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機械工学年鑑2019
-機械工学の最新動向-

24. 法工学

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章内目次

24.1 法工学のこの一年
24.2 データの流通・知る権利と著作権の問題
 24.2.1 概況/24.2.2 政府見解に対しての議論/24.2.3 法制化の断念
24.3 新技術の社会受容
 24.3.1 年次大会における模擬裁判の実施/24.3.2 模擬裁判の企画立案者の役割/24.3.3 模擬裁判の実施/24.3.4 模擬裁判の結論/24.3.5 模擬裁判によって得られた教訓
24.4 企業不祥事案
 24.4.1 さまざまな企業不祥事の概要と要点
  a.新幹線台車に亀裂(発生:2017年12月,原因公表:2018年2月)
  b.油圧機器メーカー免震装置等データ改ざん(発覚:2018年10月)
  c.化学材料メーカー検査不正(直近発覚:2018年11月)
 24.4.2 企業不祥事の予防対策

 


24.1 法工学のこの一年

 「法律と工学の境界領域」という分野に於いては,2018年度は様々なトピックスが豊富であった年であると思われる.

 まず最初は,2005年4月の福知山事故発生から13年後,JR西日本の歴代社長であった被告人3人が,検察審査会の強制起訴議決により指定弁護人から強制起訴された案件が,最高裁に於いて「無罪」という判決があったことである(1).本判決はマスコミ等の論調の「責任者の処罰」という認識と,刑法の「業務上過失致死傷罪」の成立する条件のズレが明確になった判決であると云えるだろう.具体的には,当該曲線での速度超過車両の脱線転覆事故が発生する危険性が予見できたとの主張を退け,ATSの整備を指示する業務上の注意義務が有ったとは云えないとしたことである.

 詳細は省略するが,「予見可能性」「注意義務」「結果回避義務」の問題等,現場の作業者を直接対象とする場合と異なり,企業トップの責任を「業務上過失致死傷罪」で裁く場合は,要求される内容・程度がかなり異なることが課題になると思われる.この問題は法律専門雑誌でも特集号を組むレベルのトピックス性があり(2),本専門会議においても,2019年度から研究会を組織して積極的に取り組む予定である.

 知的財産の分野では,当会の会員である機械技術者とは直接的な関係は少ないとは思われるが,「知的財産全般」としてスコープを広げると,「不正競争防止法」「特許法」「著作権法」の改正が行われ,ID/パスワード等により管理された「限定データ」の取り扱い,「インカメラ審理」の拡大,「デジタル・ネットワーク化」への対応等化行われた.さらに,その先の情報化の流れの中では,いわゆる「プロックチェーン(分散型台帳技術)」がホットな話題となっている.詳細は省略するが,従来技術が「処理」の分散化を扱ったのに対し,「資産・データ」の「分散・共有」を狙いとした革新的技術である.「知的な財産」という意味では,ITの進化に伴い「資産・価値」等の考え方が急速に変貌しており,広く関心を持って情報をウオッチすることが必要と思われる.

 新技術の社会受容性という課題においては,自動車の自動運転技術やドローンの無人運転技術に関する社会の注目度は依然として高いが,先行した自動運転車両の事故事例に対する各種の論調が,いわゆる「夢の技術」というスタンスから,「社会の受け入れ可能なリスク」を踏まえた「実現可能な計画」にシフトしつつあることが窺えることを評価したい.本専門会議では,2018年の年次大会において三年連続となる「近未来の事故」に関する模擬裁判を計画し,超高齢社会での移動手段として注目されている「電動車椅子」の事故を想定し,原告・被告の活発な論争が行われた.

 年次大会の場で印象に残ったのは,個人用モバイルギアとしてのPR動画で,外国人旅行者が狭いコンビニ店内で乗り回す場面であった.法的な位置付けが明確でない「電動車椅子」が,「介護用機器」・「高齢者移動車両」・「個人用モバイルギア」まで多種多様に解釈され,それぞれ独自に開発が進められている事実があり,社会実験とはいえ事故リスクや,社会ルールとの整合性に関する事前検討の必要性を強く感じた.

 一方,技術的な不祥事については,マスコミ等が「データの改ざん」と表現する事案が相次いだことは非常に残念であった.新車登録時の車検検査の事案に続き,今年度はビルの免震/制振用オイルダンパーの事案,更には自動車業界に続き航空機分野でも航空エンジンの無資格検査事案が新たに発覚した.

