23.マイクロ・ナノ工学
23.1 マイクロ・ナノ工学におけるソフトマター・ソフトマテリアル
23.1.1 寸法効果とオリガミ・キリガミ機構
四力(よんりき)を横断的に扱うマイクロ・ナノ工学領域では,代表寸法が小さいことに起因する特性に対応し,必要に応じてその特性を活かす試みがなされてきた.従来からよく認識されていることは,体積が長さの3乗,表面積が長さの2乗でスケーリングすることにより,巨視的な機械システムに比べて,微視的な機械システムでは表面効果が顕在化することである.そして,代表寸法が小さくなることで現れる普遍的特徴傾向は,それだけに留まらない.近年,オリガミ・キリガミ機構を活用する動きが活発化していることは,マイクロ・ナノ工学領域に限定されない(1), (2)が,マイクロ・ナノ工学領域で一層顕著である.オリガミ機構もキリガミ機構も,薄い物体の大変形を活用するものである.すなわち,曲げと伸縮のひずみエネルギーが,厚さに対してそれぞれ3乗と1乗で依存するため,薄い構造ほど曲げ変形に柔軟になり易い(3).有次元での絶対的な微小さというよりは,物体内のアスペクト比に基づくため,巨視的なシステムでも多様な活用事例がある.その一方で,マイクロ・ナノ工学領域ではプロセス技術と組み合わさることによって,アスペクト比をさらに極端に設計する余地もある.その際,微小なスケールで発現する物性と組み合わせた効果による新規性も期待される.幾つか認識されているオリガミ・キリガミ機構の特長のうち,最初から3次元を加工する代わりに平面から立体を構成すること,その際に折り目や曲げだけであれば部品の組み立てに伴う位置合わせの課題が往々にして省けることが,マイクロ・ナノ工学領域でも有用な点として挙げられる.ただし,折り目には山折りと谷折りの区別があり,局所化しない曲げ変形も同様である.表と裏が対称な場合には,狙った方向へ確実に変形を誘起する必要があり,マイクロ・ナノ工学領域では手作業の延長で解決することは難しいため,残留応力の活用などプロセス技術の延長で解決する方向も有望である.
23.1.2 大変形が必要な場面での材料活用
オリガミ・キリガミ機構では,大変形を伴う設計が一般的である.ただし,そもそも素材が脆性であれば曲げのひずみが著しくなると破壊するため,オリガミ・キリガミ機構に用いられる材料は,いわゆるソフトマターやソフトマテリアルと分類される物質が多い.マイクロ・ナノ工学領域では従来からmicro TAS (micro total analysis system)やLab on a ChipのためにPDMSを筆頭とするシリコーンゴムが常用されてきた.PDMSは検体などを通す流路の底面を構成するガラスとの接着などの観点からも便利であるが,マイクロ・ナノ工学領域におけるオリガミ・キリガミ機構は液体との接触を伴う場面で活用されるものに限らないため,曲げに対応できる他の多様な材料の活用余地がある.例えば,セルロース繊維から成る紙は,紙袋から段ボールに至るまで遍在している.また繊維幅が数ナノメートルであるセルロースナノファイバー(Cellulose Nanofiber; CNF)も現れ,環境負荷低減の観点からバイオマス素材への注目度は年々高まってきている.なお,ソフトマターと言えば一般には液滴なども含む概念であることに留意されたい.ソフトマテリアルという単語の使用場面は,どちらかといえばソフトマターに比べて構造体とみなしている文脈が多いようであるが,それほど明確でもない.そのためこの記事の表題としては併記した.このような意味合いで,厳密に考えると明確な境界が無い場面があることにも留意されたい.例えば,コロイド分散液と溶液を区別しようとする際,分子単体レベルでバラバラに分散しているものを溶液と言うとしても,抗体等の生体分子と量子ドットのサイズ範囲が重なっており,取り扱い方の文脈で使い分けることになり得る.ソフトマターにおいては,巨視的にも,例えば,降伏応力を持つ物質を固体と流体のいずれとみなすのが円滑か,という判断は取り扱い方の文脈に依る.ここで言う「取り扱い方」は,物理現象の理論的な定式化に限らず,工学的応用も含んでいる.
