20.産業・化学機械と安全
20.1 化学プラント,化学プラントエンジニアリング
20.1.1 プラント業界の現状
2024年における我が国経済は,コロナ禍の影響から脱した後,企業収益が過去最高を更新し,設備投資も33年ぶりに100兆円を超えるなど,企業部門が堅調さを維持しており,基調として緩やかな回復が続いている(1).一方,化石エネルギーの価格に目を転ずると,世界中でエネルギーの需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰が発生することとなった2022年の水準と比べると,2023年以降のエネルギー価格は,比較的落ち着きを取り戻しているものの,新型コロナウイルス感染症の流行前である2010年代後半頃の価格水準と比較すると,引き続き高い水準で推移している(図20-1-1)(2).

図20-1-1 天然ガス・LNG市場価格の推移(2)
又,代表的な化学製品の1つである化学肥料の価格動向を見てみると,化石エネルギーと同様,2023年以降,比較的落ち着きを取り戻しているものの,2010年代後半より高い水準で推移してきており(図20-1-2)(3),こういった背景を踏まえ,肥料・アンモニアプラントの新規計画案件は増加傾向にある.化学製品の需要は元来,世界的な人口増加と,新興国等における都市化或いは生活水準の向上に伴い増加傾向にある為,ロシアによるウクライナ侵略やイスラエル・パレスチナ情勢等,地政学的リスクを引き続き注視する必要はあるものの,化学プラントの計画案件は今後とも増加傾向が続くと考えられる.

図20-1-2 肥料価格動向(3)
一方,化学製品の需要が増えるということは,それだけ化石燃料を消費することに他ならないが,例えば我が国におけるエネルギーフローバランスを見ると,一次エネルギー国内供給からエネルギー転換/転換損失等を除いた最終エネルギー消費において,石油製品が占める割合は23.6%に過ぎず(図20-1-3)(4),それ以外は専ら電力,輸送用燃料或いは熱源として消費されるものであり,他国においてもその大小はあれども,その大まかな傾向は変わらないと考えられる.

図20-1-3 日本のエネルギーバランス・フロー概要(2022年度)(4)
ここで,世界のエネルギー消費の推移(図20-1-4)(5)及びエネルギー起源CO2排出量の推移(図20-1-5)(6)に目を転ずると,新型コロナウイルス感染症が世界的に流行した時期を除き,何れも増加傾向にある.反面,地球温暖化に起因すると考えられる猛暑,或いは大規模な自然災害が世界各地で増加する等,気候変動問題への対応は,最早喫緊かつ人類共通の課題となっており,我々は,エネルギー安定供給,経済成長,脱炭素(温室効果ガスの排出削減)の同時実現に向けた社会変革,いわゆるGX(グリーントランスフォーメーション)(7)の実現に向けた取組を加速していかねばならない.

図20-1-4 世界のエネルギー消費の推移(地域別,一次エネルギー消費)(5)

図20-1-5 エネルギー起源CO2排出量の推移(OECD・非OECD別)(6)
GXの実現に向けた取組において,脱炭素に資する技術として従来から着目されてきた省エネや再エネ等の分野に加え,脱炭素化が難しい分野における切り札として,燃焼時にCO2を出さない脱炭素燃料である「水素」や,CO2を分離回収して地中に貯留する「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」といった新たな脱炭素技術の推進・商用化に向けた取組が世界的に加速しているが(8),燃焼させても二酸化炭素を出さない燃料,或いは水素キャリヤのとして活用が期待されているアンモニアの製造は,化学プラントエンジアリングの分野において,我々の先輩達が世界各国に納めてきた肥料・アンモニアプラントの設計・建設を通じて発展させてきたプロセスでもあり,更にCCSに至っては,その肥料・アンモニアプラントの一工程である化学吸収法によるCO2回収プロセスを発展させてきたものとも言える.このようにGXの実現に向け,化学プラントエンジニアリングに対する期待はとても大きいと言え,我々は今後,先輩達の後を継ぎ,こういったプロセスにおける更なる信頼性の向上や原単位の低減に取り組んでいかねばならない.
最後に,化学プラントエンジニアリングの分野における労働安全への取組について紹介する.同分野における労働安全への取組は,他の業界或いは業務分野と比較しても遜色なく,寧ろ進歩的な取組を行っていると考えている.最近では特に,IOGP(International Association of Oil and Gas Producers)が提唱する「five Human Performance principles」に着目し(図20-1-6)(9),その趣旨に賛同するOil & Gas業界やエンジニアリング業界における企業各社による勉強会が行われ,同業界における更なる労働安全の向上に向けた取組が行われている.