 新幹線台車の亀裂発生の重大インシデント報告書(4)にも指摘があるが,モノ作りと運営・管理の双方の最前線の現場において,「タテマエ」と「ホンネ」の乖離が目立つのが心配である.技術者の倫理に期待すべき面も多々あるが,会社というモノ作りの組織として,お客様にキチンとした製品を納めると云う事の「コダワリ」が希薄になっており,「営業部門は納期優先」「管理部門は人件費優先」のツケが「無資格検査」として表面化した,という説明を毎回聴く度に症状の深刻さを危惧せざるを得ない.

 もちろん企業である以上,Q・C・Dの必達は当然であるが,各組織の連係プレーで維持すべき「モノ作りの原点」を「タテマエ」として形骸化し,組織エゴイズムを「ホンネ」とする機能不全に陥ったのでは無いだろう.現場の安全標語の一つに「凡事徹底」という言葉がある.「アタリマエのことを,バカにしないで,チャンとやる」という言葉の意味を再評価すべき時期ではないだろうか.

〔中村 城治 中村技術士事務所〕

参考文献

(1) 最高裁判決 2018年6月12日

(2) 「最高裁判例から過失犯論を問い直す」 法学セミナー  2019年2月号 PP.6~36 日本評論社 2019年2月

(3) ジュリスト 「特集/知財制度の新たな動き」 2018年11月号 PP.13~49 有斐閣 2018年11月

(4) 鉄道重大インシデント調査報告書 RI2019-1 運輸安全委員会 2019年3月25日


24.2 データの流通・知る権利と著作権の問題

24.2.1 概況

 2018年から2019年にかけて,「サイトブロッキング(接続遮断)」という言葉を耳にした人も多いであろう.「サイトブロッキング」とは,ユーザが特定のWEBサイトを閲覧した時,そのユーザにインターネットアクセスを提供するインターネット・サービス・プロバイダ(以下「ISP」)が,ユーザの同意を得ることなく,特定のWEBサイトへのアクセスを遮断する措置をいう.これを聞いて「違和感」を覚える人も居るだろうし,全く何とも思わない人も居るだろう.しかし,これは様々な法律問題を孕んで,各方面で議論されているのである.
 ことの発端は,2018年4月13日,政府が公表した「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」と題する政府見解である(1).政府がこのような見解を公表した背景として,近年,海賊版サイト(漫画・アニメ等のコンテンツを著作権者の了解を得ないまま無料で公開するインターネットサイト)が多数出現したことにある.海賊版サイトの運営は著作権侵害という違法行為であるが,その実態が掴めず,サイト運営者を直接取り締まることが困難である.しかしながら,著作権者の権利は著しく損なわれることから,このような悪質な海賊版サイトを放置すべきではないことは当然である.被害額は数百億円~数千億円とも言われている.
 海賊版サイトを直接取り締まることができない以上,次善の策として考えられたのが,ユーザから海賊版サイトへアクセスを遮断する措置を講じることで,実質的に海賊版サイトの存在を無効化してしまうサイトブロッキングである.サイトブロッキングの手法はいくつかあるが,例えば,ISPが,予め海賊版サイトのIPアドレスを指定したブラックリストを保持しておき,ユーザがそのIPアドレスへのアクセスを要求してきたときに,自動的に他の警告サイト等へ誘導して,海賊版サイトへの接続をさせないものである.この手法の場合,ユーザの同意を得ることなく,ユーザのアクセス先を自動的に検知することになる.

24.2.2 政府見解に対しての議論

 日本国憲法21条では,「通信の秘密」が保障されている.「通信の秘密」とは「通信の内容や宛先を第三者に知られたり,漏洩されたりしない権利」である.このことから,政府がISPに対し,「サイトブロッキング」を要請することは,日本国憲法21条が保障する「通信の秘密」を侵害するのではないか,という意見がみられた(2).逆に,政府見解を踏まえて,3つの海賊版サイトに対してサイトブロッキングを行うことを表明したISP等もあった.
 なお,電気通信事業法には,憲法21条の規定を受けて,「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は,侵してはならない」という「通信の秘密」を保護する規定が設けられており(電気通信事業法4条1項),罰則も設けられている(同法179条1項,2項)ことから,サイトブロッキングは電気通信事業法にも違反するものではないか,という見解もある.
 「サイトブロッキング」は,児童ポルノ流通防止策として厳格な条件下で認められているが,緊急避難(刑法37条1項)による違法性阻却に該当し,適法であると考えられている.この点が海賊版サイトにも適用されるかどうか,という点でも議論があった.

