15.設計工学・システム
15.1 総論
設計工学・システム部門は,機械工学の中で設計プロセスとシステム思考に関するに関わる研究・実践を扱う部門であり,その特徴は力学,制御,情報など,多様な工学領域を横断して「設計」という観点から統合する点にある.本部門が対象とする研究領域は最適設計,感性設計,デジタルエンジニアリング,サービス工学,知識工学,ヒューマンインタフェース,人工物工学等,多岐にわたっている.近年はAI技術の急速な発展,デジタルトランスフォーメーションの進展,そしてカーボンニュートラルや循環経済といったサステナビリティへの取り組みが加速する中,これらの潮流と設計工学の融合が進み,本部門の対象領域はますます拡大している.
2024年度は,ポストコロナ社会への完全移行が進み,対面での学会活動が活発に行われた年となった.設計工学・システム部門講演会(D&S2024)は2024年9月18日から20日にかけて大阪公立大学で開催され,128件の講演が行われた.登録者数は231名で前年より増加し,特に企業からの参加者が増加した点が注目される.これは産業界における設計工学への関心の高まりを示すものであろう.特別講演には ジョージア工科大学よりC. C. Seepersad 教授を招き,積層造形技術を中心とした新しい機械設計に関する研究動向が紹介された.また,新規企画としてワールドカフェ形式の討論会やグラフィックファシリテーターの活用,そして託児所の設置が実施され,多様な参加者が活発に議論できる場の創出が図られた.
年次大会では,部門単独セッション「ヒューマンインタフェースと感性設計」や部門横断セッション「1DCAE・MBDと物理モデリング」「解析・設計の高度化・最適化」「交通・物流機械の自動運転」などが企画された.今年度は新たに生産加工・工作機械部門との部門横断セッション「設計・加工技術の深化と調和」も実施され,設計と製造の連携強化に向けた議論が行われた.特別行事企画として「ものづくりにおける最適設計の実践」に関する基調講演や「機械技術者とひとづくり」をテーマとしたワークショップ,「設計で描き出す価値共創と産業構造変革」「身体感覚と機械:次世代産業の創造を目指して」といった先端技術フォーラムが開催され,多角的な視点から設計工学の未来が議論された.
部門関連のシンポジウムとしては,「1DCAE・MBDシンポジウム2024」が開催され,参加者数は184名に達した.特別講演「MBDとデータ駆動型制御による『地方大学×地域企業』の産学連携モデル」や「産官学による『自動車×MBD×人材育成』」「1DCAE・MBDの本質を考えるパネルディスカッション」「広島地域における地域創生ものづくり×1DCAE・MBD」といった特別企画が実施され,MBDの社会実装と人材育成に関する活発な議論が行われた.
講習会活動も活発に行われ,1Dモデリングセミナー(全6回),Modelicaセミナー(全4回),「実践・最適設計」「DX時代の設計者のあるべき姿」「VE/VRを用いた設計・開発・ものづくりの新しい検討手法の紹介」など,計13回の講習会が開催された.これらの講習会はオンラインやハイブリッド形式で実施され,多くの参加者を集めたことから,業界の実務者の関心の高さがうかがえる.
本部門では毎年の講演会において座長推薦等を含む講演に対し論文の投稿を呼び掛けており,「設計工学とシステム工学のフロンティア2024」として特集号を企画し8件が掲載された.また,5部門合同で発刊している英文ジャーナル「Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing」では2024年に101編の論文が掲載され,本部門の国際的な学術活動への貢献も大きい.
本年度の設計工学分野の技術動向としては,MBD(Model-Based Development)の多分野への展開,CAD/CAEへの生成AIやサロゲートモデルの活用,そしてトポロジー最適設計,さらには,設計における知識抽出・知識処理,サービス・ライフサイクル設計の統合という五つの潮流が顕著であった.これらの詳細については続く各章で解説する.
今後も設計工学・システム部門は,急速に変化する社会・技術環境に対応しながら,学術分野と産業分野が密接に結びついた活動を展開し,時代に即した設計工学・システム工学の発展に貢献していくことが期待される.
