7. 流体工学
章内目次
7.1 はじめに
2021年度も昨年度に引き続き新型コロナウイルス感染症の影響によって,人的な交流が非常に制限され,国内外を問わず,ほとんどの研究発表の場がオンラインとなり多くの制約を受けた年となった.その一方で,物理的な遠距離移動を伴わずに研究交流ができる発表形態の促進は,期せずして多くの異なる成果を上げていることも事実である.今回の多くの混乱を解決しようとする二次的な変革によって,知的成果物の情報交換がネットを介して迅速に促進されたことも評価されるべきことであろう.このような事情のなかで,例年通りに,日本機械学会の2021年度年次大会において流体工学部門として5件の単独セッション,14件の複数部門合同セッションを開催した.また流体工学部門講演会においては14のオーガナイズドセッションがプログラムされ計235件の講演が発表された.
さて,本章では流体工学おける2021年の研究動向に関して,乱流の数値解析,乱流の実験,噴流・せん断流,圧縮性流れ,混相流,非ニュートン流体,流体機械,流体騒音,生体・生物,自然エネルギー,流れの可視化・計測の10項目について専門領域の先生方に国内外の動向について調査を行っていただいた.乱流に関しては,スケール間相互作用,壁乱流,乱流の微細構造などについての実験や数値流体解析の研究,並びに乱流ビッグデータ×機械学習などの展開が紹介されている.噴流・せん断流に関しては,種々のアクチュエイター制御や境界層内エネルギー輸送機構などに進展があった.また,圧縮性流れに関しては,流体機械内部流れ,宇宙航空機関連における進展,制御技術の開発などが紹介されている. 混相流に関しては,界面・表面張力の問題,複雑現象のモデル化,最新計測法などが調査された. 非ニュートン流体に関しては,粘塑性流体,粘弾性流体に関する研究,ミクロな視点からの計測およびレオロジーなどの研究が紹介されている.流体機械に関しては,CFD,最適化手法,混相流モデリング,連成解析などについての研究進展が報告されている.流体騒音に関しては,流体機械での騒音源探査,格子ボルツマン法による解析,はく離流れのはく離・再付着における騒音問題,空力音の音源探査手法など,EFD,CFDを用いた研究が紹介されている.生体・生物に関しては,医工学関連での血流,呼吸流れなどや生物の外部流れに関する研究が報告されている.自然エネルギーに関しては,再生可能エネルギーやカーボンニュートラルに関連した施策の状況報告がなされている.流れの可視化・計測に関しては,粒子画像計測法に代表されるような光学的計測手法の進展,多次元計測や計測データの高精度化による多方面の計測の進展が報告されている.最後に,IT&DX,ウイズコロナ,カーボンニュートラルなどの大きな変革を抱えている時代ではあるが,流れが関連する課題は絶えず多くの問題点を抱えており,それゆえ,その研究は広い分野での技術の進展に寄与している.今回のこれらの研究動向の解説が将来の発展,問題への解決などの糸口を見いだす一助となれば幸いである.
〔平原 裕行 埼玉大学〕
7.2 乱流
7.2.1 数値計算
2021年はコロナ禍にあって,スーパーコンピュータ「富岳」を用いた飛沫・エアロゾルの飛散シミュレーション(1)(2)が,乱流の数値計算分野による重要な社会還元(科学的データ提供)の一つとなった.同様に富岳で,風洞試験に比類する航空機全機まわりの高忠実なシミュレーション(3)(4)が行われた.いずれの解析も発展著しいLES(Large-eddy Simulation)(5)によるものだが,乱流の基礎物理解明には依然とDNS(Direct Numerical Simulation)が重宝され,データ駆動型RANS(Reynolds-Averaged Navier-Stokes equation)モデル開発にもDNSデータベースが寄与している.
近年の第三次人工知能ブームは乱流分野にも波及し,いわゆる「乱流ビッグデータ×機械学習」の可能性探究は未だピークが見えない.学術誌Physics of Fluidsに掲載された“Turbulence Simulations”と“Machine Learning (ML)”に関連する文献数は,2015年~2019年で毎年1件程度に対し,2020年は4件,2021年は8件(2022年前期は既に14件)と,ここ数年で増加した(6).2021年のML活用例に,LES/RANSモデリング(7)-(9),乱流スカラ流束モデリング(10)(11),シミュレーション高速化(12),低次元潜在ベクトル化(13),ネットワーククラスタリング低次元化(14),粗面状態推定(15),壁面応力ベースの乱流場推定(16),時空間超解像(17)(18)などがある.今後もMLの一般化は進むが,学術誌Physical Review Fluidsは特集を組み(19)この潮流を歓迎しつつ,ML活用の心構えともいえる論説(20)を出している.
データ駆動型と似て非なるプロセス駆動型(物理法則が拘束条件)のデータ同化も,乱流モデリング(21)や流れ場推定(22),またはMLと組み合わせてのサブグリッドモデル高度化(23)(24)など,様々な研究に導入されている.データ同化のような,限られた情報に頼る乱流状態推定の限界についても議論されている(25).これと同様に,力学系の支配方程式に基づくレゾルベント解析も,力学系の応答性と受容性を測る有効なツールとして導入例が増えてきた.例えば,壁乱流の受容性(26),自己維持機能(27),非定常制御(28),RANS渦粘性モデル最適化(29)の研究に応用された.計算高効率化(30)やML支援(31)により,大域的レゾルベント解析の更なる一般化が期待され,総説(32)に今後の方向性が概説されている.
壁乱流に内在するメカニズムの解明に向けてカノニカル乱流のDNSデータベースに基づき,物理空間における渦の階層構造の実態(33),レイノルズ応力のスケーリング(34),変動場エネルギ生成要因(35),スケール間輸送を加味した大域的エネルギ収支(36)の調査が進んでいる.特に,スケール間相互作用に関する議論が活発である(37)-(41).また,亜臨界乱流遷移にも関連深い厳密秩序構造の研究は成熟してきたが(42),大規模な時空間的間欠性(43)(44)や弾性乱流(45)(46)への関心は尽きない.
