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PEFC用ガス拡散層内部の液水分布と酸素拡散特性の同時計測

大徳忠史




秋田県立大学 助教
システム科学技術学部 機械知能システム学科
daitoku@akita-pu.ac.jp
是澤亮




横浜国立大学大学院
工学府 システム統合工学工学専攻
koresawa-ryo-pr@ynu.jp

1. はじめに

 固体高分子形燃料電池(以下PEFC)は,高出力密度に由来する小型化,軽量化が可能である点や,低作動温度による速やかな起動性等の特徴から自動車用動力源や家庭用コジェネレーション電源としての利用が期待されている.PEFCの性能低下因子の一つとして,濃度分極が挙げられる.高加湿,高電流密度運転条件下でガス拡散層(以下GDL)内への生成水等の液水の滞留により,反応ガスの拡散を阻害され(フラッディング現象)濃度分極が増大する.また他方では,低加湿時にセル内が乾燥し高分子膜内のプロトン伝導性が低下するドライアウト現象が発生する.従って,GDL内における液水分布特性,および反応ガスの移動特性を把握し制御を可能にすることが望まれる.
 従来からGDLなど微細多孔体内の液水挙動特性に関する研究がなされている.格子ボルツマン法,粒子法などの手法を用いた,数値解析による微細多孔体内の液水挙動を捉えようとする試み[1-2]や,液水分布,酸素拡散特性またその関連を明らかにするため,実験解析も進められており,X 線ラジオグラフィ[3],蛍光顕微鏡[4],軟X線[5],および,X線源としてシンクロトロン放射光[6-7]を利用した手法などを用いて,微細多孔体の構造と液水分布または検査液体の挙動を可視化解析する試みがなされている.
 GDL多孔質体の含水状態を明らかにするには,GDLの内部の様相を把握することが望まれる.線径が約8マイクロメートル程度の極細なカーボン繊維が複雑に重なったGDL多孔質体内の含水状態は時々刻々と変化していく.大型放射光施設SPring-8・BL20B2ビームラインは,GDL内部の様相を可視化するにあたり「高空間分解能(有効画素数が数μm/pixel)」,「高速なイメージング(本研究では1分弱)」が実現可能である.
 本著者らを含む研究グループにより,以前からガルバニ電池式酸素吸収体装置によるGDL多孔質体の有効酸素拡散係数を測定する手法を開発[8]し,その特性を明らかにしてきている[9].ガルバニ電池式酸素吸収体を用いた手法は,GDL多孔質体内部の含水状態の変化に伴うGDL中の酸素透過量を計測できる[10].また,GDL多孔質体内の液水分布を制御することによる酸素拡散特性の向上を目的として,親水性と撥水性の多孔質体の交互配置[11]および空孔径の異なる多孔質体の交互配置[12]を用いる新構造(ハイブリッドタイプ)のGDLを提案している.酸素拡散特性の測定と工業用X線CT装置による液水分布の可視化をそれぞれ行い,ハイブリッド構造における液水挙動と酸素拡散特性の性能向上に関する検討を行っている.
 著者らは,SPring-8・BL20B2ビームラインでのX線CT計測により,それらのGDL多孔質体内部の含水状態が変化していく様子を可視化しながら,同時にガルバニ電池式酸素吸収体装置を用いた酸素拡散特性の計測する手法を確立した.本稿ではGDL多孔質体内部の様相および含水状態の変化と酸素透過量を同時に計測した大型放射光施設SPring-8での研究成果[13]を紹介する.

2.ガルバニ電池式酸素吸収体の概要[8]

 図1はGDL内部の酸素拡散特性を測定するためのガルバニ電池式酸素吸収体装置の概略図である.ガルバニ電池式酸素吸収体の酸素吸収による大気側酸素濃度と吸収体側の酸素濃度差を駆動力として酸素拡散が生じる.酸素吸収体装置は,カソードに炭素電極,アノードに鉛電極,水酸化カリウム水溶液を主成分とする電解液で構成されている.カソードの炭素電極は電解液に接し,大気と電解液を隔てるガスを透過する隔膜であり,大気中の酸素を吸収し,電気化学反応を起こす.両電極での電気化学反応はそれぞれ式(1)と式(2)で表される.

