宇都宮大学、ロボットが路面電車に乗り込んで弁当を届ける実証実験 LRTとロボットを連携
宇都宮大学 計測・ロボット工学研究室(尾崎・ミヤグスク・田畑研究室)は、一般社団法人 日本機械学会 ロボティクス・メカトロニクス部門主催「ロボティクス・メカトロニクス講演会 2024 in Utsunomiya(ROBOMECH 2024)」最終日の6月1日に、公共交通機関を使った中距離個別配送システムの実証実験を行いました。
尾崎研究室が開発中の2台の移動ロボットが、JR宇都宮駅から次世代型路面電車システム「LRT(Light Rail Transit)」に乗り込んで移動。駅の東口から45分かけて、市民向け行事が行われていた芳賀町「かしの森公園」まで、駅弁と温かいコーヒーを配送しました。
公共交通機関を使うことでロボットの活動範囲を広げることができます
宇都宮大学教授、ロボティクス・工農技術研究所(REAL)所長 尾崎功一氏(右)と、芝浦工業大学教授で、日本機械学会 第102期ロボティクス・メカトロニクス部門長の吉見卓氏(左)。今回の実証実験はロボティクス・メカトロニクス部門の協力企画として実施されました
2台のロボットでお弁当を配送
2台のロボットが駅からスタート
今回の実証実験の目的は、新しい物流システムの技術開発と検証です。使われたロボットは宇都宮大学と同大学発の移動ロボットスタートアップのREACT株式会社(旧社名アイ・イート)が開発した2台です。
実証実験に使われたロボット。こちらは研究用途で、基本的に自立走行で動きます
ロボット1は828× 605×948mm。重さは80kg。台車型のロボットは735×528×1071mm。重さは72kg。一つは研究室主体で開発されている研究用モデルで、もう一つはより実用性を重視した社会普及型の台車型ロボットとなっています。黄色と黒のカラーリングは、LRTに合わせたものです。
台車型のロボット。台車部分はREACTから「陽馬(ひるめ)」という名前で販売されています
いずれも前2輪駆動で、最大移動速度は1.4m/秒。自動走行時は1.0m/秒。障害物認識による停止、緊急停止ボタン、自動走行、人追従(人のあとを追いかけること)といった基本機能を持っています。これらは茨城県つくば市で行われている自律走行ロボットのコンテスト「つくばチャレンジ」での仕様条件に準拠したものです。
駅コンコースを移動中のロボット
台車型のロボットのほうは「陽馬(ひるめ)」という名前で、REACTから製品化され、販売も行われています。研究開発用の台車としてだけでなく、主に倉庫のなかなどで搬送用に使われています。
ロボットの後ろをオペレーターと安全確認員がついた状態で実験を行いました
走行時にはロボット1台につき2名のオペレーターがついて安全管理を行います。一人はオペレーターです。運行状況を監視して、つねに操作用コントローラーを持って操縦へ移行できるようにします。もう一人は安全確認員です。収支の歩行者に対して実証実験を行なっていることを周囲に呼びかけ、安全確保を行います。必要であれば緊急停止ボタンを押します。
実験の流れ 宇都宮駅東口からLRTに乗って「かしの森公園」へ
尾崎教授がお弁当とコーヒーをロボットに積む
ロボットは事前に作成した環境マップ情報をもとに、自分がセンシングした情報をもとに、リアルタイムに自己位置を推定しながら、周囲の壁や柱、ベンチなどを目印にして自動走行していきます。以前この連載でもご紹介した「SLAM」という仕組みです。(第13回 移動技術の発展、そして今はまだ見ぬ新しいロボットはどんなもの?)
ロボットが作成した環境地図
くわえて、宇都宮大学尾崎研究室の独自技術であるWi-Fiを元にした位置情報も合わせて活用して、マップを切り替えながら走行する仕組みです。
ロボットは宇都宮駅構内にある「松廻家」のお弁当を積載しています。宇都宮駅東口の連絡通路を出発したあとに、「ROBOMECH 2024」会場でもあったコンベンション・センター「ライトキューブ宇都宮」に入り、事前に係員が開けて待っていたエレベーターを使って、LRT乗り場のある1Fに移動します。
「ライトキューブ宇都宮」のなかを通って1Fへ移動。建物内に入ったときは迷うシーンも
「ライトキューブ宇都宮」のエレベーターを使って1Fへ降りてきました
そのまま外に出て、LRT乗り場へと移動
1Fに降りたら、ロボットはそのまま屋外に出ます。通路とプラットフォームを進み、実験のため貸切のLRTの到着を待って、乗車しました。
プラットフォームでLRTを待ちます
LRTに乗車
宇都宮LRTは駅から東側に伸び、芳賀・高根沢工業団地までの14.6kmを結んでいる路線です。車内には車椅子スペースと、大きな荷物をおけるフリースペースがあります。乗り込んだロボットは、このスペースを活用して停車していました。そのまま、45分ほど移動します。
LRTに乗って移動中
2台それぞれ、別の場所で待機して移動しました
下車駅は、LRT終点の一つ手前の駅である「かしの森公園前」です。LRTが停車して下車したあと、ロボットはプラットフォームを移動します。
LRTからロボットが下車
取材陣と関係者で混み合うプラットフォーム
