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機械工学年鑑2019
-機械工学の最新動向-

20. 産業・化学機械と安全

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章内目次

20.1 化学プラント,化学プラントエンジニアリング
 20.1.1 業界の現状20.1.2 化学プラントの安全20.1.3 化学プラント事故
20.2 産業機械
 20.2.1 業界の現状20.2.2 建設・鉱山機械20.2.3 機能安全の現状

 


20.1 化学プラント,化学プラントエンジニアリング

20.1.1 業界の現状

 2015年にパリでのCOP21にて採択された「産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑え,加えて平均気温上昇『1.5度未満』を目指す」ことを目的に,エネルギー種の選好もCO2排出の少ない,あるいは排出しない再生可能エネルギーを目指すことが具体化してきた.SDG(持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals))やESG(環境(Environment),社会(Social),ガバナンス(Governance))投資が企業経営の指針とされるようになり,技術の立場でもこれらを実務に取り込む必要が出てきた.たとえば発電技術についても,CO2排出の多い石炭火力よりも太陽光や風力に基づく再生可能エネルギーが新規投資先としては好まれる.この分野に実装される要素技術は,自ずと従来のものとは変容がみられる.

 こうした変換期において,天然ガスは化石エネルギーではありながら相対的にCO2排出も少なく,世界的な需要は各国の生活水準の向上とともに拡大している.インフラ制約の存在する天然ガスの利用において,輸送の自由度等からLNG(液化天然ガス)の形態による利用の拡大が見られ,既存のLNG導入国の需要の拡大と併せて,発展途上国を中心とした新規導入・消費も増加している.

 2010年代半ばからの油価低迷に伴い,新規の上流資源開発投資が限定され,同時にLNG設備の建設案件も停滞する期間が継続していたが,世界のLNG需要想定量が2020年過ぎに既存の生産能力(約3億トン[Mt])を上回るという見方が広がり,LNGプラント建設については新たに最終投資決定(FID)される案件が多くなると予想される.これに伴い,プラントエンジニアリング業界,関連する機械等の製造業界の稼動負荷上昇が見込まれている.

 一方,近年急速に発展してきたAI技術,IoT技術,Big Data活用技術が,2018年には様々な実プラントにも実運用され始めてきた.プラントの高効率,安全かつ環境に優しい運転をより確かなものにするために,これらの高度デジタル技術の活用が期待されている.プラントエンジニア,機械設計技術者は,単に機械的な設計のみならず,AI技術やBig Data活用技術をプラントや機械システムの機能の一部として取り入れ,全体を俯瞰しつつ,高度で包括的な最適判断を自ら下すことができる能力や知識を有することが求められる.一方,最終的な判断は人(ヒト)が行わなければならない局面もあり,最終製品にAI技術等の高度デジタル技術を組み込んでも,個々の判断・判定ロジックは「見える化」して取り出せるようにし,最終判断を下す人が正しく判定できる,透明性のある経過の提示が要求されることを忘れてはならない.

〔上田 毅 千代田化工建設(株)〕

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20.1.2 化学プラントの安全

 2014年,総務省消防庁,厚生労働省及び経済産業省の3省が一体となって石油コンビナート等における災害防止に向けた取組を進めることを目的とする,石油コンビナート等災害防止 3省連絡会議が設置された.当会議のホームページは3省共同で運営され,事故情報,政策動向などが公開されている.石油コンビナート等化学プラントに係る法令は消防法,労働安全衛生法,高圧ガス保安法等,この3省庁の管轄であり,3省庁が連絡会議を持ち,情報を共有し,一般に公開する体制が整ったことは化学プラントの安全を考える上で大きな意義がある.

 当会議のウエブページに,事故動向として,平成29年の石油コンビナート等,危険物施設及び高圧ガス製造事業所における事故件数が事故種別ごとに公開されている.

