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思い出のワーストランキング1位

いわき明星大学院 物理工学専攻1年 舟岡正洋

 大学に4年以上もいると、思い出話の1つや2つはできるものだ。僕にも卒業研究での苦労話や旅行先での爆笑話、サークル活動など、エピソードは数多くある。これらの話の中で何か1つだけを紹介するなら、これを読んだ人のためになるものの方が、本来ならば好ましいかもしれない。しかし、僕はあえてあまり有意義とはいえない話を紹介したい。その話とは僕の最悪の体験話であり、笑い話の一種でもある。あまり深刻に考えずに、気楽に読んでくれれば幸いである。
 僕は、現在アパートで1人暮らしをしているが、大学入学から2年の中頃まではある下宿先にお世話になっていた。その下宿は、ある家族の奥さんが個人で経営管理しているタイプのもので、最大入居者数は8人と、個人としては割と大きい方かもしれない。また下宿は、大学からは割合離れた所にあったが、駅には近く、下宿の裏側には川が流れていて、周りの景色は最高だったのを覚えている。入学当時の僕は毎日の食事の用意を面倒と考えていて、アパートより下宿のほうが経済的にも得だと考えていた。そこで、たいした下調べもせずに、ここを1人暮らしの園と決めたことが後の苦労の始まりだったかもしれない。
 始めの頃は良かった。僕と同じ時期に下宿に入ったのは2人、すでに下宿に入居していた人数は2人で、下宿の入居者は自分も含めて計5人。全員学生で、それぞれが個性的で面白いため、徹夜で遊ぶこともしばしぱあった。下宿の食事は、大家さんの家族といっしょに取り、仮にサークル活動などで帰宅が遅れた場合でも、かなり遅くまで食事は用意されていた。また大家さんは、週に2回は下宿寮を掃除していたので、下宿寮も清潔だったし、洗濯物を外に干したままで途中雨が降り出したときには、洗濯物を部屋の中に入れてくれていた。僕はこの下宿に良い印象を持っていた。しかしこの好印象の下宿は、入居目3ヶ月くらいから最悪の下宿へと生まれ変わったのである。
 始めの悪夢は光熱費だった。下宿の光熱費は入居者それぞれが個別で支払っていたのだが、この光熱料金がある時期を境に2000円以上も上がったのである。電気代にしろ、ガス代にしろ、僕の使う量がそれほど増えたとは思えなかったが、初めての1人暮らしで光熱費の相場も知らなかったので、僕は何も言わなかった。それをいい事にこの料金の上昇は下宿退出まで続くことなり、特にひどかったかのが電気代で、今考えれば、現在住んでいるアパートで支払っている倍は払っていたことになる。次の悪夢は下宿寮の建物についてだった。この下宿寮が驚くほど気候変動にもろかったのだ。6月ごろの梅雨時には、自室をはじめ下宿寮全体が湿気でベトべトになり、至る所でカビが大繁殖した。真夏時には、太陽の直射日光で部屋の気温35度を超し、夜間の間でも30度近くはあった。秋頃になり台風の季節になると、台風の接近時には必ず床下浸水した。冬になると、寒さのために水道管が凍り、風呂場やトイレまでもが水がでなくなった。ここまで気候の変化に弱いのには、正直まいってしまった。また下宿が河川に近いためか、虫の侵入の数もはんぱではなかった。蝿や蛾の類は当たり前で、下宿寮の廊下を蟻の大群が進行し、下宿仲間の部屋ではゴキブリの卵がいっせいにふ化、クモやムカデ、カマドウマなど、なぜか嫌われ者の虫ほど数多く出現した。現代はよく自然が消えて、虫などもあまり見なくなったと言われているが、下宿では虫を見るのにさほど困らなかったと思う。
 大家さんの対応も急変した。夏も過ぎ秋頃になると、大家さんは下宿寮の掃除をしなくなる。食事も大家さんの家族とは切り離され、食事時間の融通もきかなくなった。食事のメニューの質も下がり、ワンパターン化が進んだ。これは大家さんの子供が高校受験を控えているために、大家さんの精神にあせりが生じたためだと僕は分析している。ついでに秋以降の下宿の一般的な食事のメニューは、朝は食パン1枚、目玉焼き、プチトマト2個に牛乳が一杯、また夕食はご飯、じゃがいもの味噌汁、サンマなどの青魚、納豆に漬物である。割に合わない。食費として支払っている額に見合っていない。しかも下宿生活が1年を過ぎる頃になると、大家さんの外泊や留守が目立ち始め、食事すら用意されてない日が続き、さらにその抜けた分の食費も帰ってこない。またこの下宿の電話は、大家さんを介しての呼び出し式だったが、友人などからの電話が、僕まで届くことはほとんどなかった。
 この未熟な下宿姿を露呈していく様に、下宿人たちもあいそをつき始めていた。下宿に住む入居者も次々に他へと移り始め、ついに入居者は、僕も含めて2人になった。すでに下宿としては赤字のはずなのに、大家さんの対応も改善されることはなかった。僕は下宿に見切りをつけ、夏までには下宿を去ろうと決意する。
 以上の下宿での体験が、僕の大学での思い出ランキングのワースト1位である。本当に実在するレベル4クラスの下宿に入居しないためにはどうすれぱいいのか。ここでこのような思いをしないための知恵を伝授したい。あくまで下宿選びだけにしぼるが、まず第一に大家さんの顔に注意すること。年齢にもよるが、人柄や性格は顔にでる。男ならパンチパーマ、女ならば厚化粧の大家さんは要注意である。次に入居人の数に注意すること。下宿の最大入居者数に対して、空き部屋が多い場合はもちろんのこと、古株の入居人がいない場合も危険である。また、危険度の高い下宿ほど、入居手続きの催促がうるさいでこのポイントも注意したい。最後に学校のあっせん場所から探す場合は、なるべく最初の方から探す事。なぜなら、危険度の高い場所ほど後ろの方に載っているからだ。以上のことをおさえれば、間違いはないはずである。それでも心配な人は、アパートを借りた方が良いかもしれない。
 もっとも僕は、この下宿をそれほど怨んでない。なぜなら貴重な体験ができたし、警戒心が身についたからである。この下宿の思い出は月目が経つにつれて美化され、一生の思い出の1つになる可能性もあるだろう。しかしながら本音を言わせてもらうなら、あんな経験は2度とごめんである。


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