22.技術と社会
22.1 概観
技術と社会部門は,日本機械学会おいて他の部門で受け皿となる発表場所が無いものにも発表の機会を設けている.必ずしも発表件数が揃っていないが,2010年代は主要な柱が「技術教育・工学教育」「技術史」「技術者倫理」であった.人文社会系の自然科学ではない内容も取り扱う点も特徴がある.22.1項では全国的に販売される一般紙である毎日新聞の2024年の記事から,2024年の主要なニュースを挙げつつ,研究者の置かれている状況を紹介する記事と,小中学校の授業時間数について言及する.
2024年12月29日(日)の毎日新聞12版第4面では「写真で振り返る2024」(1)の見出しで,2024年1月1日に能登半島で震度7の地震が発生したこと,1月2日に羽田空港で日本航空機と海上保安庁の航空機が衝突し炎上したこと,3月13日に和歌山県串本町の民間発射場で小型ロケット「カイロス」初号機が発射直後に爆発した様子,パリ・オリンピックで日本選手団が金メダル20個を獲得したこと,9月27日に石破茂氏が自民党総裁に選ばれたこと,ガザ停戦を訴える集会の10月5日の写真と共に言及されるウクライナ・ガザ・シリアでの戦闘行為を示唆する記述,10月13日に撮影された紫金山・アトラス彗星の画像と共に多くの人がスマートフォンを片手に観測した「史上最も撮影された彗星」であったこと,が示されていた.また2024年12月30日(月)の毎日新聞12版第10・11面に「重大ニュース2024」(2)として示されていた見出しを列挙すると,裏金直撃 与党過半数割れ,「身内の論理」優先のツケ,宙づり国会 駆け引きは続く,「103万円の壁」決着つかず,SNSの力 政治動かす,地震,豪雨‥‥苦難の能登,世界に衝撃「またトラ」,選挙イヤー各国で波乱,終わらぬ二つの戦争,核なき社会求め続け 被団協にノーベル平和賞,マイナス金利撤廃,戒厳令 混迷の韓国,羽田 海保機・日航機衝突,京アニ放火 死刑判決,紅こうじで健康被害,宝塚劇行 パワハラ認定,強制不妊 全面救済へ,20年ぶり新紙幣発行,2年連続一番暑い夏,令和の米騒動,相次ぐ「闇バイト」強盗,袴田さん再審無罪確定,原発回帰へ方針転換,17年前の小2殺害 逮捕,シリア・アサド政権崩壊となる.2024年の年末の新聞であり,「重大ニュース2024」は見出し以外に文章や一部写真もあるため,見出しだけで内容が分かるものではない.しかしながら各国で従来の政治に対する市民の不満が選挙の結果として顕在化した.上記見出しに出ているSNSはSocial networking serviceの略だが,このSNSが選挙にも影響している旨が記述されている.SNSは英オックスフォード大学出版局が2024年の「今年の言葉」に選出した,脳の腐敗(疲れ),脳がぼんやりしている状態を指す,brain rot(3)と関わる.同出版局が定義する言葉の意味は「取るに足らないコンテンツ(特にオンライン)の過剰消費による精神・知的状態の低下」ということである.またSNSに関しては,2024年にオーストラリアで16歳未満のSNS利用を禁止する法案が可決された(4).
以上は大雑把な2024年の世相を毎日新聞の紙面が示したものだが,以下では同じ新聞社によって報道された研究分野・教育分野・技術史に関連する内容を紹介する.