〔泉井 一浩 京都大学〕
15.2 MBDの発展動向
MBD(Model Based Development, モデルベース開発)は,機械システムの時刻応答(ふるまい)を数学的・論理的抽象化してあらわしたモデルを中心とした設計・検証を製品開発の初期段階から進める手法である.機器の要素単位でのモデル化と検証は機械工学の初期から行われてきたが,各構成要素で発生する複数の物理現象とそれらの制御が関係したシステムのふるまいを定義し,定量的に検証可能なことがMBDの特徴である.また,MBDは製品に求められる要求機能を安全性や冗長性を含めて分析してシステム構成を設計するための手法であるMBSE(Model Based Systems Engineering)を上流工程として併用されることが増えている.MBSEでシステムを定義してMBDでふるまいをシミュレーションし,製品実装することで複雑化したシステムへの対応が可能となっている.
自動車業界はMBDの導入が最も進んでいる分野の一つである.これは,自動車への機能要求が従来の走る・曲がる・止まるに関するものに加え,先進安全支援や自動運転への対応に向けて,認知,判断,操作及びそれらに関する車両外部との通信まで高度化しているためである.従来型の開発方法では複雑化したシステムの仕様適正化・品質管理・安全性確保が難しく,主に制御開発においてMBDの活用により事前の設計・検証を行うことで開発の効率化が進められている.
航空宇宙業界では航空機システムの複雑化に伴い,航空機の海外OEMが2000年代初頭からMBD・MBSEの導入検討を進め実機開発へ適用されている(1).その結果,設計の効率化や課題点の早期洗い出しによる設計期間やコストの削減,設計品質向上に成功している.日本では2020年に航空機開発におけるMBD技術情報交換会 MBAC(Model Based Aviation development Consortium)が発足し,日本の航空機製造業界におけるMBDとMBSEの推進を図るために標準規約の策定を進めている.
海洋業界においても,自動運航船の制御開発といったシステムの複雑化に伴いMBDの適用が進められており,例えばノルウェーの認証機関DNVが開発した「Open Simulation Platform(OSP)」を活用したMBDの取り組みが2018年から始められている(2).日本では2022年,東京大学に海事デジタルエンジニアリング講座が設置されて,産学が連携したMBD・MBSEの推進にむけた活動が行われている(3).
産業界のさらなるデジタルトランスフォーメーションに向けては,ドイツに本部をおく業界主導団体prostep ivipが循環型製品ライフサイクルのデジタル化と標準化を推進している.製品サプライチェーン全体を巻き込み企画段階から実装・製造,さらには認証・運用保守・再生も含むプロセス全体のデジタル化を目指している(4).prostep ivipには自動車関連企業だけでなく航空機関連企業やJAXAといった宇宙航空関連の団体,重工業企業,IT企業や大学等幅広い団体が参加しており,他業界からも動向が注目されていることがうかがえる.製造プロセス全体のデジタル化には未だ課題も多いが,世界のサプライチェーンを巻き込んだ連携が進んでおり,今後の発展が期待される.
〔西田 怜美 PonoSHIP株式会社〕
15.3 CAD/CAEの製品設計への適用の最新動向
15.3.1 企業におけるCAD/CAE活用動向の概要
企業の製品設計におけるCAD(Computer Aided Design)とCAE(Computer Aided Engineering)の活用は顕著な進化を示している.この進化の背景には,製品の複雑化と高度化,開発期間の短縮要求,そしてイノベーションの加速といった要因が存在する.これらの課題に対応するため,企業はより高度なCAD/CAEツールの導入と活用を推進しており,様々な進化を遂げている.本稿では,特に近年の進化が著しい,生成AI,サロゲートモデル,クラウドベースプラットフォームについて取り上げる.それぞれ様々な先進事例が開示されているが,特徴的な事例を解説する.
