小特集「初等中等教育における技術教育」

「子どもたちの技術教育と中教審等の動き」

 



今山延洋      
(静岡大学, 日本産業技術教育学会 会長)

    1.はじめに
     日本産業技術教育学会は、会員数約700名の、主に若者の技術教育の研究と振興を主な活動にしている学会である。 私はこの日本産業技術教育学会の会長を務めている。中央教育審議会(中教審)において約10年ごとに改訂される指導要領の検討が進められている。 中教審の中に教育課程部会があり、この中に家庭、技術・家庭、情報専門部会があり、 この専門部会の名称の「技術・家庭」は、中学校の技術・家庭科を意味している。 普通高校には技術科はなく、また、小学校には図画工作科があるが、その指導要領の目的において「造形的」な工作を主目的としており、 役に立つ「技術的」な工作は主眼におかれていない。従って、技術教育の検討は中学校の技術教育の検討を行う、 この家庭、技術・家庭、情報専門部会において技術教育の在り方が検討される。小学校と普通高校の技術教育は検討されない。

    2.子どもたちの技術教育の現状
     中学校の技術教育は、技術・家庭科の技術分野で行われている。技術分野は必修的内容と選択的内容がある。 必修的内容は2つある。1つは技術とものづくりの中の「製作品の設計・工具や機器・製作」であり、 2つ目は情報とコンピュータの中の「操作・ワープロ・ネットワークなど」である。 選択的内容に「エネルギーの変換を利用した製作品の設計・製作」や「作物の栽培」や「マルチメディアの活用・プログラム・制御」がある。 選択的内容の実施の割合はかなり低く、機械や電気に対応する「エネルギーの変換を利用した製作品の設計・製作」も実施はかなり低いと思われる。
     なお、ロボットの製作は選択教科の技術分野で行われることが多い。

    3.技術の時間数の減少
     技術の時間数は、昭和33年には中学1年生から3年生まで合わせて、315時間でたったが、 現在は88時間にまで減少している。「機械」や「電気」は合わせて100時間前後あったが、 現在は選択となり非常にわずかになっている。このことが現在の子どもたちのエネルギ−教育やロボコンや各種の制御などの技術的な素養の欠如につながっていることが伺える1)


    4.中教審で提案したこと
     家庭、技術・家庭、情報専門部会の委員の数は23名で、技術教育に関係すると思われる委員の数は5名である。 私もその5名の中の1人である。
     委員会は平成17年8月に始まり、平成18年7月に第4回目が行われ、ほぼ新しい提案がまとめられ、 現在はそれらの内容の文章化が作業部会のメンバーによって進められている。
     私が会長を務めている日本産業技術教育学会では、若者の技術的素養(21世紀の技術教育2) )として、
     (1)技術的な課題を解決するための手順および安全性を判断する力や、創造・工夫する力
     (2)技術の利用方法や製作品に対する技術的な評価力
     (3)生産、消費、廃棄に対する技術的な倫理観
     (4)自ら律しつつ、計画的に行動を継続する態度
     (5)一般的に器用さと言われる巧緻性
     (6)勤労や仕事に対する理解力、および職業に対する適切な判断力
    を提案し、それらを実施する具体的な内容として、
     (1) 材料の加工・リサイクルの技術
     (2) エネルギーの変換・利用の技術(機械・電気の利用)
     (3) 情報を処理し活用する技術
     (4) 生物生産の技術(環境の制御と育成)
    を提示している。
     私は、専門部会において、日本産業技術教育学会が提示している技術的素養と具体的内容を提案した。 さらに、文献2)の「機械・電気の利用」などがこれまで選択であったのを全て必修とすることも主張した。
     最終の専門部会となる第4回において、内容を考える観点(例)として、
     (1) 材料と加工に関する技術、
     (2) エネルギーの変換・利用に関する技術、
     (3) 情報の処理・活用に関する技術、
     (4) 生物の育成に関する技術
    などが提案され、多くの委員の賛同が得られた。また、4つの項目を必修とすることも提案された。

    5.科学技術教育振興法に技術教育を
     中教審全体の主な答申(平成17年10月26日)の特徴は、
    (1) 国語力の充実を図る、
    (2) 科学技術の土台である理数教育の充実、であると思われる。
     (2)で注意することは、理科と数学が強調されているが、「技術」が出てこないことである。
     ただ、教育課程部会の村議経過報告(平成18年2月13日)「社会の変化への対応」の箇所では、 「科学技術教育」 の文言が出てきたことである。この「科学技術教育」 は新しい提案であり、 技術教育の立場からも接近が必要である。
     平成18年10月2日の国会における、自民党中川秀直幹事長の代表質問の中に、
    『いまこそ、教育基本法改正、教員免許の更新制導入などの教育改革に加え、新たな「科学技術教育振興法」を制定し、 子供たち、孫たちの時代の教育再生とイノベーションの基盤をつくるべきであると考えますが、 総理のご所見を伺います。』
    という発言があり、「科学技術教育振興法」が中教審の「科学技術教育」と符合していることに注目し、 理数教育だけでなく「技術教育」からも積極的に参加する提案を示す必要があると思われる。

