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機械工学年鑑2019
-機械工学の最新動向-

15. 設計工学・システム

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章内目次

15.1 総論
15.2 最適設計
15.3 ヒューマンインタフェース・感性設計
15.4 マルチスケール設計技術
15.5 設計教育

 


15.1 総論

 設計工学・システム部門(以下,本部門)は,設計工学とシステム工学が統合・融合された分野横断的色彩が強い部門組織である.本部門が対象とする分野及び領域は,設計学・設計方法論・設計知,最適設計,製品開発・情報管理,設計組織,サービス工学,システム工学,ヒューマンインタフェース感性工学人工物工学など,極めて広範囲にわたっている.とくに,人が幸せな気持ちになるのを支援する技術,感性や感動など価値を飛躍的に向上させるDelight設計,魅力価値設計技術は,豊かで質の高い生活を支える生活基盤技術であり,システムエンジニアリング技術,デジタルエンジニアリング技術とともに,本格的な設計工学・システム技術として産業分野への展開が期待されている.

 2018年度における本部門の活動については,まず年次大会(1)において,部門単独セッションとして「設計工学・システム部門一般セッション」,「つながる社会のエンジニアリング-満足工学への転換」,他部門との合同セッションとして「解析・設計の高度化・最適化」,「交通・物流機械の自動運転」のオーガナイズドセッション4件,基調講演3件,ワークショップ3件,先端技術フォーラム1件,市民フォーラム1件を実施し,活発な議論,意見交換がなされた.

 第28回設計工学・システム部門講演会(2)は,沖縄県読谷村文化センターにて11月4日から6日にかけて開催された.発表件数119件,参加者数188名で,オーガナイズドセッション・一般セッション16件さらに,D&Sコンテストが企画実施された.加えて,特別講演4件,市民公開講座1件,高校生進路講演会2件を実施した.

 国際的な事業として,2010年からマレーシアで隔年開催されてきた経緯を持つiDECON(3)は,日本とマレーシアの学術交流の場となるユニークな国際会議である.第7回目となる本会議は,マレーシア側主催の年にあたり,日本機械学会設計工学・システム部門と生産システム部門の共催で2018年9月17日から18日にかけてマレーシア・サラワク州クチンの“Riverside Majestic Hotel”で開催された.会議は,講演会場3部屋を使ってのパラレルセッションで53件の発表,1件の基調講演,2件のPlenary Talkからなるプログラムであった.また,設計工学・システム部門が共催するACDDE2018(4)が,2018年11月1日から3日にかけて沖縄残波岬ロイヤルホテル(沖縄県読谷村)にて開催された.日中韓を中心とする設計工学・デジタルエンジニアリングの研究者の交流の場として定着している.今回は現名称になって9回目の開催となる.今回は,一般講演には83件が採択され,6つのワークショップに分かれて発表が行われた.いずれのワークショップも活気があり,良い雰囲気の中で学術的な交流が行われた.この他に3件の招待講演が行われた.今年度の新しい企画として,日独シンポジウムJGIoT-DSA2018(Japanese-German Symposium on IoT design, systems and applications 2018)(5)が,日本機械学会設計工学・システム部門とドイツ研究チームとの共催で,JGIoT-DSA2018が2018年11月15日~16日にドイツ・デュースブルグエッセン大学 デュースブルグキャンパスにて開催された.日独からの研究者が参加し,16件の論文が採択された.

 高度メディア社会,超高齢社会という急激な社会構造の変革の中で,第4次産業革命「インダストリー4.0」等の技術革新など,世界に先駆けて新たな価値を創造し,イノベーションを生み出すシステムづくりは,本部門の得意とする重要な分野であり,研究会,講演会の開催等,活発な事業活動を展開していることから,本部門の存在価値がますます高まっている.

〔伊藤 照明 岡山県立大学〕

参考文献

(1)日本機械学会 2018年度年次大会,https://www.jsme.or.jp/conference/nenji2018/ (参照日2019年5月8日).

