果を紹介した. 予測された圧力変動の精度には課題が残されているが, 非線形時系列解析が圧力変動の短期予測に対して有効な手法になる可能性が示された. 振動燃焼の発生はガスタービンエンジンの致命的な破損やライフサイクルの低下に繋がるため, 燃焼状態に異常がないかを早期に検知することは重要な技術課題である. 例えば, エンジン運転中の燃焼室内の圧力変動を常時モニタリングしながら予測値と実測値を比較し, 一致度が一定の範囲を外れた場合には異常と警告するようなヘルスモニタリング技術が考えられる. 今後, 我々はこのようなエンジン燃焼器の異常検知をより早期に可能とする方法の一つとして非線形時系列解析の有効性を明らかにしていきたいと考えている.



謝辞

 本研究の一部は, 日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究B, 倉田記念日立科学技術財団, マツダ財団, カシオ科学振興財団による研究助成によって実施されたものある. また, 本研究は立命館大学大学院理工学研究科 創造理工学専攻 修士課程 新木本 寛之 君の研究内容をもとに紹介したものである. ここに感謝の意を表す.



参考文献
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