26.医工学テクノロジー
26.1 はじめに
日本機械学会医工学テクノロジー推進会議(以下,本会議)は「医工学と関連する日本機械学会内における各部門間の連携を強化した部門横断型とし,医療健康産業におけるニーズの把握に務めると共に,学問としてのポテンシャルをテクノロジーとして一層の推進をはかるための活動基盤」として2011年4月に設立された.また「日本医工ものつくりコモンズ」(日本機械学会を含む12学協会により,医工連携に貢献できるものつくりを基盤とする工学各分野の研究者・技術者が医療の最前線で尽力されている医学者と共通な基盤で融合出来るプラットフォームとして2009年に設立)と本会議の設立目的が非常に近いことから,本会議は日本医工ものつくりコモンズの日本機械学会における窓口ともなっている.本会議の主な活動は以下の4つである.
1)学術講演会 日本機械学会総会や年次大会においてオーガナイズド・セッションの企画や事業を企画することにより,当該分野の研究者に情報交換の場を提供するとともに研究情報の維持管理を行う.
2)出版事業 日本語査読論文については,日本機械学会論文集への投稿を推奨する.
3)広報活動 安全性,規格,審査体制などが十分に整備されていない当該分野における製品開発および研究に関して,日本医工ものつくりコモンズの窓口として,第三者機関としてのパブリックコメントを積極的に行っていく.
4)その他の事業 上記の定期的な活動以外に必要に応じて研究会や講演会・講習会を企画開催する.
本年鑑ではまず日本医工ものつくりコモンズの活動を理事長の谷下一夫氏よりご紹介いただく.次に本会議の主な活動1)2)3)に即して行った日本機械学会年次大会におけるOS「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」,特別行事WS「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」に関して,それぞれの開催をご担当頂いた塚本哲氏,岩崎清隆氏より解説頂いた.特に特別行事WSに関しては日本循環器学会のご協力の下,医療側からのニーズやシーズの展開例を知る重要な場となっている.本会議の主な活動4)その他の事業として,他の医学系学会とも開催できないか模索中である.そのため,日本機械学会に所属する12部門における医学関連団体との連携状況を調査するとともに,MedtechJapan2024において展示を行い本委員会のアピールを行った.
〔中里裕一 日本工業大学〕
26.2 ものづくりコモンズ
26.2.1 概況
日本医工ものづくりコモンズは,日本機械学会を軸として,医療分野と工学分野を繋ぐ医工連携のプラットフォームとして,2009年に活動を開始した.学会間で連携する事が,医と工を円滑に繋ぐ事が出来るという事で,医療系と工学系の学会との連携が活動の基盤となり,医工テクノロジー推進会議は日本機械学会側の窓口として,当時副会長の藤江正克氏(早稲田大学名誉教授)のご尽力により設立された.即ち,医工テクノロジー推進会議は,臨床現場で有用な医療機器開発を実現できるために,臨床医学の価値を,機械工学分野に導入するという重要な役割を担っている.2023年度も,そのような観点から,これまでと同様に海外医療機器の最新動向勉強会,コモンズシンポジウム,WEBセミナー・WEBインタビュー,臨床医学の学会での医工連携出会いの広場などの集会事業の開催,出版事業として,コモンズ会誌第3号を発刊した.コモンズ会誌では,毎回医工テクノロジー推進会議からのお便りという記事が掲載されている.第3号では,副委員長の中里裕一氏に執筆頂いた.
