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2023/9 Vol.126

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特集 電気自動車における機械屋の役割

100 年に一度の変革期、機械屋の新たな挑戦

門崎 司朗〔トヨタ自動車(株)〕

自動車の進化の歴史、100年前の大変革期

今日、自動車業界はCASEに代表される100年に一度の変革期を迎えている。その大きな変化点のひとつが、今回テーマとして取り上げる電動化、とりわけバッテリー式電動車(BEV)の進展である。現在起きつつある電動化の動向を見るにあたり、時計を巻き戻して100年前の大変革期、すなわち自動車の黎明期からの進化を振り返ってみたい。

前回の大変革を一言で表すと「馬車から自動車」である(図1)。史上初の自動車を何とするか諸説あるが、いちばん有名な1台を挙げるとすればベンツ・パテント・モトールヴァーゲン(1886年)であろう(図2)。その誕生からわずか20数年でほとんどの馬車が「馬なし馬車」に置き換わり、ヒトやモノの輸送手段が一新されたのである。

図1 ニューヨーク5番街の風景
(左(1)が1900年、1台だけ自動車が写っている。右(2)は1913年の写真で1台だけ馬車が写っている。わずか10年あまりでのこの変化はまさに「大変革」というに相応しい)

 

図2 ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン(3)(1886年)(座席後方に4サイクル単気筒エンジンを搭載し、傘歯車・ベルト&プーリ・チェーン&スプロケットを介して後輪を駆動している。エンジン以外のパーツは大部分が馬車からの流用である。「馬なし馬車」の発想であった当時としては自然なことであろう)

 

パテント・モトールヴァーゲンは内燃機関車であるが、1900年代初頭は蒸気自動車がまだ主流であった。1894年に開催された史上初の自動車レースで1着になったのはド・ディオン・ブートンの蒸気自動車である(ただし、運転手のほかに燃料をくべる助手がいたことから失格となった)。しかし蒸気機関は一般ユーザには扱いが難しく自動車の駆動方式としてはやがて姿を消していった。また電気自動車についても内燃機関車よりも歴史は古く、1830年代には実車走行の記録が残されている。史上初めて時速100kmを超えたのも左右独立モータ駆動の電気自動車であった(図3)。電気自動車は静粛性や運転の容易さなどの利点があったが、内燃機関の開発が飛躍的に進み、石油資源の発見やT型フォードの大量生産などが契機となって、1920年頃にはほとんど姿を消している。

3 ラ・ジャメ・コンタント号(4)(1899年)
(カミーユ・ジェナッツィ(1868-1913)は、自ら設計したこの車両で史上初の時速100㎞超えを達成した。モータを2基搭載し左右の後輪を独立に駆動するという、電気自動車ならではの駆動レイアウトが、この時期からすでに採用されていたことは大変興味深い)

 

黎明期の自動車にとって、大きな課題のひとつがエンジンの搭載位置である。前述のパテント・モトールヴァーゲンや同時期にダイムラーが開発した4輪車は、座席後方あるいは座席下に積んだエンジンで後輪を駆動する、今でいうMRもしくはRRレイアウトであった。ただし、馬車をベースに設計されたためかスペース的に苦しく、エンジン・ミッションを縦に積み上げた形であった(もっとも、かのスーパーカーブームの時代に筆者が憧れたフェラーリ512 BBも、エンジンの下にマニュアルトランスミッションを配置した2階建て構造であったが…)。その点、1891年にフランスのパナール・エ・ルヴァソール(図4)に採用されたシステム・パナールは画期的であった。エンジンを乗員前方に配置し、クラッチ・変速機を直列配置したこのシステムは、前後輪の重量バランス改善によるハンドルの効きをもたらし、ラジエータを前に置くことで冷却効果も向上した。以降の自動車はこのFRレイアウトを基本として技術が発展していくこととなった。また、1934年にはシトロエン(図5)がトラクシオン・アヴァン(フランス語で前輪駆動)とモノコックボディを採用した7CV発売した。フレームもプロペラシャフトもないこの車両は、画期的な低車高とフラットフロアを実現し、極めて優れた直進安定性を備えていた。駆動輪が操舵輪を兼ねるFF車では、操舵時の大きな屈曲角でも駆動力を円滑に伝える必要があるが、戦後になって等速ジョイントの改良が進んだこともあり、多くの車両がFFレイアウトを採用するようになった。

