25.スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
25.1 概論
スポーツ工学ヒューマンダイナミクス部門(以下,本部門)は,2015年に設立された.端緒は,1989年に本会に設置された「スポーツ工学に関する調査研究分科会」にさかのぼる(1,2,3).見習い部門として,5年間活動した後,2020年度(第98期)より,日本機械学会の新部門制移行に伴うS2のクラス分け「新規分野」というカテゴリで,通常部門として承認された.本部門は,学際的・分野横断的であり,日本機械学会内をはじめとし,様々なコラボレーションが必要になる.
1990年頃,英国でもスポーツ工学の学術団体:ISEA(International Sports Engineering Association)が設立された.英国は,世界のスポーツ工学を先導している.例えば,シェフィールドハレム大学にはSports Engineering Research Group(4)があり,ラフバラ大学にはSports Technology Institute(5),マンチェスターメトロポリタン大学にはResearch Group: Sports Engineering(6)がある.図25-1-1は,ラフバラ大学のSports Technology Instituteのビルである.スポーツ工学関連の研究所が単独の建屋として存在することに驚いた.英国の各大学のスポーツ工学研究所は,欧州に拠点を置く殆どの国際スポーツ団体やメーカーと連携し,研究開発を続けている.
2024年度は,本部門主体で,日本機械学会誌特集号:競技スポーツのためのスポーツ工学を発刊した.全部で7件(7,8,9,10,11,12,13)の特集記事が投稿された.競技スポーツを対象としたR&D例が紹介されている.本部門では、日本機械学会誌2016年7月の小特集「勝利・記録に挑むスポーツ工学 ― リオからピョンチャンそして2020東京へ―」[14),同じく 2018年4月の特集「オリンピック・パラリンピックに貢献するスポーツ工学」(15)を企画してきた.4年毎,つまりオリンピックパラリンピックイヤー毎に本部門主体の特集号の出番が来るようである.
国際的には, ISEA2024の開催年であった(25.3参照).閉会式では,新ISEA Fellowが2名紹介された.Prof. Veit Senner(TUM)とProf. Nicola Petrone (University of Padua)であった.ちなみに筆者はFellow賞のプレゼンタを務めた.
本年鑑では,本概論に続き,「スポーツ工学ヒューマンダイナミクス」,本部門主催の講演会「スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門講演会2024(SHD2024)」,ISEA主催の講演会「ISEA2024」について,各専門家に解説して頂いた.

図25-1-1 Sports Technology Instituteのビルディング
〔瀬尾 和哉 工学院大学〕
25.2 スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
2024年7月26日から8月11日まで、第33回オリンピック競技大会がフランス・パリを中心に開催され,2024年8月28日から9月8日までパリ2024パラリンピック競技大会が同じくパリを中心に開催された.オリンピック・パラリンピックでの競技力向上を目的として,多くの研究・開発が行われた.
スポーツの競技力向上だけでなく,より使いやすいスポーツ用具の開発や人間の動きの定量的評価を目的として,多くのスポーツ工学および人間の動作(ヒューマンダイナミクス)に関連した研究が行われている.
スポーツ工学に関連した研究の中で,バーチャル・リアリティ(VR)技術を使ってスポーツの競技力の向上を図る研究が開始されており,その結果が報告されている(1,2).これらの研究として,ブラインドサッカー選手の音源定位能力を評価・可視化するVR音響システムが開発され,その妥当性が確認されるとともに,実際の競技者と未経験者の音源定位能力が分析されている(1).加えて,バスケットボールのトレーニングに対するVR技術の応用に関する30以上の研究例についてレビューがとりまとめられている(2).これらの研究によると,VR技術を使ったトレーニングはバスケットボールの複雑なプレーの理解と実行に効果的であること,意思決定時間の短縮に効果があること,シュートの安定性とスピード向上に寄与することなどが報告されている.また,遠隔トレーニングなど工学的な技術開発にも期待が寄せられている.