    6.第3期科学技術基本計画 と普通教育
     18年3月に作成された第3期科学技術基本計画の「次代の科学技術を担う人材の裾野の拡大」の項において、 「理科や数学の好きな子どもの裾野を広げ、知的好奇心に溢れた子どもを育成するには、 初等中等教育段階から子どもが科学技術に親しみ、学ぶ環境が形成される必要がある。」や 「効果的な理数教育を通じて理科や数学に興味・関心の高い子どもの個性・能力を伸ばし、 科学技術分野において卓越した人材を育成していく必要があり、」などの表現に止まっていて、 理科や数学が強調され、普通教育では技術は軽視される結果となっている。

    7.日本機械学会会長の就任挨拶
     第81期会長就任挨拶を拝見すると、若者の教育の項では「現在政府が進めている教育改革項目の内の “理科大好きスクール”“スーパーサイエンスハイスクール”で確かな学力を向上・・・」という文面からは、 若者の教育については「理科」ばかりを持ち上げていることになる。

    8.理科関係の取り組み
     理科離れの危機意識が数十年前からあり、理科教育学会などを中心として物理学会、 物理教育学会など専門学会が教育については協力的で、30年くらい前からの蓄積が現在に至る。 このような中で、理科関係は、科学の祭典や発明・工夫展、科学館の建設・運営など社会的普及・ 啓蒙活動を盛んに行っている。

    9.技術・工学関係の取り組み
     技術科関係も中・高生「エンルギー利用」技術作品展、中学生ロボットコンテスト、中学生ものづくり競技大会、 発明・工夫展などのような活動を行い、日本機械学会や電気学会など工学系学協会等とも連携をはかり、 それらの実績を集約し、関係各方面に報告等を行い、社会的な認知度を高める必要がある。

    10.日本機械学会・会長賞
     日本産業技術教育学会が主催する中学生・高校生の「エネルギー利用」技術作品コンテストにおいて、 日本機械学会や電気学会の会長賞を提供して頂き、その選考や授賞式等にもご協力を頂いている。 日本科学未来館において行われた授賞式で日本機械学会会長(田口裕也氏)が表彰を行う様子と作品が写真に示されている。

    「エネルギー利用」技術作品コンテスト科学未来館での表彰式
    日本機械学会・前会長・田口裕也氏


    「エネルギー利用」技術作品コンテスト
    日本機械学会・会長賞作品


    11.学校教育法改正に技術教育を
     ご存じのように、先の国会で教育基本法が成立した。噂によると、教育基本法の変更により、 その関連法である「学校教育法」が変更されるとのことである。
     この「学校教育法」において、小学校、中学校、高等学校の教育内容(色々な教科など)が規定されている。 現在、技術科的な教科が中学校のみで、小学校や普通高校に無い現状において、 この法律の改正が一つの契機になる可能性もあろうかと思われる。
     小学校の教育目標が次の18条に示されている。
    第十八条 小学校における教育については、前条の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
     一 学校内外の社会生活の経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と協同、自主及び自律の精神を養うこと。
     二 郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。
     三 日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
     四 日常生活に必要な国語を、正しく理解し、使用する能力を養うこと。
     五 日常生活に必要な数量的な関係を、正しく理解し、処理する能力を養うこと。
     六 日常生活における自然現象を科学的に観察し、処理する能力を養うこと。
     七 健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を図ること。
     八 生活を明るく豊かにする音楽、美術、文芸等について、基礎的な理解と技能を養うこと。
    となっており、技術に関係しそうな部分は三項の「日常生活に必要な衣、食、住、産業等について」の部分かと思われる。 ただ、「産業」は「社会科」で教えているという話もある。中学校や高等学校については、 「小学校における教育の基礎の上に」となっており、小学校の規定が重要である。
    また、それとは別に、中学校に関する第36条の2において
    第三十六条 中学校における教育については、前条の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
     一 小学校における教育の目標をなお充分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと。
     二 社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと。
    となっており、この部分は技術教育に深く関わっている。
    このように、「技術」は他の教科に比べて明確な文言がありません。
    法律が施行された昭和22年からかなりの年月が経過し、現在は、科学技術の時代に入っている。 若者に科学技術的素養を身につける教育が必要とされる時代である。
     このような新しい時代背景の元に、あらたな学校教育法に、 理科とともに『技術科』が入る根拠となる条文を入れる工夫が必要と思われる。
     例えば、第18条の項目に、
    「科学技術について、基礎的な技能と理解する能力を養うこと。」などの文言を骨子とした要請文を作成し、 関係諸機関等に伝えることが考えられる。その際、我々、日本産業技術教育学会はもちろんであるが、 日本機械学会や電気学会などと連名の働きかけも有効ではないかと思われる。

    参考文献
     1)日本産業技術教育学会誌、第48巻第2号、p.145-150(2006)
     2)日本産業技術教育学会誌、第41巻第3号別冊(1999)

     

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日本機械学会
技術と社会部門ニュースレターNo.17
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