(2)日本機械学会 第28回設計工学・システム部門講演会(D&S2018), https://www.jsme.or.jp/conference/dsdconf18/(参照日2019年5月8日).

(3) International Conference on Design and Concurrent Engineering 2018 (iDECON 2018) http://idecon2018.utem.edu.my/(参照日2019年5月8日)

(4) 2018 Asian Conference on Design and Digital Engineering (ACDDE2018), http://acdde2018.org/(参照日2019年5月8日)

(5) IoT設計,システムと応用に関する日独シンポジウム2018(JGIoT-DSA2018),https://www.jsme.or.jp/event/2018-34562/(参照日2019年5月8日)

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15.2 最適設計

 最適設計は大きく分けて8つ分類される.形状最適化・トポロジー最適化システム最適化,モデルベース設計,多目的最適化,ロバスト設計信頼性設計,サロゲート最適化最適化技法,応用がそれにあたる.今年度は,5月にACSMO(Asian Congress of Structural and Multidisciplinary Optimization)という最適化に関する国際会議が開かれた.この会議は,日中韓の最適化に関するシンポジウムが隔年で開催されていたが,それを発展的にアジアに広げる目的で拡大化されたものである.3日間合計で40のセッションが開催された.内訳は応用が17セッション,形状最適化・トポロジー最適化が16セッション,最適化技法が3セッション,ロバスト設計信頼性設計が2セッション,サロゲート最適化が2セッションと言う構成になっていた.今回は,市販のソフトウエアを用いた応用事例紹介の発表が特に中国の出席者の間で急成長した感が強かった.読谷村で行われた部門講演会では,「設計と最適化」に関するセッションに16件の発表があり,それ以外にも最適化に関する発表を含めてまとめると形状最適化・トポロジー最適化に関する発表が8件,システム最適化が5件,応用が5件,ロバスト設計信頼性設計が3件,モデルベース設計が3件,サロゲート最適化が1件という内訳であった.トポロジー最適化に関しては,国際会議の発表内容も含めて,既に実用化を想定した応用研究に移行した感があり,また,国内でも工学的な応用に関する研究が増えてきたように感じられる.

 機械学会論文集,Journalに目を移すと,2018年では最適設計の範疇に入るものと思われる論文が合計で21件あった(1)-(21).トポロジー最適化の分野では,軽量化のためのトポロジー最適化と高剛性化のための形状最適化を組み合わせた新たな形状とトポロジーの同時最適化手法の開発により,単なる応用にとどまらず,実際の部品への実用への道が開かれたと思われる(1).ロバスト設計に関して確率最適化をベースに多目的最適化として定式化を図り,理論的な背景を詳細に検討しており,今後の発展への基礎を改めて提示している(5).文献(11)では,CFRPの特に接着部分へのCAEモデルを丁寧に作り上げ,実験値と解析値の誤差を少なくすることにより,設計上流部への検討の可能を示した.今年度は多目的最適化の実用に関する論文も多く,プロットプランの多目的最適化の第3報として,パイプやケーブルの自動設計のためにACOを利用して候補を選定し,遺伝的アルゴリズムを用いて選好する方法など実用性が高まった(16).応用の分野でもサロゲート最適化をスプリングバックの最小化とブランク形状の同時最適化(17),プラントの立ち上げ時の運転パターンに対する多目的最適化(21)など実用性がいずれの分野でも高まった.

〔荒川 雅生 香川大学〕

参考文献

(1)中山展空,下田昌利,軽量板・シェル構造の創成を目的とするH1購買法に戻づく形状・トポロジー同時最適化法 ,日本機械学会論文,Vol.84,No.858,(2018), DOI:10.1299/transjsme.17-00484.

(2)高橋正幸,秋元洋平,藤井雅留太,共分散行列適応進化戦略に基づいた音響クロークのトポロジー最適化,日本機械学会論文集,Vol.84,No.859,(2018),DOI:10.1299/transjsme.17-00590.