有限要素解析(FEM)や数値流体解析(CFD)等の計算力学をスポーツ用具の開発や人体の筋活動の評価,競技中の人体・用具の流体抵抗の評価に用いることはより一般的な取り組みとなっており,より実現象に近い解析条件にするために,高度な解析手法の導入やより大容量の計算領域を使った試みがなされている.
自転車を除いたサイクリストのモデルを使って風洞実験を行い,RANS(Reynolds-Averaged Navier–Stokes equations)を用いたCFD手法で解析を行い,抗力に対する体の部位の寄与度を示し,サイクリストの空気抵抗を十分な精度で、デスクトップPCでも現実的な時間内に予測可能であることが報告されている(3).
また,人間の動作特性を定量化するためのヒューマンダイナミクスに関連した研究が行われている.ヒューマンダイナミクスに関連した計算力学的な手法であるOpenSim(4)やAnybody(5)等の筋骨格モデル解析についても開発が進められている.
筋骨格モデル解析は,モーションキャプチャーシステムなど3次元の動作解析装置で得られた被検者の動作を,筋と骨で構成された筋骨格モデルへ与えて再現させることで,動作中の筋活動や骨や関節に生じる力や運動量を逆動力学解析で算出する手法である.様々なスポーツ種目を対象として,運動する被検者を用いた数多くの研究がなされている.さらに,工場作業の安全性を向上させることを目的として筋骨格モデル解析が適用されている.具体的には,おもりをのせた台車を押す際の「押し始め動作」に着目し,下肢及び腰部の関節の運動範囲,関節モーメント,筋張力が筋骨格モデル解析を用いて評価されている(6).
運動中の動作と器具の関係についても研究がなされている.体操競技において,使用される器具の接合部の構造等が異なり,普段練習で使用している器具と使用感の違いから通常の競技動作ができなくなることが問題視されており,競技用鉄棒器具の構造特性の定量的評価と緊張索張力の影響について報告されている(7).
冬季に行われるウィンタースポーツには雪上や氷上で行われるスキーやスノーボード,スケートやカーリング等が挙げられる.これらの一つであるカーリングについて,スウィーピングがカール挙動に与える影響を評価するための測定を行い、選手自身が同様の定量的な実験を行うための実用的な手法が提案されている(8).
先に述べた第33回オリンピック競技大会およびパリ2024パラリンピック競技大会は地球温暖化や海洋プラスチックごみ問題など,環境問題に配慮した運営を目指して開催された.スポーツ競技やスポーツ用具の開発に対して,環境に配慮し,持続可能な活動とすることがこれまでよりも強く求められている.
〔松田 昭博 筑波大〕
25.3 講演会
25.3.1 シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス
2024年11月15日(金)~17日(日)の3日間,シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2024(SHD2024)をオンライン(11月15日)と慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの現地開催(11月16日〜17日)で開催した.本シンポジウムの参加者数は,一般 108 名(正員・特別員:92名,会員外:9名,協賛学会会員:7名),学生 74名(学生員:68名,一般学生:5 名,協賛学会学生員: 1名)の計 182 名.企業展示23社,協賛企業からの参加者37名が参加した.
特別講演1では慶應義塾大学環境情報学部准教授の藤井進也先生による,「ドラマーの身体運動とヒューマンダイナミクス」と題した講演が行われ,藤井先生ご自身による迫力あるドラム演奏から始まり脳科学との接点を熱く語ったうえで,最後にはAIとのセッションという斬新な演奏で締めくくっていただいた.特別講演2では,「パリ五輪への自転車トラック競技部門の取り組み」と題して,2024年のパリオリンピックに採用された自転車の開発について佐藤慶氏(日本自転車競技連盟),間宮健氏 (東レ・カーボンマジック株式会社),小山浩之氏 (合同会社アヘッドスポーツエンジニアリング)による講演が行われた.素材,構造,空力をはじめとして細部に渡るまでこだわり抜いて開発に挑んだまさにスポーツ工学研究の実践的応用の取組みを熱く語っていただいた.この2件の特別講演のほか,シンポジウムでは一般講演発表件数77件(内 オンライン14件)が行われた.
