LastUpdate 2013.6.3


J S M E 談 話 室

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JSME談話室「き・か・い」は、気軽な話題を集めて提供するコラム欄です。
本会理事が交代で一年間を通して執筆します。

No.116 「『機械』あるいは『機械的』なるもの」

日本機械学会第91期企画理事
伊藤宏幸(ダイキン工業(株)グループ・リーダー)

伊藤宏幸

 2013年3月23日〜4月20日の間,毎週土曜日に開催された第2回電王戦は,プロ棋士5名とコンピュータ将棋(ソフトウェア)が対戦し,1勝3敗1分でコンピュータの勝利に終わりました.チェスの世界では,既に,1997年,世界チャンピオンであったロシアのGarry Kimovich KasparovがIBMのDeep Blueに敗れています.当時は,将棋はチェスと違い,取った駒を再び使えるので格段に難しいともいわれていました.

そこで,質問です.

「コンピュータ将棋」,「インシリコ創薬」,「デジカメの顔検出」

三題話めいて恐縮ですが,これらに共通する技術は,いったい何でしょうか…?

 答えは,「機械学習 (Machine Learning)」です.漸く「機械」という言葉が登場しました.
以下,かなり単純化していますが,どのように使われているかご紹介します.

 「コンピュータ将棋」で重要なことは,効率的な手の探索と評価関数です.この場合,後者は,刻々と変化する局面において,それぞれの駒の持つ重要度となります.例えば,「王」は取られると負けなので無限大,「飛車」は千点といった具合ですが,初心者ほど単純化して決定してしまう傾向があります.つまり,ソフトウェア設計者自身の将棋の実力に左右されやすいものといえます.そこで,2006年,ボナンザというソフトでは,過去の6万局の棋譜データを機械学習して,局面局面での評価関数を自動的に算出するという方法を採用しました.現在では,評価関数に反映できる指標が数十万通りに増加しています.これなら,最強のプロと同等の評価関数を算出することも可能となります.但し,一流の棋士は,局面毎に平均80通りある差し手のうち,盤面を見るだけで3〜4通りの最適手候補が瞬時に頭に浮かぶらしく,思考のプロセスは随分異なっているようです.因みに,北野宏明氏は,将棋,チェスの両方のケースから,1秒間に2億回の局面探索が人間の能力との拮抗点ではないかとの仮説を導いていますが,Raymond KurzweilのSingularityに通じる興味深い見方ではないでしょうか.

 「インシリコ創薬」,コンピュータを用いた創薬では,この機械学習を,標的タンパク質に対して薬理活性を持つ低分子化合物(リガンド)の判別に用います.しばしば錠と鍵に例えられる両者の関係ですが,次々と新しい物質が合成される中,今や,タンパク質350種類に対して調べるべき化合物が約3,000万種類,組み合わせの数は膨大となり,人間の力では,候補を探索することすら難しくなってきています.そこで,京都大学の奥野恭史先生がリーダーをされている「バイオグリッドHPCIプロジェクト」では,既に薬理活性が確認されているタンパク質のアミノ酸配列とリガンドの化学構造を機械学習させることにより,新規化合物に対する高精度のスクリーニングを実現しています.

 「デジカメの顔検出」,最近は,個人の顔を認識し,笑顔となった瞬間を捉えることができる機種もあります.不思議なことに,家族のように接している方も多い飼い犬や飼い猫の「顔」には反応しません.最近は,Viola-Jones法と呼ばれるスキームが主流のようですが,基本的には,様々な形態ノイズを含む画像から人物像や顔を抽出することができるように,只管,多くの人種,老若男女を含む,あるいは含まない画像を機械学習しています.

 筆者自身は,企業研究者として,計算力学(主として構造・振動,音響),最適設計(数理計画法による非線型問題),システム制御(双腕ロボット,空調機の多入力多出力制御あるいはファジィ制御など),アクティブ消音,IMS国際共同研究などに携わってきましたが,1989年,出張中に無理やり組み入れてUCLAのExtension Schoolで聴講したBernard Widrowによる5日間の講義が深く印象に残っています.アクティブ消音では一般的な手法であるLMSアルゴリズムの創始者の1人として有名な氏による適応信号処理の話を聴いてみたいというのが動機でありましたが,後半はニューラルネットワークの原初形態ともいうべきAdaptive Linear Element (ADALINE), Multiple ADALINE (MADALINE)の話になり,そこで紹介された応用例の一つが,気象予測でした.過去の気象図の推移を大量に「学習」することで,少なくとも数時間後の気象がかなり正しく予測できるようになるということであり,1960年代前半には既に研究されていたとのこと.聴講した当時,気象庁のスーパーコンピュータは,S810/10 (630MFlops)で,日本域モデルでも,高々40km格子19層モデルの時代.いわゆる正統派の数値流体解析では,実用化は,かなり将来の話と考えていましたので,大変驚かされました.因みに単純比較は難しいものの,iPhone5に搭載されているA6プロセッサーは約27GFlopsで,無料のWind Tunnel Proというアプリは,12,696セルで2次元解析(NS方程式:一様非圧縮)をリアルタイムに実行し,動画表示します.

 さて,「機械的」という言葉の意味合いについては,「き・か・い」No.3にて,西尾茂文先生が,やや謙譲のニュアンスを持って「物理的」という言葉との対比をされています.最近の話題でも,ヒッグス粒子の次は,暗黒物質だ暗黒エネルギーだと,まことに深遠なる自然の妙を相手とする物理学を評されてのことかと理解しておりますが,一方で,「機械的」という言葉には,必ず人間の意図,あるいは「設計」ということが背景にあるがゆえに価値ありと愚考します.2千年余の時を経て,未だに当時の天体運行に関する認識や設計者の意図が「発見」されるAntikythera mechanism.そこに見られる精緻な動きに象徴される「機械」ですが,上述の「機械学習」もまた,人間の「設計」したものに相違ありません.「機械的」なるものの限界がどこにあるのか,むしろ,より可能性を拡大しつつあるものと楽観視しているところです.

後記

 「機械」が「機械」を作る.日本がロボット大国と称されていた1980年代に良く登場した映像シーンです.批判も多いところですがKim Eric Drexlerの「アセンブラ」は,人間の手では不可能な微細な作業を「機械」にさせて,分子レベルの「機械」を製造するというものでした.一方で,これは人間の作業能力を機能拡大するもので,機械知能の分野では,むしろ身体知/アフォーダンスの応用領域に発展するのではないかと思いますが,医療ロボットのダ・ヴィンチは人命を預かる手術の精度を高め,成功確率を向上させることに寄与しています.「『機械』を作る『機械』を作る『機械』を作る『機械』を….」なる夢は部分的に実現しつつありますが,果たして,「『機械』を設計する『機械』を設計する『機械』を設計する『機械』を….」は,どのように実現されるのでしょうか?文字通りの自己言及問題を客体化できる日が来るとすれば,それは,どのような影響を人間にもたらすのでしょうか?

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