 

表1-1 事故件数(1)

総数 種別
火災 爆発 漏洩 その他
石油コンビナート等 252 130 1 115 6
危険物施設 564 195 369
高圧ガス製造事業所* 509 5 3 486 15**

*:高圧ガス製造事業所並びに移動,消費中及びその他を含む

**:破裂・破損を含む

 石油コンビナート等における事故の事故原因分析では,火災の原因は「維持管理不足」,漏洩では「腐食疲労劣化」が最も多いと報告されている.腐食疲労劣化は避けられない事象であり,漏洩事故に至る前に保全を講じるためには維持管理を実施する人材の育成は必要不可欠である.また取り扱う危険物に合わせたリスクの把握及び定期検査基準の適切な見直し,検査結果にもとづく適切な処置を実施できる体制の確保は企業全体で構築する必要がある.

 このような状況を踏まえ,消防庁では平成30年度 危険物等事故防止対策実施要領をまとめている.この中で,事故防止対策を実施するうえでの留意事項として,(1)保安教育の充実による人材育成・技術の伝承,(2)想定される全てのリスクに対する適時・適切な取組,(3)企業全体の安全確保に向けた体制作り及び(4)地震・津波対策の推進の4項目をあげている.また,関連する業界団体ごとに行動計画をまとめており,これらの中でもリスクアセスメント,人材育成の重要性があげられている.事故件数は横ばい傾向であるが,関係省庁並びに業界団体の事故防止対策実施要領並びに行動計画に沿った活動により,事故件数の減少に期待したい.

〔杉田 吉広 テュフラインランドジャパン(株)〕

参考文献

(1)石油コンビナート等における事故情報(平成29年) 平成30年11月 石油コンビナート等災害防止3省連絡会議

http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList4_16/pdf/h29/h29_jiko_shiryo.pdf (参照日2019年2月27日)

[表1] 石油コンビナート等における事故情報(平成29年),「平成29年中の危険物に係る事故の概要」の公表,高圧ガス事故の状況についてをもとに作成

(2)「平成29年中の危険物に係る事故の概要」の公表 平成30年5月29日 消防庁

http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h30/05/300529_houdou_1.pdf (参照日2019年2月27日)

(3)高圧ガス事故の状況に 高圧ガス事故の状況に ついて 平成30年3月23日 経済産業省 産業 保安 グループ 高圧ガス 保安室

http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList4_16/pdf/h29/h29_gasu_jiko_jyoukyo.pdf (参照日2019年2月27日)

(4) 平成30 年度 危険物等事故防止対策実施要領 危険物等事故防止対策情報連絡会

http://www.fdma.go.jp/concern/law/tuchi3003/pdf/300328_ki41.pdf (参照日2019年2月27日)

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20.1.3 化学プラント事故

 化学プラントでは,化学物質を扱うことが前提となっているために,その事故においては,一般の機械や構造物で起きうる事故に加え,化学物質が介在することに起因したり,化学物質により被害が甚大になってしまうことが多い.

 何らかの化学物質が漏えいし,それに着火又は発火した場合は,火災が発生し,容器等の密閉空間内において,制御不可能なほど圧力が急激に上昇したり,火炎等により,加圧されている容器の耐圧強度が低下した場合は,爆発が起き,漏えいした物質が毒性を有する場合は,中毒被害をもたらす.

 化学プラントの事故は,その設置段階から,始動,運転中,停止に至るまで,あらゆる状況で起きている.その原因の一例として,扱う化学物質や圧力に対して不適切な設備材料の選択,反応途中も含め存在する化学物質の物性や反応性,又は発生しうる圧力に対する認識不足,装置の温度管理能力の欠如,異常操作による想定していない反応等が挙げられる.

 長期間,安定した運転を継続している場合でも,設備保全が適切になされていないために,設備の腐食や摩耗,振動疲労等により耐圧強度の低下や破断が起きたり,反応性の高い副生成物の予期せぬ滞留により,異常反応が顕在化したり,設計当初から変更した設備等への対策不足(1)や,安全装置の無効化などにより,事故が発生することがある.また,トラブルへの対処に際して,生産性の低下を過度に防ごうとするあまり,安全に対する意識が疎かになり,装置にとっては想定外の,マニュアルにない操作や,危険源への立入りを行ってしまい,大規模な被害に至る例もある.