(3)Datong QIN, Hanjie JIA, Hybrid dynamic Modeling of Shearer’s drum driving system and the influence of housing topological optimization on the dynamic characteristics of gear, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.1, (2018), DOI:10.1299/jamdsm.2018jamdsm0020.

(4)Makoto ITO, Nozomu KOGISO, Taku HASEGAWA, A consideration on robust design Optimization problem through formulation of multiobjective optimization, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.2, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0058.

(5)Jing SUN, Ru CHAI, Koichi NAKADE< A study of stochastic optimization problem for humanitarian supply chain management, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.3, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0066.

(6)Ferhat DJEDDOU, Kakhdar SMATA, Hamza FERHAT, Optimization and a reliability analysis of a cam-roller follower mechanism, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.7, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0121.

(7)古森健吾,戸井武司,時刻歴振幅変動の抑制を目的としたロバスト設計,日本機械学会論文集,Vol.84,No.862,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00103.

(8) 豊田充,申鉄龍,離散近似計算法に基づくディーゼルエンジンの後処理システムの最適化手法,日本機械学会論文集,Vol.84,No.859,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.17-00267.

(9) Takayuki SHINA, Tomoaki TAKAICHI, Yige LI, Susumu MORITO, Jun IMAIZUMI, Multistage Stochastic programming model and solution algorithm for the capacity expansion of railway network, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.3, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0077.

(10) 篠崎貴宏,本家浩一,物理パラメータ同定による剛体加振源の加振力同定手法(力情報を用いない特性行列同定による方法),日本機械学会論文集,Vol.84,No.866,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00240.

(11)朝賀泰男,杉浦豪軌,西垣英一,青井一郎,槇野浩司,昆俊雄,高野泰英,標準化部材をモジュール構成とした車体構造設計の研究(CFRPによる車体フレーム構造体の具現化と評価),日本機械学会論文集,Vol.84,No.867,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00190.

(12)石川晴雄,佐々木直子,専攻度を有する範囲概念に基づく多目的同時満足化設計(構造と制御の同時設計への適用),日本機械学会論文集,Vol.84,No.867,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00181.

(13) 柳在圭,清水良明,多目的最適化と多目的進化手法の協調援用による最良決定と事後解析(省エネルギ・省資源化に向けた複数車体構造の多目的設計への適用),日本機械学会論文集,Vol.84,No.859,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.17-00466.

(14)Yuki KINOSHITA, Tetsuo YAMADA, Surendra M. GUPTA, Aya ISHIGAKI, Masato INOUE, Analysis of cost effectivenss by material type for CO2 saving and recycling rates in disassembly parts selection using goal programming, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.3, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0080.

(15) Takashi HASUIKE, Tomoko KASHIMA, Shimpei MATSUMOTO, Multiobjective crop planning considering optimal matching between retailers and farmers with contract, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.3, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0071.

(16) Masakazu SHIRAKAWA, Masao ARAKAWA, Multi-objective optimization system for plant layout design (3rd report, Interactive multi-objective optimization technieque for pipe routing design), Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.2, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0053.

(17) 横山眞樹,石附亮人,北山哲士,川本基一郎,夏目慎二,足立一晃,野口敬広,大谷敏郎,S-rail形状のスプリングバック評価指標の提案と可変ブランクホルダー力とブランク形状の最適設計,日本機械学会論文集,Vol.84,No.859,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.17-00418.

(18) 髙橋大祐,施勤忠,多様な宇宙機および宇宙機ミッションに対応したトータルコスト最小化による環境試験条件の最適化手法の提案,日本機械学会論文集,Vol.84,No.867,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.18-00181.

(19) 吉積果奈,下田昌利,史金星,固有振動問題における異種材料からなる3次元複合構造体の界面形状最適化,日本機械学会論文集,Vol.84,No.857,(2018), DOI: 10.1299/transjsme.17-00367.

(20) Yun LIU, Quanxing LIU, Ming YIN, Guofu YIN, Dynamic analysis and structure optimization of a floating ring system in dry gas seal, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.7, (2018), DOI: 10. 1299/jamdsm.2018jamdsm0128.