LRTから下車後、プラットフォームを移動
横断歩道手前で停車し、青信号を認識したあとに横断歩道を渡って、公園のなかで待っていた芳賀町長の大関一雄氏に、お弁当とコーヒーを届けました。
青信号で横断歩道を横断
2台目のロボットも到着
芳賀町長の大関氏は今回の実験の意義と感想を問われ「未来に向けて大きな可能性が見られた。本当にありがたい」と答えました。
芳賀町長の大関一雄氏にコーヒーを届けました
公共交通機関でロボットの移動範囲を広げる
活用された2台のロボットと今回のプロジェクトリーダーをつとめた尾崎研究室 大学院生の川内涼輔氏。開発準備期間が一ヶ月と短かったことと、狭所での移動、LRTが走行していない24時以降での検証などが大変だったとのことでした。今後の課題がわかったので今後も開発を続けていくそうです。
今回の実験の一番の特徴は公共交通機関であるLRTへの乗車・降車です。公共交通機関を使うことでロボット単独では不可能な移動範囲の拡大が可能になります。また将来的には、人の利用者数が少ない時間帯に新たな搬送手段として使うこともできる可能性があります。
運んだ荷物のお弁当
宇都宮芳賀ライトレール線(愛称:ライトライン)は2023年8月26日に運行を始めたばかりです。開業時には「国内に75年ぶりにできた新たな路面電車」として注目されました。
今回は6月1日に始まったばかりの貸切運行の仕組みを使って、実験が行われました。「貸切利用第一号」とのことで、鉄道ファンたちも注目のなかでの実験でした。
LRTは台車部分の構造を工夫し、床が300mm程度と低く設計されている電車です。高齢者や車いすでも利用しやすく、当然、車輪型の移動ロボットも乗り込みやすい車両となっています。また従来の路面電車よりも振動も抑えられています。
低床型のLRTは車椅子利用にもやさしく、ロボットも乗り込みやすい
なおLRTへの乗車手順は、人間がドア開閉状況を判断するか、ロボットが判断するかの二種類です。プラットフォームを走って乗車マーク手前で止まるところまでは同じですが、人が判断する場合は人が指示を与え、ロボットが判断する場合はLiDARを使ってドアが開いたことを認識すると、自分でそのまま乗り込みます。この点は実験でもうまくいきました。
降車時も基本的に同じです。降車時には位置情報にくわえて、音声認識による降車駅判定の実験も行われました。「次はかしの森公園前」というアナウンスをロボットが聞いて下車すべき場所を判断するのです。しかし今回はサーバーとの通信がうまくいかず、音声認識による下車判断はなしとなりました。今後の課題の一つとするそうです。
「ほっとした」と感想を語った宇都宮大学教授 尾崎功一氏
尾崎氏は、実証実験終了後「ほっとしている。部分的に実験はしていたが、通しで行ったのは今回が初めてだった。条件も変わったので、うまくいくかどうかドキドキしていた。ロボットが少し迷ってしまって時間がかかってしまったシーンもあったが、ほとんど自律で動けたのでよかった。なるべくこういった実験を繰り返してロボットの安定性を高めていきたい」と感想を述べました。ロボットの点数はあえてつけると「60点」だったそうです。
今後については「基本的なところはうまくいった。安定性を高めていきたい。ロボットの活用は社会インフラにつなげたほうが効果的。他のところでも実験が広がっていけばいいと思っている」と述べました。
また「今回の実験は学会がバックにあったから色々なところと繋がって、チャンスを頂けた。学会を通じて他のところにも広がっていけばと思っている」と語りました。
芝浦工大の吉見卓氏は「実世界では何がおこるかわからない。そういう意味では無事に終わって安心した。学会としての後押しも少しはできたのではないか。ロボットが使えるようになるまでには課題がたくさんある。実験をたくさん行って少しずつできるようにしていくことが重要。学会としても今後も協力していきたい」と述べました。
「かしの森公園」では市民向け行事も
関係者一同での記念撮影
目的地の「かしの森公園」では市民向け行事として、芳賀・高根沢工業団地にある本田技研工業関連企業によるロボットやパーソナルモビリティとの触れ合いイベントが開催されていました。
ホンダによるロボットとの触れ合いイベント
Honda ハンズフリー・パーソナルモビリティ「UNI-ONE」。
今回お弁当を届けたロボットのより大型機である、REACTの4輪駆動タイプの大型搬送ロボット「陽牛(ひのぎ)」も体験乗車イベントを行っていました。このロボットは農作業支援などに用いられてます。なお、REACTのメンバーはみな宇都宮大学尾崎研究室のOBだそうです。
REACTの4輪駆動タイプの大型搬送ロボット「陽牛(ひのぎ)」
全国的に少子高齢化が進む中、宇都宮市ではLRTを軸に「コンパクトな町づくり」を目指しています。芳賀町長のの大関一雄氏もLRTを軸にしたまちづくりの今後に期待しており、LRTを起点として他の交通機関などとどう繋げるかが課題だと考えているとのことでした。
そのなかでロボットが新たな役割の一端を担えるようになることを願っています。
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