     (1)

     (2)

 カソードでは,酸素が隔膜を透過し溶解することで酸素の還元反応が生じ,酸素吸収体としての機能を有する.これに対してアノードでは,酸化反応により鉛が消耗される.ここで,電解液がアルカリ性であると鉛は式(3)のように反応して液中に溶解する.

     (3)

 カソードでの酸素吸収量,すなわち酸素の還元反応量はガルバニ電池回路の電流I OUT[A]からファラデーの電気分解の法則より式(4)で算出される.実験ではガルバニ電池の起電力により発生した電圧を計測し,回路内に設置した固定抵抗値をもとに出力電流値へと変換する.

     (4)

JO2[kg/m2・s] は酸素流束, F [s・A/mol] はファラデー定数, A [m2]は炭素電極である隔膜の面積である.GDL試料は,厚さ0.4mm,内径4mmのアクリル製円筒管に設置する.酸素拡散特性の測定と同時に,X線によるGDL多孔体内の液水分布・挙動の可視化を行うためX線の透過を考慮する必要があり,試料はガルバニ電池式酸素吸収体装置から突出させている.その設置高さは,酸素吸収面から29.7 mmとした.また,試料を含水するための方法として,試料を純水中に沈め,それを真空容器内に配置した後に減圧することで,試料内の空隙に液水を充填させる真空含浸法[9]を用いている.なお,図1に示すように含水状態における試料の上部を大気解放した状態で測定を開始し,試料が乾燥する過程を計測した.

Fig.1 Galvanic battery-type experimental apparatus[13]

3.SPring-8でのイメージングの概要

 X線CTは物質のX線の吸収を利用し物体の内部構造情報を線吸収係数の空間分布として得る手法である.本実験で用いた大型放射光施設SPring-8のX線は,高輝度かつ高い指向性をもつ平行光であるという特徴がある.放射光の指向性の高いビームを用いることにより,物質によるX線の屈折の空間分布をCT像として取得でき,吸収の差が小さい試料に有効となる.図2に本研究で使用した大型放射光施設SPring-8ビームラインの構成を示す.BL20B2 [14 ]は偏向電磁石を光源とするビームラインである.このビームラインでは,5~113 keVのX線が利用可能である.また,20 mm以上のX線視野が有り,試料サイズにより数μm ~100 μm程度の実効分解能での撮影が可能である.高空間分解能を得るため,薄膜蛍光板(シンチレータ)を用いて透過X線像を可視光像へ変換し,光学レンズ系により拡大されCCDカメラへ投影される.

Fig.2 Outline of projection tomographic X-ray system at SPring-8

4.X線CTと酸素拡散特性の同時計測

 ガルバニ電池式酸素吸収体によるGDLの酸素拡散特性の測定とSPring-8・BL20B2ビームラインでのGDLの内部構造および液水状態変化のイメージングの同時計測実験では,液水分布の変化を伴うため高速な撮影を必要とした.エネルギー値を13 keV,有効画素サイズを4.83μm/pixelとして実施した.

