TED Plaza
乱流境界層中の変動速度と熱伝達率の同時測定
山田 俊輔




防衛大学校 講師
システム工学群 機械工学科
yamadas@nda.ac.jp
中村 元




防衛大学校 教授
システム工学群 機械工学科
nhajime@nda.ac.jp

1. はじめに

 地球温暖化に伴うCO2排出量の抑制や,化石燃料や天然ガスに代表されるエネルギー資源の有効活用は,工学的な重要な課題と考えられる.現在実用化されている多くの熱機関では,熱から動力・電気へのエネルギー変換は作動流体を介して行われる.作動流体の状態は一般に乱流であるため,熱機関の効率を高め,また信頼性を高めるためには時間平均的な熱伝達だけでなく,乱流熱伝達に内在する強い三次元性・非定常性を考慮した熱設計が必要となる.

 乱流域の強制対流伝熱に関し,これまで多くの温度計測手法が提案された(1-2).近年,赤外線カメラの性能が飛躍的に向上しており,高い時間・空間分解能,及び高い温度分解能を有する高速赤外線カメラが開発されている.赤外線カメラによる計測では,二次元の多点温度計測が可能であり,通電加熱金属箔上の衝突噴流や,縦渦による膜冷却に関する研究が報告されている(3)

 これまで非定常な対流熱伝達の時空間分布を実測する方法として,中村らは通電加熱金属箔上の温度分布を赤外線カメラで測定して瞬時・局所の熱伝達率を算出する方法を提案し,乱流境界層における熱伝達率の時空間分布を定量的に測定した(4).また,同様に後向きステップ下流域のはく離・再付着流れに伴う熱伝達率の時空間分布を報告した(5).しかし,熱伝達率の詳細な時空間構造を実験的に明らかにしたが,熱伝達率の時空間的な構造と壁付近の乱流による渦構造との対応関係に関しては未解明な部分が残されている.

 そこで,高空間分解能を有するPIVと,高精度で温度計測が可能な高速赤外線カメラを用いることで,空間的な速度変動にともなう非定常な熱伝達特性を解析することが可能になると考えられる.本研究では,最終的に乱流中の等熱流束加熱された壁近傍における運動量輸送と熱輸送との対応関係(例えば相似性や非相似性など)を明らかにすることを目的としている.本報では,その第1段階として,二次元・二成分(2D-2C)のPIVと高速赤外線カメラを用いた瞬時の速度場と温度場を同時計測可能な計測システムを構築し,乱流中の壁近傍における瞬時の速度と熱伝達の空間的な相関関係を定量的に評価した結果の一部を紹介する(6)

2.温度場と速度場の計測装置

 図1(a)に低速風洞装置の断面図を示す.高さ400 mm,幅150 mmの矩形断面の吐出し型風洞内の中央部に幅150 mm,長さ900 mmの平板を設置し,平板の下流には,図1(b)の加熱模型を設置した.座標原点は加熱開始点とし,流れ方向にx,壁垂直方向をy,スパン方向をzとした.運動量厚さδ*を代表値としたレイノルズ数はReδ* = 630 ~ 2,290の範囲で実験を行った.

 図1(b)の加熱模型は,アクリル製の平板に厚さおよそ2.1 μmのチタン箔(メインヒーター)を流れ方向に3枚並べ,電極間を弛みのないように接着し,チタン箔の下部には1 mmの空気層を設けた.チタン箔表面には,伝熱面近傍のPIV計測を容易にするため黒ペイントを塗布した(計測面).ペイントの塗布厚さはおよそ30 μmである.チタン箔は等熱流束条件で通電加熱し,伝熱面の壁面温度と主流温度との温度差をおよそ20 ℃に設定した.計測するチタン箔の伝熱面の熱容量は非常に小さく,計測面には非常に速い温度変動が観察される.この温度変動を高速赤外線カメラ(SC4000,FLIR社,以下IRT)で測定した.IRTから得られた時空間温度変動データを用いて,逆解析により熱伝達率の時空間情報が得られた.計算方向については参考文献を参考にされたい(4)

 流れ場の計測にはPIV計測のカメラ(X-Stream XS-3,IDT社)とダブルパルスレーザ(Solo PIV,New Wave Research社)を使用し,図1(a)のようにxz断面の計測を行った.ダブルパルスレーザから照射したレーザシートの厚さは1 mm程度以下であり,シート厚さの中心をy = 0.5 mmの位置に照射して,xz断面のPIV計測を行った.