研究分野に関する報道では,研究者の弱い立場が示された.2024年9月19日(木)の毎日新聞12版の第13面で,垂水友里香(5)により,研究現場のリアル・任期制 1 報われぬ「石積み」の見出しで,大学などで働く研究者の非正規率が,一般労働者と比べて高い事がしめされている.研究者の非正規の割合は「15年度に博士課程を修了し3年半後に大学などで働いている人の中で任期付き職に就いている割合は男女とも約63%」としめされている.対比する一般労働者の数値も,「労働者全体に占める非正規雇用の割合は37.8%で,同世代(25~34歳)の男性で14.3%,女性は37.8%」と示された.この記事では,ある男性が1997年から2015年まで6度の転職を経てフリーランスになったことが主に紹介された.この記事のシリーズでは2024年9月26日(木)の毎日新聞12版の第11面で,垂水友里香(6)により,研究現場のリアル・任期制 2 ライフイベントの見出しで,任期付きの研究者が育児休業を取れずに産後2カ月で職場復帰し,通常の育休取得で受けられる健康保険料や厚生年金保険料の支払い免除や育児休業給付金が受けられなかったなどが紹介された.この記事では,任期付きの研究職が増えれば,未婚や子どもを持たない選択にもつながりやすいことも,データと共に紹介された.さらに同シリーズは,2024年10月3日(木)の毎日新聞12版の第11面で,宇多川はるか(7)により,「研究現場のリアル・任期制 3 雇い止め」の見出しで,「過重な労働の末,使い捨て」の表現で雇い止めされる任期付き教員が紹介され,労働基準監督署から労基法に違反するとして大学に対して是正勧告が出された事案が紹介された.この件は「慶応大に是正勧告 労基署 労働条件,書面に不記載」の見出しで2024年10月3日(木)の毎日新聞12版の第17面でも宇多川はるか(8)による記事が掲載された.雇い止めについては,同シリーズとは別に,2024年10月19日(土)の毎日新聞12版の第1面と第2面ではそれぞれ「理系研究者8人に1人雇い止め」「大学10年貢献 あっさり解雇」の見出しで垂水友里香と鳥井真平(9)(10)による記事が掲載された.2024年10月4日(金)の毎日新聞12版の第18面でも「大学院構想 打ち切り解雇」の見出しで,学校法人和洋学園の大学院の設置準備室メンバーが雇い止めされた旨の記事が報告された(11).更に別件だが,2024年11月1日(金)の毎日新聞12版25面では“講師の無期雇用 認定破棄 最高裁 大学側の特例「尊重」”の見出しで,巽賢司と菅野蘭による記事で,専任講師を5年務めて無期転換を大学に求めた者が翌年雇い止めされた件で,無期雇用転換ルールの対象となる期間が5年か特例となる10年かが争われている訴訟の,研究者側が勝訴した2審判決が破棄されて審理が差し戻された旨が報告された(12).北海道大学理学研究員化学部門では無期雇用の教員が,暖房が無い部屋で,経費が支給されず,学生も配属されず,部屋の使用期限を示されるなどしている状況も,毎日新聞12版では,鳥井真平と垂水友里香による記事が2024年10月1日(火)第1面と第19面でそれぞれ「北大,助教冷遇 凍える研究室(13)」「研究費出ず 愛車売却(14)」の見出しで,2024年10月4日(金)第18面では鳥井真平による記事が“北大「追い出し」問題一転 根拠の文書 無効判明(15)”の見出しで,2024年10月18日(金)の第24面では鳥井真平による記事が“「教員に正当な処遇を」北大の組合が要望書(16)”の見出しで,それぞれ報道された.
教育方面の話題としては,東京大学の授業料が2025年度の学部入学者から値上げされることが2024年9月に発表され(17),阿部俊子文部科学相が2024年12月25日に小中高校で教えるべき内容を示す学習指導要領の改定を中央教育審議会に諮問したこと(18),公立学校の教員の給与は「残業代を支払わない代わりに給料月額を一定割合上乗せする教職調整額を4%から段階的に10%に引き上げる」ことになった旨(19),公立学校教員の選考試験の倍率が3.2倍で過去最低になり低いところでは熊本県・鹿児島県・熊本市の小学校で1.2倍であったこと(20)等が報道された.なお授業時間数に関して,2024年度は小5と中2の標準総授業時間数1015単位時間に対して,1086単位時間以上の授業時数で編成する教育課程が,全国平均で小学校5年が17.7%で中学校2年が15.2%であった(21).なお標準授業時数を上回る時数の半数以上は「具体的な使い方の想定がない」と「学級閉鎖等の不測の事態においても授業時間数を確保するため」で占められていた.授業時間数の超過は学習指導要領が定める学習内容が多すぎる「カリキュラム・オーバーロード(教育課程の過積載)」が背景にあるとの指摘と共に一般紙でも紹介された(22).
