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平成28年度 材料力学部門賞 受賞者の言葉

功績賞

「材料力学部門の発展,活性化と破壊力学分野
                   の発展に対する長年の功績」
岸本 喜久雄
東京工業大学 環境・社会理工学院

2007年度の業績賞,2014年度の貢献賞に続いて,材料力学部門の功績賞を授賞いただき,大変光栄に思います.ご推薦いただきました材料力学部門の皆様方,これまで,ご指導,ご鞭撻下さった方々に深く御礼申し上げます.恩師であります坂田勝先生は2000年度に功績賞を受賞されておられますが,伝統ある本賞をこの度受賞できましたことはこの上もなく嬉しく思います.

破壊力学の研究のスタートは,1974年4月に卒業研究で坂田先生の研究室に配属されたときになります.その時に与えられたテーマは,き裂の高速進展に関する研究でした.き裂が高速で進展する際の動的応力場を解明しようとするものでした.坂田先生と当時同研究室の助手をされておられた青木繁先生との共著で「機械の研究」に連載された動的破壊力学に関する解説を読み,この課題に強く興味を惹かれたのを記憶しています.卒業研究では,スエーデンの研究者のBroberg先生が発表した一様引張応力が働いている場合の解析法を参考にしながら集中荷重を受ける場合の解を求めることと,Dugdaleモデルによって塑性変形の影響について考察することを行いました.解析は複素関数を用いる方法でしたので,青木先生の個人指導を受けながら留数計算をひたすら根気良く繰り返すものでした.その成果については,幸い1975年の通常総会と年次大会において講演をさせて貰うことができ,また,私自身の最初の論文として日本機械学会論文集に「集中荷重を受けて両側に進展するき裂の破壊動力学解析」として掲載することができました.また,数年後に,Broberg先生が国際会議で来日された折にお目にかかることができたときは非常に感激でした.Broberg先生のお弟子さんのStahle先生とは現在も交流が続いています.当時,破壊力学の研究が活発に行われ始めていたこと,また,その中で動的破壊力学という特色あるテーマに出会えさせて貰えたことで,現在に至るまで破壊力学の研究を続けることが出来たように思います.取り組む研究テーマの選択の重要性を今になって改めて思います.

修士論文では,一般的な場合の動的き裂問題を取り扱いたいということで,有限要素解析に取り組みました.東工大ではまだ自由に大型計算機を使える状況になかったことから東大の計算機センターに通い詰めました.様々な大学の人達が通っていたので,センターが熱気に溢れていたのを思い出します.その成果は「特異要素を用いた有限要素法による動的応力拡大係数の解析と高速き裂進展のシミュレーション」として日本機械学会の論文に掲載され,幸運なことに論文賞を受賞することができました.なお,当時は指名討論という形式があり,採択決定後に文書で討論を行い,その内容を合わせて掲載することが行われていました.掲載に至るまでの労力は大きかったですが,学術の発展のためには大いに意義があったように思います.また,当時は日本語で発表した論文を改めて英文化して海外の論文集に投稿することが許されていました.海外の雑誌に投稿した際に,厳しい質問を受け,また,英文の未熟さもあったので,掲載までに何度も査読者とやり取りをしました.このことを通じて,英語で討論を行うことも学んだように思います.掲載後,別刷を請求する手紙を海外の研究者達から受け取ったときは,当時はそのようなことが行われていましたが,自分の研究に興味を持ってくれる研究者がいることを知り,海外に論文を発表することの重要を実感しました.現在は,国際会議も多く,メールでの情報交換も自由に出来る環境が整っているので,その分,国際交流の質を高めることが重要になっているのかも知れません.

修士課程を修了後に助手に採用されました.そして,破壊問題をより一般的に取り扱えないかと考えて,RiceのJ積分の拡張に関する研究に取り組みました.慣性力,物体力,熱ひずみ,塑性ひずみが存在する問題,さらには,3次元き裂問題に対しても適用可能な形での破壊力学パラメータの定式化を行うことを試みました.その成果は「き裂の進展挙動を記述するための破壊力学パラメータについて」という題の論文にまとめることができました.この論文は文字通り紙と鉛筆だけで作ったものです.研究費は必要ですが,思索する時間の確保は非常に大切に思います.今と違って時間には恵まれていましたので,定式化した式の有用性を様々な場合について計算機シミュレーションや実験により示すことに研究時間を費やすことが出来ました.一緒に研究をしてくれた学生達にも恵まれていたように思います.