15.3.2 生成AI活用事例
製品設計における生成AIの活用は,重要なトレンドの一つである.設計者は,生成AIに対して設計目標や制約条件を入力するのみで,多数の設計案を自動的に生成し,提案することが可能となっている.さらに,自然言語処理(NLP)との統合が進んでいる.この進歩により,設計者は会話プロンプトを通じて,設計案を生成でき,より直感的かつ創造的な幅広い可能性を探求できるようになった.これにより,設計者は従来の手法では想定し得なかった斬新なアイデアの獲得や,設計プロセスの大幅な効率化が実現されている.具体的な事例の一つとして,ヤマハ発動機株式会社と株式会社Final Aimによる共同プロジェクトが挙げられる(1).生成AIツールを活用し,低速ユーティリティEV「DIAPASON C580」のデザインを試み,わずか6週間で30のカテゴリーにわたる2,500以上のコンセプトデザインを生成することに成功している.農家向けの貨物コンパートメントや工場作業向けのツールラックなど,多様なユーザーニーズに対応した特殊なデザインの検討を可能にし,開発期間を大幅に短縮する生成AIの能力を示したものである.
15.3.3 サロゲートモデル活用事例
サロゲートモデルは,複雑なシミュレーションを高速な近似モデルで代替する技術であり,特に計算負荷の高いCAEにおいて,設計効率を向上させるために活用されている.多数の設計案を評価する必要がある最適化プロセスなどにおいて,その効果を発揮する.日本においては,トヨタテクニカルディベロップメント株式会社が,「Simulation Model Surrogater(SiMS)」を発表している(2).このツールは,1D-3Dシミュレーションモデルの計算負荷を軽減するために開発され,再帰型ニューラルネットワーク技術を用いてシミュレーションデータから学習し,計算コストの低いサロゲートモデルを効率的に生成する.SiMSによって作成されたモデルは,国際的なFMI(Functional Mock-up Interface)規格に準拠しており,様々なシミュレーションツールとの連携も可能としている.
15.3.4 クラウドベースプラットフォーム
CAD/CAEの分野においては,クラウドベースのプラットフォームの採用も拡大している(3).クラウドコンピューティングは,ハードウェアやソフトウェアの購入,ライセンス,メンテナンスにかかるコストを削減できるだけでなく,設計チーム間のリアルタイムなコラボレーションや容易なファイル共有,どこからでもソフトウェアにアクセスできる利便性を提供し,生産性の向上に貢献している.このようなクラウドベースのCAEソフトウェアの登場は,より柔軟でスケーラブルな設計環境を企業にもたらしている.
15.3.5 まとめ
企業におけるCAD/CAEの活用は,生成AI,サロゲートモデル,クラウドベースプラットフォームといった先進技術の導入により,大きな変革期を迎えている.これらの技術は,設計プロセスの効率化,製品性能の最適化,そして革新的な製品開発を可能にし,企業の競争力強化に大きく貢献している.今後もこれらの技術は進化を続け,製品設計の未来を形作っていくものと予測される.
〔小野寺 誠 株式会社日立製作所〕
15.4 トポロジー最適設計の発展動向
15.4.1 トポロジー最適化
トポロジー最適化は,構造物のかたちを材料の分布問題として最適化する最適設計手法である(1).従来の寸法最適化や形状最適化と比較して設計自由度が高く,変位場,温度場,流体場などを対象とする物理シミュレーションと最適化アルゴリズムを組み合わせることで,力学的に優れた設計解をコンピュータによって導き出す.
トポロジー最適化は図15-4-1に示すように積層造形(AM:Additive Manufacturing)技術との親和性が高い.従来の製造法では困難であった複雑な形状の造形が可能となることから,「設計できても作れない」という従来のジレンマを乗り越える動きが加速している.現時点では費用面から産業界への導入は限定的ではあるものの,航空宇宙,自動車,エネルギー,バイオ医療など,幅広い分野で研究と実用化が急速に進展している(2).