(a)Wind tunnel(b)Cross section view of heated wall
Fig.1 Schematic diagram of experimental apparatus

3.PIVとIRTの同時計測システム

 PIV計測とIRTの同時計測システムを図2(a)に示す.ファンクションジェネレータ1によりPIV用カメラとレーザ照射の同期を行った.また,IRTのシャッタが開くまでの時間遅れを考慮し,これを調整するためにファンクションジェネレータ2を用いた.図2(b)にそれぞれの信号発生器のタイミングチャートを示す.レーザの照射からIRTのカメラシャッタが開放するまでの時間遅れは,3.74 ms程度となる.この時間遅れを考慮し,レーザ照射とIRTのカメラシャッタの同期をファンクションジェネレータ2で設定し,温度場と速度場の同時計測を行った.同時計測により熱伝達率と速度の面情報から,空間的な流体挙動と熱伝達の空間的な対応関係を調査した.

(a) System of synchronized camera and laser (b) Timing chart of cameras and laser
Fig.2 Schematic diagram of synchronized experimental apparatus

4.瞬時の熱伝達率と速度の対応関係と空間相互相関

 図3に,レイノルズ数Reδ* =630,y = 0.5 mmにおけるxz断面のPIV計測結果と赤外線カメラによる伝熱面の温度分布,及び熱伝達率分布を示す.(a)は速度分布,(b)は温度分布,(c)は熱伝達率,(d)は熱伝達率と流れ方向速度の同時刻の等値線図である.

 図3(a)の速度分布をみると,低速領域と高速領域が縞状に分布している.この低速領域は乱流境界層中に現れる低速ストリークと考えられる.また,低速領域は流れ方向に伸長しているのに対し,局所的な速度の増速領域はx方向へは大きく伸長せず,スポット的である.この分布傾向は,HattoriらのDNSによる壁近傍の流れ方向速度分布の傾向と類似している(7).また,図3(b)の温度分布と図3(c)の熱伝達率分布も,流れ方向に伸長した縞状の分布となる.

 図3(d)において,熱伝達率分布と流れ方向速度の同時刻の等値線図を比較する.速度の等値線図は,赤い線が速度の高い領域を示し,青い線が速度の低い領域を示す.図3(d)を見ると,高い速度領域は,高い熱伝達率領域と概ね一致し,流れ場と熱伝達率が空間的に対応することがわかる.従って,瞬時の熱流動場では,低速と低熱伝達,または高速と高熱伝達の領域が空間的に概ね対応することがわかる.また,x = 90mm付近に着目すると,速度はz = 23 mmで極大となるが,熱伝達はz = 27 mm付近で極大となり,スパン方向にややずれる場合がある.このずれは壁付近の乱流渦構造の挙動に起因したものと考えられるが,詳細なメカニズムは今後明らかにしていきたい.

(a)Instantaneous velocity profiles(b)Temperature distribution
(c)Heat transfer coefficient (d)streamwise velocity and heat transfer coefficient
Fig.3 Instantaneous velocity profiles at xz plane and heat transfer coefficient on heated wall