23.1.3 ソフトマター・ソフトマテリアル取扱いの急増
特に近年の発展動向としては,マイクロ・ナノ工学シンポジウム(および,これを含む4シンポジウム合同のFuture Technologies)(4)において,ゲルの取り扱いが急増したことが挙げられる.最も狭い意味では,アクチュエーターに用いるソフトロボティクス上の事例が多数存在する.また,人工的に組織培養するなどの文脈で,つまりバイオや医療に関連した取り扱い文脈で,細胞や組織を力学的に取り扱う事例も含めると,ゲルおよびそれに近い基本的な構造特徴と力学特性を持つソフトマターの取り扱いは非常に多い.再生医療のような技術は新しいが,力学的に生体を捉える試みの歴史は長い.初めから連続体描像で終始一貫させる視点に対し,分子レベルからのボトムアップの視点も,今では定着している.例えば,生体組織にテンセグリティの仕組みが存在するのでは,という着眼に基づく長年の研究を実施してきた第一任者の講演は現在でも,日本生理学会/日本機械学会/日本生体医工学会/日本生物物理学会連携企画が含まれるAPPW2025(第130回日本解剖学会/第102回日本生理学会/第98回日本薬理学会合同大会)におけるPlenary Lectureになっていたりする(5).このように,機械的可動部を持つ技術に半導体プロセス技術を応用するSi等の材料を基盤(尚且つ基板)としたMEMSが中心的であった時代から,ソフトマターを通じて原理・手段・応用対象が飛躍的に拡張されたと言える.さらに,Lab on a Chipでは微小な代表寸法で液滴なども扱うことから,P. G. de Gennesが1991年にNobel物理学賞を受賞(6),(7)してから30年が経過して,ソフトマターはマイクロ・ナノ工学を俯瞰的に理解する上で,ごく自然で尚且つ重要な概念であるとも言える.なお,機械工学年鑑でも,計算力学領域で2019年時点でソフトマテリアルという章が現れ(8),材料力学領域で2023年からゴムやソフトマテリアルとしてソフトマターが章を割いて紹介されるようになっている(9).降伏応力を持つ物質を輸送というより変形や支持の観点から取り扱う場合には当然それを固体として取り扱うことになるが,従来から産業応用上は遍在している.そのため,国際的には基礎物理としての議論は長年に渡り活発であるが,日本機械学会関連コミュニティにおける注目度も急増してきている.
23.1.4 力学的メタマテリアル
トップダウン型の微細加工技術を駆使して負の屈折率を持つ光学的なメタマテリアルが示されてから多様なメタマテリアルが開発されてきたが,その中で力学的メタマテリアル(10),(11)(英語ではMechanical metamaterialであるため機械的メタマテリアルとも呼ばれる)の研究も大雑把に10年ほど国際的に活発である.本稿冒頭で言及したオリガミ・キリガミ機構では,マイクロ・ナノ工学の文脈に限らない場合,力学的メタマテリアルとして主に幾何学的な観点からの議論が盛んであり,その傾向は特にオリガミ機構で顕著である.もちろん,普遍性の観点からは高い価値もあるが,剛体・リンク型の機構として議論できるオリガミ機構の範疇は限られている.例えば,折り畳まれた紙袋の展開でも,折り目以外の領域で変形を伴う必要がある.また,キリガミ機構では曲げ変形の組合せで構造全体の伸長なども実現するため,面内変形から面外変形への遷移を始めとして,非線形力学系の分岐現象を活用することが多い.その際に,分岐現象の発現を左右する閾値は具体的な物性にも依存する.このため,実際に具体的なソフトマターから構造設計して大変形を操るには,幾何学的な観点だけでなく力学的な理解に基づく設計が必要となる.物性の多様性を踏まえた変形や輸送現象を活用することにより,マイクロ・ナノ工学における力学的メタマテリアルの応用はさらなる機能拡張に資すると期待される.力学的メタマテリアルの醍醐味は,元の物性それ自体では困難な変形挙動を構造全体で実現することであり,その手段は構造の階層性である.そのため,物性を「理解」するためにかねてから議論されて計算力学分野で大いに発展し,そして成熟してきたマルチスケールの観点を,新たな機構を「設計」するためにも必要とする.
