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 無題

 八戸工業大学工学部
 機械工学科4年  石井 徹哉

 今回、原稿の依頼をされて何を書いたら良いのか愚かな私は考えた。一体コンパスにはどのような文章がふさわしいのか。去年は、盛岡で行われた全国研修会に参加したときの感想をふまじめに書いたが、それは恐ろしくくだらない文章であった。そのためかどうかは知らないが、ふらちな事にコンパスには載せてもらう事が出来ず、後から付け足しのかたちとなってしまった。だから私の書いたあの感想文はほとんどの人が読んでいないのではなかろうか。良い文章というのは駄文があってこそ初めてわかるもので、最初から良い文章ばかりではその良さはわからない。今回はうちの大学が編集を行う事になっているので、削除されてしまうおそれはまずない。よって大いに駄文を書こうと思う。
 去年のコンパスを読み返すと、ほとんどが行事報告と学校内の紹介で終わっている。あぁ、なんという魅力に欠けた機関誌なのだろう。もし、去年のコンパスをすみからすみまでしっかりと読んだ学生がいたら、その人を私は表彰してやりたい。優れた紀行文ならともかく、他人の行ってきた研修会の話など幾つも読みたいと思わない。それから、単なる学校内の紹介なら書かない方がよい。ではどのようにしたら良いのだろうか。コンパスは学生による学生のための機関誌である。だから学生の生の声が聞こえてくるようでなければならぬ。つまり、その文章を書いた人が一体何を考え、どのように感じているかが現れてくるような文章でなくてはならないと思うのである。そして、その題材が自分の趣味だったり、機械とは少々はなれてしまうものであっても構わないと思う。このように自分勝手な解釈の元に、今から好き勝手な事を気の向くままに書いていこうと思う。
 突然であるが、私は自動車が莫迦みたいに好きである。暇さえあればいじっている。その私がみたほとんどのユーザーは救いようのない阿呆ばかりである。そのような阿呆に限ってまた随分と高価な車に乗っているから、余計に腹がたつ。今年の交通事故死亡者数は、現時点で八千人もいる。このままでいくと去年と同様に一万人を突破する事になるだろう。なんでまたこんなに事故が多いのだろう?それは、自分の乗っている車の性能を、皆が過信しすぎているからではないだろうか。現在の車は走る精密機械である。その性能はどれもすばらしいものであり、十年前では考えられなかった。そのような車は免許取り立ての素人でも実にスムーズに動いてくれる。すると、ほとんどの人間は、それが技術の向上によるものではなく、自分の運転が上手なのだと愚かな錯覚を起こす。オートマティックがまだ珍しかった頃、多くの初心者はマニュアル車のアクセルとクラッチのタイミングがつかめず、エンストしたりしたものだったが、現在の車ではそのような事はない。なぜならば、ほとんどオートマティック車だからである。最初からスムーズに運転ができるならこんなに良い事はないが、これによってまったく馬鹿げた事故が起きている。それは、アクセルとブレーキの踏み違えで起きる暴走であったり、シフトレバーの位置の未確認による誤作動である。このような事は機械に頼りきってしまっているから起きるわけで、これによって不幸にも亡くなってしまったドライバーに私は少しも同情はしない。自業自得である。これは私がけしからぬと感じている事の極一部であり、本当はもっと書きたいが、そんな事をすると何頁になるかわからないのでやめる事にする。このあいだテレビで自動車についての番組を見た。その中で、あなたの車のボンネットを開けて下さいという言葉に、実行できた人はごく僅かだった。いったい自分の車をなんだと思っているのだろう。確かに現在の車は滅多に故障をしないから、開ける必要などないのかも知れないが、車というのは魔法で動いているのではない。単に興味を持つ持たないに関わらず、せめて年一回くらいはボンネットを開けて、オイルの汚れ具合、冷却水の量などを点検したらどうだろうか。何もエンジンの構造の勉強をしろとは言わない、しかし自分の乗っている車の特徴を知っておいても損はない。時間が空いたときなどにこまめに手入れをしていれば、次第に愛着がわくものである(と思う)。そうなると次から次ぎに今乗っている車をやめて、違う車に乗り換えるという事はなくなると思う。どんな物でも使い慣れている物は、そう簡単に捨てたり売り飛ばしたりはしない。現在、一般の人が今乗っている車からどのくらいの期間で別の車に乗り換えるかと言うと、それは大体二、三年だそうである。私は、自分の車の予備の部品を調達するために、時々自動車解体屋に行く事がある。すると驚くべき事に、そこに積み上げられている車の全てが、つい最近まで走っていた四、五年前の物ばかりだ。嘘だと思うなら、近所の解体屋をのぞいてみるといい。ここまで読んでなんとも思わない人がいたらその人は技術者になる資格などない。今日、地球環境問題が深刻化し、自動車においては、エアコンにしようしている冷媒であるフロンガスの使用を近いうちに中止しようとしたり、これからはリサイクル可能な部品を多くしようし、また、無駄に多くの部品を作らないようにしようとメーカーでは考えてはいるが、こうしている間にも、解体屋には続々と廃車が運び込まれ、余りの多さに解体しきれず、山積みにされているのが現実であり、十年、二十年先の車のリサイクルよりも今すぐにどうしたら良いのか考えなくてはならないのではなかろうか。今簡単に出来ることはやたらに乗り換えないで、今乗っている車を大事にすることである。このことはどの製品に対しても当てはまる事だが、実際にはそう簡単にはいかないもので、皆が揃ってそのような事をすれば、メーカーでは製品が売れなくなるので、景気が悪くなってしまう。ところが、膨大なゴミを減らすためには、ほかに良い解決策を講じない限り、仕方がない事なのかもしれぬ。おもしろい事に、最近は景気が悪くなったために、今使っている物を長持ちさせようという傾向になっているらしい。これを私は喜ばしい事だと今は感じている。


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