一般講演発表では,スポーツ工学,ヒューマンダイナミクスの一般セッションとして,野球・ゴルフ・水泳・体操・卓球・テニスなどの特定種目に関するセッションの他に,バランス能力の評価,日常生活における身体負荷などの人間工学,さらにはセンシング技術,動作解析技術,スポーツ用具と変形,トレーニングシステム,スポーツ流体などの幅広いテーマを扱うセッションが設けられ,最新の研究内容が報告された.
今回初めての試みとして宿泊を伴うナイトセッションが企画され,湘南藤沢キャンパス内の滞在宿泊型施設βビレッジでのナイトセッション1(11月15日)では,「脳卒中リハビリテーションにおけるバイオメカニクス手法の応用」と題して,榊原時生氏(湘南慶育病院リハビリテーション部理学療法士)がリハビリテーション現場でのバイオメカニクス手法の応用を,ナイトセッション2(11月16日)では,仰木裕嗣氏(慶應義塾大学)が担当し,ワークショップ「スポーツ工学がSTEM教育に貢献できること」と題した企画を実施した.寛いだ雰囲気の中でのディスカッションはこれまでとは違った交流が出来たようである.
〔仰木 裕嗣 慶應義塾大学〕
25.3. 2 ISEA2024
ISEA Conferenceは, アカデミアや産業界のスポーツエンジニアを対象に, 隔年で開催されるスポーツ工学の国際会議である.ISEA2024は2024年7月8日~11日にわたって, イギリス・ラフバラ大学にて開催された. 今年はゴルフの国際学会 World Scientific Congress of Golf (WSCG)と共同で開催され, ゴルフ関係のアカデミア,研究者も多く参加する形式となった.様々な国(全体23ヵ国の参加で内訳は英国: 40 %, 米国: 17 %, ドイツ: 9 % 日本: 7 %) の総勢336名の研究者・技術者(図25-3-1)が参加し, 最新のスポーツ工学研究に関する活発な議論・交流が行われた.
キーノートでは,Massachusetts Institute of TechnologyのPeko Hosoi教授によるスポーツ×データサイエンスの解析事例や野球の物理学に関する講演,lululemon社のSiân Gordon博士による女性視点での屋外における大規模な走動作研究に関する講演,Titleist社のAlan Hocknell副社長によるプレーヤー中心の用具設計・開発手法に関する講演,英国Motivation創設者であるDavid Constantine氏によるリハビリテーションとスポーツに関する講演の計4つの講演がなされ,それぞれ大学や企業といった異なる視点からスポーツ工学を捉えており, いずれも研究者やエンジニアにとって, 刺激的で示唆に富んだ内容であった.
一般講演(口頭発表127件, ポスター発表49件)では, スポーツ工学にまつわる様々なテーマについて発表がなされ, 国を超えて活発な議論が行われた. 特に本学会の中で特徴的なテーマとしては,サスティナブルに関する研究セッションが設けられていたことである.これは昨今の社会課題として, 多くの国が持続可能な開発を意識した研究活動を進めていることが反映された結果であると推察する.また,本学会がイギリスでの開催という点や,参加国のうち約半分がヨーロッパということもあり,サッカーをはじめとするグラウンド競技におけるサーフェスの研究や,自転車競技に関する研究が多くみられた.特にFIFAワールドカップ2026が北中米3か国共催であることから, サーフェスに関する研究は米国からの発表も多く,従来欧州と日本の参加が多かったISEAの参加構成も近年変化している様子が見受けられた.
著者が所属する企業からは計3件の口頭発表を行ったが, 発表後の質疑やフリータイムにおいて, 国を超えたアカデミック研究者とメーカー研究者の交流のみならず, 普段関わりの持ちにくいメーカー研究者同士の交流や意見交換が活発になされていたのが印象的であった. 次回ISEA2026は米国, Washington States Universityにて開催される.

図25-3-1 参加者の記念写真
〔柴田 翔平 ミズノ株式会社〕
〔橋口 友洋 ミズノ株式会社〕