4 パナール・ルヴァッソール(5)(6)(1891年頃)
(ガソリンエンジンを前に配置し、その後方にクラッチ・ギア・チェーンを介して後輪を駆動するシステムは、当時としては画期的かつ最も合理的なものでありスタンダードなレイアウトとなった。なお、1898年にはルノーがチェーンに替えてプロペラシャフト駆動を開発している)

5 シトロエン7CV のFrサスペンション(7)とボディ(8)
(サスペンションの図にはユニバーサルジョイントで車軸に結合されたドライブシャフトが見える。これとエンジン・トランスミッションを組付けたフロントサブフレームを、右のモノコックボディに合体する構造。フレームもプロペラシャフトもなく、低車高・フラットフロアを実現した)

 

今日BEVの時代を迎えて、最大重量物はエンジンからバッテリーに置き代わった。これを床下に搭載するのが現時点では最も合理的なレイアウトと考えられており、前述のシステム・パナールやトラクシオン・アヴァンに匹敵する大きな変化点と言えよう。これまでの自動車の技術開発の歴史がそうであったように、新たな車両骨格への変化、それに伴う衝突安全性能への影響解析・設計手法の革新、慣性緒元変化に対応した車両運動・シャシー設計の再構築、などなど機械屋にとって新たな課題への挑戦の機会が訪れている。

50年前の進化、機械技術と電子技術の合わせ技

歴史の話をもうひとつ。今度は50年近く前を振り返ると、今日の自動車への進化に繋がる大きな前進があった。1978年にベンツSクラスに搭載された4輪ABSである。従来、メカニカル部品で確保してきた車両運動性能は、ABSの登場を機に機械技術と電子技術の合わせ技によって飛躍的に向上した。その後、シャシー電子制御はスタビリティコントロールなどの制駆動力制御やステア制御・サス制御に発展し、さらにはセンシング技術との融合で、先進予防安全・自動運転に繋がる運転支援システムの基盤となっている。BEVの時代では駆動モータという強力な武器が加わり、これをどう使いこなすか、まさに機械屋(自動車エンジニア)の腕の見せ所である。

BEVの進展は自動車技術史にとって新たな1ページ、あるいは新たな章の始まりと言えるかもしれない。しかし、歴史を紐解いて機械屋の視点で眺めると、それは自動車の進化の一過程であって全く異なる技術への置き換えではない。自動車がヒトやモノを運ぶキカイのひとつである限り、おそらく機械屋の役割は本質的には変わらないのであろう。

本特集の構成

本特集では、まず電動車の車両諸元の特徴と運動性能について触れ、次に機械設計と材料複合化の活用、操安乗心地設計、駆動力による車両運動制御、インホイールモータ向け熱制御など電動車の特性への対応を紹介する。さらに、電動化により一見簡略化されるように思われる駆動ユニットや要素技術、ブレーキに触れる。

全編を読了したとき会員各位は、機械屋の役割は本質的には変わらないということを再確認できるであろう。


参考文献

(1) https://www.archives.gov/exhibits/picturing_the_century/newcent/newcent_img1.html

(2) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ave_5_NY_2_fl.bus.jpg

(3) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:1885Benz.jpg

(4) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jamais_contente.jpg#/media/File:Jamais_contente.jpg

(5) https://en.wikipedia.org/wiki/Panhard#/media/File:Panhard-levassor.jp

(6) https://en.wikipedia.org/wiki/Panhard#/media/File:Panhard_&_Levassor_1894-1.jpg

(7) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Citroen_Traction_Avant_body-chassis_unit_(Autocar_Handbook,_13th_ed,_1935).jpg

(8)https://en.wikipedia.org/wiki/Citro%C3%ABn_Traction_Avant#/media/File:Citroen_front_suspension_(Autocar_Handbook,_13th_ed,_1935).jpg


<フェロー>

門崎 司朗

◎トヨタ自動車(株) 先進モビリティシステム開発部

◎専門:車両運動制御

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