Fig.3 X-ray of BL20B2 CT images of GDL

 同時計測実験で得られたGDLのCT断面の一例を図3に示す.図3(a)に乾燥状態のノーマルGDLのCT断面を,図3(b)に含水状態のノーマルGDLのCT断面を(図3(a),(b)は標準のTGP-H-120),そして図3(c)に左側約半分の領域に撥水処理を施しぬれ性に分布を持たせた“ハイブリッド型” GDLの乾燥状態におけるCT断面画像を示した.画像中では,白く輝度が強い部分がX線を吸収していることを示している.図中の輝度の強い白い繊維状Aの部分がGDLを構成するカーボン繊維である.図3(b)に観測される灰色のBの領域に液水が存在している.A,Bと比較して黒いCの領域が空孔を形成している.また,外側の円筒状Dの領域はGDLを収めたアクリル製円筒管である.また,GDLと円筒管壁との境界に白く明るく見える部分Eは,円筒管壁との境界の空隙の形成を生じにくくするために塗布したシリコンである.これは,円筒管壁との境界の空隙の影響を抑えて,GDL内部の酸素拡散パスの影響を観測する役割がある.このように,GDL内部様相や含水状態を把握することが可能である.
 図4にガルバニ電池式酸素吸収体へのノーマルGDLの酸素透過量変化と各時刻におけるCT画像を示す.グラフ縦軸の酸素透過量は,GDL中を酸素が拡散した量である.測定開始付近の急激な酸素透過量の増加は, GDLと円筒管壁との境界の空隙が生じ,この空隙が最初の酸素拡散パスとなったためである.以降は酸素透過量も緩やかに増加しており,またCT画像によると円筒管壁付近の空隙の増加がおさまり,GDL内部の空隙が増加,つまり酸素拡散パスが徐々に増加していることが観察できる.

Fig.4 Relationship between the oxygen transfer in normal-type-GDL and the CT images[13]

 図5は,図3(c)に示したハイブリッド型GDLの同時計測結果である.CT画像から撥水処理部と未処理部の境界付近から空孔が形成されていることが分かる.これは,撥水部の液水が親水部へ引き寄せられ,空孔を形成しやすい状態を実現している.1200s付近まで,その境界部で酸素拡散パスの形成が進行することにより,酸素透過量の時間変化は急激に大きくなっている.境界部での酸素拡散パスの形成が落ち着いた後は,親水部のGDL内部の空隙が増加していき酸素透過量も緩やかな増加傾向に変化したと考えられる.また,境界部での酸素拡散パスの形成以降のGDL内部の空孔の形成に規則性は観測されなかった.
 図6は,X線CT画像より得られたハイブリッド型GDL内部の含水率の時間変化を示している.撥水部と親水部それぞれの領域を区切り,三角が親水部,四角が撥水部,丸が全体の含水率を示している.まず撥水部の含水率は急激に低下するが,親水部では含水率は高いままの状態であり,撥水部から親水部へ液水が移動している.なお,約1900s付近からは撥水部と親水部での含水率は逆転する形となり,液水の移動が行われていないことが分かる.

 Fig.5 Relationship between the oxygen transfer in hybrid-type-GDL and the CT images[13]

Fig.6 Change of average saturation[13]

Fig.7 Oxygen diffusivity as a function of average saturation[13]

 図7に平均含水率に対する酸素拡散係数の測定結果を示す.両試料とも平均含水率の低下にともなって空孔が増加し酸素拡散の経路が増大するため,酸素拡散係数の値が上昇していく傾向を示している.しかし,平均含水率が70%以下でその値には差異が見られ,ぬれ性分布をもつGDLが高い酸素拡散特性を示す.例えば平均含水率が15%付近では,ぬれ性分布をもつGDLの酸素拡散係数値は,ぬれ性分布をもたないGDLの3~4倍程度に達しており,先行研究[10-11]での予備的検討に用いたハイブリッドGDLの場合と類似の傾向を示した.ぬれ性分布をもつGDLの場合,撥水部から親水部への液水移動により,ぬれ性境界部から撥水部内への空孔形成がなされ酸素拡散パスが確保され拡散方向全域にわたり空孔部が形成されることが,その主たる要因であると考えられる.

5.まとめ

 SPring-8・BL20B2ビームラインでのX線CTによるイメージングとガルバニ電池式酸素吸収体による酸素拡散特性の同時計測結果の一例を紹介した.同時計測を行ったことにより,酸素拡散特性の変化とGDL内部様相の変化の対応関係が明らかになった.ぬれ性分布をもつハイブリッド型GDLは,親水部と撥水部の領域境界付近から酸素拡散パスが形成されることが確認できた.GDL基材へのぬれ性分布付加は,液水分布を制御し酸素の拡散を促進する.高含水時における拡散分極の改善が実現できる可能性を持った新形式ハイブリッド型GDLの特性を調査しており[15],今後in-situでの試験により性能評価を行なっていく.

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