壁乱流DNSの高レイノルズ数化も進み,摩擦レイノルズ数Reτ = 8000のチャネル乱流におけるKolmogorov局所一様等方性仮説の検証(47)や,Reτ ≈ 6000の円管内乱流で外層における古典的平衡仮説の反証(48)がある.高レイリー数Rayleigh-Bénard対流の大規模DNSも実施され(49)(50),さらに平面Couette流との共存対流(51)や,粗面による伝熱促進(52)(53),壁面境界層で乱流熱伝達支配となる究極状態の臨界値(54)が調査されてきた.究極熱伝達の実現性については,マルチスケール定常解の発見(55)から多孔質壁面による実証(56)(57)が成された.
多孔質壁を含め各種粗面上の乱流研究も活発であり(58),さらに超撥水表面(59),不規則粗面(60),固液相変化(61),固体粒子堆積(62)を扱ったものや,計算手法の高度化(63)や随伴解析による粗面要素に対する受容性(64)を調べた研究例もある.
〔塚原 隆裕 東京理科大学〕
7.2.2 実験
本節では2021年以降に発表された実験的手法による乱流の研究を紹介する.計測手法としては,粒子画像流速測定法(Particle Image Velocimetry, PIV),熱線流速計,レーザードップラー流速計(Laser Doppler Velocimetry, LDV)の順で多く用いられ,測定対象とする流れ場と明らかにしたい流れ特性に合った適切な測定手法が選択されている.
乱流そのものの性質を明らかにするために,標準的な乱流場(いわゆるcanonical乱流場)を対象とした研究が行われている.乱流境界層や円管内乱流について,直接数値計算では計算負荷の観点から未だに実現が難しいような高レイノルズ数条件での乱流統計量の振る舞いについて明らかにする試みがある.世界各国の高レイノルズ数乱流境界層風洞の平均速度分布を比較して平均速度分布の普遍性について述べた報告(1)や,平均速度に加えて主流方向乱れ強さの内層ピークのレイノルズ数依存性(2),スパン方向の速度変動強度の性質(3)に関する報告がある.また,MEMS技術を用いて自作した小型のX型熱線プローブを用いて,高レイノルズ数円管内乱流中心付近での慣性小領域について調べた研究(4)がある.
また,壁乱流に特徴的な流れのイベントと乱流構造の関係を明らかにしようとした研究について,多数の熱線流速計を並べて配置し壁乱流の大規模構造と壁面近傍のバースティングイベント(壁面から離れる方向への強い運動)の関連を調べた研究(5)や,大規模構造の蛇行特性に関する研究(6)がある.また,壁乱流にある大規模構造(Large scale motion, LSM)の乱流エネルギー輸送における役割を示した報告(7)や低周波数から中間周波数帯の壁面圧力変動ソースに対応する大規模構造(LSM)と超大規模構造(Very large scale motion, VLSM)(8)に関する研究が報告されている.
Canonicalな壁乱流に対して主流乱れを導入したケースについて,異なる強度の主流乱れが乱流境界層の発達に及ぼす影響(9)や主流乱れが Uniform Momentum Zones(UMZ) に及ぼす影響(10)が明らかにされている.
圧力勾配を受ける壁乱流について,順圧力勾配下にある乱流境界層の壁面せん断応力をできるだけ正確に測定し,平均速度分布や乱れ強さなどの乱流統計量のスケーリング則を明らかにした報告(11)がある.また,逆圧力勾配を受けながら発達する乱流境界層の大規模流れ構造を高い空間解像度で測定した報告(12)や逆圧力勾配乱流境界層の平均速度分布の対数則に関する報告(13)がある.
乱流境界層の発達過程に壁面粗度を導入したケースについて,摩擦抵抗低減のためのリブレットを適用した高レイノルズ数流れのステレオPIV計測(14)や粗面と滑面をスパン方向にストライプ上に配置したケース(15),逆圧力勾配を受ける粗面乱流境界層(16)に関する研究が報告されている.
遷移レイノルズ数域にある乱流境界層において,流れの可視化画像から評価される遷移過程と間欠率の関係が示されている(17).また,回転する系の遷移現象について,回転するコーン形状物体の表面近傍に発達する境界層の不安定性と遷移についての報告がある(18).またテイラー・クエット乱流について円筒壁面の粗度が速度分布やトルク特性に及ぼす影響が示されている(19).
乱流エネルギーの消散とこれに関連する乱流構造を明らかにするため,長距離マイクロトモグラフィックPIVを用いて高レイノルズ数の噴流の中心付近で乱流の微細構造を十分な空間解像度で測定した例が報告されている(20).また,噴流ノズルに様々な形状のフラクタルグリッドを設置した際の乱流特性について(21),フラクタルグリッドを用いた非平衡状態にある乱流のエネルギー消散特性について(22),並置された物体後流中の消散の非一様性について(23)の報告がある.また,乱流の発達過程における圧縮性の影響を調べるための,多数の対向する超音速シンセティックジェットを用いた新たな乱流発生装置(24)に関する報告がある.
〔中 吉嗣 明治大学〕
7.3 せん断流
流れと垂直な方向に速度こう配をもつ流れをせん断流という.せん断流は,噴流,後流などの自由せん断流と,チャネル流や境界層流などの壁面せん断流に分類できる.前者は,形成される渦による混合・輸送・拡散作用などを利用した工学的応用が盛んであり,後者は摩擦抵抗や層流から乱流に遷移するメカニズムに関連する点で常に注目されている.
2021年の自由せん断流についての研究として,噴流では,円形噴流の構造や特性(1)–(3),複数の噴流どうしの干渉(4)(5),同軸噴流(6),壁面噴流(7),二次元噴流(8)(9),旋回噴流(10)を扱ったもの.ファングリッド(11)やフラクタル格子(12)による撹乱を導入した場合の特性を調べたものがある.高度な応用例として,噴流が促進する化学反応場の濃度や乱流統計量を高精度に測定した研究がある(13)(14).
