2023年度 部門長
 神原 信志(岐阜大学)

2023年度部門長 就任挨拶
2023年度の活動に向けて

1.はじめに

 2023 年度第 101 期環境工学部門長を拝命いたしました。101(ワン・オー・ワン)という数字は、ファイリングナンバーで最初につけられる番号という意味もあり、新たな取り組みへの「始まり」という気持ちになります。

 2020 年 1 月以来のコロナ禍は、依然として明ける見通しがたたないままではありますが、学会活動においては、怯むことなく活発な活動と情報発信を継続していきたいと思いますので、皆様、どうぞご協力とご支援のほど、よろしくお願いいたします。

 2023 年度は、2022 年から延期されていた国際会議 International Workshop on Environmental Engineering 2023(IWEE 2023)および同時に第 33 回環境工学総合シンポジウム(SEE 2023)が部門活動の皮切りとして 7 月に開催されます。部門の皆様には、積極的なご発表と議論をお願いいたします。

 一方、総務委員会をはじめとする各種委員会はすっかり Web meeting が定着し、出張時間とコストの節約ができた反面、Face to Faceでの意見交換の重要性と必要性も再認識されている頃かと思います。今年度からは状況をみながらになりますが、委員会はオンラインと対面のハイブリット開催に移行していければと考えております。

 環境工学部門は、言うまでもなく社会的要請の高い研究テーマが多い分野であり、今後は特に 2050 年カーボンニュートラル実現を目指すグリーンイノベーション(GI )、さらには経済社会システムの変革をも目指すグリーントランスフォーメーション(GX)実現への貢献が期待されます。第一技術委員会(振動・騒音)、第二技術委員会(資源循環・廃棄物処理)、第三技術委員会(大気・水環境保全)、第四技術委員会(環境保全型エネルギー)の諸活動と相互連携、さらに最近では法工学との連携活動を通じて、複雑化・複合化する課題の解決を通じて、GI、GX に取り組んでいただけたらと思います。

 ここでは GI、GX に関する私の研究の一部を紹介させていただき、新たな研究委員会立案等の話題の 1 つとさせていただきたいと思います。

2.燃料アンモニア

アンモニアは低 CO2(65 〜 99%減)で製造可能なこと、また、輸送、貯蔵、取扱技術が確立していることから、早期に社会実装可能な脱炭素燃料および水素キャリアとしてその利用が計画されている。特に、水素製造工程で発生するプロセス CO2 を回収・固定するブルーアンモニアは、コスト面で実用性が高く、事業用発電分野や船舶分野では実証試験が始まっており、 2023 年輸入量は 50 万トンが計画されている。一方、2050 年カーボンニュートラル実現に向けては、産業・運輸・民生分野におけるアンモニアのアプリケーション開発が必要であり、研究開発はもちろん、アンモニア利用上の法工学的な検討も重要となる。

事業用発電分野や船舶分野ではアンモニアそのものを燃焼(混焼、専焼)する技術開発がなされているが、産業・運輸・民生分野では、水素キャリアとしてアンモニアを利用する技術開発が主として考えられる。

3.アンモニアからの純水素製造

 アンモニアから純水素を得るには決して簡単ではなく、いくつかの技術的課題がある。図1 は、アンモニア分解触媒と水素分離装置で構成される純水素製造プロセスである。このプロセスでの第一の課題は、触媒性能とその熱供給であり、できるだけ低温で高い分解率が得られる低コスト触媒の開発が求められる。第二 の課題は水素分離である。アンモニアの分解生成物で あるH2 /N2 および触媒で未分解のNH3 からなる混合 ガスから、水素のみを高効率に分離する方法が求めら れる。第三の課題は水素分離残渣ガス(未分離のH2 、分離されたN2 / NH3 からなる混合ガス)の処理である。


図 1 アンモニアからの純水素製造プロセス例

(1)アンモニア分解触媒の課題
 アンモニアの熱分解は次式のように吸熱反応である。
NH3 →(1 / 2)N2 +(3 / 2)H2 + 46.11 kJ/mol    (1)