23.1.5 マルチスケールの中のマイクロ・ナノ工学
近年では,マルチスケールという表現に加え,トランススケールという表現も使われるようになってきた.解像度やスケールの階層性を「つなぐ」ことに一層の重点が置かれる動向を反映していると解釈することもできる.古くからボトムアップに桁違いのスケールをつなぐ基礎学問として統計力学・統計物理学があり,それを応用力学として駆使するにふさわしい時代になっている.微細な構造を持つデバイスを開発する場面の多いマイクロ・ナノ工学の領域において,マルチスケールあるいはトランススケールの視点は,微細な構造スケールの理解から設計までを,必ずしも微小デバイス設計に限らない視点で検討する余地を示唆する.巨視的な系では既に剛体・リンク型のロボットだけでなくソフトロボティクスが認知されてきたように,強さ一辺倒からしなやかさへの機能追究は,物性だけでなくシステムに及ぶ.「しなやかさ」は日常用語でもあるが,ロボットの研究開発で長らく重要視されている「知能」の概念も同様に,日常用語から専門用語に横断しており,定義も唯一ではない.複数あり得る「しなやかさ」の定義の1つとして,「外界からの入力に対して必ずしも完全には対抗も無視もせず機能を維持または発現するために応答する特性」が考えられる.現時点では,従来の半導体プロセスを駆使したSiや金属を用いたデバイスに比べ,主要な機構にソフトマターを用いたデバイス作製では,幾何学的な精度確保などが相対的に難しい場面が多い.破壊せず可能な変形の範囲などとの兼ね合いで,微小デバイスの設計や開発においてソフトマターと従来の材料は使い分けることになると考えらえる.以上の紹介では,ハードウェア的な側面に注目した言及をしてきたが,ソフトウェア的側面を併せ持つシステム全体での特徴の観点からは,ロバスト性の確保の仕方や程度にも違いが生まれる.ゲルを始めとするソフトマター活用の急増と,機械学習関連技術の急速な普及の先に,基礎と応用をつなぐ技術と概念の新たな展開が期待される.
〔花崎 逸雄 東京農工大学〕
23.2 情報科学とマイクロ・ナノ
計算機やデータ記録装置の発達にともなう情報科学の進展は年々著しくなっており,工学,理学,医学,社会科学など非常に広範な分野の研究に情報科学技術が活用されている.マイクロ・ナノ工学分野における研究においても,基礎研究からデバイス開発までのどの研究フェーズにおいても情報科学の利活用が見られる.
2024年10月にカナダで開催されたマイクロ流体関連の最大の国際会議のThe 28th International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences (MicroTAS 2024) (1)では,Artificial Intelligence (AI) をセッション名に冠するセッションが6つ開かれ計39件の発表が行われており,非常に活発なAIの応用研究例がみられる.国内においては,2024年11月に開催された,日本機械学会マイクロ・ナノ工学部門 第15回マイクロ・ナノ工学シンポジウム(2),電気学会E部門 第41回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム(3),応用物理学会 第16回集積化MEMSシンポジウム(4),化学とマイクロ・ナノシステム学会 第50回研究会(5)の合同シンポジウムである我が国でマイクロ・ナノ科学・工学を扱う最大のシンポジウムであるFuture Technologies from SENDAI合同シンポジウムにおいては,「機械学習」や「ニューラルネットワーク」などの関連する語句をタイトルに含む12件の発表がされた.2023年11月の熊本での合同シンポジウムでは20件程度のこれらの用語を含む講演があったことから,大きく減少しているように感じられる.しかし実際は,データの分類問題,特徴量把握,画像処理やパラメータの最適化など,多くの研究で半ば必須のツールとして機械学習関連の技術が使用されるようになっている.この潮流に沿うように,複数の総説論文が出版されている.例えば,マイクロ・ナノスケールでのロボットの作動のためのモデリング,センシングやマニュピュレーションなどへの機械学習の応用(6),フレキシブルセンサの高機能化や膨大な信号情報の処理への応用(7),レーザー加工時のリアルタイムモニタリングへの応用(8)やヒートパイプのモデリングへの応用(9)などマイクロ・ナノ工学に関連する非常に幅広い分野において活発に機械学習等の情報科学分野の知見が応用されている.
情報科学技術は非常に強力なツールであり,今後はどの研究分野においても必須のツールとなっていくと考えられる.データ,目的毎に適した手法があると考えられており,情報科学を専門とする研究者・グループに限らず優れた手法が多く提案されるようになっている.またデータやソースコードの公開も活発に行われるようになってきており(Journalによっては論文掲載の要件になっている),ユーザーが非常に簡単に論文の結果を確認でき,各自の研究に利用できる基盤も整ってきている.一方で膨大なコード・情報の中から適切な情報を取捨選択する重要性が高まっている.ここでも情報科学技術の進展により,生成系AIによって適した情報を簡単に抽出できるようになってきている.しかし,最終的に得られた解析結果を現象理解につなげるのは研究者・技術者の仕事であり,各学術分野に対する理解を深めることの重要性は昔から変わっていない.