図20-1-6 five Human Performance principles(9)
〔鈴木 一光 三菱重工業(株)GXセグメント〕
20.2 産業機械
20.2.1 産業機械業界の現状
米国トランプ大統領の保護主義政策で世界経済は混乱を極めているが,今こそ,B2B(Business to Business:企業間取引)の最たるモノとして,我が国の産業機械が躍進する機会と捉えるべきである.経済産業省の公開文献(1)からデータを抽出し,工作機械の生産国別シェアと市場規模を円グラフ化したものを,図20-2-1,20-2-2に示す.2020年から2025年予測の市場規模が年率10%強と伸びているので,新型コロナ禍後の急回復を見越したものと推定されるが,トランプショックによる経済成長の不透明さを考慮しても,この報告書の主旨には賛同できる.要約すると,「現状において,我が国の工作機械はトップシェアを保持」しており,「日本の現状と海外とのギャップ」を分析し,「ギャップを踏まえた日本の工作機械メーカーの必要アクションとルール整備」までを網羅したレポートになっている.米国製造業の国内回帰政策は,正に千載一遇のチャンスである.

図20-2-1 2020年工作機械世界市場シェア 図20-2-2 2025年工作機械世界市場規模予測
例年の報告については以下の通りとなる.内閣府の2025年1月機械受注実績報告(2)は,「機械受注は,持ち直しの動きがみられる」である.昨年の報告同様,図20-2-3に同HPの統計データをグラフ化したものを示す.本稿執筆時点で2025年4~6月期の受注総額見通しは出ていないが,IMFの2025年1月経済見通し(3)では,「2025年と2026年の世界経済成長率は3.3%と予測されており,過去(2000~2019年)の平均である3.7%を下回る.」としている.国内に目を向けると,(一社)日本電機工業会(JEMA)の2025年2月度出荷実績報告(4)は,産業機械の先行指標となるプログラマブルコントローラ(PLC)の出荷実績が,「前年比2ヵ月連続のプラスとなった.国内出荷は18ヵ月連続のマイナス,輸出は3ヵ月連続のプラスとなった.」また,2025年度電気機器の見通し(5)では,「国内,海外ともに半導体,電子部品産業向けの設備投資抑制が解消し,FA機器(サーボモータ,プログラマブルコントローラ,汎用インバータ)は前年度を上回る見通しである」としている.

