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2026/4 Vol.129

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技術のみちのり

燃焼器が開く水素社会への扉 川崎重工業(株)

脱炭素社会への大きな一歩

川崎重工業(株)は1.8MW級ガスタービンCGS「PUC17MMX」を開発し、2023年9月に販売を開始した。この製品にはドライ方式で水素専焼(100%純水素を燃やす)と水素・天然ガスとの混焼が可能な世界初の燃焼器(図1)が搭載されている。

図1 ドライ方式の水素専焼燃・混焼ガスタービン(左)と燃焼器(右)

水素は燃焼時にCO2を出さない。ガスタービンのCO2削減に取り組む川崎重工は、水素ガスタービンの開発をスタートした。ガスタービンを構成する主要3要素のうち、圧縮機とタービンは従来のものを流用できるので、プロジェクトの成功は水素を燃やす燃焼器の開発にかかっている。

しかし二つの大きな課題があった。水素は天然ガスに比べて燃焼温度が高いため、大気汚染の原因となるNOx(窒素酸化物)が天然ガスに比べて増加するのだ。

また、天然ガス用のDLE燃焼器は水素専焼には使えない。この燃焼器は空気と天然ガスをあらかじめ均一に混ぜた混合気を燃焼器内に噴射して天然ガスを燃やしている。水素は天然ガスより燃焼速度が速いため混合気への逆火(炎が混合気を伝ってバーナの通路内に侵入する事象)が発生しやすく、燃焼器部品が高温になり損傷する恐れがあるからだ。水素ガスタービンの燃焼器にはNOxを抑制する仕組みと水素を燃やすための新しい技術が必要だった。

 

マイクロミックス燃焼

2010年頃、燃焼器の要素開発・要素試験担当の堀川はガスタービンの研究開発で協力関係にあるドイツのB&B-AGEMA社から、ドイツのFHアーヘン大学のFunke教授を紹介してもらった。この大学ではマイクロミックス水素専焼ドライ低NOx燃焼技術を研究しており、川崎重工水素ガスタービンへの適用検討を開始した。自社開発およびSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「エネルギーキャリア/水素燃焼技術の開発」(管理法人:JST)を経て、経済産業省「水素・燃料電池戦略ロードマップ」に、2020年頃に1MW級ガスタービンで水素専焼発電を実現し、NOx排出量は大気汚染防止法規制値70ppm(16%O2換算)の半分にあたる35ppmにするというプランが記載された。

マイクロミックス燃焼(図2)は多数の微小な噴射孔から水素を噴射し、直交する高速空気流と急速に混合することで、多数の微小な水素火災を形成して水素を燃焼させる技術だ。燃焼ガスの温度が高く、高温状態が長く続くほどNOxは発生しやすいが、この技術では火炎が小さいため空気中の酸素と結合する時間が短くなるので、NOx発生量を低減できるのだ。さらに水素と空気を直交させて噴射させることで、可燃混合気が短い距離で形成され、逆火は起こりにくい。

従来の産業用ガスタービン燃焼器は円筒形なので、この形状に合うマイクロミックスバーナ(図2左)を開発した。燃焼CFD解析を用いて噴射孔の大きさの違いによるNOx発生量を分析し、要素試験で検証を行った結果、一つの燃焼器のバーナに配置された燃料噴射孔は数百個となった。

図2 マイクロミックスバーナ(左)、マイクロミックス水素燃焼技術(中)と燃焼器内の水素火炎の様子(右)

課題を克服せよ

水素は燃焼速度が速いので、燃焼時には数kHzの高周波燃焼振動が起こりやすい。燃焼振動は燃焼室内で圧力変動と発熱変動が相互作用し合うことで発生する共鳴現象で、燃焼器部品などに損傷を引き起こす恐れがある。

要素試験でも燃焼器をエンジンに載せて試験した時も、高周波燃焼振動が発生していた。そこで燃焼器の一部をガラスにした可視化燃焼器を製作し、高速度カメラで燃焼振動発生時の水素火炎の挙動を撮影することで振動モードを特定。そして部品の形状を変更するなどの改良を行い、ついに燃焼振動を防ぐことに成功した。

2020年、神戸市ポートアイランドで、マイクロミックス燃焼器を搭載したドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験を開始した。発電設備の設計・運用担当の山口には開発とは別の苦労があった。燃焼器を実機に載せて運転試験をするこの場所が実際に稼働している発電所だからだ。試験がうまくいかなくても発電所の運営に支障が出ないように細心の注意を払わなければならない。そして山口は驚くべき光景を目にする。新開発の燃焼器の実機試験においては、起動に成功するまで1年くらいかかることもあるのに、なんと一発でタービンが起動し、発電に成功したのだ。それほど完成度の高い燃焼器だった。その後の何度かの試験・改良により、水素専焼のみにおいて大気汚染防止法を満足できる燃焼器が完成した。

燃焼器の改良

水素を安く利用できるようになるにはまだまだ時間がかかる。2021年からは、マイクロミックス燃焼技術を水素と天然ガスの混焼式ガスタービンにも対応できるように開発を進めた。一般的に水素と天然ガスが混ざると燃焼速度が遅くなるので燃えにくくなる。混焼にて安定して燃やすためにはマイクロミックス燃焼領域を燃料リッチ状態にしなければならない。そこでDLE燃焼器に採用している追焚きバーナ(図1右)を組み合わせることを思いついたのだ。

マイクロミックスバーナの下流に追焚きバーナを設置し、燃焼用空気の一部を追焚きバーナに回すと、マイクロミックス燃焼領域の空気量が減り、燃料リッチ状態になる。これにより天然ガスの割合が高い場合や燃焼負荷が低い条件でも、安定して燃やすことができるのだ。しかし、最後の難関が待っていた。NOxがなかなか下がらないのだ。燃焼システム開発・実機試験担当の青木と石村は、マイクロミックスバーナの燃料噴射孔をさらに小さくし、空気通路形状の最適化と追焚きバーナの改良を行った。こうして水素を50%から100%までの割合で利用できる燃焼器が完成したのだ。

クリーンな社会の実現へ

2022年、この改良マイクロミックス燃焼器を神戸市ポートアイランドの実証プラントに搭載して実証試験を行った。その結果、全運転領域で燃焼振動は発生せず、NOx排出量は念願の35ppm以下を達成した(図3)。「2021年から燃焼器の設計を変更して製作し要素試験および実機試験を行い、2023年に販売。短期間で達成するのはとても大変だった」と要素開発・要素試験担当の岡田は語る。そんな難局でも、粘りと発想力で多くの難題をあきらめずに解決したことが、成功をもたらしたのだ。

図3 水素100%(左)と水素50~99%(右)における新型マイクロミックス燃焼器の運転結果

今後はさらに大型のガスタービンにマイクロミックス燃焼技術を適用していく計画だ。ただガスタービンが大きくなると燃焼温度が高くなるので、現在のマイクロミックス燃焼器を使えばNOxは増えることが予想される。さらなる技術開発が必要なのだ。

水素社会の扉にはまだ鍵がかかっている。だが技術者たちは必ず扉を開けるだろう。技術者の粘りと発想力は不可能を可能にする大いなるパワーなのだから。

取材・文 山田ふしぎ

 

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