後流では,直列2円柱(15)(16),並列円柱(17),カルマン渦列の再配列(18),円柱の振動(19)(20)についての研究が行われた.制御の研究としては,小円柱に設置によるはく離の強化(21),柔軟なスプリッタプレートによる騒音低減(22)が試みられている.その他,チャネル内に設置された円柱群周囲の流れ(23),表面粗さを変えた角柱周りの流れ(24),磁力支持風洞を用いた鈍頭円柱周りの非定常流れ(25),クエット流れ中の小球に作用する揚力と抗力(26)を調べたものがある.最近注目を浴びている柔軟素材を供試体とした後流の研究としては,旗のようにたなびく平板(27),弾性平板の音響加振(28),またピッチング翼やヒービング翼の研究(29)–(31)などが積極的に行われている.
渦そのものについても,渦の同定法(32),渦輪の切りつなぎ機構(33),四つ葉の型(34)やメビウスの輪の形をした渦(35)の研究もされている.
壁面せん断流についての研究は,粗度(36)–(40)や壁表面の粗さ(41)(42)を変えた境界層やチャネル流や境界層流の研究が行われた.制御の研究としては,吸い込みやプラズマアクチュエータを用いたバイパス遷移(44)や,プラズマアクチュエータと圧力センサの組み合わせや局所加熱によるT-S波の制御(45)(46),粗面上の吸い込み(47),リブレットによるもの(48),チャネル流でベイズ最適化を応用して摩擦抵抗低減を試みた研究がある(49).特徴のある計測・解析例として,実際の航空機の翼面上でステレオPIVにより境界層を測定したもの(50),超音速境界層(51),スパン方向速度および乱流統計量をX型プローブで測定したもの(52),PODの応用(53),摩擦係数の測定(54)などが実施された.境界層は,自然環境でも見られるので,大気境界層(55)や河川を想定して透過性物体を埋没させた境界層の研究(56)もある.チャネル流や境界層の構造や特性そのものに注目した研究(57)(58)としては,境界層内のエネルギー輸送メカニズムや(59)–(63),主流乱れや圧力勾配の影響(64)–(68)が調べられている.その中で,永年の課題であった平衡境界層(69)と高レイノルズ数乱流境界層(70)のそれぞれの速度分布について,新しい提案がなされたのは意義深い.
その他,回転する円錐上に発達する境界層の不安定性や遷移を調べたもの(71)(72)や厚みのある回転円板の側面にできる流れ構造が,円板のエッジ形状に影響を受ける様子を調べたものがある(73).
せん断流が関係するコロナ関連の研究としては,教室内やレストランでの拡散の様子をシミュレーションした研究や(74)(75),咳の強弱による拡散の仕方を比較した研究(76)などがある.
学会活動としては,渦流れに関する国際会議 9th International Conference on Vortex Flow Mechanics が,2021年10月にギリシア University of Patras(オンライン)で開催された.国内でも2021年9月に千葉大学(オンライン)での日本機械学会年次大会,11月に弘前大学(オンライン)での流体工学部門講演会で,「噴流,後流およびはく離流れ現象の探求と先端的応用」のオーガナイズドセッションがそれぞれ開催され,多くの発表が行われた.
〔石川 仁 東京理科大学〕
7.4 圧縮性流れ
流れのマッハ数に応じて亜音速流れ,遷音速流れ,超音速流れ,極超音速流れに大別される圧縮性流れ(1)の研究と発展の動向について図7-4-1のように分類して,2021年に報告された研究成果を中心に基礎的な物理現象から工学的応用,そして評価技術について俯瞰する.
図7-4-1 本章で紹介する圧縮性流れに関するキーワード
亜音速・遷音速流れの一例の圧縮機では,遠心圧縮機の旋回失速(2),軸流圧縮機のWall-Resolved LES(Large Eddy Simulation)(3)など,実際の複雑形状を対象に流体解析と実験の定量比較が行われ,三次元非定常流れ場構造の分析が行われている.燃焼の分野では化学反応モデルを連成した数値解析により,圧力擾乱がノッキングに与える影響(4)や,水素燃焼における圧縮性乱流の効果(5)などの詳細な物理現象の研究が進められている.回転機械や内燃機関に欠かせないシール・潤滑分野でも,近年の性能要求に後押しされて圧縮性流れに関連した研究が進められており,潤滑を扱うレイノルズ方程式に圧縮性ベルヌーイ式を変形したノズル流出の式を連成させた研究が見られる(6)(7).また外部流では航空機の高揚力装置に設置したボルテックスジェネレータ(8)や,プラズマアクチュエータ(PA)による剥離制御(9),火星大気中で翼に生じる圧縮性の調査(10)などが進められた.
亜音速・遷音速流れの実験計測では航空機の離着陸時の流れ場に応用したステレオPIV(Particle Image Velocimetry)による三次元渦構造の可視化(8),数値計算では航空機の巡航状態の解析に適したKEEP(Kinetic-Energy and Entropy Preserving)スキームの開発(11)-(13)が挙げられる.また数値計算の効率的化,高度化のため,反復計算が必要な非圧縮性ナビエ・ストークス方程式の代わりに圧縮性ナビエ・ストークス方程式を段階化して解く弱圧縮性近似解法の開発(14)-(16),歪んだ格子においてもロバストに解を得られる双極型ナビエ・ストークス方程式による解法の開発(17),埋め込み境界法を用いた移動境界周りの高効率・高精度な流体解析手法の開発(18)などが報告されている.