技術史に関するところでは,北九州の現在の門司港駅周辺で見つかった明治期の門司駅の関連遺構が,国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」によって2024年9月に“危機に瀕した文化財を守るようにしてきする緊急声明「ヘリテージアラート」”を出されたものの,一部を除いて解体されたことが報道された(23).
以上は特定の新聞を拾い読みしたものになる.以下では「工学・技術教育」,「技術史・工学史」,「産業遺産・機械遺産」および「技術者倫理」について2024年の動向が報告される.
〔加藤 義隆 大分大学〕
22.2 工学・技術教育
工学・技術教育分野における2024年の動向について紹介する.
日本工学教育協会が主催する第72回年次大会・工学教育研究講演会においては,オーガナイズドセッション(以降,OS)が6セッション,一般セッション(以降,GS)が12セッション設けられ,講演数は昨年の173件から74件増加の247件であった(1).講演数最多のセッションは「GS工学教育・システムの個性化・活性化」(講演件数32件),「GS実験・実技を通じたエンジニアリング・デザイン教育の実践方法とその教材開発」(講演件数28件),「GS高大院連携,社会・地域貢献,社会人教育,企業における技術者教育」(講演件数25件)となっていて,教材開発に関する講演が全体の約40%を占めた2023年とは異なり教育手法を含めた幅広い講演が行われていた.OSは「産業界が求めるコミュニケーション能力の育成方法」「高等教育とウェルビーイング」の2つのセッションが講演件数10件で最多であった.また,「GS AI・データサイエンスおよびSociety 5.0に対応した教育システム」(講演件数9件)「OS Society 5.0時代を担う理工系人材育成に関する高専教育の実践と展開~高専における取組」(講演件数9件)と情報科学に関連する講演が一定数を占める状況は2023年と変わりなかった(2).同協会が発行する「工学教育」誌に掲載された工学・技術教育関連の論文は昨年から10件減少の49件であり,最も多いキーワードは「PBL」(9編),次点で「オンライン(Online)」(6編)であった.2022年からこの2つのキーワードが最多と2位の順位を入れ替えながらも上位であり続けている.日本工学教育協会では講演発表,論文共に近年の教育のトレンドとなっているPBLを含めたアクティブラーニングと,COVID-19の影響で広がったオンライン教育がその影響が小さくなってからも新しい教育手法として採用され続けていることが推察される(3)~(8).
機械工学分野の教育活動に着目すると,2024年に「日本機械学会 2024年度年次大会」「日本機械学会 技術と社会部門 2024年度合同講演会「技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる」の2つの講演会で設けられた工学・技術教育関連のセッションは10セッションであり,講演数は50件であった(9)(10).OS名と発表題目から著者独自の判断で行った講演内容の分類では「授業関連の取組と教材開発」が最多で21件,次いで「実験・実習科目とその教材開発」で13件であり,教材開発関連の発表が全体の約70%を占めていた.その他「講義・演習科目とその教材開発」「PBL,アクティブラーニング(AL)」「産学官連携による教育」「リカレント教育・社会人教育」「STEM教育」「小中高校生向け工学教育」「その他(演題のみでは分類不可)」による分類を行ったが,いずれの項目も講演数は5件未満であった.日本機械学会(以降,本会)が発行する日本機械学会論文集に掲載された論文のうち,「法工学,技術史,工学教育,経営工学など」のカテゴリーとして掲載された工学教育関連論文は2022年が2編,2023年が0編であり,2024年も0編であった.工学教育に関する論文数は低迷している.