学位取得後に暫くして在外研究でケンブリッジ大学に滞在する機会に恵まれました.Smith先生のお世話になりました.疲労き裂の研究をする機会を得て,初めて国際共著論文を書くことが出来ました.さらに,海外の大学における教育や研究の実態について学ぶことができ,貴重な糧となりました.Smith先生とは様々な場面で現在も交流を続けることが出来ています.

助教授への昇任に際して,坂田先生,青木先生から離れて,小泉堯先生,渋谷壽一先生の研究室に異動になりました.小泉先生からは企業との共同研究や高分子材料の研究,渋谷先生からは接触問題や衝撃問題についての研究を行う機会を頂きました.ここで教授にも昇進させて貰いました.当時,助手をされていた井上裕嗣先生,納冨充雄先生とも様々な研究をすることが出来ました.本賞を井上先生から授与していただけたのは嬉しい限りです. その後も,現在に至るまで,お名前を全て記すことはできませんが,多くの方々に出会うことができて,楽しく研究を行って来ることができました.今後も時間の許す限り研究を続けて参りたいと思います.動的き裂問題に始まり,破壊力学パラメ-タの理論的検討,弾塑性破壊力学,界面破壊力学,異接合強度,高分子系材料の強度,波動伝播問題,腐食・防腐問題,逆問題解析などの研究を人や環境に恵まれたことで行えて来られたように思います.このことが破壊力学分野の発展に少しでも寄与できているのであれば,望外の幸せであり,お世話になった皆様に心から感謝申し上げたいと思います.

材料力学部門では部門幹事や部門長を務め,僅かですが運営面で助力させていただきました.部門長のときに,それまで材料力学部門講演会と呼んでいたのを材料力学カンファレンスと名称を変更しました.研究発表の講演だけではなく,色々な行事を行うことで部門が活性化できればと考えたからです.部門活動の魅力向上は大きな課題で,今後も継続して取り組んでいかなければならないことのように思います.お手伝い出来ることがあれば,今後ともお声がけいただければ嬉しいです.



業績賞

固体の非可逆力学現象に関する先駆的研究

橋口 公一
MSCソフトウェア(株)技術顧問
九州大学名誉教授

この度,平成28年度・日本機械学会材料力学部門業績賞を頂戴しました.以下に,受賞に至るまでの研究経緯や受賞業績の概要について記させて頂きます.


固体の非可逆力学現象の支配法則:下負荷面モデルを創出して

固体の弾塑性変形現象や摩擦現象を如何に高精度,高速度で解析するかは,自動車産業,航空機産業,製鉄業,土木建築構造物等の産業分野における工業設計の成否を左右する重要な鍵に他なりません. 降伏面の内部を弾性域と仮定する古典弾塑性モデルでは,降伏応力以下で,応力がどんなに変化しても,弾性変形が繰り返されるだけで,塑性ひずみは表現されません.したがって,古典弾塑性モデルは,諸機械の耐振設計や土木建築構造物の耐震設計には用いることはできません.そこで,1960年代以降,繰返し負荷による塑性変形を合理的に表現するモデルの構築を巡って熾烈な戦いが展開されて来ました.そして,この半世紀に亘って多くのモデルが提案されて来ました.