図15-4-1 熱伝導問題を対象としたトポロジー最適化の数値計算結果(左)とその積層造形(右)(3)
15.4.2 国際的な動向
2024年5月に中国・鄭州で開催されたAsian Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization(ACSMO2024)では,従来型のトポロジー最適化による工学的応用展開をはじめ,AIベースの手法やAMとの統合に関する話題が多く取り上げられた.同会議は1999年から日中韓の研究者を中心に隔年で開催されており,近年はトポロジー最適化に関する発表が顕著に増えている.
ACSMO2024における注目すべき動向は以下のとおりである:
- マルチフィジックス・トポロジー最適化:熱構造連成や流体構造連成など複合物理場への展開
- AMを考慮した製造制約付き設計:3Dプリンティングにおける造形方向性やサポート材不要性を考慮した手法
- 深層学習との統合:ニューラルネットワークによるパターン生成など,設計空間探索の高速化
全体で約250件の発表があり,その半数近くがトポロジー最適化に関連していた.中国が開催地ということもあって,同国の研究機関による応用志向の研究が多数を占めており,同分野の国際的な研究熱の高まりを示している.
また,2024年7月にカナダ・バンクーバーで開催されたWorld Congress on Computational Mechanicsでは「New trends in topology optimization」,「Large-scale structural and fluidic topology optimization」,「Topology optimization for additively manufactured metamaterials and structures」,「Emerging topology and shape optimization techniques in computational design of materials and structures」といったトポロジー最適化に関連する様々なオーガナイズドセッションが企画され,全体で150件程度のトポロジー最適化に関連する発表があり,今後も設計工学および計算力学分野を中心として発展していくことが期待される.
15.4.3 国内の動向
2024年9月に開催された日本機械学会設計工学・システム部門講演会においてトポロジー最適化に関連する発表が比較的多く見られた.「設計と最適化」のオーガナイズドセッションでは46件中12件がトポロジー最適化に関連するものであり,活発な議論が行われた.特に注目された研究テーマは以下のとおりである:
- 自動微分の部分的導入やトポロジー導関数を活用した形状・トポロジー同時最適化手法の開発
- 熱流体場を対象としたトポロジー最適化の高度化
- AI技術との融合による設計空間の拡張
- 産業応用を意識した最適化(全固体電池,熱交換器,音響デバイス,メカニカルシール等)
図15-4-2に示すのは,同講演会でも取り上げられた熱交換器を対象としたトポロジー最適化の事例である.3次元的に複雑で高性能な構造が得られることから,次世代ロケットなどへの実装が期待されている.

図15-4-2 トポロジー最適化による熱交換器の隔壁構造最適化(4)
15.4.4 課題と今後の展望
トポロジー最適化は,AM,AI,マルチフィジックスといった要素を取り込みつつ年々発展している.一方で,以下のような課題も顕在化している:
- 強い非線形性や多峰性を有する問題:流体問題やミニマックス型の最適化問題など,非線形性の強い問題では,従来の勾配法による最適化では有効な設計解を得るのが難しく,パラメータスタディを含めると膨大な計算資源を要する.
- 評価基準の多様化:製造性,メンテナンス性,持続可能性,意匠性など多様な設計指標への対応が求められる中,従来の手法ではこうした曖昧な要件を含む多目的最適化に限界がある.
- ブラックボックス化の懸念:AIとの融合により問題解決能力が拡大する一方で,設計結果の解釈性・説明可能性の確保が課題として残る.
今後は,これらの課題に対応しつつ,実設計に適用可能な汎用的フレームワークの整備が必要である.また,近年注目されている量子コンピュータとの連携も,次世代の設計革新をもたらす可能性を秘めている(5).従来の勾配法ベースのアルゴリズムは成熟を迎えつつあり,それでは扱いきれない問題に挑むための新たな最適化アルゴリズムの開発が今後は期待される.さらに,AMに限らず従来の製造法に対しても,製造制約を組み込んだ設計技術の進展が量産製品への応用展開において重要となる.