以上より,日本工学教育協会および本会が主催する研究講演会での報告内容については2023年と同様,授業・教材開発に着目した内容が大半を占めている.「工学教育」誌および日本工学教育協会が主催する研究講演会においては,COVID-19の影響を経て広まったオンライン教育を含めた教育DXに関する発表が一定数を維持している一方で,本会の講演会ではそうしたキーワードを含む演題が少ない傾向である.機械工学分野の専門分野を題目に含む講演数は多く,機械工学分野の特定の専門科目をどのように教えるか,ということに主眼をおいた発表が多いと推察される.
科学技術教育に関する政府の方針については,統合イノベーション戦略2024(11)において「知の基盤と人材育成の強化」の基軸にて「人材育成,教育の充実」の項目として「教育・人材育成政策パッケージに基づく探究・STEAM教育を社会全体で支えるエコシステムの確立等」が掲げられている.
国際的な情勢に目を向ける.Clarivate社が提供するJournal Citation Reports(12)では教育関連のカテゴリーとして「Education & Educational Research」「Education, Scientific Disciplines」「Education, Special」の3つがあり,このうちもっとも工学・技術教育と関わりの深い「Education, Scientific Disciplines」のカテゴリーには86誌がインデックスされている.このうち2023 JIFに基づく四分位で最上位のQ1の雑誌でかつ工学・技術教育を直接的に扱っている雑誌の2022 JIFと2023 JIFを表22-2-1にまとめる.JIFの計算方法が論文の発行年ベースからオンラインでの公開ベースに移り変わる過程でこの数年間は教育関連のカテゴリーに関わらず値の変動が大きく,JIF 2022に比べてJIF 2023は若干の低下がみられる.表22-2-1にまとめているように,「Education, Scientific Disciplines」のカテゴリーにおいても上位誌のJIFは2022に比べて若干の低下がみられるものの,全体として堅調に推移していることが伺える.一方で,表に掲載された論文誌への日本の機関に所属する著者から発表された論文は合計で10編に満たず,工学教育に関する活動について国際化の余地が残されている.
表22-2-1 高IFの工学・技術教育誌のIF遷移
| 雑誌名 | 2022 JIF | 2023 JIF |
| International Journal of STEM Education | 6.7 | 5.6 |
| Studies in Science Education | 4.9 | 4.7 |
| Journal of Engineering Education | 3.4 | 3.9 |
| Education for Chemical Engineers | 3.7 | 3.5 |
| Journal of Science Education and Technology | 4.4 | 3.3 |
| ACM Transactions on Computing Education | 2.1 | 3.2 |
| Physical Review Physics Education Research | 3.1 | 2.6 |
| Chemistry Education Research and Practice | 3.0 | 2.6 |
〔安田 啓太 琉球大学〕
22.3 技術史・工学史
技術史研究の国際的な学術団体である国際技術史委員会(ICOHTEC)は,第51回年次大会(1)を2024年7月8~14日の日程でチリ共和国のビニャ・デル・マールにおいて開催した.米国技術史学会(SHOT)との共催であった.会議は76セッション(パネルディスカッション,ラウンドテーブルディスカッションを除く)が設けられ,総計265件の発表があった.
国内では,日本産業技術史学会(JSHIT)が第40回年総会(2)を2024年6月15・16日に広島県呉市の呉市海事歴史科学館で開催した.特別講演「呉海軍工廠の光と影 構想・計画と技術移転を中心として」および招待講演「広海軍工廠と鋳物」のほか,3件の一般講演があった.
日本科学史学会(HSSJ)は第71回年会(3)を2024年5月25・26日に東京都目黒区の東京大学駒場キャンパスにおいて開催した.8題のシンポジウムと69件の一般講演(オンデマンド枠6件を含む)があった.オンデマンド枠の講演は5月18日から5月26日までが質疑期間とされた.
