技術のみちのり
ジェットエンジンの経験が切り開いたCO₂ フリーガスタービン

2023年度学会賞(技術)
「液体アンモニア専焼技術を実現したガスタービンの開発」
(株)IHI
驚きの提案
アンモニアは燃焼時にCO2を排出せず、輸送・貯蔵技術が確立されているため、発電などに利用可能なカーボンフリー燃料として期待されている。
2022年6月、(株)IHIは2MW級ガスタービンで液体アンモニアを専焼(一種類の燃料を燃やすこと)させて発電し、燃焼時に発生する温室効果ガスを99%以上削減することに成功した(図1)。これは世界初の技術である。

図1 研究開発に用いた2MW級ガスタービン
開発の発端は2013年。文部科学省の先端的低炭素化技術開発(ALCA)というプロジェクトから始まった。東北大学らがアンモニア燃焼技術開発に取り組むため、ガスタービンメーカーとしてIHIにプロジェクトへの参加を求めたのだ。このプロジェクトで東北大学の小林秀昭教授は、次世代の発電用燃料として「アンモニア」を提案したという。
IHIの技術者たちは驚いた。アンモニアは肥料や合成に使うものというイメージが強く、燃料として利用するという発想はなかったからだ。調べてみると、アンモニアの燃焼研究は1960年代にアメリカで行われていた。戸惑いを秘めながらアンモニア燃焼の技術開発がスタートした。
始動
アンモニアは天然ガスや水素に比べて燃焼性が低いため、安定燃焼が難しい。さらに燃焼時に大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOX)などが発生しやすいという問題点がある。しかも毒性があり、腐食性が強いため、取り扱いが難しい。
ガスタービンでアンモニアを燃料として使うためには、アンモニアの燃焼特性を把握し、それに適した燃焼技術を開発しなければならない。だが、既存の燃焼データは極端に少ない。何から始めたら良いのかわからない状態だ。燃焼器開発チームは「これは一筋縄ではいかない」と感じ、まずはアンモニアが天然ガス用バーナーでどのように燃焼するかを調べ始めた。試行錯誤を繰り返し、2014年からプロジェクトは内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に引き継がれた。アンモニアが燃えにくいことを考慮して、当初はアンモニアを天然ガスに混合して燃焼させることを目標にした。
ガスから液体へ
そんな中、世の中では脱炭素の燃料候補としてアンモニアが注目されるようになり、開発にも追い風が吹き始めた。2018年3月には2MW級ガスタービンで、天然ガスと熱量比率20%のアンモニアガスを安定に混焼させ、なんと脱硝装置を利用してNOX発生量を規制値以下に低減することに成功したのだ。技術に手応えを感じ、次のステップとして、アンモニア専焼を実現させようという声が上がった。それと同時に、このままガス(気体)で続けるべきなのか話し合った。実はガスだと設備や運用が複雑になり、扱いづらいのだ。
アンモニアをガスタービンで燃焼させる場合、「気体アンモニア供給方式」と「液体アンモニア直接噴霧方式」の二つの方法が考えられる。中大型ガスタービンでは燃焼器の圧力は0.8MPa以上になる。通常、アンモニアはタンクに液体の状態で貯蔵されているので、「液体アンモニア直接噴霧方式」の場合は、加圧した液体アンモニアを流量制御し、燃焼器内に直接噴霧して燃焼させる。しかし「気体アンモニア供給方式」では、まず液体アンモニアを気化しなければならない。そのため、液体をガスに変える気化器や圧力を安定させるアキュムレータなどの設備が必要になる。さらにアンモニアは20℃では約0.86MPaで液化するため、液体に戻らないように、半日もかけて電気ヒータでアキュムレータや配管を温めておかなければならないのだ。悩んだ結果、「ガスをやめて、液体アンモニアを使う」という大きな決断をした。
燃焼器の開発
2019年からプロジェクトはNEDOの委託事業に移り、液体アンモニア直接噴霧方式のための燃焼器開発を開始した。しかし、こちらの方式にも克服しなければならない課題があった。液体アンモニアは燃焼器内で気化する時に周囲から熱を奪うので、局所的に火炎温度が低下し失火する可能性があるのだ。さらにアンモニアに含まれる窒素が酸化してFuel-NOXが発生すると同時に、未燃アンモニアと、CO2の約300倍の温室効果を持つ亜酸化窒素(N2O)が排出される可能性があり、これらを抑制しなければならない。液体アンモニアの噴霧制御も難しい。
そこでリッチ・リーン二段燃焼方式を採用した燃焼器を開発し、2021年に2MWガスタービンで、天然ガスと熱量比率70%の液体アンモニアを安定に混焼させ、NOX発生量を抑制することに成功した。しかし70%を超えるとN2Oが発生するようになったので、新たな燃焼器の開発に着手し、トライアンドエラーを繰り返しながら実験を続けた。
燃焼器は次のような二段燃焼方式になっている。まず液体アンモニアを1次領域に噴霧し、少なめに空気を入れて酸素不足の状態で燃焼させると、NOXの発生量が抑制できる。次いで、2次領域に希釈空気を入れ、未燃アンモニアや1次領域で生成した水素を燃やす(図2)。アンモニアと空気がきれいに混ざり合うように、アンモニア噴射弁の場所や吹く方向などを一つひとつ調整した。こうして、未燃アンモニアとN2Oの排出量はほぼゼロとなり、従来の天然ガスを燃やしたガスタービンと比べて、温室効果ガス(GHG)削減率は99%以上となった(図3)。

図2 燃焼器の概略図

図3 温室効果ガス削減率
(左:亜酸化窒素,右:GHG 削減率)
社会実装へ
約9年の時を経て、液体アンモニア専焼技術が実現した。技術者たちはなぜ液体アンモニアを思いついたのか? 実は彼らは元々ジェットエンジン用燃焼器の開発メンバーで、液体燃料を扱ってきたのだ。まさにジェットエンジン開発で培った高圧燃焼技術が役立った。
2MW級のアンモニア専焼ガスタービンは2026年の実用化を目指している。さらにアメリカのGE Vernova社と共同で大型のガスタービンの開発を進めている。GE Vernova社のガスタービンは数百MWクラスなので、燃焼器の数を増やして、燃焼器自体をスケールアップしなければならない。2030年に市場投入を目標としている。社会実装へのハードルは高いが、技術者たちは全力疾走を続けている。カーボンニュートラル実現というゴールを目指して。
取材・文 山田ふしぎ
キーワード:技術のみちのり
[ PDFダウンロード]