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4年も経つと

弘前大学 理工学部 機械科学科 4年
田中宏享

 大学に入学し、ソフトテニスとバレーボールのサークルに入った。ソフトテニスは部活にも入っていたが、行きたいときにだけ行けるサークルのラクさを知ってからというもの、部活が窮屈に感じるようになり、2か月でやめてしまった。かく言うソフトテニスのサークルも陽キャのテンションについていけず、2年生になることには、バレーボールのサークルしか行かなくなっていた。
 バレーボールは高校の球技大会で友達に誘われてから興味を持ち、練習をしていくにつれてバレーボールが楽しくなっていった。そのころから大学でバレーボールサークルに入ることを楽しみにしていた。しかし、楽しかったのは最初の1年だけで、2年になるころにはバレーに飽きはじめていた。また同学年が自分を入れても5人しかおらず、毎回サークルに来ることができたのが自分しかいなかったため、「来年は自分がサークルの代表にならなくちゃいけないのかなぁ」と感じながら半分義務感でサークルに行っていた。
 バレーボールのサークルは毎年3年生が運営を行っていたため、自分も3年生に上がるとサークルの代表をした。同学年のメンバーは忙しいこともあり、サークルの回しは自分1人で行うことが多く、体育館の予約や飲み会や花見などのイベントのセッティングなどは大部分を1人で行っていた。最初はしんどかったが、意外とどうにかなるもので大きな支障をきたすことなく1年間サークルの運営を行うことができた。しかし、3年になるころにはサークルを運営するためにサークルに行っていたため、卒業生の追いコンで運営の仕事が終わるとその反動で一気にサークルに行く気が起きなくなった。4年になると、後輩には研究室が忙しいと理由をこじつけ、今現在まで1回もサークルには顔を出していない。1年のころは土曜日を楽しみに生活していた人間が、4年にもなるとかつてこんなにサークルに顔を出さない元代表がいたのだろうかと考えながらも、「面倒くさい」の一転張りで今週も土日は自宅でグダグダと過ごしている。







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