〔矢地 謙太郎 大阪大学〕
15.5 生産における設計工学の活用動向
2011年,ドイツ政府によって,サイバーフィジカルシステムを導入したスマートファクトリーの実現を目指すインダストリー4.0構想が公表された.これが大きな契機となり,製造業では,IoT,デジタルツイン,AI,ビッグデータ解析等の各種デジタル技術による生産システムのデジタル化と自動化が推進されてきている.それから10年が経過した2021年,インダストリー4.0を補完する構想として,インダストリー5.0(1)が欧州委員会によって発表され,近年,持続可能で人間中心かつレジリエントな産業への移行を志向した取組みが進められている.
人間中心を一つの柱とするこの構想と,労働人口・熟練技術者の減少に伴う技術伝承の困難化への懸念等から,昨今,知識表現・知識抽出・知識処理・知識管理等,設計分野で論じられてきたトピックに注目が寄せられている.例えば,生産管理分野の代表的な国際会議であるAPMS(International Conference on Advances in Production Management Systems)2024では,サプライチェーン分析とリスク管理,人間-ロボット協働システムの構築に向けたナレッジグラフやオントロジーの活用(2),(3),フリーテキストデータの構造化による品質管理の知識抽出(4)などの研究報告がなされている.
また,国内では,我が国の製造業の強みが,現場の技術者が高邁な志でカイゼン活動を行ってきたことで蓄積された知識にあることに着目し,この強みを生かしながらデジタル化を進めるデジタルトリプレットの概念が提唱されている.この概念に基づいて,生産における技術者の問題解決知識をデジタルツインと関連付けて記録,抽出,活用するための手法の検討と,組立工程や切削加工工程等での検証が行われ,2024年の本会の生産システム部門研究発表講演会や設計工学・システム部門講演会で報告がなされている(5)–(9).この他,化学プラントの巡回点検を対象とした知識伝承のための知識抽出についての報告も行われている(10).
冒頭に記した動向から,生産分野では,人間中心システムの視点での議論が今後益々活発になると見込まれる.実際に,本会生産システム部門が共催する2025年のAPMSでは「Cyber-Physical-Human Production Systems:Human-AI Collaboration and Beyond」が大会テーマとして掲げられ,「human-centric」,「human-centered」,「human capital」などの語句を含むスペシャルセッションが多数設定されていることから,世界各国でのこの視点での研究成果が数多く報告されるものと期待できる.このような流れの中,技術者・技能者・作業者が培った知識の形式知化と伝承が重要な論点となり,製造性考慮設計や最適設計などの,従来からの設計工学との接点に加えて,知識表現・知識抽出・知識処理・知識管理等での接点も大幅に増えていくものと考えられる.今後の展開に注目したい.
〔森永 英二 大阪公立大学〕
15.6 サービス・ライフサイクル設計の発展動向
現代において,製品のライフサイクルとサービスの設計は密接に結びついており,総合的に設計することが必要不可欠である.この背景には,サステナビリティの実現に向けた生産と消費の変化とIoT(Internet of Things)や人工知能(Artificial Intelligent,AI)の急速な発展によるデジタル化が大きく影響している.前者の観点では,国連により採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals;SDGs)やパリ協定における脱炭素(カーボンニュートラル),EUの発表した循環経済(Circular Economy,CE)など,今後のものづくりの体系的な改革が求められている.後者の観点では,ドイツ政府により提唱されたIndustry 4.0,近年の生成AIの目紛しい発展に伴い,デジタルツインやCyber-Physical System(CPS)の実装による生産活動の自動化,高度化が目指されている.
