部門長挨拶
就業者の多様化が進む職場環境の改善について
私事で恐縮ですが、昨年末より年金受給者の仲間入りをいたしました。10年ほど前までは老齢社会における就労に関する問題点について知識として理解しておりましたが、それが当事者にどのような影響を与えるのかを実感することはありませんでした。しかし、60歳を超え、これまでデスクワーク中心であった私の身体に大きな衰えを感じるようになると、知識として知っていたことが「これがそのことか」と実感し始めました。
例えば、コンクリート床のモルタル層が数センチ剥離している箇所を踏むと、それだけでバランスを崩してしまいます。通勤においては、随分以前から車を利用せず電車を利用していますが、それだけでは不十分なようです。足元に注意して歩くように言われても、そこだけを注視するわけにはいかず、また眼鏡をかけていてもすべての距離においてクリアなフォーカスを得ることはできません。原稿を書いている際には、しばしば焦点が定まらないことがあります。最近では、妊婦体験や高齢者擬似体験が可能な用具が整ってきています。使用者や設計者は、こうした体験を通じて、頭では理解していたことを自身の身体で体験することで、ユニバーサルデザインの本質を理解できると考えます。ユニバーサルデザインは、現在の私たち高齢者のためだけでなく、少子高齢化が進む近い将来における自分たちへの投資でもあります。私はその被験者として試みに参加してみたいと考えています。
かつての高度経済成長期には、都市計画をはじめ、デザインよりも実際の開発が先行した結果、生活弱者にとって住みやすい環境とは言えない状況が生じました。当時開発された山あいのニュータウンが廃墟化している現実も存在します。最近、路面電車が走る街をいくつか訪れ、実際に乗車する機会がありました。一駅区間であれば歩けなくもありませんが、停留場で雨風をしばししのぎながら待ち,幾駅もの区間を手頃な料金で乗れるのは便利でした。私の住む街では自治体がコミュニティバスを運行していますが、本数も少なく、雨風をしのぐ場所もないところで待つのはなかなか大変です。現在は最寄り駅まで徒歩または自転車で行くことができますが、それが叶わなくなった際にコミュニティバスは果たして頼りになる存在でしょうか。
大きな話になってしまいましたが、労働者の環境についても同様のことが言えます。これまでの職場は健常者が対応できる範囲で構築されてきました。内閣府の令和5年度版高齢社会白書によれば、労働力人口における65歳以上の者の割合は13.4%です。60歳以上で見ると21.5%となり、今後さらに増加する見込みです。環境改善は小さなところからでも直ちに取り組む必要があります。現実には、今議論をしている対象年齢以前の人でも、何もないフリーアクセスフロアでの転倒事故が発生しています。体力の低下は私だけの問題ではないようです。そのため、床の段差を放置せず、床カーペットの角がめくれたものは取り替える必要があります。机とディスプレイおよび椅子の高さは適正でしょうか。体格によっては足置きの設置も必要であると考えます。作業現場においては、さらに細かな見直しが必要です。手元の照度は適正でしょうか。私自身、針に糸を通すような作業では照明器具の真下でも見づらくなってきました。悪い姿勢で作業をすると、すぐに腰痛がひどくなります。時にはぎっくり腰で動けなくなることもあります。中には40kgもの物を運べる方もいらっしゃいますが、その一方で15kg程度でも腰痛になり休業する方もいます。重量物を取り扱う際の目安は、未だに男性で体重の40%以下、女性は24%以下とされていますが、作業要員の問題だけではなく、取り扱い時の姿勢動作や周囲の環境条件に大きく依存しています。未だに重量物の基準を一律20kgとしているところも多く見受けられます。少なくとも、機械安全に関する各種ISOに示される環境を早急に実現すべきです。
さらに、ISOを検索してみると、ISO 25550:2022 Ageing societies – General requirements and guidelines for an age-inclusive workforceが見つかります。このような知見を活用しない手はありません。併せて、最近開発されたISOに見られる“Health and Wellbeing”の項目も重要です。地域格差は存在しますが、もはや安全は当たり前であり、働く上でのWellbeingをいかに実現するかが課題となりつつあります。企業にとっても、少子高齢化社会における雇用確保の面で重要な要素となるでしょう。
ここまで述べてきたことを実現するには、私の偏った知識・経験だけでは全く不十分でありますが、こうして日本機械学会の活動に参加することによって、他部門の方々との交流の場で議論し、多方面の知見をいただくことで、産業・化学機械と安全部門のみならず、日本機械学会の発展に微力ながら貢献したいと考えております。部門の活動を活発化するために、機械の設計や教育に携わっていらっしゃる方々の積極的なご参加と併せて、今後の活動のあり方についても皆様の議論への参加と活動へのご支援をお願い申し上げます。