 この反応の触媒としてルテニウム(Ru)が高い活性を示すことが知られている。筆者らが開発した Ru 触媒では触媒層温度 200 ℃程度でアンモニア分解が開始し、450 ℃で分解率 97.6 %、530 ℃で 99.8 %に達した。 530 ℃での触媒出口ガス組成は、H2 74.9 %、NH3 0.1%、 N2 25.0 %である。しかしRu は貴金属であり、コスト面から Ru 代替触媒の開発が望まれる。また、吸熱反応に必要な熱供給法の合理化が課題である。

(2)水素分離の課題
 燃料電池用 H2 ガスの ISO 規格では 0.1 ppm 以下の含有 NH3 が許容されるが、H2 ガス中に微量のNH3 が含まれる場合、未反応 H2 ガスのリサイクルを行う PEFC システムではリサイクルによって NH3 が濃縮され、PEFC の触媒層(MEA)にダメージを与える。したがって、PEFC 用 H2 としては NH3 を全く含まない純水素が望まれる。

 H2 分離方法としては、圧力変動吸着法(PSA)、高分子膜(ポリイミド膜)、シリカ膜、金属膜などがある。 PSA は NH3 を完全に分離することは困難である。ポリイミド膜はNH3 によって加水分解されるため、適さない。シリカ膜は孔径 0.3 nm 程度の分子ふるい膜であるため、分子径 0.26 nm のNH3 と 0.289 nm のH2 を分離することは困難である。

 パラジウム−銅(Pd - Cu)合金膜に代表される金属膜は、溶解拡散機構により原理的にNH3 を透過しない特性を持つ。図 2 にPd- Cu 合金膜の水素分離メカニズムを示す。


図 2  Pd- Cu 合金膜の水素分離メカニズム

 NH3 /H2 /N2 混合ガス中の水素分子は拡散移動により膜表面に吸着する。膜表面では Pd を触媒として 450 ℃の温度下で水素分子が解離して原子状水素(H)となる。H は差圧をドライビングフォースとして Pdの格子内を拡散移動して膜を透過した後、膜出口で再結合して H2 となる。このようなメカニズムにより、金属膜では NH3 /H2 /N2 混合ガスから H2 のみを分離できる。しかし、必要な温度と圧力が比較的高く、エネルギー効率の面で課題が残る。

(3)水素分離残渣ガス処理の課題
金属膜を用いて触媒出口ガス(H2 74.9%、NH3 0.1%、 N2 25.0%)からH2 を分離すると(H2 分離効率 100 %を仮定)、N2 99.6 %、NH3 0.4 %の残渣ガスが排出される。アンモニアガスの作業環境許容濃度(TLV-TWA)は 25 ppm、また 10 ppm 程度を超えると臭気をもつことから、残渣ガス中アンモニアの除去が必要となる。アンモニア除去法としては、気液接触吸収法、吸着剤、触媒燃焼法、さらには大気圧プラズマによる分解または酸化処理が考えられる。しかし、吸収液や吸着剤の後処理、触媒燃焼やプラズマ酸化による窒素酸化物の発生が課題となる。

4.プラズマメンブレンリアクター(PMR)

 プラズマを利用して水素分離と残渣ガス処理の課題を同時解決する方法を考案した。触媒出口ガス(H2 74.9 %、NH3 0.1%、N2 25.0 %)中のH2 および NH3 をプラズマで分解し、原子状水素 H の積極的な生成による水素分離流量の向上とアンモニア分解による残渣ガス処理を同時に行うプラズマメンブレンリアクターである(図 3)。PMR は純水素製造流量の飛躍的増大と水素分離残渣ガス処理に有効であることがわかった。

5.まとめ

 GI 、GX に関する話題提供をさせていただきました。果たしてアンモニアはカーボンニュートラルに貢献する有効な一手になりうるのだろうか、多方面からの意見をいただきたいと思っています。 環境工学部門の研究者個々の研究を基盤に、G I 、GXに貢献する研究として拡張・統合していけば、部門として研究プロジェクト化できるのではないかと考えたりしています。

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