 これまでに様々な事故を経験し,それを踏まえて多くの対策が施されている現在でも,例えば,化学プラントの一つである,石油コンビナート等特別防災区域の特定事業所で発生した事故総件数は,2018年中には地震によらない一般事故が314件,前年比62件の増加となる(2)など,事故を防ぎ切れてないのが現状である.20.1.2に示されような対策を確実に実施するなど,全ての事業所で,更なる地道な安全対策を実施し,安全を追及することで,事故の低減につながると考えられる.

〔新井 裕之 科学警察研究所〕

参考文献

(1) 化学プラントの爆発火災災害防止のための変更管理の徹底等について,平成25年4月26日付け基発0426第2号,https://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-54/hor1-54-26-1-0.htm (参照日2019年5月9日)

(2) 平成30年中の石油コンビナート等特別防災区域の特定事業所における事故概要,消防庁特殊災害室,http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01shoubo01_02000168.html (参照日2019年7月5日)

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20.2 産業機械

20.2.1 業界の現状

 内閣府の2019年1月の機械受注実績報告は,「機械受注は,足踏みがみられる」である.昨年の報告同様,図2-1に同HPの統計データをグラフ化したものを示す.また,同HPにおける2019年1~3月期の受注総額見通しは対前期比9.7%減少であり,特に外需の受注見通しが対前期比12.9%減少と落ち込みが大きい.これは,米中貿易摩擦,ブレグジット,日韓関係などの経済リスクを織り込んだものと考えられ,今後も海外情勢を注視していく必要がある.

図2-1 機械受注推移

 一方,国内の「ものづくり」は,少子高齢化などによる構造的な人手不足や,次々と寿命を迎えるインフラ関連装置・設備のメンテナンスなど,大きな課題に直面している.世界的に製造業のデジタル化が加速する中で,わが国の強みは「人間中心のものづくり」であると考えている.匠の技,カイゼン,品質の作り込みなど,「人,技術,現場のつながりを,組織の枠を超えて強化していくエコシステム」が,課題解決やものづくりの付加価値を向上させるカギであり,経済産業省が提唱するConnected Industriesは,まさしく日本の強みを生かすコンセプトと言える.

 Connected Industriesの実現を図るためには,企業・大学・個人が,「ものづくりの競争領域・独自技術」を強化していくことが必須である.さらに,「ものづくりの協調領域・共通技術」であり,安全,保守・保全,セキュリティなど当部門が担う機械工学分野については,部門活動を通じてさらに普及・深化・継承を図り,わが国産業機械の付加価値向上に貢献していく.

〔戸枝 毅 富士電機(株)〕

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20.2.2 建設・鉱山機械

 (一社)日本建設機械工業会の統計によると,2018年暦年の建設機械の出荷金額は2兆7,589億円(対前年比8.1%増)となり,総合計は2年連続で増加し過去最高となった.

 2018年度の内訳としては,内需は2014年度排ガス規制の駆け込み機需要の反動減が影響して9,633億円(対前年比5.4%減)と2年ぶりに減少した.一方で,外需は北米,欧州を中心に住宅などの民間投資が堅調に推移すると共に,東南アジア・中南米,中国でも前年を上回り,外需全体として1兆7,956億円(対前年比17.1%増)と2年連続で増加した.

 2019年の内需は,消費増税前の駆け込み需要が予想されている一方で,2020年東京五輪関連の需要が縮小し一部機種の減少が見込まれるため前年を下回ると予想される(1)

 また,2019年の外需は,引き続き北米,欧州,アジア向け等の需要が堅調に推移し3年連続で増加すると予想される.

 上述の通り,建設・鉱山機械の需要は,引き続き海外の需要増が見込まれているが,メーカー各社は技術トレンドである「環境対応」,「省エネルギー化」および「ICT(Information and Communication Technology)活用」に注力している.