上記の社会的な動きは,サービス工学,ライフサイクル工学両分野の研究動向にも大きく影響を与えている.図15-6-1は,これらの分野の融合とそれにより生まれている新たな研究トピックや概念を整理したものである(1).この図では,主に「政策・ポリシー」,「戦略」,「融合戦略」,「ビジネスモデル」の4つの観点で各分野の収斂の様子を示している.政策・ポリシーのレベルにおいては,上述したCE,Industry 4.0に加え,functional economy(FE)が研究分野の発展に大きく影響している.FEとは,ユーザや顧客は,製品そのものを購入することで得られる交換価値ではなく,製品を使用することで得られる機能性によって対価を得る経済システムを示す(2).本概念は,その後の製造業のサービス化,脱物質化の議論の発展に強く影響している.次に,戦略レベルでは,CEに基づくCircularization(循環化).Industry4.0に基づくDigitalization(デジタル化),FEに基づくServitization(サービス化)が挙げられ,これらは当初それぞれ独立して研究が進められてきた.
その後,これらの研究トピックが融合し始め,新たな研究トピックが発展している.それは,Smart circular economy(Smart CE),Digital servitization(DS),Sustainable servitization(SS)である.Smart CEは,循環化とデジタル化が融合した概念であり,近年においては,CEの循環戦略(リペア,リマニュファクチャリング,リサイクル等)とデジタル技術,またその効能がどのように相乗効果を起こすのかについて検討されている(3).2024年に施行された,エコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation)の内容の一つであるDigital product passportもこの議論の範疇である.一方でDSとSSは,工学に留まらず元来製造業のサービス化を対象として扱っていたマネジメント分野においても大きく注目されている.DSはSmart CEと同様に製造業企業の製品中心志向からサービス志向への組織変革を促進するデジタル技術の活用方法や企業の実践事例の分析に基づく企業の能力(Capability)の精緻化等が取り組まれている(4).SSは,比較的新たに登場した研究トピックであり,サービス志向の能力によって企業の収益性とサステナビリティのバランスを達成することを目指した戦略である(5).
最後に,ビジネスモデルのレベルにおいては,主要なものとして製品サービスシステム(Product-service systems,PSS)(6),循環ビジネスモデル(Circular business models,CBM)(7),デジタルビジネスモデル(Digital business model)(8)の3つが挙げられる.前述した戦略を実現するための実践方法として各ビジネスモデルの設計方法の研究は盛んに行われてきた.ここでも上記の様々な社会背景の変化に影響を受け,それらの分野の融合により,Circular PSS,Smart PSS,Digital CBMという研究トピックが登場した.例として,Circular PSSについて取り上げる.元来,経済成長と資源効率向上のデカップリングを目的としてPSSは提唱された概念である.一方で,その効果はPSSを設計するだけでは保証されないこと,ひいてはリバウンド効果と呼ばれるPSSを使用することで,更に生じ得る環境負荷などの側面が指摘されてきた.その背景からCBMの観点を取り入れることで,意図的に’Circular’ PSSと呼称し,資源循環,最終的には絶対的なデカップリングを実現するビジネスモデルとして成立させるための知識や方法が探求されている(9).最後に,上記3つのビジネスモデルの要素が収斂した結果として,Smart circular systems(SCS)という新たな概念が提唱されている(10).本概念は,近年登場したばかりであり,他のビジネスモデル概念との関係や棲み分けなどは未だ明らかにはなっていない.今後は,実産業事例の分析等を通した,SCSたる要件や要素を特定することで,本概念の精緻化が期待される.
ライフサイクル工学やサービス工学の研究最新動向は,日本機械学会 設計工学・システム部門講演会における「ライフサイクル設計とサービス工学」のオーガナイズドセッションで継続的に発表されている.国内大会では他にも,精密工学会,サービス学会,日本LCA学会等で活発に議論されている.国際会議では,CIRP Conference on Life Cycle Engineering(CIRP LCE),EcoDesign国際会議,EcoBalance国際会議などで最新の研究発表がなされている.以上で述べたように現代において,サービス設計とライフサイクル設計は,もはや不可分の領域であり,相互に関連している.1990年代からそれぞれの分野において,先んじて研究に取り組んできた実績・強みを取り入れ,統合することで,現代社会問題に資する学問分野として更に発展させる機会が開かれていると言えるだろう.

図15-6-1 サービス・ライフサイクル設計の関連研究分野・トピック(1)
〔三竹 祐矢 東京大学〕