これらのモデルは,降伏面の内部に,さらに小さな降伏面を仮定して,それが応力とともに移動して降伏面に近づくにつれて,塑性変形が発達すると仮定するもので,“繰返し移動硬化モデル”(cyclic kinematic hardening model) と呼ばれます.これは,Mroz (1967) によって最初に提案され,降伏面の内部に重層する複数の降伏面を仮定する“多面モデル”(multi surface model) と呼ばれます.ついで,Dafalias and Popov (1975) によって,降伏面の内部に一つだけ小さな降伏面を仮定するモデルが提案され,降伏面を二つ仮定するので,“2面モデル”(two surface model) と呼ばれます.さらに,Chaboche他 (1979) により,一つの小さな降伏面(Mises型の円筒形の金属降伏面に限定)だけを用いて,それが複数の移動硬化則の組合せで移動するモデルが提案され,“重合せ移動硬化モデル”(superposed kinematic hardening model)と呼ばれます.なお,2面モデルおよび重合せ移動硬化モデルを援用したものとして,それぞれYoshida and Uemori (2003) モデルおよびOhno and Wang (1993) モデルが有ります.しかし,こんな考えは妥当でしょうか?私の若年の頃,既にこれらのモデルが提案され,広く用いられていましたが,到底納得できるものではないと感じました.つまり,

1) これらのモデルによれば,仮定される小さな降伏面内の小さな振幅の応力の繰返しでは,弾性変形が繰り返されるだけで,塑性変形は表現できません.この欠点を改良しようとすれば,応力レベルや振幅に応じて,その内部に次々にさらに小さな降伏面を仮定しなければならず,入れ子あるいはロシアのマトリョーシカ人形のように,堂々巡りのことを繰り返えさざるを得ず,無間地獄に陥入ります.降伏面の内部を純粋弾性域とする古典弾塑性モデルの欠点を解消するのに,またもや純粋弾性域を囲む降伏面を仮定するのでは,問題の本質的解決には至り得ません.

2) 塑性変形の発達を,それと本質的に異なる移動硬化に帰すること自体,物理的な合理性が認められません.

3) 降伏面の内部を純粋弾性域と仮定するので,一般に実際には観察されない降伏時の塑性ひずみ,つまりオフセット・バリューを決めなければなりません.しかし,これには,i) 任意性を伴い客観性が無く,また,ii) 降伏したか否かの判定が必要になります.

4) 増分ステップを与えながら進める数値計算においては,降伏面から飛び出した応力を降伏面に引き戻すためのサブルーチンによる付随計算が必要になります.

5) 応力解放に至る除荷過程で生じる塑性ひずみの高精度な表現を要求されるスプリングバック現象の合理的表現,金属疲労現象,夥しい数のすべり系に生じる塑性すべりの解析を求められる結晶塑性変形などの表現に適用できず,また,土,岩,コンクリート等,金属以外の材料の塑性変形解析には用いることはできません.つまり,塑性非圧縮性の金属のみを対象とした場当たり的な対処療法モデルとみなされます.

そこで,純粋弾性域を囲む降伏面を捨て去って,“応力が降伏面に近づくにつれて,塑性変形が発達する”という極めて自然な仮定を導入しました.そこで,現応力点を通って降伏面に相似な“下負荷面”を導入して,前者に対する後者の大きさの比(0~1)を“正規降伏比”と名付けて,降伏面にどれだけ近づいたかを示す尺度としました.そして,塑性状態においては常に1に漸近するように正規降伏比の発展則を定式化しました.したがって,塑性変形過程においては,応力は降伏面に近づくことになります.また,増分ステップによる数値計算において,応力が降伏面から飛び出して正規降伏比が1を超えると,正規降伏比は発展速度が負になって1に戻るように制御されて,応力は自動的に降伏面に引き戻されます.つまり,応力の自動制御機能が内包されます.降伏面の内部を純粋弾性域と仮定しないので,オフセット・バリューの決定や,それに基づく降伏判定は不要です.結局,応力が降伏面に達したか否かの降伏判定や,応力を降伏面に引き戻す作業は要らないことになって,高速度で数値計算が実行できることになります.

以上のように,下負荷面モデルの創出によって,古典弾塑性モデルの全ての欠点が解消されました.無論,本モデルは,物理的合理性・一般性,数値計算の効率性の両面で,繰返し移動硬化モデルに比して,圧倒的に優位性を有しています.なお,下負荷面モデルは,準静的負荷から衝撃負荷に亘る広範な時間依存性現象,損傷現象,相変態現象等の合理的表現,また,極めて多くの結晶のすべり現象の解析が求められる結晶塑性変形解析に不可欠です.さらに,繰返し移動硬化モデルが金属変形現象を場当たり的に表現するのに対して,地盤材料等の変形現象の解析へも広範に活用されています.