超音速流れの内部流の研究では,ラムジェット飛行試験機HIMICO(HIgh Mach Integrated COntrol experiment)のインテークの詳細な性能検討(19)や,実証実験の研究状況の報告(20)(21),またスクラムジェット飛行実験についての研究状況の報告(22)がなされた.これらは風洞試験を用いた機体周りの外部流れの検討も含むが,その際には衝撃波の検討が必須となる.別の研究グループでは空力性能の保持と衝撃波の低減の両者の性能を検討した研究(23)なども行われている.また超音速の外部流れの要素技術として超音速ツインジェットによる圧力波低減効果の研究(24)や,その流れ場構造の分析(25)などが報告されている.本来のロケット等のノズル排気は金属や液体の微粒子を含む超音速の混相流であるため,それを再現する数理モデルの開発も行われており,圧縮性流れ中の液体の界面追跡法の開発(26)や,広い速度域に対応した微粒子の抵抗モデルの構築(27)の研究報告がなされた.
超音速流れの実験計測では弾道飛行装置を用いたBOS(Background Oriented Schlieren)計測(28),超音速噴流に対するBOS計測(25)が挙げられ,また最近の超音速流れにおける光学計測法の技術レビューも報告された(29).一方の数値計算の分野では高精度衝撃波捕獲のためのTENO(Targeted Essentially Non-Oscillatory)スキームの開発(30),高効率・高精度な流体計算のための埋め込み境界法の開発(31)がなされた.
極超音速流れの内部流としては爆轟燃焼(デトネーション)に関連した流体解析による回転爆轟波の伝搬の研究(32)や,気液二相流体解析による爆轟燃焼の詳細な検証(33)が報告された.一方の外部流では極超音速流中における乱流遷移が世界的に注目されている.高精度流体解析や安定性解析,モード分解を応用して,低温平板(34),二重円錐(35),圧縮ランプ(36)の乱流遷移の予測結果が報告された.
極超音速流れの実験計測では赤外線カメラによる表面熱流束の面計測(37),感温塗料のS/N比の向上(38)などが報告された.数値計算では乱流モデルを含めた並進・振動・電子温度による非平衡流体解析の応用(39),流体構造連成解析に向けた有限要素法によるロバストな衝撃波捕獲法の開発(40),埋め込み境界法による高効率かつ高精度な極超音速流体解析手法の開発(41)(42)が報告された.
〔高橋 俊 東海大学〕
7.5 混相流
混相流は物質の複数の相が混ざり合って流動する現象であり,機械工学の分野のみならず異分野との境界領域を中心に,幅広い領域を守備範囲としている.ここではコロナ禍の中,2021年に公開された機械工学系の論文集を中心に混相流のトピックについてまとめる.日本機械学会論文集では8件,Journal of Fluid Science and Technologyでは7件の論文が発表された.
また,米国機械学会(ASME)のJournal of Fluid Engineeringにおいては20件の報告があった.さらに混相流の国際的なジャーナルであるInternational Journal of Multiphase Flowでは200件を超える論文が公表されている.国内外ともに気液系に関する研究が約7割を占めている状況である(図7-5-1参照).
図7-5-1 混相状態に対する研究論文発表件数割合(論文数:293)
7.5.1 文献分類
混相流に関する研究をいくつかの項目に分類すると,気泡,液滴および自由表面などの気液界面に分けられ,現象についてまとめると,噴霧・微粒化,相変化(沸騰・蒸発・キャビテーション),毛細管現象・浸透,分散や混合などに分けられる.おおざっぱで重複もあるが上記分類における論文数割合をまとめると図7-5-2のようになる.
従来の沸騰などに関するもの(1)(2),界面や表面張力に関するもの(3)-(6)から,より複雑な現象のモデル化や計算手法の開発が進んでいる.
また,混相計測の最新の計測手法(7), X線を用いた計測(8)などが報告されており,より詳細な混相流現象の計測研究が進んできている.
図7-5-2 混相流における研究対象別論文数割合(論文数:293)
最も多い混相流に関する研究は気液系であるが,気液以外の混相流においては,粒子を含んだ流れに関する研究(9)(10)も報告されている.また,固気二相流(11)(12)や,固液二相流では外部電場の影響下での固液相変化の数値モデリングに関する研究(13)が行われている.
7.5.2 国際会議
国際学会での発表もジャーナル同様,多種多様である.新型コロナウィルス感染拡大の影響で,国際会議開催の延期が多く見られ,オンライン開催に変更した会議も多々ある.例えば6th International Conference on Multiphase Flow and Heat Transfer (ICMFHT’2021)が 6月にオンラインで開催され,JSMF Multiphase Flow Symposium2021が 8月にオンラインで開催された.5th-6th Thermal And Fluids Engineering Virtual Conferenceも 5月にオンラインで開催された.
〔木倉 宏成 東京工業大学〕
7.6 非ニュートン流体・複雑流体
高分子流体,サスペンション,エマルジョン,界面活性剤溶液,液晶,MR/ER流体,生体液等,我々の周りにある流体の多くは応力とひずみ速度が線形関係を示さずニュートンの粘性則に従わない.それ故,これら流体は非ニュートン流体と呼ばれる.また,これら流体は一般的に複雑な内部構造や高次構造を有しており,その流動特性も複雑であることから複雑流体とも呼ばれる.非ニュートン流体・複雑流体は機能性が高く,様々な産業分野でも利用されている.日本機械学会では2021年度年次大会(1)において「複雑流体の流動現象」,第99期流体工学部門講演会(2)において「非ニュートン流体の流動現象」がオーガナイズドセッションとして企画され,それぞれ19件,17件の発表があった.また,第99期流体工学部門講演会においては「流れの制御・抵抗低減」でも複雑流体に関連する発表が6件あった.非ニュートン流体の流動に関する学術誌であるJournal of Non-Newtonian Fluid Mechanics,Rheologica Acta,日本レオロジー学会誌などでもこの分野の研究が多く報告されている.