〔松田 佑 早稲田大学〕
23.3 マイクロ・ナノ熱工学
近年、マイクロ・ナノスケールにおける伝熱現象の研究は飛躍的に進展し、多くの学術的成果が報告されている。現在のマイクロ・ナノ熱工学の全体的な傾向として、マイクロ・ナノスケール特有の伝熱現象を解明し、その知見をデバイス研究に応用しようとする機運が国内外で高まりを見せている。マクロスケールと比較すると、マイクロ・ナノスケールでは熱伝導、対流、熱放射といった伝熱形態の支配的バランスが大きく変化するだけでなく、マクロスケールでは無視されてきた弾道的フォノン輸送などの現象も顕在化する。こうしたマイクロ・ナノスケール特有の伝熱現象を可視化・定量化するために、多くの高精度な測定技術が開発されてきた。また、分子動力学法などを用いた数値シミュレーションによっても、熱輸送メカニズムの理解が進展している。そして同時に、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)やNEMS(Nano Electro Mechanical Systems)などのデバイス研究が着実に進んでいる。
直近の国内会議を見てみると、日本機械学会が主催する第15回マイクロ・ナノ工学シンポジウム(1)では、熱工学に関わる研究発表が18件あった。「分子動力学シミュレーションと機械学習を組み合わせた固液界面熱輸送特性の予測」(2)といった熱輸送現象に着目した研究発表も数件みられたが、「多焦点複眼レンズを用いた長焦点深度型の蛍光ジェル式温度センサの開発」(3)や「産業廃熱の回収を目的とした蓄熱マイクロカプセルの開発と粒子径制御」(4)などデバイス開発に関する報告が多かった。一方、日本機械学会熱工学部門が主催する熱工学カンファレンス2024(5)においては、ナノ・マイクロ・マクロスケールの伝熱現象を対象とした研究が多く報告されていた。「ナノスケール熱制御」と題されたオーガナイズドセッションが設けられ、分子動力学を中心とした発表が多く報告されていた。伝熱分野で国内最大級の第61回日本伝熱シンポジウム(6)においても、「ナノマイクロ伝熱」と題されたオーガナイズドセッションが継続的に設けられ、基礎からデバイス応用研究までバランスよく報告されていた。MEMS関連の国際会議を見てみると、IEEE MEMS 2025(7)においてはマイクロ熱工学に関わるデバイス研究発表が見られ、「Inline Microfluidic Thermal Conductivity Sensor Using A Suspended Silicon Heater」(8)や「A Robust Electrothermal Micromirror Array based on Polyimide/Al Bimorphs」(9)といったセンサやアクチュエータが多く報告されていた。
このように、マイクロ・ナノ熱工学は、現象の理解とともに、センサ・アクチュエータなどのデバイス応用への広がりを十分に見せており、学術界・産業界を問わず注目を既に集めている。今後は、熱輸送メカニズムに対するより深い理解と、それに基づく革新的な熱デバイスの創出が期待される。特に、材料・バイオ・情報などの異分野との融合による新たな技術展開が、社会課題の解決に寄与することを期待したい。
〔橋本 将明 慶應義塾大学〕
23.4 バイオ・医療MEMS
マイクロ・ナノ工学分野は,診断・治療・再生医療・健康モニタリングなど医療・バイオ分野の各領域で革新的な役割を果たしており,多くの応用研究が進められている.2024年度の日本機械学会年次大会では,マイクロ・ナノ工学部門に関連するオーガナイズドセッション(OS)が8セッション開催されており,そのうちの3セッションはバイオ・医療に関するものであった.3つのOSのうちの「マイクロ・ナノ工学とバイオエンジニアリング」と「機械工学に基づく細胞アッセイ技術」の姉妹OSと,先端技術フォーラム「小さな機械の最前線」はマイクロ・ナノ工学部門とバイオエンジニアリング部門との連携企画であり,バイオ・医療MEMSに関連する最新の研究報告を同じ部屋で連続して聴講することができるため好評を得ている.特に,先端技術フォーラムでは,新進気鋭の4名の若手研究者が招待講演者として招かれ,アカデミアだけではなく産業界からの講演者や,女性研究者,海外在住の日本人研究者からの講演もあり,産業界との連携やジェンダーレス,インクルーシブを深める取組みが実施されている.この取り組みは,マイクロ・ナノ工学とバイオ・医療に関連する幅広い領域をカバーする新しい取り組みと言え,当該研究分野の学生や研究者にとって視野を広げ新たなマインドを醸成する場となっている.