 同時刻に取得した速度と熱伝達率のスパン方向分布(x = 110 mm)から,相互相関係数を計算し(合計30枚Iaのデータについて計算),そのうち相関係数が|Rij| > 0.4となる時の枚数In, Ip (n: 負の相関,p: 正の相関)を算出した.図4に, Reδ* = 630, 1,050における流れ方向,及びスパン方向速度に関する相関の割合In/Ia, Ip/Iaを示す. Reδ* = 630, 1,050ではuhの変化の相関は高く正の相関を示し,またwhの相関が低いことがわかる. Reδ* = 630では,wIn/IaIp/Iaが異なるが,設定した閾値・対応した統計量によるばらつき誤差によるものと考えられる.従って,図4より流れ方向の速度変動と熱伝達率変動が空間的に良く対応している.Piller, Abeらは,DNSによる十分発達した乱流では,壁近傍の流れ方向の速度変動と温度変動との相関係数が高いことを示しており(8, 9),本論文で構築した同時計測システムによる測定結果でも同様な傾向が得られた.

Fig.4 Ration of negative and positive correlation between velocity u, w and h

5.まとめ

 乱流に伴う壁面近傍の非定常熱流動現象を明らかにするため,PIV計測と高速赤外線カメラを用いた速度場と温度場の同時計測システムを構築し,以下の結論を得た.

1) 壁近傍(xz断面)の速度2成分u, wの分布と熱伝達率分布の空間的な対応関係を確認した結果,低速と低熱伝達及び高速と高熱伝達の領域が空間的に概ね対応しており,妥当な測定結果を得ることができた.

2) 同時刻に取得した熱伝達率分布と速度分布の相互相関係数を統計処理した結果,熱伝達率の変動と流れ方向速度の変動が高い正の相関を示すことがわかった

 上記の結果を踏まえて,今後流れ場の計測システムを改良し,速度三成分の同時計測や,時系列の速度情報を得ることにより,熱伝達と流体挙動の時空間構造を明らかにし,非定常熱流動現象の解明が課題である.

参考文献

(1) Iritani, Y., Kasagi, N. and Hirata, K., Transport Mechanism in a Turbulent Boudary Layer: 1st Report, Visulaization Behaviours of Wall Temperature by Liquid Crystal, Transactions of the Japan Society of Mechanical Engineers, Series B, Vol.48, No.435 (1982), pp.2284-2294.
(2) Ochoa, A. D., Baouhn, J. W. and Byerley, A., “A new technique for dynamics heat transfer measurements and flow visualization using crystal thermography”, International Journal of Heat and Fluid Flow , Vol.26(2005), pp.264-275.
(3) Carlomagno, G. M. and Cardone, G., “Infrared thermography for convective heat transfer”, Experiments in Fluids, Vol.49(2010), pp.1187-1218.
(4) Nakamura, H. and Yamada, S., “Quantitative evaluation of spatio-temporal heat transfer to a turbulent air flow using a heated thin-foil”,International Journal of Heat and Mass Transfer, Vol.64(2013), pp.892-902.
(5) Nakamura, H., Takaki, S. and Yamada, S., “Spatio-temporal characteristics of heat transfer for a backward-facing step flow”, Turbulence, Heat and Mass Transfer 7, Proceedings of 7th International Symposium on Turbulence, Heat and Mass Transfer (2012), pp.171-174.
(6) Yamada, S. and Nakamura, H., Construction of Simultaneous Measurement System of Unsteady Thermal and Flow Fields in the Near-Wall Region Using High-Speed Infrared Thermography and PIV, Transactions of the Japan Society of Mechanical Engineers, Series B, Vol.79, No.807 (2013), pp.2497-2509.
(7) Hattori, H., Houra, T. and Nagano, Y., “Direct numerical simulation of stable and unstable turbulent thermal boundary layer”, International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol.28(2007), pp.1262-1271.
(8) Piller, M., “Direct numerical simulation of turbulent forced convection in a Pipe”, International Journal for Numerical Methods in Fluids, Vol.49(2005), pp.583-602.
(9) Abe, H., Kawamura, H. and Matsuo, Y., “Surface heat-flux fluctuations in a turbulent channel flow up to Ret = 1020 with Pr = 0.025, 0.71”, International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol.25(2004), pp.404-419.