24.2.3 法制化の断念

 政府は,2019年1月下旬召集の通常国会で目指していたが,「サイトブロッキング」の法制化を断念する方針を固めた.「通信の秘密」を侵害する虞があることなどから,法制化は時期尚早と判断した.一方,政府は広告出稿の抑制を促すなど「サイトブロッキング」以外の方法による海賊版サイトへの対策に乗り出すこととなった.但し,将来的には「サイトブロッキング」の必要性も認識しており,この騒動が完全に終結したわけではないことを心に留めておく必要があるだろう.

〔伏見 靖 産業技術大学院大学〕

参考文献

(1)インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(概要), 2018年4月13日 知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/kettei/180413/kaizokuban_2.pdf(参照日2019年4月8日)

(2) 海賊版サイトへの対策として政府がブロッキング(接続遮断)を要請することについて海賊版サイトへの対策として政府がブロッキング(接続遮断)を要請することについて,2018年4月13日 一般社団法人 日本インターネットプロバイダー協会(参照日2019年4月8日)

https://www.jaipa.or.jp/information/docs/180412-1.pdf


24.3 新技術の社会受容

24.3.1 年次大会における模擬裁判の実施

 法工学専門会議では,2007年の年次大会初日の日曜日に市民フォーラムとして模擬裁判を実施して以来,模擬裁判という形式で工学と裁判の関わりに関するメッセージを市民に向けて発信してきた.2007年の模擬裁判では,現実に起きた事故を下敷きにして事案を構築し,事故原因が車両の欠陥にあるか否かを争点として,工学的な争点について裁判所がどのようにして結論に至るか,その結論は,技術者,さらには,一般市民の納得を得ることができるか,という問題に取り組んだ.
 さらに,2016年からは,近未来を想定して,新技術による事故をめぐる模擬裁判を企画,実施することにより,新技術が社会に受け容れられるために求められる安全性をテーマとしている.2016年には,年次大会と交通・物流大会の2回にわたって自動運転車による交通事故をとりあげた.また,2017年には,ドローンの空中衝突事故をとりあげた.これらは,時代を先取りしたテーマであり,新技術の開発に携わる技術者に対して,社会の側が期待し,要求する安全性に思いを致すことの重要性を教えるものとなった.
 2018年の年次大会でも,初日の日曜日(2018年9月9日)に通算5回目となる模擬裁判を開催した.近未来において自動運転やロボットの活用が介護・福祉の分野で期待されることに鑑み,テーマとして,電動車いすの自動運転をとりあげた.

24.3.2 模擬裁判の企画立案者の役割

 法工学専門会議の企画する模擬裁判は,実際の裁判に近い手続を再現して,裁判官役の法律家3名の合議によって結論を出すものである.したがって,あらかじめ結論は決められていない.裁判を傍聴する聴衆にも,当事者となり得るメーカーの技術者にも,「ありそうなこと」を提示して,模擬裁判を実施することが必要になる.したがって,結論に至るシナリオは決めないが,何を争いのない事実とし,何を争点とするかは予め決めておく必要がある.そのためには,企画の段階で「取材」が必要になる.
 今回の模擬裁判では,関係者への取材を通じて,電動車いすのシェア・システムが近未来に実現することを想定した.取材に応じていただいた企業では,使用中は利用者が操作し,無人で回送するというビジネス・モデルを検討中であった.電動車いすのシェア・システムは,ラスト・ワン・マイル問題の解決に役立ち,歩行が困難になった高齢者にとって福音となると考えられる.そこで,無人回送中の電動車いすと自転車が接近したことにより自転車が転倒したという事故を想定して模擬裁判を行うことになった.
 事故の大きな枠組みが決まった後は,「ありそうなこと」という観点から,具体的な事故態様を決める.今回は,コンビニの駐車場から飛び出して歩道を横切ろうとした自転車が歩道上の電動車いすとの衝突を避けようとして転倒したという事故態様を想定した.この段階からは,原告側(被害者側)と被告側(メーカ側)のそれぞれについて,技術者と弁護士からなるチームを決めて,それぞれの立場からの言い分を作ることになる.原則として,企画立案者は,双方の議論には参加しない.ただし,双方の主張計画を聞いた上で,必要に応じて追加的な条件設定を行って争点が拡散しないようにすることは企画立案者の役割である.