(21) Masakazu SHIRAKAWA, Yeboon YUN, Masao ARAKAWA, Intelligent multi-objective model predictive control applied to steam turbine start-up, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems and Manufacturing, Vol.12, No.1, (2018), DOI: 10.1299/jamdsm.2018jamdsm0007.

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15.3 ヒューマンインタフェース・感性設計

 人と機械やシステムをつなぐヒューマンインタフェース(UI)の潮流は,ユーザビリティからユーザーエクスペリエンス(UX)へと移行しつつある.日本機械学会誌2018年6月号で,ユーザーエクスペリエンスの特集号が組まれた(1).従来,インタフェースの評価は,ユーザビリティ,すなわち「できる」かどうか,「使い易い」かどうか,さらに人・金・時間などのリソースに対するコストパフォーマンスなどが指標とされてきた.一方,UXの評価指標は,いかに「できる」か,「使いたい」かなど,システムを利用するプロセスに着眼点が置かれている.

 この特集号の中で,福住ら(2)は,「個別の機能や使いやすさのみならず,ユーザーが真にやりたいことを楽しく,心地よく実現できるかどうかを重視した概念」と述べている.また,UXを評価するためには,「使用前」,「使用中」,「使用後」までも網羅した長期的なデータの収集が必要であることを示している.さらに,開発側/提供側では,ユーザーの期待値を高くしつつ,かつ実体験とのずれを少なくすることが「よいUXを提供する」ことになることを示唆している.また,渡辺は,同じ特集号で,身体的なコミュニケーションやインタラクションが人とヒト・モノ・コトを結びつける基盤技術になることを示唆している(3).うなずきや身振りなどの身体的リズムの引き込みをロボットやCG キャラクタのメディアに導入することで,一体感が実感できる身体的コミュニケーション技術が,システムの利用へのモチベーションを上げる可能性がある.松岡は,UXとは,人工物やサービスなどの利用を通じてユーザーが得る経験であり,UX デザインは,その経験であるコトをデザインすることであり,UXデザインは,「モノづくり×モノづかい」のためのデザインであると述べている(4).そのため,時間経過に伴う社会変動や価値観の変化に対応すること,個別のユーザーや使用環境に適合することが重要であることを示唆している.また,柳澤らは,設計においてユーザーを考慮にいれた取り組みとして,ユーザーの感性,感覚,期待に関する研究と,設計者の想定外を含めユーザーと設計者の差異を発見する方法論に関する研究を概説している(5)

 一方,大久保は2018年度年次大会の基調講演「ウェルビーイングを目指すシステム設計」の中で,人を楽(らく)にするシステム設計から,人が楽(たの)しむことを支援するシステム設計の重要性について述べている.その方法論の一つとして,チクセントミハイのフロー理論を挙げている(6).フローは,別名ゾーンとも呼ばれ,自己のスキルと自己が課したタスクの困難さの釣り合いにより,タスク遂行への没入感や楽しさを感じる状態を示す.チクセントミハイは,フローの経験がウェルビーイングにつながると述べている.また,Toddは,その著書の中で,我々が設計変数として用いることの多い,「平均」という概念の危険性について述べている(7)

 以上のように,これからの人が関わるシステム設計において,多様な人の多様な状況下での多様な欲求に応えるシステム設計の方法論が求められる.そこでは,Society5.0を基盤にして,ビッグデータやIoTとともに,ユーザー個人の特徴や感性を組み込んだ設計論が期待される.

〔大久保 雅史 同志社大学〕

参考文献

(1)日本機械学会誌 第 121 巻 第 1195 号 特集ユーザーエクス ペリエンス https://www.jsme.or.jp/kaisi-volno/no-1195/

(2)福住伸一,谷川由紀子,ユーザーエクスペリエンスの課題と測定,日本機械学会誌,vol.121, No.1195, pp.6-9,2018.

(3)渡辺富夫,心が通う身体的コミュニケーション, 日本機械学会誌,vol.121, No.1195, pp.14-17,2018.

