小特集「社会と安全」
「私たちの永遠の課題:原子力発電所の安全運転の継続について」

 



荘野尚志(九州電力)

1.はじめに

 原子力発電所に働く者にとって、安全運転の継続は第一の目標であり、また、永遠の課題であります。安全運転は、継続的な品質保証活動の結果達成されるものですが、現在の仕組みも過去の様々な経験を反映しながら作られてきました。
 私どもが実施してきた現場での品質保証活動とこれからの課題について、玄海原子力発電所の例を挙げてご紹介いたします。

2.現場における地道な品質保証活動

 ずいぶん昔の話になりますが、玄海原子力発電所における現在の品質保証活動の原点となった苦い経験があります。
 そのひとつは、昭和50年6月、1号機試運転中に蒸気発生器に残置された鋼製巻尺による伝熱管が損傷したというトラブルです。異物混入防止管理上の不適合を厳しい教訓として、機器内部作業管理要領、作業環境整備要領が整備されました。機器内部作業管理要領では、異物混入防止、防塵などの措置はもちろん、溶接作業時等の防災なども規定しています。また、当時、蒸気発生器保修の際の停止期間に発電所の総点検を実施しましたが、この考え方は今も踏襲され、1年に1回実施される定期検査においても発電所停止直後、原子炉起動前、発電所起動から出力上昇の各段階で点検を実施し設備の健全性を確認しています。
 もうひとつの経験は、昭和51年3月、1号機充てんポンプ保修作業完了後の復旧作業時、極微量の放射性ガスを外部に放出したことです。このトラブルに鑑み、作業実施に当たっての一般的ルールが明確にされました。

  • 承認された手順書による作業の実施
  • ダブルチェックの実施(中央制御室と現場のダブルチェック)
  • クロスチェックの実施(運転員と保修員によるクロスチェック)
  • タッグシステムの遵守(たとえば、通常運転状態から外れた状態にある機器、弁には危険タッグ(操作禁止)、注意タッグ(操作注意)をつけます)
これらのルールは、現在も運用されています。

 以上の対策が、現在の運転操作や作業管理活動の基本となっており、運転員の誤操作防止や保修員との作業時の適切な連携等による作業ミスの防止に役立っています。

 発電所の安全運転を継続するためには、まず、設備がしっかりとメンテナンスされることが前提です。発電所機器の運転はほとんどを社員が実施していますが、設備のメンテナンスは、協力会社に作業をお願いしています。ポンプや弁、電動機など様々な設備の点検、保修を実施する際には、協力会社から作業要領書が提出され当社の保修課で内容を確認し承認した要領書に基づいて作業が実施されます。この中には、作業の手順がステップ毎に記載されており、作業手順の読み合わせや機器組み立て前の異物確認のような当社社員が立ち会うホールドポイントが設備の重要度に応じて定めてあります。作業要領書は、部品の形が似ていて組み込み間違いやすい場合は、スケッチ等で作業員が分かりやすいよう工夫しています。火傷防止や異物混入防止など様々な注意も記載されています。作業要領書は、保修作業の経験を反映して改善してきた発電所の大切な財産です。また、作業報告書には現場作業での点検結果はもちろん、作業改善提案などの記載ができる様式になっています。平成13年には、玄海1,2号機の信頼性向上等を目的として原子炉容器上蓋や中央制御盤他主要機器更新工事を実施しました。これらの工事は主要設備の設計から据付け、運転までの品質保証活動について、若手社員への貴重な技術伝承の場であったと考えています。

 現場でハンマーやスパナを使うのは当社社員ではありません。しかし、当社社員が協力会社社員作業員の方々と一緒に訓練センターで機器の分解点検の訓練を実施し、協力会社作業責任者の方と現場でホールドポイントの確認をし、作業環境改善提案等について作業の状況を見ながら相談したりすることで作業員の方々の苦労を理解し、お互いに同じ意識で作業を進めることができます。朝夕の事務所での作業予定、実績の確認だけでなく、現場でお互いに話をすることで、作業改善提案も積極的に反映できるし、信頼関係も深くなると思います。その結果、作業の質が向上し設備の信頼性も高くなるのです。このような地道な品質保証活動への取り組みが、安全運転継続の基本ではないかと考えています。

3.安全運転への新たな取り組み

 平成14年12月に電気事業法及び原子炉等規制法が改正され、平成15年10月より新たな原子力安全規制の抜本的な強化策の柱として品質保証体制・保守管理活動の確立及び新しい検査制度の導入が図られました。

 まず、品質保証体制の確立については、原子力の安全確保活動の品質を維持・改善するための仕組みを導入するもので、そのポイントは、@トップマネジメント(経営層)による実施、A品質保証の国際規格(ISO9001:2000)を基礎とすること、B保安活動を計画(Plan)、実施(Do)、評価(Check)し、改善(Act)するPDCAサイクルをまわすことにより継続的な改善を実施すること、C社内の独立監査組織による原子力部門に対する監査を実施することにあります。

 また、保守管理活動の確立については、原子力発電設備が保有すべき性能や機能、安全水準等が維持されるよう、安全上の機能、重要度に応じた適切な保守管理を実施することを目的としたもので、そのポイントも、保全活動の計画を立て、実施し、その活動を評価し継続的な改善を図るPDCAサイクルをまわすことです。

 この品質保証体制・保守管理活動を確実なものにする法令上の措置として原子炉等規制法に基づく保安規定に「品質保証計画」及び「保守管理」を記載し、国は年間4回実施する保安検査によって実施状況をチェックすることになりました。一方、電気事業法が改正され今まで電力による自主点検であったものが「定期事業者検査」として法律上の履行義務が課せられ、さらには、電力が実施する検査に独立行政法人原子力発電安全基盤機構が抜き打ち的に立ち会って、結果のみならず組織・体制・検査方法等のプロセスが適切かどうかを審査することによっても品質保証体制・保守管理活動の実施状況がチェックされることになりました。

 発電所としては、これらの新しい原子力安全規制の強化策に対応するために、それなりのマンパワーと時間が必要になりますが、現場の技術者や作業者はすぐには養成できませんので、従来の人員、体制の中で対応しなければなりません。これまで実施してきた現場での地道な品質保証活動と、新しい制度に対応した品質保証活動をうまく融合させ安全運転を継続するため、業務運営体制の見直しなどの対策を鋭意実施しているところです。

4.おわりに

 原子力の品質保証活動は、電力の自主活動から法的要求に基づく活動に移行しました。これに伴い、原子力発電に携わる私たちは気持ちも新たに、皆様に安心して頂けるよう「品質保証」という文字を常に意識しながら原子力発電所の安全・安定運転の継続という永遠の課題に挑戦し続けていきたいと思います。

     

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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.15
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