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私の研究・研究室紹介と「昔話のススメ」

東北大学大学院 工学研究科 博士課程前期2年
            澤田研究室 小松 真

 まず、簡単に自分の研究と私が実験を行っている研究室の紹介を簡単にいたします。
 私は現在、デトネーションについての研究を行っています。デトネーションとは、簡単に説明すると火炎が超音速で伝播する現象です。こうして生じた火炎の背後は非常に高い圧力と温度を持つという特徴があります。この現象の3次元的な特性を解明することと、火炎背後の高圧を利用して極超音速(マッハ数5以上の速度領域をこう呼ぶ)の衝撃波を発生させ、それにまつわる種々の現象を解明するのが私の研究目標です。
 この研究にまつわる実験は東北大学流体科学研究所・衝撃波研究センターで行っています。同センターでは衝撃波に関与する研究を実験中心に広く手がけています。
 衝撃波は流れが音速よりも速くなったときに発生します。将来超音速旅客機やスペースプレーン(宇宙を飛ぶ飛行機)などを作ろうとしたとき、衝撃波の問題は回避できません。そのため航空宇宙分野において衝撃波に関係する研究は不可欠です。同センターにもこの概念に基づき設計された多くの装置があります。フリーピストン型衝撃波風洞やエキスパンションチューブなどがそれで、これらは非常に速い流れを作り出すことができるので、地上で宇宙から大気圏に突入するときの模擬をすることなどに使用できます。またより正確な実験が可能なものにバリスチッグレンジという装置があり、これは弾を超高速で飛ばし弾の周囲に衝撃波を発生させるという装置です。このほかにも宇宙において質量の大きいものでも射出できる装置の実現を目的としたラム加速器や、小惑星から地表の一部をサンプルとして持ち帰るプロジェクト(サンプルリターン計画)に関わる研究も行われています。
 このような分野だけではなく、弱い衝撃波の反射やインピーダンスの異なる2物体を横切る衝撃波の伝播形態などの衝撃波現象そのものを深く掘り下げた研究や、結石・血栓除去と薬剤投与によるガンの治癒率の向上に衝撃波を用いる医療応用の研究など、その研究分野は多岐にわたっています。
 「自分は何のために勉強しているのだろうか」
 私は一時期、こんな簡単な問いかけに答えられなくなりそうな時期がありました。上記のような研究目的があるにもかかわらず、1年前くらい昔の私の目的はまったく違ったところにあった様に感じます。その目的とは「他人に勝つ、他人より優位に立つ」ということでした。当然、研究に優劣なんてあろうはずがありません。しかし、次のような事がきっかけで目的を誤ってしまったのです。
 それは友人と夕食を食べに行ったときのことです。その友人と研究の話になり、彼ががんばった甲斐があってすばらしい結果を出している事を知りました。国際学会への参加、特許・製品化という段階まで来ていたのです。しかし私は思った通りに進行していない状況でした。正直な話、とてもうらやましく思いました。その上、私が彼に自らの研究内容を説明しても、彼は納得せずにあまり気のない返事をするだけだったのです。今思えば、その原因は私の進行状況が思わしくなかったので説明が暖味に聞こえたことだけではなく、あまりにも研究の内容が違いすぎて理解しがたいものであったということもあったのです。しかし当時は「彼の態度は進行状況の大きな差に起因するものに違いない」と思いこんでしまい、劣等感を感じてしまったものです。そして「彼に追いつかねば」と思うようになってしまったのです。
 しかし実際の研究というもの、焦ったからといって進むものでもありません。どんどん彼との差は広がっていくように感じますし、そんな気持ちでやっている仕事は面白さも半減し、辛さだけが目立つようになります。そして自分は無能なのかな、と思いはじめたときふと「何でこの学校来たんだったかな」と考えたのです。そこで初めて、自分の本来の目的、研究の本当の目的を思い出したのです。
 自分は絶対に本来の目的は見失わない…その時までそう思い、そのことにだけはなぜか自信を持っていた私にとって、ショックよりもむしろ滑稽さを感じてしまいました。研究に対する変な重荷が肩から降りたような気がしたのできっと心の中で笑ってしまったのでしょう。ありもしない勝負に燃え、その勝負に勝つために自らに余計なプレッシャーをかけ、研究の面白味を削いだ挙げ句、勝手に負けたと判定して落ち込む−こんなくだらない事を続けていたのですから。少なくとも自分には「絶対」はあり得ない、研究をするために重要なのは今の段階では自分の能力に対する不信感でもプライドでもなく、自分自身を、そして研究がたどっていくであろう道筋を冷静に見つめることだったということに気がついた瞬間でもありました。たとえ能力的に劣っていたとしても、努力次第、考え方次第でカバーできることはいくらでもあります。劣等感など持つ必要の無い物です。月並みで、頭ではわかっているはずのことでしたが現実味を帯びて実感できたのはこのときが初めてでした。
 もし、自分の希望通りの進路を歩んできて、さらに一生懸命やっているにもかかわらず、研究が面白くなかったり、自分は才能がないんだろうか、今の研究に向いていないのではないだろうかと考えている人がいたとするならば、一度昔の自分を振り返ってみてはいかがでしょうか。非常に単純で分かりきった方法ではありますが、意外と忘れていると思います。こうすることで何かきっかけがつかめるかもしれません。自分を素直に見つめて「昔話」に華を咲かせるのもなんとも楽しいものだと思います。
 数年後、今のこのときが、私にとっても、皆さんにとっても楽しい昔話になることを願いつつ…。


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