2021年度も粘塑性流体や粘弾性流体に関する論文は非常に多く,これらの数値計算に関したレビュー論文(3)も報告されている.また,粘塑性流体に関しては,αゲルエマルジョンのレオロジー特性の時間変化を実験的に明らかにした研究(4)など物性変化に関する研究が多い.さらに,未利用熱エネルギーの活用などへの応用が期待される相変化エマルションの対流熱伝達現象の研究(5)なども存在する.粘弾性流体中の微生物の移動に関する論文(6)では,鞭毛と同スケールのポリマー鎖,粘弾性,ブラウン運動などがレオロジー挙動に及ぼす影響が包括され,バイオフィルム形成や近年関心が深い感染対策の点からも興味深い.一方,ミセルを形成する界面活性剤に関しては,微小オリフィス通過時の界面活性剤水溶液の特異挙動(7),ウルトラファインバブルを添加した影響(8)なども報告され,多くの研究が実施されている.また,液晶の流動を利用したマイクロアクチュエータの開発を目指した研究(9)など工業的応用に関する研究も存在する.
複雑流体と熱輸送に関する研究も近年増加している.熱輸送における抵抗低減や熱伝達をレオロジー的観点から包括された報告(10)は有益な解説の1つである.サスペンションであるナノ粒子懸濁液に関しても熱交換器への適用に関する報告は多い.粒子濃度を低くすることで圧力損失と熱伝達に関するエネルギー効率の向上が見込めると言った報告(11)もある.他にも,磁性粒子の凝集現象のシミュレーションに関する研究(12)はナノ粒子の医療応用へ向けた研究としても注目されている.また,粒子の分散状態を超音波を用い測定しレオロジー特性に及ぼす粒子分散状態を実験的に明らかにした研究(13)はミクロ的な視点からのメカニズム解明という点で非常に興味深い.
一方,ナノ粒子の一種であるセルロースナノファイバー(CNF)は,木材などのバイオマスから得られる繊維をナノサイズまで微細化した素材であり,小さいことに加え繊維状であることからも複雑なレオロジー挙動を示す.工業製品の軽量化,高強度化などを高効率で行うことを目的に研究されている.せん断流動場におけるCNFのマクロな構造変化とレオロジー挙動の関係を定量的に明らかにした研究(14),特徴である網目構造を抑制し良く分散された状態のCNFのレオロジー挙動を測定した研究(15)も行われている.
〔小方 聡 東京都立大学〕
7.7 流体機械
2021年の流体機械に関係する研究の動向を,国内外のシンポジウムおよび国内論文から概括する.まず国際会議としては9月にAICFM16(16th Asian International Conference on Fluid Machinery,日本主催,オンライン形式)が開催され,主にアジア各国からの流体機械に関する多くの研究発表がなされた.発表件数が特に多かったOSはCavitation and Multiphase Flows(21件)で,他にPumps,Computational Fluid Dynamics on Turbomachinery,Renewable Energy (Wind, Tidal, Small, Hydro etc.),Hydroturbines and Pump-Turbines,Ocean Energy Machinery and SystemsのOSでの発表が多かった.キャビテーションのOSでは新しい計算モデルの提案などの基礎研究的な発表が11件あり,これからの発展が期待される.ポンプのOSでは失速やキャビテーション不安定を含む性能不安定に関する発表が多く見られた.OptimizationのOSでは検証試験結果を含めた報告が複数あり,最適化手法の有効性が確認されている.また複数のOSで機械学習を用いた研究報告が見られ,機械学習の手法が流体機械分野へも適用され始めていることがわかる.ほかにIAHR2020(30th Symposium on Hydraulic Machinery and Systems),CAV2021(11th International Symposium on Cavitation)など,COVIDの影響の下でも活発に国際会議が開催されている.
国内でのシンポジウムとしては,第85回ターボ機械協会 総会講演会(発表件数24件),日本機械学会 第99期 流体工学部門講演会(OS「流体機械のEFD/CFD」発表件数29件),第20回キャビテーションに関するシンポジウム(発表件数34件)などで精力的な研究報告がなされている.
論文誌について,日本機械学会論文集では流体機械に関係するものとして,遠心圧縮機の羽根なしディフューザで発生する旋回失速の非定常挙動と構造(1),縦渦の定常揚力により駆動する円柱翼風車の開発(2),縦渦の定常揚力により駆動する円柱翼風車の抗力特性(3), 高温水キャビテーション内部温度計測による熱力学的抑制効果に関する実験的研究(4),ロッド駆動方式斜軸式ピストンポンプのピストンスカート形状による動力損失への影響 (5),の5報の研究報告があった.またターボ機械誌では,波力発電用二重翼列タービン(6),遷音速軸流圧縮機動翼列の数値解析(7),遠心圧縮機チップクリアランスの瞬時値計測(8),バランスピストン機構の軸方向振動(9),下掛け水車の性能(10),水車及びポンプ水車の性能換算法(11),ターボチャージャー用遠心圧縮機インペラのAdjoint最適化(12),二重反転小型ハイドロタービン(13),気柱共鳴サージ(14),マグナス風車(15)など計20報の流体機械に関係する研究報告があった.
成熟した分野と見られがちな流体機械分野であるが,大規模数値計算や最適化手法,混相流のモデル化,流体―構造連成解析などの手法を取り入れつつ,活発に研究・設計・開発が進められている.今後も実機における問題の解決や学術的な課題の探究に対しての研究進展が期待される.