(4)松岡由幸, タイムアクシスデザインとUX デザイン,日本機械学会誌,vol.121, No.1195, pp.18-21,2018.

(5)柳澤秀吉・村上存, 感性やユーザー行動に基づく設計, 日本機械学会誌,vol.121, No.1195, pp.22-25,2018.

(6)例えば,M.チクセントミハイ,フロー体験 喜びの現象学,世界思想社,1996

(7)Todd Rose, The End of Average: How to Succeed in a World That Values Sameness, Harpercollins, 2016 (日本語版は,平均思考は捨てなさい,早川書房,2017)

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15.4 マルチスケール設計技術

 近年,原子レベルまたは分子レベルで材料を設計して,目的の性質を持つようにするBottom-up方式の研究が徐々に現実化している.これに応じて,コンピュータ支援を通じて事前に材料を組み合わせて,その特性を予測する「コンピュータ支援材料設計(Computer-aided material design, CAMD)技術」の開発と適用が活発に行われている(1).特にコンピュータ支援の開発と適用による成果が大きい分野として,バイオ医薬品(Biomedicine),ナノ製造技術(Nanomanufacturing),微小電子材料(Microelectronics),エネルギーと環境(Energy and environmental sciences),高性能材料(Advanced materials)などが挙げられる.機械工学の分野でも,量子スケール(第一原理)計算,原子スケール(分子動力学)計算などが導入され,ナノスケール材料の力学的特性の研究と新しいナノ材料開発に積極的に利用されている.しかし,これらの量子または原子レベルの計算手法は,解析可能なスケールにより計算限界が生じている.これはナノスケールのシステムの各構成要素や部品が量子または原子スケールの大きさを持つとしても,システム全体は有機集合体として最小でマイクロスケールから最大でメートルスケールまでのサイズを持つことに起因している.また,微小スケールでの現象は材料の結晶と電子構造,表面,およびサイズと,欠陥の生成と伝播,結晶粒界の相互作用,多結晶構造の集合的特性などの既存の連続体力学に基づいた従来の計算方法では解釈しにくいとされている.つまり,原子スケールの計算手法だけでは,一部の計算応用の材料設計に利用されているものの,「コンピュータ支援システム設計(Computer-aided system design)」までは拡張できていない状況である.

 これらの制限を克服する方法として,最近20年間活発に研究されているのが「マルチスケール設計技術」である.マルチスケール設計技術は,各科学と工学の分野で長年発展してきた解析手法の特性を最大限に反映し,量子スケールから連続スケールに至る全スケールを解析する新しい設計技術である.

 マルチスケール設計技術は,多くの研究グループによって様々な方式で開発されてきた.機械工学の分野で代表的な事例としては,CaltechのOrtizグループによる準連続(Quasi conti- nuum)方法(2),NorthwesternのLiuグループによる無反射(Non-reflecting)結合技法(3),Nakanoグループによる同時的(Concurrent)マルチスケール方法(4)などを挙げることができる.

 このようにマルチスケール設計技術を用いることで,微小スケールの現象を理解できるとともに,これらの微小スケールの現象を集合的に扱うシステム全体の巨視的挙動まで解析できるようになった.また,マルチスケール解析手法は,純粋な力学的挙動だけではなく,材料の電気的,磁気的,光学的性質などが力学的性質と連動されている複合物理(Multi-physics)現象の解析においても,効率的かつ信頼性の高い解析技術の一つとなっている.さらに,マルチスケール設計技術を製品設計へ適用することで,材料,プロセス,形状,部品の技術革新において,これまで以上に,より軽く,より強い製品を創出できると考える.

 今後もマルチスケール設計技術を用いることで,既存の材料の性能を向上させたり,複数の材料を組み合わせた新しい材料の開発や,実験でその性能を確認するなどの研究が加速すると考えられる.また,異種材料同士の複雑な微細構造や,成形プロセス条件が互いに影響するような場合でも,マルチスケール設計技術を用いたコンピュータ支援により解析が可能になると考えられる.さらに,3Dプリンティング,射出成形,ドレープのような新しい製造方法の開発においても,マルチスケール設計技術は適切な解釈を可能にすると考えられる.

