LastUpdate 2013.4.3


J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.114 「選択とサービスと機械学会」

日本機械学会第90期広報理事
黒坂俊雄(神鋼リサーチ(株)取締役)

黒坂俊雄

 東日本大震災から丁度2年が経過した。震災の記憶を忘れず再整理する視点、復興の課題など、かなりの数のテレビ放送があった。私はテレビはほとんど見ない人間だったが、震災と原発と復興に関しては、技術者と社会との関わりを意識せざる得ないテーマであり、録画してなるべく見るようにしている。ただ、今回は、技術者と社会という重いテーマはパスして、個人的に録画が溜まり情報がオーバーフローして困っているという日常生活から話題提供したい。

 情報が溢れかえっている。私は、もともと書籍に関しては「積ん読」状態が好きで、読みもしないのにいろいろな知識が得られたような気持ちの錯覚を楽しんでいた。ただ、「積ん読」状態が、本だけでなく、趣味のクラシック音楽のCDが加わり、更に録画した放送が加わりと、全くいただけない状態になっている。昔は良いと思うものを選択して読んだり視聴したりして、密度高く自己に吸収していたものが、今は選択肢が多い中で迷ったあげくに何もしない事がある、そのような実は心貧しい状態と隣合わせにある。

 そのような私が、今は、シンクタンクという情報を扱うビジネスをしている。このビジネスモデルは、昔は、情報を集めてきて整理すれば一通りの仕事になったのだが、今は基本的には情報で溢れており、単に情報を集めるだけではビジネスにならないことがほとんどである。私も迷っているが、顧客(国や企業など)も迷っている。グローバル化がどんどん進みネットも発達したため、多くの顧客は、表面的な課題を数多く認識しているけれど、何を調査したら本当の課題解決につながるのか、十分には理解できていないケースが一般的である。そのような状況の中で、シンクタンクが提供する調査という仕事は、「顧客の選択肢を減らして、その結果、顧客が選択(意志決定)することを手助けするサービスを提供すること」が本質ではないかと、個人的に考え始めている。

 膨大な情報の中から有用な情報を汲み上げる「選択」の重要性は、何も調査という仕事に係わらず研究開発活動、いやもっと広い活動において基本的な事柄である。研究開発活動の情報の「選択」において、質の高い人のネットワークがいかに重要かは、本談話室No.62で福本さんも書いておられ、私も全く共感する。大量のデータから有用な情報を引き出す方法として、データマイニングとかビッグデータとかの情報技術が大きな力を発揮することも事実だろう。また、調査においては客観性を担保するためにも、多方面の専門家の点数付けにより選択することも良く行われる。しかし、人の顔が見えるコミュニケーションや相互の提案・議論により気づきやアイデアが生まれ、そこから見えてくるものが重要だということは、調査という仕事を通しても実感している。機械学会の質の高い人的ネットワークは、多方面からの見識をいただき、コミュニケーションの場が提供される貴重なネットワークと理解している。

 「サービス」の視点が大切そうだと気がついたのは比較的最近である。私は企業での研究開発の従事からシンクタンクへと立場が変わって、はじめて強く「サービス」という言葉を意識するようになった。良く考えみると、企業の研究者であれ、大学の先生であれ、サービスする対象顧客が異なるものの、私は研究というのは究極のサービス業ではないかと思っている(サービスの定義を明確にしていないので誤解の恐れはあるが)。自分の仕事はサービス業であると常に意識し直すことにより、視点が定まり、やるべき事が見えてくる。その結果、企業の場合は業績の向上やそれを通した社会貢献が高まるのではないか、と感じている。これを学会に延長することは少し安易で間違っているかもしれない。しかし、学会の社会貢献が問われる中、情報発信という少し上の立場からの言葉だけでなく、情報提供サービスという少し下の立場からのニュアンスに言葉を置き換えるだけで、学の世界と産業や市民とのコミュニケーションが深まる可能性があるのではないか、とも考えるようになった。

 今回、「選択」と「サービス」をキーワードとしたのは、NHKの白熱教室の「選択の科学」(シーナ・アイエンガー)の放送や、「サービスサイエンス」の講演会(松井拓己)がきっかけとなっている。普段の仕事を通して前から気にかかっていたものを、キーワードとして意識するようになった。機械学会の談話室に何か書こうとして、これらのキーワードが機械学会ともつながっているように直感したため、一文とした。普段、機械工学関係の人があまり意識しないであろう言葉を使うことで、少しだけでも新鮮な切り口が提供できていれば良いのだが。

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