日本技術史教育学会(JSENT)は総会・研究発表講演会(4)を2024年7月20日に東京都町田市のサレジオ高専で開催した.17件の研究発表講演があった.また全国大会・研究発表講演会(5)を2024年12月7日に富山県立大学で開催した.13件の研究発表講演があった.2024年4月に刊行された「技術史教育学会誌」(6)には技術史教育関連の特別寄稿1編,論文1編が掲載された.
産業遺産学会(JIAS)は第48回総会行事(7)として産業遺産シンポジウムを2024年6月8日に兵庫県姫路市の兵庫県立歴史博物館で,また研究発表会を2024年6月29日にオンラインで開催した.研究発表会では浦賀ドックの人造石遺産を対象としたX線分析についての発表のほか,煉瓦建造物に関する報告が行われた.産業遺産学会全国大会(8)は2024年11月16~18日に岡山県倉敷市・笠岡市で開催され,研究発表会では2件の基調講演と3件の研究発表,2件の産業遺産紹介があった.
中部産業遺産研究会(CSIH)のシンポジウム「日本の技術史を見る眼」第41回(9)は「愛知独自の“発酵食文化”を支えるものづくり」を標題として2024年10月19日に愛知県名古屋市の名城大学ナゴヤドーム前キャンパスで開催された.
日本機械学会2024年度年次大会(10)は2024年9月8~11日に愛媛県松山市の愛媛大学城北キャンパスで開催された.「戦後の機械技術史シリーズ」,「機械遺産シリーズ」,「産業考古学シリーズ」と題した一般開放企画のワークショップが設定されたほか,技術史のセッションにおいて6件の研究発表があった.日本機械学会合同講演会(技術と社会部門,産業・化学機械と安全部門,交通・物流部門の合同企画)(11)は,「技術と社会の関連を巡って:過去から未来を訪ねる」と題して2024年11月16日に北海道函館市の函館工業高等専門学校で開催された.機械技術史・工学史・技術と倫理・技術教育・工学教育のセッションが1つ設けられ,当該セッションにおける5件の発表のうち,2件が技術史・工学史に関するものであった.
〔夏目 勝之 名古屋市工業研究所〕
22.4 産業遺産・機械遺産
第18回目となった「機械遺産(1)」であるが,2024年はNo.121以下の6件が認定された.
No.121は,東京抽籤器製作所製の「新井式回転抽籤器」である.全国の商店街などで抽選に使われる,通称「ガラポン」の元祖で,当時の新聞記事から1931(昭和6)年製造と推定され,この抽選器としては最古級である.この機械は,外形が円形で,機械の前部から抽選球が出てくる構造から,初期に生産された複装式二号型である.本体,受皿,抽選球(セルロイド製)のほか,当選時に鳴らす鐘が揃っている.一度に複数の球が排出されない機構には独創的な工夫が見られ,機械としての完成度も高いと言えよう.抽選の様子を根本的に変化させたという社会的な影響から,重要な文化的遺産である.
No.122は,(株)スギノマシンが開発した「三連プランジャ式高圧水発生ポンプ1号機」である.戦前から熱交換器などの管内清掃機械の製造・販売を行っており,戦後に,その駆動源として水圧モータの利用を検討したが,当時は適した高圧水発生ポンプが手に入らず,1964(昭和39)年に開発された高圧ポンプである.吐出圧力は30MPa,流量は60l/min(1.0×10-3 m3/s)である.この技術は,超高圧ジェット水を必要とするウォータージェット技術に展開され,現在では,金属やコンクリート等の剥離や切断,食品や医療への用途拡大が実現したことで,産業界全般で活用されており,国民生活の発展に大きな貢献をし続けている.
