24. 法 工 学

24・1 法工学のこの一年

「法工学専門会議」分野としては,2016年はエポックメーキングな年であったと云えるのではないか.昨年度の連続講座(NEDO共催)のテーマ,「法と経済で読み解く技術のリスクと安全~社会はあなたの新技術を受入れるか~」の活動の継続として,2016年9月11日の年次大会で「自動運転の技術と倫理」に関する模擬裁判を実施.引続いて同年12月3日に交通・物流部門と共催で「自動運転者の事故を裁くII」として市民公開企画として模擬裁判を行った[1].

また2017年3月7日には,経済産業省・国土交通省の委託事業の一環として「自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究」シンポジュウム[2]が行われ,「事故の民事的責任の課題」について広範な討議が行われた.この様に,本専門会議が以前より重点的に検討を重ねてきた,「未来の新技術」に関する法的責任及び社会受容性に関する課題の抽出,および新技術開発の方向性との整合性に関する話題がホットになったことは,社会的に「法工学」分野の認知が進んだことと思われ,一般の新聞紙面でも上記の2016年12月の本会の模擬裁判に関する記事が掲載されたことを特筆したい[3].

これは自動運転車の路上テストでの事故発生が相次いで報じられ,「新技術の開発」には社会受容性に関する潜在的な「未知のリスク」が存在するとの,一般的な認知が浸透されてきたためであると推察される.また,同様な新技術開発に関する将来リスクとして,「無人飛行機(ドローン等)」の飛行に関する諸問題がクローズアップされている.航空法の改正や「安全な飛行に関するガイドライン」等の暫定的な規制は制定されたが,2016年度には現実に46件の事故が国土交通省に報告され[4],2017年2月には初の人身事故が発生した[5].来年度も年次大会等の場で本問題を取りあげて検討することを予定している.

一方,過失事故の裁判に関しても注目すべき判決が出された.東日本大震災で駐車場スロープが崩落した「コストコ多摩境店」の構造設計責任(前任者から業務を引継いだ建築士)に関する裁判で,高裁は地裁の有罪判決を破棄して無罪の判決を下し[6],検察が上告を断念したため無罪が確定した.本件の詳細は省略するが,検察の起訴すべき対象者が被告だけで的確だったのか?,に関しては興味深い課題があると思われる.

また,シンドラー事故に関しても,2016年2月に国土交通省の「昇降機の適切な維持管理に関する指針」等[7]が公表され,2015年の地裁判決にも記載された,保守管理業者の選定基準・点検内容の明確化や,点検要員の技術力の確保等,製造メーカ以外の関係者に対する維持管理能力のレベルアップ等が明記され,広範な改善点が明確にされた.さらに,2016年8月に消費者庁報告書[8]が公表されたのを受け,2016年9月に国土交通省住宅局から関係メーカ・団体等に安全確保の徹底に関する文書が発せられ[9],事故の総合的な再発防止策の推進が行われた.

〔中村 城治 元コマツ

24・2 知的財産権

2016年は,囲碁AIがトップ棋士に圧勝したニュースが流れたことは,まだ記憶に新しい.人間がわざと悪手を打つことで,AIを混乱させるという「裏技」も残されているため,僅かながらも人間に対抗する余地は残されているが,これもいずれ克服されてしまうだろう.このニュースを見て,シンギュラリティ(=人工知能が人類の知能を超える転換点)という言葉も現実味を帯びてきたと感じる技術者も多いと思う.

一方,コンピュータに対する人間のアドバンテージは「創作能力」であると考えられる.すなわち,発明(創作)は,技術上の課題を発見した研究者・開発者が自らの知見に基づき,あるいは試作・実験等を行って解決手段を見出すというプロセスにより成立するものである.しかしながら,人工知能が莫大な量のデータベースやインターネット上の論文・技術に自律的にアクセスすれば,人間に代わって課題を発見し,問題解決を行うことも十分に考えられる.

ここで疑問に感じるのは,AIによって生み出された創作が,法律上の発明といえるか,という点である.人とAIとの関与度合いから,(a)人がAIとは無関係に創作したもの,(b)人がAIを利用して創作したもの,(c)人がAIに指令を出してAIが創作したものの3パターンが考えられる.(a)は当然,人間の創作物であるし,(b)についても人間の創作物であると判断するのが現実的であるが,(c)は人の創作能力を使っていないことから,AIの創作物である.我が国の特許法第29条では「産業上利用することができる発明をした者」との規定があることから,発明の主体は自然人に限定されており,AIが創作した発明については,特許の対象にならないと考えられる[1].この点は米国特許法100条も同様に規定されている.