26.2.2 海外医療機器の最新動向勉強会
国立国際医療研究センターと提携して実施している勉強会を4回開催した.オルバヘルスケアホールディングス株式会社が発刊しているMedical Globeの記事から選ばれた課題に関して,専門の医師による解説やユーザビリティに関するコメント,特許庁からの知財,薬事の観点から議論するという内容で,正に医療機器開発の根幹に関わる内容となっている.2023年度では,23件の記事が紹介されたが,その内機械工学的要素のある記事は,15件であった.具体的には,以下のような記事である.(1)メドトロニックのリードレスペースメーカーMicra, Micra AV,(2)ロチェスター工科大学の研究による血性心不全を検出できる便座.(3)Lydus社の微小血管吻合用デバイスVesseal (4) Companion社が腰椎変性疾患治療デバイスを開発するBackbone社を買収,(5)Shockwave社が,難治性狭心症治療用デバイスを開発するNeovasc社を買収.(6)FaceHeart社の非接触でのバイタルサイン測定アプリFH Vitals,(7)GlucoTrack社の非侵襲的な血糖値計測デバイスGlucoTrack (8)VistaCare Medical社の患部に触れない創傷治療装置VistaCare,(9)Implantica社が GERD 治療 デバイス「 RefluxStop」をスペインで発売,(10) Elidah社の非侵襲の女性用切迫性尿失禁治療デバイスElitone Urge,(11)Elixir社が冠動脈用薬剤溶出バイオアダプターDynamXの試験結果を発表,(12)Surgerii社が,単孔式の腹腔鏡手術支援ロボットを開発中,(13)TyoCare社の遠隔診療システムTytoCare,(14)ヘモネティクス社の大腿静脈用穿刺部止血デバイス,(15)Dexcom社の持続グルコースモニターDexcom G7,(16)Safe Orthopaedics社のVCF治療用インプラントSycamore,(17)Cala社の手の震えを治療する神経刺激デバイスCala kIQ,(18)LifeTech社の冠動脈用の鉄ベースの生体吸収性スキャフォールドIBS,(19)立位で関節を撮影できるCT装置を開発するCurveBeam社が,豪州で上場,(20)メドトロニックの高血圧治療用の腎デナベーションシステムSymplicity Spyral,(21)ReCor Medical社の高血圧治療用の腎デナベーションシステムParadise,(21)Femasys社の人工授精用バルーンカテーテルFemaSeedが米国で承認,(22)Laborie社がBPH治療用DCB Optilumを開発するUrotronic社を買収,(23)BiVACOR社が,全置換型人工心臓BTAHのFIH試験を開始.この勉強会の詳細な議事録が公開されているので,参照されたい.
26.2.3 集会事業他
2023年度も臨床医学分野と連携する集会事業を多く実施した.毎年行っている日本心血管インターベンション治療学会では,新規医療機器開発のピッチコンテストを行い,優れた開発チームが表彰された.最近スタートアップ企業の成功事例が目立つようになってきたが,コモンズでも,スタートアップの起業例に関するセミナー,シンポジウムを行った.2023年4月に,東京ビッグサイトで開催された「MedtecJapan 2023」で,コモンズ医工連携出会いの広場で,12の団体に出展して頂き,医療,アカデミア,医療企業,ものづくり企業の方々が,熱心に意見交換をされた.
〔谷下一夫 日本医工ものづくりコモンズ〕
26.3 医療福祉機器に関する研究の動向
医工学テクノロジー推進会議が機械学会年次大会で企画しているオーガナイズドセッション「医工学テクノロジーによる医療福祉機器開発」は,本推進会議の設置趣旨に鑑み,機械工学の各分野で日々取り組まれている研究の成果を医療福祉の現場で活用可能な技術として還元するために必要となる分野横断的な議論を促進することを目的として開催されてきた.2023年度の年次大会においては,口頭発表2件・ポスター発表7件の発表を集め,活発な意見交換が行われた.これらの講演から読み取られる医療福祉機器に関する研究の動向について紹介する.
各講演では,自動噴霧システムを有した吸入療法デバイスの提案(1),胸椎に対する電気刺激を用いたリハビリ手法の提案(2),ガイドワイヤーとカテーテルを連動させた場合で通過が困難な血管部位でのデバイス挙動(3),半月板切除後にクッションとして働く非吸収性のフロートリング型インプラントの開発(4),横隔膜各領域における吸気終期と呼気終期の表面積に着目した呼吸器疾患の診断や治療に向けた新たな指標の提案(5),1 枚の画像からデバイスの全体形状と接触力分布を推定する手法の提案(6),ファントム内部における磁性ナノ粒子の発熱および周囲への伝熱特性のレーザー誘起蛍光法による可視化評価(7),胸郭の有限要素モデルを用いて呼吸筋力の低下を考慮した呼吸シミュレーション(8),歯科矯正透明アライナーの成形温度と型の配置が成形直後の初期ひずみ分布に及ぼす影響の調査(9)について報告された.以上より,医学における検査から診断,治療に至る各フェーズにわたって広く機械工学と医学が協業していた.また,医学系研究者との共同研究が多く,一部は動物実験にまで達していた.これらから,医工連携が広く深く浸透しつつあることが覗える.