自然科学の盲点:摩擦理論を構築して

自然科学は,前世紀に入って相対論,量子力学と飛躍的に発展し,非古典力学研究の時代を迎えています.しかし,その基となった古典力学には,重要かつ基本的な未解決問題が残されていました.その代表的な力学現象は,“摩擦”です.

自然界の全ての物体は,真空中を浮遊している場合を除いて,他の物体と接触して摩擦を生じています.したがって,摩擦は,機械・土木構造物は元より,ノイズの少ない精密機器や音響装置の力学設計,さらには,後述の地震予測に不可欠で,論文数の最も多い研究課題の一つです.それだけに,中高の理科や物理の教科書にも摩擦の記述が有り,静止摩擦,動摩擦という用語が出て来ます.しかし,静止摩擦,動摩擦が数理論式で表現され,理論的に予測できるようになったのは,極く近年のことです.

物質の表面は,細かい突起で覆われ,接触している物体に作用している力は小さくても,これらの突起の先端には大きな圧力が作用して凝着しています.接触している物体に相互すべりが生じて,その凝着が引き剥がされるさいに摩擦抵抗が生じます.これらの突起が剥がれるにつれて,摩擦抵抗は静止摩擦から動摩擦に低下します.この解釈は,前世紀の中葉に,ケンブリッジ大学のボーデン,ターバー両教授によって提案されたもので,“凝着説”と呼ばれています.しかし,凝着説に基づく数理論式は与えられずに,長年月が経過しました.凝着説に基づいて,摩擦現象を定量的に表現する摩擦理論式が定式化されたのは,下負荷摩擦モデルが創出された僅か10数年前のことです.これにより,摩擦が関わる工業設計の高度化が飛躍的に進展するに違いありません.特に,従来の摩擦理論によれば,クーロン摩擦力以下の摩擦力が繰り返し作用しても,ボルトやナットといった締結体の弛みは生じませんが,実際には,小さな弛みが蓄積されて大きな弛みが生じて,自動車事故,鉄道事故,航空機事故が頻発し,さらには原発における冷水漏れ等の故障も生じています.これらの事故防止には,諸機器の力学設計に当たって,摩擦基準応力以下の摩擦の繰り返しによるすべりの集積をできる下負荷摩擦モデルの導入が不可欠です.なお,不可能とも見られている地震の合理的予測も,下負荷摩擦モデルの導入により達成されるに違いありません.

以上のように,下負荷面モデルは,広範な材料の種々の変形,摩擦現象において,物理的表現,数値計算の両面で,高い合理性を有し,固体の非可逆力学現象の支配法則であるとみなされます.

なお,下負荷面弾塑性・摩擦モデルについて詳述した書籍を参考文献に挙げています.また,MSC Software Ltd.の商用FEMソフトMarcに2017年版から標準搭載されて世界に向けて発信されます.計算プログラムの詳細については拙著を参考されて,実用解析にMarcを活用頂ければ光栄です.




マルチスケールな材料と構造のサイズ効果に関する先駆的研究

渋谷 陽二
大阪大学 大学院工学研究科

この度は,栄えある材料力学部門の業績賞をいただき,誠にありがとうございます.ご推薦いただいた方,関係各位に厚く御礼申し上げます.授賞式の時に申し上げさせていただきました自らの恥を少し書かせて頂きます.