24.3.3 模擬裁判の実施

 模擬裁判の当日は,実際の裁判と同様に,原告側,被告側の専門家証人(技術者)の証人尋問を行う.通常の裁判と異なるのは,時間の節約のために,主尋問(証人と同じ側の弁護士の尋問)に代えて,証人役の専門家がパワーポイントを使用してプレゼンテーションを行うことだけである.その後は,通常の一問一答形式で反対尋問,裁判官による補充尋問を行う.原告側,被告側の専門家証人の尋問終了後,当事者と傍聴人がゲストの講演を聞く.講演時間とその後の休憩時間を利用して,裁判官役は合議を行い,結論を下す.そして,判決を言い渡す.通常,法廷で判決理由を述べることはほとんどないが,模擬裁判では,裁判長役が判決に至る論理を説明する.
 今回の模擬裁判では,自動運転によって無人で回送される電動車いすにどの程度の安全装置が備わっていれば,「製造物が通常備えるべき安全性」が認められるか,という立場から,被告側の専門家証人は,かなり具体的に安全装置の機能などを証言した.また,無人であることを知らせるランプを点滅させていたこと,現行法では,有人運転時の最高速度が6.0km/hと定められているのに対して,無人運転時の最高速度を2.5km/hに設定していることなどを証言した.

24.3.4 模擬裁判の結論

 被告側の専門家証人の証言にもかかわらず,判決は,結論として,被害者の請求を一部認めた.その理由は,被害者にも落ち度はあったが,電動車いすの安全性にも問題があったというものであった.
 判決理由で指摘された問題点は,駐車場から車道に出る自動車の通過を待つために停止した電動車いすが動き出す際に,何の警告も出していないという点であった.現行の道路交通法では,電動車いすは歩行者として扱われている.歩行者であれば,自動車の通過を待った後で,「歩き出しますよ」などと周囲に警告する必要はない.むしろ,自動車の後を追って歩道を横切ろうとする自転車の方が歩行者に注意しなければならない.しかし,無人で回送される電動車いすは,歩行者と同様の交通弱者ではないから,突然動き出せば,自転車がびっくりするのは当然だ,というのが今回の模擬裁判の重要な結論の一つである.
 もっとも,判決理由を説明した裁判長は,この結論は,現時点での常識を前提としているという点を補足した.近未来にこのような事故が起きた際に,無人の電動車いすが突然動き出すということが周知になっていれば,この事故は自転車側の自己責任の範囲内と判断されるかもしれない.

24.3.5 模擬裁判によって得られた教訓

 法工学専門会議の模擬裁判では,一定の事実を前提として,新技術に関して,「製造物が通常備えるべき安全性」を裁判官がどのように判断するかを知ることを目的の一つとしている.今回も,関連分野の専門家の協力を得て,できるだけリアルな事故回避技術を想定した.その結果,無人の電動車いすには歩行者以上の事故回避努力が求められる可能性が明らかになる一方で,求められる安全性は,新技術に対する社会の認識によっても異なることも明らかになった.今回の模擬裁判においても,シェア・システムにおいて無人で回送される電動車いすがどのようなものであるかという点について広報活動を十分に行っていたという事実を被告側が主張していれば,結論は異なるものになったかもしれない.
 新技術の安全性については,どこまでやればよいのかが分からないことが開発の足を引っ張っているというような主張がなされることも多い.しかし,今回の模擬裁判の結果によれば,「どこまでやればよい」ということを誰かが決めることを待つのではなく,技術者が社会と対話することが必要であることが分かる.これは,極めて有意義な結論である.
今後も,関連部門の協力を得て,有意義な模擬裁判を企画していきたい.