No.123は,酒井工作所(現 酒井重工業)が開発した革新的なマカダムローラ「サカイR1」である.全輪駆動・全輪同径・同線圧・同調駆動という構造により,従来機の欠点であった路面材料の押し出しや引きずり現象を解消した.屈曲式車体により小回りが利き,曲線転圧でも均一な締固めが可能となった.運転席は車体上部に配置され,左右どちらのハンドルでも操作でき,作業性にも優れる.R1の構造は業界の標準となり,後継機のR2にも継承された.本機(30345号)は1979(昭和54)年製で,レストアされ現在も社内で動態保存されている.
No.124は,共和無線研究所(現 共和電業)の創業者 渡邉理が1951(昭和26)年に開発・販売した日本初の国産ひずみゲージK-1型である.開発の端緒は,その前年に運輸省運輸技術研究所船舶構造部から試作を依頼されたことをきっかけに開発が始まった.当時は高価な米国製を輸入していたが,渡邉は戦時中,陸軍航空技術研究所にて墜落したB29の調査に従事した経験を活かし,ゲージ長20.5mm,線径25µm,120Ωの抵抗を持つゲージを試行錯誤の末に完成させた.赤いフェルトで保護されたこのゲージは,日本で初めて実船応力測定に使われ,溶接構造導入時の強度検証にも貢献.1枚86円と廉価で,広く普及した.
No.125は,三田製作所(現 東京機械製作所)製の「石川式マリノニ型輪転機」である.明治期,日本ではフランスのマリノニ社製輪転機が使用されていたが,石川角蔵は1906(明治39)年に日本の実情に合わせた煽り式輪転機を開発し,国産化に成功した.大正期に新聞発行部数が増加する中,煽り式では作業負担が大きく,1922(大正11)年には折式輪転機を開発し,印刷から折り作業までの効率を劇的に改善した.現存最古のこの機械は1926年頃製造で,4頁両面印刷,毎時24,000部の能力を持ち,4回の折りが可能.1936年までに62台が製造され,1986年まで使用されていた.この機械は現在,日本新聞博物館に常設展示されている.
No.126は,(株)山崎鉄工所(現・ヤマザキマザック(株))製の「米国輸出を果たしたNC旋盤 MTC-2500R」である.1968(昭和43)年,同社は汎用旋盤のNC化に成功し,MTCシリーズを開発,販売を開始.MTCシリーズは1968年の日本国際工作機械見本市に出品され,1976年までに578台が生産された.このNC旋盤2500R(機番200)は1970年製で,初めて米国に輸出された.FANUC 240を搭載し,X軸・Z軸は電気・油圧パルスモータで駆動,最小指令単位0.01mmで輪郭制御が可能.2008年に再整備され,ヤマザキマザック工作機械博物館で動態展示されている.NC機械の原理と構造を学ぶための教育資料としても貴重である.
2024年度の機械遺産認定式は東京都千代田区のワテラスコモンにおいて8月7日の機械の日(2)に対面式で行われた.式典では,認定の盾および感謝状の手交が行われ,代表者からの挨拶の後,特別講演が行われた.
さて,他の学協会の遺産関係の認証では,土木学会の「選奨土木遺産(3)」には14件,電気学会の「でんきの礎(4)」には4件,産業遺産学会では,「推薦産業遺産(5)」(2024年度 3件)の認定というように継続して認定が行われている.このほか,広範な分野を網羅するものとして産業資料情報センター(国立科学博物館)の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)(6)」18件の認定が行われている.
これら各学協会の遺産,文化庁の史跡,重要文化財などの各種制度と認定物品の位置づけに関しては,各学協会等のウェブサイトを参照いただきたい.
〔神谷 和秀 富山県立大学〕
22.5 技術者倫理
月刊「広報会議」では,全国1000人の男女(20~60代)を対象に、「イメージが悪化した出来事」についてアンケート調査を実施,その結果を2025年1月号で公表している(1).同誌は,広報・メディア対応の専門誌であり,アンケート調査も「イメージの悪化」全般を扱ったものであったが,「イメージが悪化した出来事」1位に選ばれたのは,「小林製薬,紅麹関連製品による健康被害」という商品の品質に係わる倫理の欠如に起因する不祥事であった.