最近,学生時代に行った研究を再度見直す機会がありました.当時は手書きで,図面は墨入れをした論文ですので,今の学生がワードで書く論文に比べてページ数だけはかなりあります.学部4年生の卒業研究から修士に至るまで,選点法とフーリエ解析を用いた円孔群の応力集中の問題を数値的に求めていました.無限体に1個の円孔がある場合,無限遠の一様引張応力に対する応力集中係数が3になることは弾性力学の範ちゅうで厳密に求められます(Kirschの解(1898)).軽量化や放熱効果を上げるために円孔が板材等に設けられますが,ひとまずこの3を応力集中係数として評価することにより,第一近似的に強度評価が行えます.では,無限体から帯板になるとどうなるか? Howlandが1930年にPhilosophical Transactions of the Royal Society Aにおいてその解を示しています.それによると,帯板の長手方向の一様引張りに対して,帯板の板幅が小さくなるほど,その1個の円孔の周辺で生じる応力集中係数は無限体の3より小さくなり,2に漸近します.すなわち,帯板の境界条件の存在は,円孔周辺の応力集中を緩和し,無限体の3で設計するのが安全側であることを立証したことになります.それでは,帯板に半径が同じ2個の円孔がある場合にはどうなるのか? この解は,Atsumiにより1956年Transaction of ASMEに掲載されており,半径に関わらず1個の場合よりも応力集中は小さくなります.これは,円孔列方向の一様引張りに対する応力集中の相互干渉によります.それでは無限個に並んだ円孔群の場合には? この解は,Schultzにより1942年(英語版は1943-45年)に,そして西谷により1968年日本機械学会誌に掲載されており,2個の解よりも小さくなります.ここまではわかっていましたが,それでは3個から無限個までの推移はどのようになるのか? これが私の卒業研究と修士研究の一部でした.その結果,3個までは応力集中は確実に減少しますが,それ以降はほとんど西谷の解とほぼ一致します.円孔間距離が大きくなりますと,その変化幅は小さくなりますが,傾向は同じです.すなわち,帯板に円孔を増やすと,帯板の長手方向無限遠での一様引張りに対する応力集中係数は円孔3個までは低下するが,それ以上は何個あってもほぼ無限列の解と同じになり,その解を用いると精度良い強度計算ができることを示唆していることになります.あるいは別の解釈をすれば,複数個の円孔群の応力集中係数が不明であるならば,比較的厳密に求まる帯板に円孔1個の解(Howlandの解(1930),そして経験的な式を与えたHeywoodの解(1952))や無限体に円孔1個の解を代用することで,安全側の設計になることを保証するものです.この結果を,当時の指導教授であった大阪大学の浜田 実先生と,共同研究者でありました奈良高専の水島 巌先生と私の3名で日本機械学会論文集に1983年出版しました.Howlandの解から50年以上経っていることになりますが,強度評価の上では貴重な成果と思います.しかし,当時の私はその価値をほとんど理解することもできず,同じ研究室で行われていました北川 浩助教授(当時)の弾塑性有限要素解析の有限変形解析をしたいと浜田先生に申し出たことを記憶しています.“重箱の隅をつっつくような”つまらない線形弾性の応力集中のテーマでなく,当時まさに世界全体でしのぎを削っていました局所変形や圧壊へと導く大変形解析の先端的研究を修士研究としてしたかったわけです.それから30年ほど過ぎ,その間固体力学の研究に携わり,様々な経験と知識に触れてきた中で,浜田先生とともに明らかにした応力集中の問題は,安全で安心な構造物の設計に不可欠であることを認識でき,より精度を高め,より効率的な設計を可能にした学術的貢献は大変大きなものであることをようやく理解できるようになりました.応力集中の問題は,内力の流れを乱す境界の幾何形状や外力の負荷形態に強く依存し,それらの基本解をまとめ上げることは強度設計において大きな意義を持ち,そのことが今では当たり前のように用いている応力集中のハンドブックの存在につながっています.例えば,西田正孝先生の「応力集中」(森北出版,初版は1967年),R. E. Petersonの「Stress Concentration factor」(John Wiley & Sons,1974年),日本機械学会編の「機械工学便覧」(初版は1934年で,2003年に「機械工学便覧 基礎編 3,材料力学」として改訂されている)といった書籍は応力集中のバイブル的存在であり,これまで関わった非常に数多くの研究者のすばらしい成果の集積体であると言えます.

研究の価値とは何か? だれが価値を決めるのか? 研究の動機付けに深い意味がなくても,あるいは結果が予め予想できるものであっても,その解釈をする人が変わったり,取り巻く社会環境が変わったりすると,その価値自体も大きく変わることを我々研究者は何度も経験しています.研究の価値を,一過性の価値基準のもとで批判や論評するのは簡単ですが,その前に価値とは何かに思いを巡らせ,一呼吸おいてから研究談義をしたいと思った次第です.