医療機器開発の出発点は医療ニーズと技術シーズとのマッチングにある(10).本オーガナイズドセッションで発表された医療福祉機器に関する研究成果の出発点においても幸運なマッチングがあったと思料される.最新の研究成果のみならず,それらマッチングの経緯も本オーガナイズドセッションを介して広く共有されることにより,医療福祉機器に関する研究の裾野が大きく広がる端緒になると期待される.
〔塚本哲 防衛大学校〕
26.4 日本循環器学会・日本機械学会合同ワークショップ
治せない患者を治療できる技術やより低侵襲な治療技術の開発の研究開発,そして,非臨床試験と臨床試験を通じた安全性と有効性の評価試験を経て,新たな医療機器が患者さんに使えるようになることによって医療は絶えず進歩している.
医療におけるアンメットニーズと,機械工学等の技術・知が合致し,基礎研究・応用研究を通じて新たな医療機器の臨床導入が実現される.“現場”で“現物”を観察して,“現実”を認識するという三現主義は,課題解決に向けた王道であることは,機械工学分野を基盤とした多くの産業分野の発展からも広く認識されている.本ワークショップ「循環器疾患の治療デバイス・治療法の進展と工学への期待」では,医療とテクノロジーの融合による未来の医療技術をつくる議論の場となることを期待し,臨床現場に新たな治療技術を導入しようと挑戦されている異分野融合研究への取り組みを2名の臨床の先生にご紹介いただいた.
大阪大学心臓血管外科教授の宮川繁先生には,「心臓外科領域における新たな治療の創造」というタイトルで,骨格筋芽細胞, iPS細胞を用いた細胞シートによる重症心不全患者の治療法の開発と臨床試験,左心補助人工心臓による治療の進歩,そして,米国で遺伝子改変したブタ心臓を用いた2例の異種心臓移植の話題と将来展望についてご講演いただいた.
iPS細胞を用いた細胞シートによる治療の臨床導入においては,癌化するiPS細胞がないようにする方法の開発が大きなハードルであったとのことだった.癌化を抑制する因子を詳細に検討し,海外の医薬品を用いることでiPS細胞の癌化を克服されたお話が印象的であった.新しいことに挑戦する際には,誰しも困難に直面する.この際に,他分野の知を結集して粘り強く取り組むことが重要であることを再認識する機会であった.また,骨格筋芽細胞,iPS細胞の大量培養技術等において,工学研究者と多くの共同研究を経て,患者の治療へ応用することができたと話されていた.新たな医療技術の研究開発においては,学際型の研究が必須であり,日本機械学会の会員への期待も寄せられた.
大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学で,株式会社リモハブ代表取締役の谷口達典先生には,「バイオデザイン発!オンライン管理型心臓リハビリシステムの開発」というタイトルで,自宅での心臓リハビリテーションを可能とするシステムの開発についてご講演いただいた.谷口先生は,大阪大学の大学院に在学中にスタンフォード大学のバイオデザインプログラムを基盤とした日本での医療機器開発人材育成プログラムであるジャパン・バイオデザインに第一期生として参加され,株式会社リモハブを創業された.“心不全パンデミック”は日本が直面する課題であるが,外来心臓リハビリは7%程度と低く,この背景には高齢者は移動手段がなく,誰かに病院に連れていってもらわなければならないというハードルがある.そこで,自宅にリハビリ室を届けるということを着想し,医師等が遠隔でリハビリを支援するシステムを開発したとのことであった.遠隔で医師が支援するシステムにより患者の継続率が飛躍的に上がることが期待でき,医師主導治験を開始したタイムリーなお話をいただいた.合わせて,バイオデザインプログラムへの参加経験をもとに,イノベーション教育の重要性についてもお話し頂いた.
座長は早稲田大学創造理工学部総合機械工学科の小生と東京大学医学部附属病院トランスレーショナルリサーチセンターバイオデザイン部門の桐山皓行先生が務めさせていただいた.参加者から活発な質疑があり,盛会であった.講演者の先生方,会場に足を運んでいただいた先生方に心より感謝申し上げる.
〔岩﨑 清隆 早稲田大学〕