2024年も,認証検査不正や排ガス性能検査不正,燃費性能データ改ざん等のような製造業における昨年と同じような内容の不正が目立った.また,複数の鉄道会社が,輪軸組み立て検査のデータ改ざんを行っていたことも,問題視された.
製造業における主な不正の詳細は次の通り.
1)パナソニックインダストリー社(パナソニックホールディングスの子会社)は,1月12日に自動車や家電向け樹脂などの電子材料について,米国の第三者安全科学機関(米ULソリューションズ(旧アンダーライターズ・ラボラトリーズ=UL))の認証取得で不正があったことを発表した(2).不正行為の内容は,①製品の配合を変えた際に再取得すべきだった認証を取らずに生産を続けていた(のべ39品).②認証に関する数値を改ざんしていた(のべ24品).③定期監査で実際とは異なるサンプルを提出していた(のべ3品).以上は,社員からの申告で2023年11月に発覚した.
2)豊田自動織機は,フォークリフト用エンジンの排ガス試験不正問題に関連して,自動車用エンジン3機種についても不正が判明したことを,1月29日に発表した(3).不正の内容は,トヨタから一部受託している自動車用ディーゼルエンジンの開発について,量産に必要な認証「型式指定」の申請手続きの際に,出力試験での燃料噴射量を変更して数値のばらつきを抑えるといった行為をしていたというもの.この不正に関連して,「ハイエース」や「ハイラックス」など10車種の出荷が停止となった.29日に記者会見した豊田織機の伊藤浩一社長は,「トヨタとのコミュニケーションが不足し,試験のプロセス,守るべき手順などの擦り合わせが十分に行われていなかった.」と陳謝した.
3)IHI原動機(IHIの子会社)は,IHI原動機はエンジンの試運転の後に取引先に報告する成績書に,実際に測定された燃料消費率とは異なる数値を記載していたと発表,1月24日に国土交通省に報告した(4).2003年以降に国内外に出荷された船舶用と陸上用のエンジン,合わせて5500台余りのうち4361台でデータの改ざんが行われていたとのことで,2058台が取引先との間で決められた値を満たしていなかった.また,排気ガスの排出量については海外向けの船舶用のエンジンの一部で基準を超えているおそれがあることも確認された.
4)国土交通省は,2024年6月3日に国内自動車メーカー5社から型式指定申請における不正行為が行われていたとの報告があったことを発表した(5).ダイハツ工業や豊田自動織機などの認証試験不正の発覚を受け,国土交通省では,型式指定を取得している自動車メーカーなど85社に対し,型式指定申請における不正行為の有無などに関する調査・報告を指示,2024年5月31日までに,トヨタ自動車,ホンダ,マツダ,スズキ,ヤマハ発動機の5社から型式指定申請における不正行為が行われていたとの報告があった.
5)日立造船は7月5日,子会社2社が手掛ける大型船舶用エンジンの燃費データを改ざんしていたことを発表した(6).顧客が立ち会ってエンジンを試験運転する際に記録する燃料消費率を実際とは違う数値に書き換えていたとのこと.日立造船はIHIによる船舶エンジンの運転データ改ざんを受けた国交省の注意喚起で4月から社内調査を実施した結果,このことが発覚したとしている.
6)JR九州高速船(JR九州の子会社)は,船体内への浸水にかかわるデータの改ざんや浸水センサーの設置場所に関する不正が発覚したことから,博多港と韓国・釜山港を結ぶ高速船「クイーンビートル」を,8月13日以降,当面運休することを8月9日に発表した(7).
7)JR貨物は,車輪と車軸をはめ合わせる作業で不正があったことを9月10日に発表した(8).運行中の約8,500両のうち564両で車軸などの金属疲労の進行が速まる恐れがあるとのこと.7月24日に,新山口駅構内で貨物列車(24両編成)の先頭車両が脱線,この車両の車軸1本が折れているのが見つかり,その原因を調べる過程で今回の不正が判明した.