AIの発明は特許権を取得できないことは理解できたが,(a)~(c)について,発明の主体が人間なのかAIなのかの区別がつかない,という新たな問題が発生する.区別がつかないのであれば,AIが自動的に生み出した発明が次々に特許庁に出願され,権利化される可能性も否定できない.

この他,2016年は,IoT(モノのインターネット),ビッグデータ,3Dプリンタ等の技術革新も急速に発展し,第四次産業革命が起きていると言っても良いだろう.特に,今後はIoTに関する出願が増えると考えられる.モノ単体では特許性が無くても,ネットワーク経由で相互に接続されることで,従来は実現できなかった新しい機能を発揮することができれば,特許が付与される可能性は十分にある[2].ひと昔前のビジネスモデル特許を思い起こさせるが,モノ(ハードウエア)が確実に絡んでいるだけに,一過性のブームで終わらないと思われる.

なお,2016年2月,TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が成立し,21世紀型の新たな経済ルールが構築されようとしている[3].技術者として関係する法改正としては,出願から権利化(特許権の登録)までに時間がかかった場合に,一定の条件下で特許権の存続期間を延長することを可能とする改正特許法67条や,特許出願前に,権利者の意に反して公開された発明や権利者自らが学会等で公開した発明について,現行法では公表後6か月以内に出願した場合には一定の例外規定を設けているが,この期間を12か月に延長する改正特許法30条等が予定されている.

〔伏見 靖 産業技術大学院大学

24・3 新技術の社会受容

2016年次大会(於:九州大学)初日の日曜日(9月11日),市民フォーラムの一つとして,自動運転車の事故に関する模擬裁判が催された.この企画は,自動運転車が起こした死亡事故の民事責任について,現行法の自動車損害賠償保障法と製造物責任法の枠組みの範囲で主張を戦わせることにより,自動運転車が社会的に受容されるために,現行法や裁判のあり方に何らかの変更が必要となるかという問題を,一種の思考実験としての模擬裁判を通じて検討することを意図して実施された.

このような意図に基づき,できるだけ自然な事故を想定することを企画の初期の段階から考えた.具体的には,人間が起こした現実の事故を素材にして,関係車両の一部が自動運転車であったという設定を採用した.素材とした事故は,平成23年5月12日に大阪で起きたものであり,判例集に刑事事件の判決[1]が搭載されているものである.

刑事事件の判決では,結論に必要な限度で事故の態様が認定されている.それによると,反対車線の渋滞車列の中から自転車が飛び出し,それを避けるためにセンターライン寄りを走行していた車両が左に車線変更し,その結果,歩道側の車線を走行していた車両が咄嗟に左にハンドルを切ったために,歩道上の歩行者に衝突して死亡させたというものである.この事故では,結論として,自転車の飛出しが事故の根本原因であることが認められ,その運転者に有罪判決が下された.

当初,この判決の認定に従って模擬裁判の事実関係を確定することを試みた.この試みそのものも一種の思考実験であった.そして,その結果として,人間にはつきものの反応時間をそのまま機械にあてはめることができないこと,機械は複数の対象をほぼ同時に認識できることなどから,自動運転車であれば,事故を避け得たのではないか,逆に言えば,自動運転車がこの事故を起こしたならば,直ちに,欠陥が認定されるのではないかと想定された.

そこで,さらに考察を進めて,簡単なシミュレーションによって,実際の事件の判決では認定されていない車両の動きについていくつかの仮定を導入した.さらに,センターライン寄りの車両のみを自動運転車とすることにより,歩道寄りの車両の動きを自動運転車が予測するという点を不確定要素として導入した.その結果,一応,一見して結論が明らかではないような事故態様を確定することができた.確定された事故態様は次のとおりであった.

センターライン寄りを走行中のワゴン車の自動運転装置が飛び出した自転車を認識し,歩道側車線を走行しているダンプカーの前に割り込むことが可能であると判断して左に車線変更したところ,ダンプカーに追突され,ワゴン車の後部座席に座っていた乗客が死亡した.なお,前提条件として,自転車を認識した位置から自転車までの距離,自転車を認識した時点での車速,想定される路面の摩擦係数等によれば,自転車を認識した時点で急ブレーキをかけても,自転車の飛出し位置までに完全に停止することはできず,低速で自転車に衝突する可能性があるような数値が選択されていた.