今は亡き,共著者の浜田先生,水島先生にはこの場をお借りして深く感謝の意を申し上げるとともに,30年経ってようやくその価値に気づき理解することのできた不出来な学生であったことのお詫びをさせて頂きたいと思います.ありがとうございました.




炭素繊維強化プラスチック製高圧容器の設計高度化に関する先駆的研究

吉川 暢宏
東京大学 生産技術研究所

この度は栄えある日本機械学会材料力学部門業績賞を賜り,非常な名誉に身が引き締まる思いです.高く評価いただいた方々に感謝申し上げるとともに,様々な形でご指導,ご協力いただいた方々に改めまして御礼申し上げる次第です.

燃料電池自動車の普及を中核とし,水素を媒体とした効率的なエネルギーマネジメントを実現しようとする,いわゆる水素社会の具現化に向けて,高圧水素のハンドリング技術が鍵となっています.水素環境下での金属劣化の問題に加えて,自動車で70MPa,水素スタンドで100MPaという,これまで類を見ない超高圧ガスに対する機器の安全性・信頼性を確保する技術が求められています.その基幹部品となるのが炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製高圧容器でが,残念ながらその強度評価技術が確立されているとは言いがたい状況です.鋼製の容器であれば,「試験片を用いた材料試験による許容応力の設定」と「計算による肉厚寸法の決定」により設計が行われます.CFRP製容器に関しては,CFRP材料に対する許容応力設定の方法論が確立されていないことが根源的問題となっています.この問題は,圧力容器に限らず,CFRP製品全般に関わるもので,現状では実部品を製造し破壊試験に供して信頼性を確認するとの方法論を採らざるを得ません.この方法論に沿う限り,試作と破壊を繰り返す試行錯誤的設計に容易に陥り,計算による合理的設計にはなかなか到達し得ません.この状況を打開するためには,CFRPの材料としての根幹である,樹脂と炭素繊維の複合体としての様相にまで立ち入った方法論,ミクロ・メゾスケールで材料を捉える手法が必要と思います.これは圧力容器のみの問題ではなく,CFRP製品開発全般にわたる問題として,材料力学部門の叡智を結集して問題解決の具体化を図るべきものと考えております.皆様方の益々のご協力をお願いしたいと思います.

高圧水素用容器として一躍脚光を浴びてしまったCFRP製容器ですが,その開発の歴史は航空宇宙技術にまで遡ります.そこからスピンアウトして民生技術として活用されたのが圧縮天然ガス自動車用の燃料容器です.自分個人としても,CFRP容器の研究開発に携わるきっかけは圧縮天然ガス用の容器設計を合理化しようとする試みでした.残念ながらその試みは自発的なものではなく,元首都大学東京の川原正言先生や高圧ガス保安協会の竹花立美氏らのご提案で高圧力技術協会に平成11年に設置した「天然ガス自動車用高圧燃料容器の低コスト化と安全性に関する専門研究委員会」で委員長を任されてしまったというのが正直ないきさつです.その当時より,CFRP容器の開発と評価に関わる技術者の問題意識としては,製造された実容器に対して破裂試験と圧力サイクル試験を課して安全性を確かめる,いわゆる設計確認試験を合理化したいとの意図が根底にあり,ひいては国内メーカーの技術開発力も強化したいというものでした.米国,カナダ,イタリアといった天然ガス自動車先進国の容器メーカーは,それまでに十分な経験と実績を積んでおり,設計確認試験の枠組み内での設計ノウハウを有していたので,その枠組みを変えるような新興勢力の試みは快いはずもなく,天然ガス自動車の国内普及を推進させようとする自動車メーカーもなかったことから,芳しい成果を得ることなく委員会は終了となってしまいました.その当時は,高圧水素容器の問題として課題が復活するとは考えもしなかったので,徒労に終わったという感想しか持ちませんでしたが,いま振り返ればCFRP容器に関する根本的な問題を理解するうえで非常に有益な経験になったと思います.自分の経験を普遍化するつもりはありませんが,年寄から押し付けられた一見面白くなさそうな高圧ガス保安に関わる課題も,材料力学としてのことの本質を突き詰めれば,将来において必要性の高い課題設定につながることもあります.若手研究者の皆様には,寛容の心で年寄りの言葉も聞き入れていただきたいと思いますし,自分も年寄りに近くなってしまいましたので,よい課題が設定できるよう,ますます情報のアンテナの感度を上げる必要があると考えております.