〔松井 純 横浜国立大学〕
7.8 流体騒音
国内の状況としては,日本機械学会2021年度年次大会を例にとると,流体騒音に関するもので活発なセッションは,J092流体関連の騒音と振動である.このセッションでは,キャビティ音を利用した熱音響現象(1),平行流・直行流による共鳴器の音響抵抗(2)(9),振動する柔軟ノズルの放射音(3)といった基礎的研究に加え,多翼ファンの翼間のはく離・再付着流れの騒音(4)(22)の研究が報告されている.その他,流体音に関する実験流体力学のワークショップも開催され,乱流中の速度場と圧力場のモード解析による空力音解析(6),非定常流による低騒音風洞で計測や結果分析が困難な流体音(7),ファン騒音の狭帯域騒音と広帯域騒音の発生機構と制御手法(8)に関する内容がまとめられているので,実験的アプローチによる流体音のトピックやその手法,基礎などを包括的に知るにはこれが良いであろう.第99期流体工学部門講演会では,流体関連振動・騒音及び流体機械のEFD/CFDのセッションがあり,ファン騒音に関する研究が報告されている.これには平板の圧力パワースペクトル密度を用いた低圧ファンの広帯域騒音の予測(10),数値音響解析によるボックスファンの騒音予測(11),多翼ファンの舌部における縦渦衝突と共鳴音(12)がある.また,流入乱れに関する研究例では,動的乱流発生装置で生成した変動空力騒音の解析(13),乱れを受ける縦渦の空力騒音発生機構(14)(20),乱れの中に置かれた翼端渦騒音(15)があるのが印象的である.これらは単なる実験的あるいは数値的な取り組みのみならず,それらを用いて理論解析を行っているものもある.数値解析の研究では,従来のナビエ・ストークス方程式ではなく,近年研究が活発化している格子ボルツマン法(LBM)に基づく流体音の研究もあり,ファン騒音を対象としたLBMに基づく随伴感度解析(16)(21)が報告されている.その他の講演会では,ダクトを有する状態での,キャビティ流れの流体共鳴振動(17),音響共鳴を伴うファン周りの圧縮性流れ解析(18)がある.超音速流では,PIV計測と近傍音響計測を用いたスクリーチ音発生機構に関する可視化計測の研究(19)が報告されている.
査読付き学術誌に掲載されているものでは,多翼送風機の翼間のはく離・再付着流れ(22)(4)と乱流境界層が前方ステップに流入する流れによる流体音に着目した研究(23)がある.また,はためく旗から発生する騒音の研究(24)が興味深い.
国外の状況としては,音に関する様々な研究が毎年多数集まるinter-noise2021をとり上げると,自動車に関するものでは,風騒音予測に用いるSEAモデル(25)への乱流モデルの影響(26)や側面窓のラバーシールによる騒音の研究報告(27)がある.いずれも実験的手法と数値解析手法の両方が用いられており,後者の研究例はLBMが用いられている.その他は,ファン騒音の研究例が多く,羽根後縁を波状ノコギリ形状とした低騒音化研究(28)や小さなはく離流れによる流体音に着目した羽根表面の流れのはく離・再付着の騒音への影響(29)がある.また,湿った流体が流入する場合の圧縮機の性能と騒音への影響についての研究(30)もある.その他の流体機械では.風力発電用タービンの羽根後縁形状の鈍さと騒音特性の関係の報告(31)がある.上述のように流体機械の羽根後縁での音源に着目した研究例が目立つが,単独翼についても特殊なノコギリ形状による後縁騒音を抑制する翼後縁形状による騒音への影響の報告(32)がある.基礎研究では,流入乱れに着目した研究がいくつかみられ,後流と物体の干渉による騒音の報告(33)がある.また,キャビティ音の研究もみられ,矩形形状ではなく不規則な形状のキャビティ騒音の予測の研究(34)が報告されている.
査読付き学術誌では流体力学分野で権威のあるJournal of Fluid Mechanics において,流れと騒音の制御により低騒音化に取り組んでいる研究例が多く見られる.鈍頭物体である円柱を対象とした研究では,表面を多孔質条件にした騒音低減メカニズム(35),円柱の下流側に変形可能な隔壁を設置することによる流れと騒音の制御(36)がある.流線形物体である翼を対象とした研究では,翼後縁付近を多孔質構造にした広帯域騒音の低減(37)や航空機の主翼の補助翼内側に突起物をつけた流れと騒音の制御(38),翼表面の突起物(表面荒さ)の音響効果による騒音低減(39)がある.その他,静音飛行が可能なフクロウの羽根に着目した研究があり,羽毛形状を平板表面に適用した低騒音化の効果(40)や翼弦方向の位置による表面形状の変更を行なった乱流騒音の低減(41)が報告されている.音源や騒音発生機構に着目した研究では,円柱の近傍場の音源についての流れや音の特性(42),エッジトーンにおける流れと音のフィードバック現象についての新たなモデルの提案(43),音響共鳴が生じるディープキャビティ流れの壁面を解像したLES解析(44),笛吹き音が生じるディープキャビティ流れにおける不安定共鳴(45)がある.また,超音速流のスクリーチ音の共鳴モデルの研究(46)もある.噴流ではノズル近傍に翼が設置されている場合の噴流騒音への影響と騒音特性の研究(47)がある.流入乱れがある場合の研究例では,円柱の乱流後流中にローターが置かれた場合の発生音の予測(48)がある.数値解析による研究ではここで紹介した報告の他にもLBMによる研究例があるが,上記のなかではそれ (37)(38)が2件ほどみられる.
〔鈴木 康方 日本大学〕
7.9 生体・生物
生体や生物に関する流れを取り扱う分野も科学から医学まで広範囲にわたり,生き物の持つ驚きへの科学的な探求から,医工学の発展やバイオエンジニアリングからの要請,さらには人工食肉製造やバイオ燃料などの産業展開などへの期待など非常に多くの研究が進められている.圧縮性流体の研究から流体騒音研究のパイオニアでもあるLighthillによる「Mathematical Biofluid dynamics」(1975)の先駆的な分類に従ってここでは鳥や魚(ここではペンギン)(1),昆虫(2)さらには微生物(3)などに関する外部流れ,そして血液や呼吸をはじめとする内部流れとして分類し,外部流れに関しては日本機械学会に関連する研究者によるいくつかの興味深い研究を提示するにとどめ.ここでは特に後者の内部流れを中心に紹介する.