このような設定の結果,この模擬裁判が「トロッコ問題」を扱ったと解釈した聴衆もあったようである.しかし,この模擬裁判で問われたのは,自動運転装置に通常求められる安全性とは何かということである.すなわち,自転車か,後部座席の乗客かという二者択一の判断ではなく,ダンプカーの前に割り込むことが可能であるとした判断の妥当性が問われたのである.

以上のように事故態様を確定した後は,原告側と被告側に分かれて,それぞれ独立して弁護士と専門家証人役の業界関係者が攻撃,防御の作戦を練り,模擬裁判当日を迎えた.裁判官役を弁護士,元裁判官,法科大学院教授の3名に依頼した.これらの3名には,事故態様の確定に至る経緯は伝えず,専門家証人作成の資料と証人尋問に基づく判断をお願いした.

裁判官役の3名は,全員一致で原告の主張を認め,自動運転装置に欠陥があったことを認めた.もっとも,欠陥の内容を具体的に認定したわけではなく,原告側が事故を避け得た可能性をある程度具体的に指摘すれば,豊富な情報を有する被告側が事故を避け得なかった事情を具体的に主張立証しない限り,欠陥が認められるという論理に基づくものであった.この論理は,製造物責任訴訟において広く認められてきたものであるから,ある意味では当然の判断とも言えた.しかし,事故態様を確定するにあたって,被告側が主張し得る具体的な事情は検討していなかったのであるから,模擬裁判では,「豊富な情報を有する被告側」という前提が成り立っておらず,被告側には気の毒な結論であった.

年次大会における模擬裁判が好評であったことから,同様の企画が第25回交通・物流部門大会の一部(12月3日,於:東大生産研)として実施された.事故態様が変更され,自動運転装置がダンプカーの前への割込みを断念して直進し,結果として自転車に衝突したために,自転車運転者の遺族から訴えられたという訴訟に変わった.年次大会における模擬裁判の結論からすれば,今度は,割込みが不可能であった具体的な事情を被告側が立証しなければ敗訴を免れないことが予想された.そこで,年次大会の時には考慮していなかった点として,被告側には自動運転車の左後ろのセンサーのログが存在することを仮定した.この仮定により,被告側の専門家証人は,割込みが不可能となった事情等をある程度具体的に説明できることになった.その結果,今度は,被告側の勝訴という結論になった.

年次大会と交通・物流部門大会では,裁判官役となった法律家の構成も違うから,結論が分かれた理由を被告側の専門家証人の証言内容のみに帰することはできないかもしれない.しかし,模擬裁判を実験としてとらえてみるならば,条件を変えたことによって結論が変わったことになる.そして,この結果は,現行法の製造物責任訴訟における論理からある程度予測できたことである.

したがって,筆者としては,自動運転車の事故について,現行法の枠組みを大きく変更しなくても対応できると考えている.

〔近藤 惠嗣 福田・近藤法律事務所

24・4 業務上過失事件

24・1でふれた店舗建物の構造設計責任に関する裁判は,技術者が問われうる刑事責任,そして刑事責任のあり方を検討する上で注目すべき事例である.

本件は,2011年に発生した東日本大震災の揺れが引き金となり,店舗の車路スロープ(建物の3階・4階が駐車場で,地上1階と駐車場を結ぶ上下2段のスロープ)が破断,崩落し,スロープ上の自動車が押しつぶされるなどして2名が死亡,6名が負傷した.この建物の構造設計を前任者から引き継いで行った一級建築士(被告人)が業務上過失致死傷罪で起訴され,1審は有罪(禁固8ヶ月執行猶予2年)[1]としたのに対し,控訴審は無罪[2]とした.

判決によると本件事故に至る概要は次のとおりである.事故が発生した店舗建物の設計に当初から関与していた設計担当者の間では,売り場と駐車場が入る建物(本件建物)と車路スロープをガゼットプレートのみで接合し,両者の床スラブは切り離す構想となっており,矩計図にはその旨図示されていた.その後,店舗建物の建築計画担当者は,経費削減と工期短縮のため構造変更を検討し,これに伴う構造設計を被告人に依頼した.被告人は,当初の設計も本件建物と車路スロープを床スラブで接合する構造と理解し,これを前提に構造設計を行い,その旨示した構造計算書・構造図を作成した.しかし,実際の施工は,本件建物と車路スロープを床スラブで接合させず,ガゼットプレートのみで接合させる形で行われた.その結果,地震による揺れを受けた際,ガゼットプレートにその耐力を上回る地震力がかかり,車路スロープが破断した.