〔山崎 美稀 (株)日立製作所〕

参考文献

(1)Wang, CZ., Lee, GD., Li, J. et al., ” Atomistic simulation studies of complex carbon and silicon systems using environment-dependent tight-binding potentials “, Sci Model Simul, DOI: 10.1007/s10820-008-9109-x, 2008

(2)Ortiz, M. Bhattacharya, K., Bhattacharya, T., Blesgen, T., et al. ” Quasi-Continuum Density Functional Theory “, 8thWorld Congress on Computational Mechanics, 2008

(3)Karpov, E. G., Wagner, G., Liu, W.K, “A Green’s function approach to deriving non-reflecting boundary conditions in molecular dynamics simulations”, International Journal for Numerical Methods in Engineering, No. 9, Vol. 62, 2005

(4)Karpov, E. G., Wagner, G., Liu, W.K, “A Green’s function approach to deriving non-reflecting boundary conditions in molecular dynamics simulations”, International Journal for Numerical Methods in Engineering, No. 9, Vol. 62, 2005

(5)H. Han, J. Song, D. Kim, and T. Kang “Immiscible oil-water interface: Dual function of electrokinetic concentration of charged molecules and optical detection with interfacially trapped gold nanorods”, Analytical Chemistry, 86, 124704, 2014.

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15.5 設計教育

 近年,設計プロセスにおいては,製品(モノ,コト)を「どのように上手く製作,制作するか」よりも上流の,「何を製品として構想するか」の段階での革新的な発想が競争力の源泉となりつつある.また近年の研究により,機械学習等の人工知能(artificial intelligence, AI)が人間と同等かそれ以上のタスクを実行できる可能性が,学術的にも実用的にも注目されている.このような背景においてこれからの設計者は,高度で信頼性の高い製品を確実に実現できる機械工学など技術的素養を身に着けた上で,人工知能などでは得られない独創的,革新的な気づきや発想ができる能力が必要となる.

 そのような創造性を高める設計教育の方法として近年注目されているアプローチの一つが,工学とデザインの連携(1)や,デザイン思考(design thinking)などである.ここでデザインとは製品の形,色,素材の計画といった狭い意味ではなく,審美性や感性なども含めた,設計より広い意味での総合的なモノやコトの計画を表す.日本機械学会設計工学・システム部門のDesign理論・方法論研究会では,日本デザイン学会のデザイン理論・方法論研究部会,日本設計工学会の設計理論・方法論に関する研究調査分科会と連携して,デザインに対し科学的,工学的にアプローチする活動を行っており,2018年は4月13日に「モノづくり×モノづかいのデザインサイエンス」(慶應義塾大学矢上キャンパス),7月20日に「多空間モデルの理論と実践」の2回の会合を開催し,他分野を含め多くの参加者による議論,情報交換を行っている.また,2018年11月4日~6日に読谷村文化センター(沖縄)で開催された日本機械学会第28回設計工学・システム部門講演会において,設計教育に関して5件の発表が行われたが,設計教育におけるデザイン思考の有効性に関する議論,技術・設計教育からdesign教育への転換の提言,工学部におけるデザイン思考の授業効果の分析など,3件がデザインに関するものとなっている.

 同様に,近年注目されているもう一つのアプローチが,積層造形(additive manufacturing)の設計教育への導入である.例えば2018年8月26日~29日にカナダのケベックで開催されたASME 15th International Conference on Design Educationでは,設計教育への造形技術の導入が学生の創造性を高める効果や,工学設計に対する自信,動機,期待をもたらす効果などが報告されている.

 今後このような知見が蓄積され,創造性を高める設計教育の体系的な方法論の構築につながっていくことが期待される.

〔村上 存 東京大学〕

参考文献

(1) 村上存,工学とデザインの連携教育の試み,日本設計工学会誌,Vol.53,No.5(2018),pp.371-376.

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