内部流れとして分類されるいわゆる管内流は,われわれのからだのあらゆる場所に存在し,恒常性が維持されている.酸素や栄養を供給し老廃物やシグナル因子を送出する循環器系を支える血流に関しての研究は臨床への直接的な貢献を目指す動脈瘤(4)や血液計測(5)をはじめ流体力学的な対象も多くここでは紹介することはできないほどの研究が報告されている.また,腸などからの門脈にあわせて動脈も流入する肝臓は複雑な流体システムとしても未解明な点も多く,臨床データからの門脈流動予測(6)などもなされている.また COVID-19の爆発的感染により話題となる機会も多い呼吸器系の気管や肺での流れ(7)に関しての研究などもなされ,飛沫核感染のモデル化に関しての総説(8)も整理された.また,呼吸器に関連して発声機構に注目した研究(9)も報告されている.さらには免疫や体液のバランスを管理するリンパの流れや,口腔内や嚥下,食道から胃(10),腸まで消化器系の流れなどにおいてもそのまた,流れが重要な役割を有していることから,工学的なアプローチによる解明への期待が高い.また内部流れに関する研究は,医療機器開発や評価のためにも重要であり,2021年には肺機能の低下した患者に必要不可欠な携帯可能なコンパクトな ECMOが開発(11)され,また重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン(12)が変更され移植までの橋渡しとしての利用だけでなく,永続的に利用するdestination therapy(DT)が可能になるなど,安全性の確保や新しい人工心臓開発(13)に向けて今後より一層,流体と医療機器に関しての研究が求められている.
こうした医工学への強い期待,細胞工学,組織工学の進展の中で,積極的に流れを考える臓器工学への期待も大きい.臓器とは流れによって組織や細胞が機能を発現する仕組みであり,臓器工学の視点からの研究も広がりつつある.たとえば,臓器の提供数と待機患者数の大幅な乖離による移植医療において,提供臓器数の拡大は火急の課題である.世界では臓器工学の視点から,腎臓,心臓,肺,肝臓(14)などの臓器を体外で灌流することにより,臓器の機能を維持し,さらには回復,再生させその機能を評価可能な臓器機械灌流法(15)に関する研究も精力的に取り組まれており,一週間の体外灌流を可能にした報告(16)などもなされている.このように様々な角度から流れと生体や生物に関する研究が取り組まれており,革新的な技術開発への展開が期待されている.
〔小原 弘道 東京都立大学〕
7.10 自然エネルギー
自然エネルギー(再生可能エネルギー:再エネ)は、太陽光発電、風力発電、地熱発電など非化石資源を起源にした温室効果ガスを排出しない脱炭素のエネルギーであり、国内で生産可能なことから我が国のエネルギー安全保障に対しても貢献できる重要な国産エネルギーである。2020年10月「2050年温室効果ガス実質ゼロ(カーボンニュートラル)」(1)、2021年4月「2030年の温室効果ガス46%削減」(2)、2021年10月には「第6次エネルギー基本計画」(3)が閣議決定され、新たなエネルギー政策の道筋が示された。特に、2030年度におけるエネルギー需給の見通しでは、総発電量に対して再生可能エネルギー導入比率が36~38%と従来計画から大幅に拡大されている。また、2022年6月7日に閣議決定し公開された「令和3年度エネルギーに関する年次計画(エネルギー白書2022)」(4)では、2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻にも触れ、欧州で急激な再エネによる電源供給の拡大や天然ガスへの転換が進むなか、我が国のエネルギー安定供給への課題と再生可能エネルギー政策として競争力のある再生可能エネルギー産業化への展開の必要性に言及し2021年度を総括している。我が国の自然エネルギーは、2012年7月に固定価格買取制度(FIT制度)が導入されて以降、再エネ電源導入が急速に拡大、2021年3月末時点では制度開始後の新規運開設備は約6,136万kWとなった。(5)高コストを指摘されてきた再生可能エネルギーであるが、世界的には、表7-10-1に示す通り再エネの導入拡大に伴い発電コストが急速に低減し(6)、他の電源と比べてもコスト競争力のある電源となってきており、それが更なる導入につながる好循環が生まれている。我が国でも、再エネの発電コストは着実に低減してきているものの、現在、国際水準と比較して依然高い水準にあり、FIT制度に伴う国民負担の増大が課題とされている。第6次エネルギー基本計画におけるエネルギーミックスにおいては、2030年度の導入水準(再エネ比率36〜38%程度)を達成する場合のFIT制度における買取費用総額を5.8〜6兆円程度と見込んでおり、再エネの発電コスト低減は我が国において特に重要な課題となっている。
再生可能エネルギーの中でも、これまで以上に本学会の役割が大きくなると予想されるのが風力発電分野である。特に洋上風力発電は、風エネルギーの変換システムとしての既存技術研究開発領域(流体工学、風工学、構造材料工学、制御工学など)のみならず、洋上特有の気象海象複合研究、海洋工学や海上での流体現象としての連成、高機能材料開発、次世代の形態である浮体式洋上風力発電に向けた基礎研究開発などにも注目が集まっている。経済産業省は、2030年までに約1,200億円を投じ、NEDOグリーンイノベーション基金事業として浮体式洋上風力発電システムを支える基盤技術の研究開発を推進している。(7)(8)グリーンイノベーション基金事業では、洋上風力発電の低コスト化を目指して、①次世代風車技術開発事業、②浮体式基礎製造・設置低コスト化技術開発事業、③洋上風力関連電気システム技術開発事業、④洋上風力運転保守高度化事業の4つの研究開発項目を設定し、18件の要素技術研究開発テーマが採択されている。
風力発電のみならず国際的な各種再エネ技術の研究開発の動向、最新情報については、国際エネルギー機関(IEA)が取りまとめているRenewable Energyのサイト(9)が参考になる。各国の電力消費量に占める自然エネルギーの割合を図7-10-1に示す。(10)スウェーデン、ブラジル、カナダが7割を越える導入割合に対し、我が国は22%に留まっているが、カーボンニュートラル宣言を経た今後の伸び率に期待をしたい。
表7-10-1 2010年および2020年の総設置費用、設備利用率、均等化発電原価((LCOE))の発電別傾向(10)
設備導入費用 | 設備利用率 | 均質化発電原価(LCOE) | |||||||
(2020 USD/kW) | (%) | (2020 USD/kWh) | |||||||
2010 | 2020 | 増減率 | 2010 | 2020 | 増減率 | 2010 | 2020 | 増減率 | |
バイオマス | 2,619 | 2,543 | -3% | 72 | 70 | -2% | 0.076 | 0.076 | 0% |
地熱 | 2,620 | 4,468 | 71% | 87 | 83 | -5% | 0.049 | 0.071 | 45% |
水力 | 1,269 | 1,870 | 47% | 44 | 46 | 4% | 0.038 | 0.044 | 18% |
太陽光発電 | 4,731 | 883 | -81% | 14 | 16 | 17% | 0.381 | 0.057 | -85% |
集光型太陽熱発電 | 9,095 | 4,581 | -50% | 30 | 42 | 40% | 0.340 | 0.108 | -68% |
陸上風力 | 1,971 | 1,355 | -31% | 27 | 36 | 31% | 0.089 | 0.039 | -56% |
洋上風力 | 4,706 | 3,185 | -32% | 38 | 40 | 6% | 0.162 | 0.084 | -48% |
図7-10-1 電力消費量に占める自然エネルギーの割合(自然エネルギー財団ホームページより引用(9))
〔飯田 誠 東京大学〕
7.11 流れの可視化・計測
本節では流れ場における速度や密度,温度などの多次元的分布を光学的に計測する手法の動向を紹介する.