2024年度の招待講演では、生体センシングとデジタルツイン(1)や組織形成技術(2),バイオサンプルのハンドリング技術(3),バイオセンシング(4)などに関連する講演が行われた.OSにおいては,材料設計を用いた細胞周期操作(5)や3Dプリンタを用いた配向制御デバイス(6),細胞圧縮刺激マイクロデバイス(7)などの細胞の動態を制御するものや,細胞分離デバイス内の温度場解析(8)や機械インピーダンス計測(9),フロー式顕微ラマン分光分析(10),離散要素法による排石予測シミュレータ(11),薬剤応答面積依存性計測デバイス(12),血糖値測定デバイス(13),スタンドアローン型乳酸センシングシステム(14)など,デバイスを用いて計測・分析するものなど多岐にわたる研究課題の講演が行われた.また,部門の講演会であるマイクロ・ナノ工学シンポジウムでは,例年と同様に講演全体の3割程度がバイオ・医療に関するものであり,ウェアラブルセンサ,生体分子のハンドリングや計測・分析,Microphysiological System(MPS),バイオセンシング,バイオメカニクスのような多様な研究内容が報告された.
一方,本分野の世界最大級の国際会議であるMicroTAS2024では,リキッドバイオプシーやOrgan-on-a-Chip,生体液や生体分子の操作・分析技術,シングルセルやEVsの解析技術,人工細胞などに関する基礎研究から応用研究,実用化研究に至るまでの幅広いトピックが発表された。また,バイオ・医療デバイスに機械学習やAIなどのデータサイエンス分野の技術を取り入れた分析・解析技術に関する研究課題も増加しており,今後ますます深化していくことが予想される.このように,マイクロ・ナノ工学のバイオ・医療分野への応用は今後もさらに発展し社会に寄与することが期待される.
〔中島 雄太 熊本大学〕
23.5 未来のセンサシステム
2023年度に引き続き,2024年度においても,センサ分野におけるAI・機械学習を活用した研究発表が活発に行われている.さらに,エッジコンピューティングを活用した処理や,MEMSデバイスそのものをイメージングマシンとして応用する研究など,新たな技術の展開が進んでいる.特に,2024年はマイクロ・ナノ工学領域の国際学会がアジア圏で多く開催され,センサシステムに関する研究発表が多数報告された.
IEEE Sensors Council 2024は神戸で開催され,16のセッションのうち “Sensor Data Processing and AI” のセッションが最も多くの発表を集め,研究者の関心の高さがうかがえた(1).発表の中には,機械学習を活用した計測を想定し,MEMS Airflow Sensorを設計することで高性能を実現する研究があり,センサの研究開発とデータ処理技術を融合することで,従来にないセンサシステムを実現できる可能性が示された.
また,台湾の高雄で開催されたIEEE MEMS 2024では,”MEMS for Computing” や “Innovative Sensor” といったセッションで,AI・機械学習を活用したセンサシステムに関する発表が多く見られた(2).東京大学の安永氏らは,MEMSの櫛形構造を用いたスイッチングデバイスをイメージングマシンとして活用する研究について発表し,会場で活発な議論が交わされた.また,シンガポール国立大学のProf. Chengkuo Leeの研究室からは,圧力センサアレイのデータを活用した睡眠モニタリングの研究や,フォトニックセンサのデータ処理にエッジコンピューティングを導入する研究など,多数の発表があった.さらに,Invited SpeakerであるProf. Frank Niklausの講演では,超高精細3Dプリンタを用いたセンサの研究が紹介され,センサ構造にシャドーマスクを一体化することで配線層を効率的に製作する手法などが報告された.
国内においても,機械学会マイクロ・ナノ工学部門が毎年主催する「マイクロ・ナノ工学シンポジウム」において,AI・機械学習を活用した研究発表が年々増加していることが実感される(3).今後,機械工学を基盤としてマイクロ・ナノセンサの研究開発を行う研究者にとっても,AI・機械学習の活用は不可欠になると考えられる.日本の研究がこの潮流に後れを取ることのないよう,引き続き動向を注視し,積極的な研究展開を図ることが重要である.
〔高橋 英俊 慶應義塾大学〕