図20-2-3 機械受注推移
このような状況下,国内の「ものづくり」は少子高齢化など構造的な人手不足や次々と寿命を迎えるインフラ関連設備・装置のメンテナンスなど,大きな課題に直面している.製造業のDX(Digital Transformation/デジタル化),GX(Green Transformation/クリーンエネルギー化)が加速する中で,わが国の強みはSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)を体現する「人間中心のものづくり」であると考えている.「人,技術,現場のつながりを組織の枠を超えて強化していくエコシステム」が,日本の強みを生かすコンセプトと言える.企業・教育機関・個人が「ものづくりの競争領域・独自技術」を強化していくことが必須である.加えて,「ものづくりの協調領域・共通技術」であり安全,保守・保全,セキュリティなど当部門が担う機械工学分野においては,部門活動を通じてさらに普及・深化・継承を図り,わが国産業機械の付加価値向上に貢献していく.
〔戸枝 毅 日本機械学会フェロー,博士(工学)明治大学〕
20.3 機械安全
20.3.1 機械安全設計の現状
機械類の安全設計を効率よく進めるためには,国際標準である機械安全規格を参照し,該当する要求事項に適合した設計をすることは必要不可欠である.機械安全規格は,ISO,IECの専門委員会(TC)で開発・改訂が行われている.その中で基本安全規格(A規格)及びグループ安全規格はISOはTC199(1),IECではTC44(2)で開発・改訂が行われている.ISO,IEC規格は5年以内に見直しをすることになっており定期的に改訂されるが,2023年にEUで機械規則が発行されたことを受け,機械規則の整合規格の作成団体である,CEN及びCENELECでは,改訂された健康と安全の必須要求事項の要求内容を満たすように現機械指令の整合規格の見直し,機械規則への整合規格化の整備がそれぞれの専門委員会,CEN/TC114(5)及びCLC/TC44X(6)で行われている.ウィーン協定(3)・フランクフルト協定(4)により,ISOやIEC規格の改訂も同時に行われるため,2024年は規格改訂が活発化している.ISO,IEC規格が改訂されると,WTO/TBT協定により,JISも改訂されることになる.最新の機械安全の要求事項を取り入れて設計するためにはISO/IEC/JISの改訂・発行状況に注意をする必要がある.機械の開発・設計期間にもよるが,開発・設計時に最新の要求事項を取り入れたとしても機械が製造・販売時には最新でなくなっている可能性も考えられる.国際規格の改訂情報はISO/IECのウェブページで確認することができる.
現在,改訂作業がISO/TC199及びIEC/TC44で行われている主な規格の改訂状況を,対応するEN規格及びJISの状況共に表1に示す.
表20-3-1-1 国際規格とEN規格とJISの状況
| 国際規格 | 現在の状況
段階略称(7) |
対応EN規格 | 現在の状況 | 対応JIS | 現在の状況 |
| ISO 12100:2010
(設計のための一般原則―リスクアセスメント及びリスク低減) |
改訂中
DIS |
EN ISO 12100:2010 | 同時改訂中 | JIS B9700:2013 | ISOの発行後改訂開始 |
| ISO 20607:2019
(取扱説明書 作成のための一般原則) |
改訂中
DIS |
EN ISO 20607:2019 | 同時改訂中 | JIS B9719:2022 | ISOの発行後改訂開始 |
| ISO 13849-1:2023
(制御システムの安全関連部-設計原則) |
- | EN ISO 13849-1:2023 | - | JIS B9705-1:2019
(2015年版対応) |
2023年版JIS原案作成作業中 |
| ISO 13849-2:2012
(制御システムの安全関連部-妥当性確認) |
改訂中
CD |
EN ISO 13849-2:2012 | 同時改訂中 | JIS B9705-2:2019 | ISOの発行後改訂開始 |
| IEC 60204-1:2016+A1:2021
機械の電気装置-第1部:一般要求事項 |
改訂中
WD |
EN 60204-1:2018 | 同時改訂中 | JIS B9960-1:2019+A1:2023 | IECの発行後改訂開始 |
| IEC 62061:2021+A1:2024
安全関連制御システムの機能安全 |
追補2開発中
CDV |
EN 62061:2021+A1:2024 | 追補2同時改訂中 | JIS B9961:2008
(2005年版対応) |
2021年版対応JIS原案作成終了,JIS発行待ち
追補2発行後作業開始 |
国際規格と対応するEN規格は同時改訂作業中であり,おおむね国際規格と同一年に発行される.しかしながら,JISは国際規格が発行後に作業を開始すること並びに原文の内容及び構成を変更することなくわかりやすい日本語に翻訳するため時間を要するため,国際規格発行からJIS発行までおよそ2年程度遅れる傾向にある.各改訂会議に日本からもエキスパートは参加し,改訂作業に関与し早い段階から国内委員会と情報共有すること,JIS原案作成では少なくとも1日/月の原案作成委員会を開催することなどにより,JIS発行までの時間短縮に努めている.しかしながらJIS原案作成までに1年以上必要としているのが現実である.実際,JIS B9705-1の原案作成委員会は2024年1月から毎月開催しているが原案作成は2025年春ごろになる見込みである.
産業・化学機械と安全部門では,規格の改訂時には講習会を適宜実施し,変更内容の解説を行っている.JISが正式に発行されるまではこのような講習会を利用して最新の機械安全の要求事項を取り入れて設計されることを期待したい.
〔杉田 吉広 テュフラインランドジャパン株式会社〕