〔近藤 惠嗣 福田・近藤法律事務所 弁護士〕


24.4 企業不祥事案

24.4.1 さまざまな企業不祥事の概要と要点

 企業の品質・安全に関する事件・事故・不祥事が後を絶たず,2018年も様々な事例が発生・発覚した.いずれもコンプライアンス,リスクマネジメントが徹底されていれば明らかに予防できる事例であり,迅速かつ適切な危機管理対応を実践していれば影響の最小化を図ることができる事例であったといえる.

a.新幹線台車に亀裂(発生:2017年12月,原因公表:2018年2月)

 2017年12月,博多発東京行き「のぞみ34号」で,小倉駅で焦げた臭いがする異常が発生,岡山駅から保守担当者が乗車し異臭・異音・振動などの発生を確認したが,新大阪駅で運行可能と判断し運行を継続した.その後,乗員が京都付近で改めて異臭を感じ,名古屋駅で車両床下を緊急点検の結果,油漏れを発見し運行を取りやめた.当日夜,台車枠の亀裂が発見され,その後の調査で台車枠が破断寸前であったことが判明した.

 2018年2月,製造メーカーは,台車枠の鋼材は元の厚みが8mmで,設計上の基準は7mm以上であったが,溶接を容易にするために現場判断で4.7mmまで削っていたと説明.鉄道事業者の調査より,鋼材が削られず本来の厚みがあれば亀裂が拡大することはなかったと説明.
本事例を踏まえれば,設計上の品質要求事項・要求基準を生産工程へ確実に反映すること,危機の可能性を察知した際の行動基準を明確化しておくことが重要といえる.

b.油圧機器メーカー免震装置等データ改ざん(発覚:2018年10月)

 油圧機器メーカーと子会社が建物の免震制振装置(揺れを低減する免震用と制振用のオイルダンパー)で性能検査記録データを改ざんしていたと発表した.2003年1月~18年9月まで出荷され,不正は15年間続いていた.

 同社は国より厳しい数値で顧客と契約しており,制振用も契約で性能の数値を決めていたが,性能検査で国や顧客企業の数値の範囲内に収まっているように検査データを改ざんして出荷していた.全国のマンションや病院,事務所,庁舎など調査中を含め986物件に設置(オイルダンパー約1万本),2015年に表面化したタイヤメーカー子会社の同種不正の規模を上回った.

 本事例を踏まえれば,社内不正の3要因(動機・機会・正当化)を排除して予防すること,不正の全貌を早期に把握・説明して徒に信用失墜しないようにすること,想定される被害回復の手法・費用と安全上の残留リスクについて説明責任を果たすことが重要といえる.

c.化学材料メーカー検査不正(直近発覚:2018年11月)

 化学材料メーカーにおいて,2018年6月に発覚した産業用蓄電池における不正以外に,多数の製品で不正が行われていたことが外部調査委員会の調査により発覚した.顧客の契約と異なる検査をしていたほか,取り決められた検査を怠っていた.検査報告書に実測値と異なる数値を記入するデータ改ざんもあった.対象製品出荷先は延べ約2,329社,先に同種不正が発覚した鉄鋼メーカーや非鉄メーカーを大きく上回った.

 今回の調査で,2008年当時,社内調査において複数の事業所にて顧客との取り決めに反した検査結果のねつ造・改ざんが判明したが,当時の経営陣は,顧客からのクレーム等には至っていないため品質には問題がないと判断し,事実を顧客に対して明らかにするよう指示しなかったことも発覚した.

 本事例を踏まえれば,不正発覚時の調査対象の選定に留意すること(点・線・面=ある時点・ある部門だけでなく,過去から多数部門の不正があったことを想定すること),社内リニエンシー制度を活用すること(自ら不正を申告した場合は社内処分を減免すること)が重要といえる.

24.4.2 企業不祥事の予防対策

 さまざまな企業不祥事の発生を受けて,日本取引所では「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」を策定している(2018年3月).企業を取り巻く多様なステークホルダーの損失を最小化するため,経営トップがリーダーシップを発揮して,これら原則を真に徹底することが期待される.
[原則1]実を伴った実態把握     [原則2]使命感に裏付けられた職責の全う
[原則3]双方向のコミュニケーション [原則4]不正の芽の察知と機敏な対処
[原則5]グループ全体を貫く経営管理 [原則6]サプライチェーンを展望した責任感

〔田村 直義 MS&ADインターリスク総研(株)〕

参考文献

「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」日本取引所(2018年3月)