訴訟では,被告人が床スラブを切り離す構造で設計・施工されることが予見できたかが主な争点となった.

1審判決は,被告人は,矩計図の記載や従前の設計担当者とのやりとりを通じ,当初の設計は床スラブを切り離す設計思想であることが容易に認識できたとした.そうである以上,被告人は設計・工事の総括責任者等に床スラブをつなげて強度を確保すべきことを確実に伝え,同人らが内容を把握できるよう配慮すべき注意義務があったがこれを怠ったとして過失を認めた.

これに対し,控訴審判決は,接合部をガゼットプレートのみで接合する方法は危険で一般的ではなく,当初の設計担当者らは接合部のスラブを切り離すという通常と異なる設計思想をとったのであれば,外部の構造設計担当者(被告人)に引き継ぐ際にはその意図を十分伝えるべきだったが,これを欠いたとした.さらに,接合部のスラブをつなぐことを前提とした関係者のメールに対し,当初の設計担当者や統括責任者が疑問を呈することもなかった状況で,被告人において,さらに接合の必要性を説明しなければ,被告人の設計と異なりスラブを切り離す形で施行が行われる危険があると予見できる状況ではなかったとして,過失を否定した.

本件は,設計を途中で引き継いだ外部の建築士のみが起訴されたため,当初の設計担当者らと被告人との間の情報伝達のあり方が主な争点となったといえよう.しかし,事故に寄与した要因として,当初の設計担当者らが危険とされる設計思想をとった理由,被告人の構造設計にもかかわらず床スラブを切り離す形で施工された理由も重要と思われる.この点に関し,1審判決が「被告人以外に,意匠設計担当者(筆者注:総括責任者)や,当初から関与していた構造設計担当者,施工業者の担当者らにも業務上の注意義務を怠って事故を惹起した責任がある」旨,量刑の理由で述べていることは注目される.ただ,被告人以外の関係者の注意義務について判決で詳細に述べられていないのは,起訴された対象(本件では被告人の過失)に対してのみ判断を下す刑事裁判の限界といえる.

刑事訴訟の目的は,事案の真相究明と適正手続の保障である(刑事訴訟法1条).真相究明の側面からみれば,できるだけ多くの関係者を捜査・起訴して事案の解明に努め,必要な処罰を行うべきということになろう.一方,これを強調しすぎると,行き過ぎた捜査や「無実の人」の処罰につながり,人々の生活を萎縮させる可能性があるため,刑事責任の追及は適正な手続を踏んで行われることもまた重要である.その現れの1つが,誰を起訴するかは検察官のみが決められるという手続である.ときに相反するこれら2つの要請についてどのようにバランスをとるか,今後も多角的な視点からの議論が必要と思われる.

〔岡本 満喜子 長岡科技大 准教授

24・1の文献

[ 1 ]
日本機械学会 第25回交通・物流部門大会 市民公開講座.
[ 2 ]
2016年度経済産業省・国土交通省委託事業 成果報告.
[ 3 ]
読売新聞記事 2017年1月6日記事.
[ 4 ]
国土交通省 2016年度 無人航空機に係る事故等の一覧.
[ 5 ]
読売新聞記事 2017年2月28日記事.
[ 6 ]
2016年10月13日 東京高裁判決.
[ 7 ]
2016年2月19日 国土交通省「昇降機の適切な維持管理に関する指針」.
[ 8 ]
2016年8月30日 消費者庁「事故等原因調査報告書」(消費者安全調査委員会)2008年6月3日に東京都内で発生したエレベータ事故.
[ 9 ]
2016年9月1日 「エレベータの安全確保の徹底について」国住指第1933-4号 国土交通省住宅局建築指導課長.

24・2の文献

[ 1 ]
2016年5月「知的財産推進計画2016」(知的財産戦略本部).
[ 2 ]
2017年3月「IoT関連技術の審査基準等について」(特許庁調整課審査基準室).
[ 3 ]
2016年2月「TPP協定を担保するための特許法改正について」(特許庁).

24・3の文献

[ 1 ]
大阪地裁 平成23年11月28日判決, 判例タイムズ1373号250頁.

24・4の文献

[ 1 ]
東京地裁 平成28年2月28日判決 判例集未搭載 LEX/DB文献番号25542742.
[ 2 ]
東京高裁 平成28年10月13日判決 判例集未搭載 LEX/DB文献番号25544699.

 

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