CFRP材料の強度評価の難しさは,炭素繊維と樹脂により構成されるミクロ構造の複雑さに由来します.その本質を見極めるには,ミクロ構造を直接的に扱う方法論が有効であろうと思います.その実現には大規模なコンピュータシミュレーションを活用する必要があり,また「京」に代表されるハイパフォーマンスコンピューティングのインフラも整備されており,環境は整ったといえるかと思います.樹脂単体の強度,炭素繊維単体の強度でCFRP材料の強度を予測可能とすることが理想だと考えて研究を進めていますが,同時に,これまで連綿と培われてきた破壊力学の体系との関係も明らかにしたいとの欲望も湧いております.連続体力学に基づく体系と,ミクロ構造を陽に扱う力学の体系は異なるとの立場もあり得るでしょうし,統一的な扱いが可能ではとの期待もあります.そのような思惑で,渡邊勝彦先生にご指導を受けながら研究した博士論文の課題である「三次元破壊力学パラメーターの研究」で展開した難解な理論の再登板があり得るか期待しつつ昔の議論を紐解いております.また,大規模シミュレーションで得られる膨大なデータを統計量として扱い,設計に有効な指標として評価しなおす必要もあると思います.助手時代に中桐滋先生よりご指導いただいた「確率有限要素法」に関連する種々の知見が安直に活用できるとは思いませんが,こちらについても再登板の機会を思料しています.今回の受賞に際し,過去の研究を今一度振り返る機会を与えていただいたことで,これまでご指導いただいた先生方への感謝の気持ちを更に強く持ちました.今回受賞につながった業績にとどまることなく,皆様方からこれまでにいただいたご厚情の数々をさらなる高みにまで積み上げることをお約束して結びとさせていただきます.



貢献賞

実験力学の発展と国際交流における多大な貢献

鈴木 新一
豊橋技術科学大学
総合教育院・機械工学系

この度は伝統ある材料力学部門の貢献賞を頂き,大変光栄に感じております.この賞は,2015年に開かれた国際会議ATEM’15 (International Conference on Advanced Technology in Experimental Mechanics 2015) の成功に対して授与されたものです.しかし,国際会議は多くの先生方のご協力があって初めて成功するものであり,この機会に,ご協力頂いた先生方やお世話になった諸先輩に御礼申し上げたいと思います.

ATEM’15とATEM

ATEM’15 (International Conference on Advanced Technology in Experimental Mechanics 2015) は,2015年10月4日~8日に愛知県豊橋市のロワジールホテル豊橋にて開催されました.講演数は292件(特別講演2件),参加者総数は363名(13ヵ国)でした.大学,研究所そして企業から多くの研究者にご参加頂き,成功裏に終了できました.改めて御礼申し上げます. 「実験力学の最先端技術に関する国際会議(ATEM)」は1993年に金沢において第1回が開催され,その後,東京(95年),和歌山(97年),宇部(99年),仙台(01年),名古屋(03年),福岡(07年),神戸(11年),豊橋(15年)で開催されてきました.ATEM’15は9回目の会議になります.過去3回の会議では参加者が増加傾向にあり,今後の発展が期待されます.

ATEM’15を支えた人たち

ATEM’15の開催に際しては,多くの方々のご協力がありました.特にここでは,数名の先生方に名前を記して御礼申し上げたいと思います. 最初は東大生産技術研究所の吉川暢宏先生です.吉川先生は2014年度の材力部門長でした.ATEM’15の準備が本格化した2014年の運営委員会において,委員の一人から「国際会議を開催して,赤字がでたらどうするのか?」との質問が出ましたが,その質問に対して吉川先生が「赤字は部門が持つ」と明言されました.

国際会議を開催する際にはその財政的基盤を確保する必要があり,そのことは実行委員会にとっては最大の課題です.吉川先生の「赤字は部門がもつ」の一言は,実行委員会側を大いに安心させました.お陰で存分に活動することができ,360名を超える参加者を得て赤字になることはありませんでした.また,2016年12月には,Mechanical Engineering Journal から40編のSelected paperを載せた特集号 “Advanced Technology in Experimental Mechanics” を無事に発行することが出来ました.