 「環境対応」では日本,北米,欧州で2014年から順次適用が始まっている新排出ガス規制適合車の市場導入は一段落したが,欧州については2019年度から順次適用されるStageⅤ規制への対応を進めている.

 「省エネルギー化」については,各メーカーが油圧ショベルのハイブリッド車の市場導入を進めてきたが,さらなる省電力化,排気ガスゼロに向けた「電動ショベル」の技術確立に向け,メーカー各社が開発を進めている.

 「ICT活用」としては,国土交通省が2015年12月に発表した「i-Construction」により,急速に普及したICT建機を活用した施工現場管理への応用が進んでいる.実績としては,2018年度の1月末時点では,国土交通省直轄工事におけるICT活用工事の公告件数のうち約5割でICT活用工事が実施され,約4割の削減効果が見られる工事なども報告されている.今後は,生産性の向上だけでなく建機本体の安全性向上に向けた取り組みも進められる予定である(2)

 鉱山機械については,2018年度は北米や中国を中心とした設備投資の増加により,資源価格が上昇したこともあり鉱山機械の需要は増加傾向にある.2019年度は,旺盛な設備投資は継続する見込みであり,ほぼ2018年並みと予想されている.

 また,「安全確保・生産性向上および労働力不足解消」という観点から,主要メーカーが進めている「ダンプトラックの自律運転システム開発」は,長期間の実稼働による技術蓄積も進んでいる.これにより,自律運転システムのソリューション化がさらに加速していくと見込まれる.

〔納谷 広嗣 コマツ〕

参考文献

(1)建設機械出荷金額統計/(一社)日本建設機械工業会
http://www.cema.or.jp/general/statistics/index.html

(2)ICT活用工事の実施状況(H30年度)/国土交通省HP

http://www.mlit.go.jp/common/001275855.pdf

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20.2.3 機能安全の現状

 昨今,日本国内において機能安全というキーワードが新しいものだという認識は消えた.しかしながら時代の変遷とともに,様々な産業分野で各種のアプリケーションが,機能安全の導入を図ることでさらなる進化を生み出している.その状況は,機能安全の全体像を理解しにくいものへ変化している面もあれば,その個別製品規格が誕生することで機能安全の導入が容易になっている面も併せ持っている.

 産業機械に絞って過去からの製品推移を見てみると,以下の図2-2のような歴史が見える.

図2-2 機能安全認証製品の推移

 製品内容をみると良く分かるが,日本の得意分野であるセンサから始まり,次にロボット,それにドライブ機器と複雑な設計の機器へとつながっていく.この流れは,よりHardwareからSoftware開発・依存型への流れを象徴している.

 一方,国内のマーケットにおいても変化の兆しが2015年以降始まることになる.それは協働ロボットの出現である.登場した直後は,マーケット的にあまり反応は大きくなかったが,その後3年を迎えいくつものメーカーが認証を完了し市場投入が始まった.さらには国内市場に限らず同時に海外,特に中国市場への参入を意図した開発が大きな市場形成を果たしている.ロボット工業会の統計によれば,2018年度で総額約7400億円規模(うち輸出5500億円)と過去最大になっている.

 これらの市場拡大に伴い機能安全需要は大きくなっているが,市場拡大の背景についても考察する必要がある.現在市場活性度の高い中国でも,実は労働者不足,賃金上昇,高齢化社会問題がじわじわと近づいてきており,今のままこれから先も世界の工場でいることは現実的ではなくなってきている.そのような状況では,やはりロボット化をすることで,労働力の確保と生産性を上げることができるのでそこに頼らざるを得ない状況が見える.

 そのような風景から,いずれまた国内でも地産地消型の未来も垣間見えるのではないだろうか.部門活動を通じて機能安全のさらなる普及・深化・継承を図り,わが国産業機械の発展に貢献し,その先にある新たな日本の形を模索したい.

〔淺井 由尚 テュフズードジャパン(株)〕

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