粒子画像流速測定法(PIV)や粒子追跡流速測定法(PTV)は,流れ場の2次元あるいは3次元的な速度分布を測定する方法として広く用いられている.いずれも,流体中に混入されたトレーサ粒子をカメラで撮影し,その画像から粒子の運動を求めて流体の速度を推定する方法である.2次元2成分PIVは通常1台のカメラを用いる手法であり,奥行き方向の情報が得られないものの,簡便で広く普及している.物体座標と画像座標の関係を表す写像関数の評価(1),有限露光時間による流跡像が測定精度に与える影響の評価(2),単一粒子の流跡像を利用した乱流変動の精度向上などがなされた(3).
レーザ光シートで照明された粒子を2台のカメラで撮影することで速度3成分の2次元的な分布を求める方法はステレオPIVとして知られている.直交する2断面のステレオPIVによる乱流境界層の速度勾配テンソル全成分の測定(4),テーラーの凍結仮説に基づいてステレオPIVデータから3次元再構築すると共に,レーザ誘起蛍光法で得た染料濃度場も用いて連続の式を満足するよう高精度化(5)するなど,3次元計測への拡張が行われている.
3次元的な速度分布を得るには,粒子の奥行き位置を求める必要がある.奥行き方向に色分布をもつ照明を用いて奥行き位置を求める方法(6)(7),トレーサにシャボン玉を用い,1つのシャボン玉に映る2つの輝点間の距離から奥行き位置を求める方法(8)が示された.3次元計測には複数のカメラを用いた3D-PTVやトモグラフィックPIVが用いられることも多い.2台のカメラを用いて粒子の3次元位置を特定する場合の精度検証が行われ,少ないカメラでも比較的高い粒子像数密度で測定できることが示された(9).3D-PTVでは空間的に密な速度情報を得にくいが,コスト最小化アルゴリズムによって粗な速度データから圧力場を推定する方法(10)や,コヒーレント構造を抽出する方法(11)が提案された.3D-PTVのアルゴリズムとして近年用いられているShake-The-Box法を改良して,許容される粒子像密度の向上が図られた(12).感温液晶粒子とトモグラフィックPIVを同時使用することで温度と速度の3次元分布の測定も行われた(13).カメラの撮像素子前面にマイクロレンズアレイを装備したプレノプティックレンズによるトモグラフィックPIVも最先端の測定法である.翼と共に回転するミラーを用いて回転翼周りの流れを測定し,渦構造を追跡した研究(14)や,シャインフルーク配置のプレノプティックレンズを用いたカメラ校正法の提案(15)が報告された.
PIVで必要なトレーサ粒子としてシャボン玉を用いた報告が増えている.従来,トレーサとして用いられるシャボン玉の直径は0.4mm程度であったが,それを1桁小さくした方法(16)が提案された他,流体への追随性能を粒子レイノルズ数と速度変動周波数に対する依存性の観点から調査がなされた(17). 市販のアクションカメラ(18)やスマートフォン(19)を使用した廉価なPIVシステムの構築も行われた.
流体の速度を測定するとともに,流体が接する境界の位置や形状を知ることも必要となる場合が多い.トレーサ粒子の3次元位置に基づいた壁面位置の特定 (20),光線追跡による気泡形状の高精度測定(21),自由液面に浮遊する粒子(22)や,センサ及びデータ記録装置を有する探査粒子(23)で液面形状や流速を捉える方法が報告された.
流体中の密度分布を測定するBackground Oriented Schlieren(BOS)法の利用も広まっている.レーザ光の干渉により生ずるスペックルパタンを利用する方法(24),複数の方向からの光をそれぞれに対応した光ファイバーバンドルに投影し,それらを1台のカメラでまとめて撮影することで,1台のカメラで複数方向からの投影像を得られるシステムの開発(25)などの報告があった.
トレーサ粒子のかわりに流体を構成する分子を直接発光させる分子タグ法は高速流れなどを中心に利用が広がっている.フェムト秒レーザを用いた研究(26)(27)や,Nd-YAGレーザの2倍波と3倍波を用いた研究(28)に加え,1時刻分の画像から速度を求める方法(29)が考案された.
〔榊原 潤 明治大学〕