二番目は,オーガナイザーの先生方です.ATEM’15は24のオーガナイズドセッションから構成されました.ATEM’15の成功は,これらのセッションオーガナイザーの先生方によって支えられています.特に,神戸大学の中井善一先生には “Fatigue and Fracture” のOSを企画して頂き,最大のOSでもって会議を支えていただきました. 三番目は,豊橋技術科学大学の足立忠晴先生です.足立先生はATEM’15の副実行委員長であり,企画,編集,運営の全てにおいて会議を支えて下さいました.足立先生に最初にお会いしたのは,1980年代後半に金沢で開かれた北陸信越支部の講演会でした.まだ足立先生が博士課程の大学院生で,私が助手だったころです.あの時から30年後にATEM’15を一緒に開催できたことは,とても大きな喜びです.

また,ATEM事務局の村井麻葉女史には,参加者とのメール連絡やイスラム圏からの参加者へのハラル料理の準備など,煩雑な事務処理を一手に引き受けて頂きました.足立先生と村井女史の二人がいなければ,ATEM’15の成功はありませんでした.

材力部門の中で

 授賞式の時にもお話ししましたが,私は航空の出身であり,材料力学ではなく気体力学で学位を取りました.学位を取り現在の大学に赴任するときに,指導教官から「ここと同じことはするな」と言われました.そのため,助手として研究を開始した直後は,いくつかの研究テーマで試行錯誤を繰り返していました.しかし数年経ったとき,高速進展中のき裂先端を顕微鏡撮影することが出来るようになったことから,材力部門での活動が始まりました.

「同じことをするな」と言われたからといって,気体力学から破壊力学にまで変わる必要はなかったのかもしれません.しかし,思ってもいなかった分野に入り込んでいくことも,研究の醍醐味なのかもしれません.その研究を1988年にコペンハーゲンで開催された実験力学国際会議で発表したとき,東工大の井上裕嗣先生と一緒になりました.お互いまだ若く,夕食会のときにイギリスの研究者と一緒になり,「ポールマッカートニーと似ている!」などと言いながら盛り上がったことを覚えています. 私自身は,元々は気体力学の研究者だったことから,材力部門で活動し始めた時には破壊力学の研究者として必ずしも十分な知識を持っていたわけではありませんでした.そのため,学会での交流を通して先輩の先生方から沢山のことを教えていただきました.特に,東工大の青木繁先生,九大応用力学研究所の高橋清先生,東北大学の島田平八先生,関東学院大学の清水紘冶先生らが執筆された論文からは多くのことを学び,研究を前進させることが出来ました.また,カリフォルニア工科大学のRosakis先生,テキサス大学のRavi-Chandar先生,ワシントン大学のKobayashi先生,アイダホ国立工学研究所のEpstein先生らと議論した時のことは忘れることができません.正に学会の中で育てて頂いたと感じています.

実験力学の将来

実験力学は,ひずみゲージと光弾性法を実用化することから出発しました.以来,実験力学は,モアレ法,ホログラフィ,スペックル,画像相関法など固体材料の応力とひずみ,破壊を測定する新しい方法を開発し続けてきました.これらの成功は,レーザーやディジタルカメラなどの光電子機器の定常的な進歩に支えられており,新しい測定法の開発は今後も継続するものと期待されています. 2011年3月11日に東日本大震災が日本を襲い,東北関東地区に甚大な被害をもたらしました.この未曾有の災害は,社会基盤の安全を保障する技術が極めて重要であることを再認識させました.実験力学は,固体材料の応力,ひずみ,破壊をより高精度で測定することを使命としています.したがって,実験力学は,社会基盤の安全保障技術を確立するうえで中心的な役割を果たすと考えられます.このような役割が十分達成されるよう,実験力学のさらなる発展を願っています.

最後になりましたが,ATEM’15にご協力,ご参加頂いた363名全ての方々に改めて御礼申し上げます.ありがとうございました.



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