8)東京都は,都営地下鉄3路線と都電荒川線の車両で,車輪の組み立て作業のデータが改ざんされていたと明らかにした(9).東京都によると,都営地下鉄三田線,新宿線,大江戸線,都電荒川線の合計156の車両で,受託事業者の京王重機整備(京王電鉄の子会社)が車輪を軸にはめ込む際にかける圧力のデータを,都が指示した基準値に収まるよう改ざんしていたとのこと.
9)国土交通省 鉄道局技術企画課は,2024年9月20日に,JR東日本から輪軸組立時にデータの改ざんなどの不正行為の報告を受けたことを発表した(10).JR東日本では,2008年から2017年3月までの間,在来線の輪軸組立時に,圧入力値が規定値を超えた際,規定値に収まるように数値を変更して記録簿に記載していたとのこと.
10)岩谷産業(プロパンガスや燃料電池自動車用水素など高圧ガスを扱う会社)は,7月19日に液化ガスの容器製造などを担う子会社のエーテックの社員が出荷前の製品検査で書類を偽造する不正などを行っていた(検査の際に,高圧ガス保安協会の職員が押印をする書類に,エーテックの社員が協会職員名義の印鑑を用意して押印していた.)ことを発表した(11).エーテックによる社員不正行為は現時点で17件判明,岩谷産業は特別調査チームを設け,実態の解明を行うとのこと.
上述の製造業での不正のうち,国内自動車メーカーの型式指定申請不正行為については,技術と社会部門技術倫理委員会が,昨年度に実施したセミナー「第28回リーダーを目指す技術者倫理セミナーものづくり企業の不祥事を深掘りし,共通要素を抽出する―組織のコミュニケーションはどうあるべきか―(2024年1月27日開催)(12)」において取り上げたことから,6月に広島ホームテレビ(テレビ朝日系列),広島テレビ(日本テレビ系列)から取材を受けることとなった(13)(14).
また,ここ数年,日本の自動車関連企業で不正や品質問題が続いていることから,法工学専門会議(技術と社会部門は設立賛同10部門の一つ)においても,自動車メーカー(製造者・輸入者)による認証不正の問題が取り上げられた.なぜ,不正が跡を絶たないのかを検討し,その結果に基づいて,実効性のある規制とは何かという問題についての意見を形成することを当面の目的として「認証不正研究会(主査:近藤惠嗣氏(福田・近藤法律事務所))」が立ち上げられ,2024年10月16日に第1回研究会を開催された.
技術と社会部門技術倫理委員会では,毎年技術者倫理セミナーを年1回開催している.技術者倫理セミナーの名称は,2023年度までは「リーダーを目指す技術者倫理セミナー」としていたが,倫理観の欠如した人物がリーダーになることは不祥事発生の原因にもなってしまうことから,単に“リーダーを目指す”では不充分と考え,倫理観のあるリーダーを育成すべく2024年度からは“リーダーのあるべき姿を考える”に変更,セミナー名称は「リーダーのあるべき姿を考える技術者倫理セミナー」とした.2024年度には,11月9日に第29回セミナーを開催した(15).第29回セミナーは,上述の新しいセミナー名称を冠し,「第29回リーダーのあるべき姿を考える技術者倫理セミナー組織のコミュニケーションはどうあるべきか ―技術者倫理の代表的な事例を再検討し問題を考える―」と題し,オンラインセミナーの形式で開催した.
2024年度のセミナーでは,「不正が繰り返し発生してしまう」要因として組織内部におけるコミュニケーションのあり方に着目し,技術者倫理の代表的な事例を取り上げて,議論コミュニケーションの不全による不正義の問題を技術者倫理の観点から論じ,討議課題について参加者全員の知識と経験から議論を深めていった.
〔関根 康史 福山大学〕