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2023/2 Vol.126

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学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

2050年カーボンニュートラルに向けて

末広 茂(日本エネルギー経済研究所)

2020年10月、菅首相(当時)が所信表明演説で、「2050年カーボンニュートラルを目指す」と表明した。現在、世界では150カ国以上がカーボンニュートラルを宣言しており、こうした流れに沿って日本も表明を行ったものである。カーボンニュートラルを目指すにあたって、日本のエネルギー需給構造にはどういった課題があるのか、これらの課題をどうやって克服すべきか、約1年に渡る議論が行われ(1)、2021年10月、『第6次エネルギー基本計画』(2)が策定された。エネルギー基本計画は、日本のエネルギー政策の長期的かつ総合的な方針をとりまとめたもので、3年ごとに計画の見直しを行うことになっている。この基本計画では「2050年カーボンニュートラル」に向けたさまざまな課題や処方箋が述べられている。本稿では、この『エネルギー基本計画』の概要およびとりまとめにおける論点などについて紹介する。

「S+3E」がエネルギー政策の基本

日本のエネルギー政策は安全性(Safety)、安定供給(Energy security)、経済効率性(Economic efficiency)、環境適合(Environment)のいわゆる「S+3E」を基本中の基本としている。これらの要素は、一部で互いに矛盾する、トレードオフの関係にあるため、すべてを満たす最適解を見つけるのは簡単ではない。どの要素に重きを置くかで、政策の方向性も変わってくる。例えば、気候変動問題に重きを置く人々は環境適合を優先し、一方、経済活動に重きを置く人々は、安定供給や経済効率性を優先しがちになる。実際には、どれか一つだけに偏るということはなく、そのバランスが非常に重要になる。

「安全性」はエネルギー政策の大前提である。本来は言うまでもないことなのだが、原子力発電所事故をきっかけにあえて基本に加えられることになった。原子力規制委員会が設置され、原子力発電の安全性が強化されているところである。原子力発電以外でも、例えば、近年、土砂災害が多発しているが、太陽光発電所の立地開発により、丘陵地などの地盤が不安定になるのでは、といった懸念も出てきている。カーボンニュートラルに寄与する技術であっても、安全性は最優先に考慮すべき要素である。

「安定供給」は、エネルギーをどんな時でも確実に消費者に届けるということである。日本は石油やガス、石炭などの大半を外国からの輸入に頼っており、中東地域などでの有事の際にも供給が途絶えないように、自給率の向上や供給国の多様化、あるいは石油備蓄などを進めてきた。これが「エネルギー安全保障」の従来の考え方である。しかし、これからは、自然変動電源への対応や、災害あるいはテロへの対策も必要になってきている。地震や水害などの災害が多くなっているなかで、防ぐだけではなく、災害時のダメージからいかに早く復旧するか(=回復力)、といった視点も重要になってきている。

「経済効率性」は、エネルギーコストは安ければ安いほどよい、ということである。エネルギーは経済活動のベースなので、高いから使わない、というわけにはいかない。消費者・企業などへの国民負担をできるかぎり抑えなければならない。カーボンニュートラルに向けた新しい技術は得てしてコストが高く、これをいかに低下させていくのかが重要になる。また、コスト高は、輸出志向の高い日本企業の国際競争力にも影響するため、カーボンニュートラル技術とコストのバランスは、日本経済にとって考慮すべき不可欠な課題である。

そして、最後の「環境適合」は、まさにカーボンニュートラルを目指すということである。また、温室効果ガスの排出を抑制するだけでなく、関連設備の導入・廃棄に際して、周辺環境への影響も考える必要もある。例えば、太陽光・風力発電などのカーボンニュートラル技術を導入するために、森林を大規模に伐採していいのか、という問題も考慮しないといけない。

カーボンニュートラルは「目指すべき方向性」

エネルギー基本計画は、上記の「S+3E」を念頭に、「2050年カーボンニュートラル」をどのように実現すべきか、といったことが、さまざまな分野・視点から述べられている。しかし、30年という長期間について、簡単に先行きを見通すことができない。特に、後述するように、革新的技術の普及が大きなカギとなるが、技術動向などの不確実性は非常に高いと言える。そのため、「2050年カーボンニュートラル」は「達成すべき目標」ではなく、「目指すべき方向性」と位置付けることになった。これは、2050年のカーボンニュートラルの数値的な絵姿や個別技術の達成目標は想定せずに、いろいろな可能性を残しておこうということである。脱炭素技術には、再生可能エネルギー、原子力発電、水素、バイオマス、CCS(Carbon Capture and Storage:炭素回収・貯蔵技術)などさまざまな技術があり、一つの技術に決め打ちすると、その技術開発がうまくいかなくなった時に代替技術がなくなってしまうといったリスクがある。そのため、現時点では決め打ちせずに多くの可能性を残しておいたほうが良い、という考え方である。

カーボンニュートラル達成には非電力部門がカギ

カーボンニュートラルを考える際、排出部門を大きく三つ、すなわち、電力部門(発電部門)、非電力部門(最終需要部門)、炭素除去部門に分けることにする。電力、非電力部門は炭素の排出プラス部門で、炭素除去は排出マイナス部門になる。現在、おおまかに電力部門で4割、非電力部門で6割のCO2を排出している。電力、非電力部門のそれぞれでできるだけ排出ゼロを目指すことになるが、どうしても排出してしまう部分が残る可能性がある。その排出プラスの分を、植林やDACCS(Direct Air Capture with Carbon Storage:大気中のCO2を直接回収して地下に貯留する技術)などの排出マイナスで相殺し、全体でカーボンニュートラルを目指そうということである(図1)

図1 需要部門のカーボンニュートラルに向けたイメージ
(出所)経済産業省「第36回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」(2021年1月27日)配付資料に一部加筆

電力部門の脱炭素化を巡っては、太陽光・風力発電や原子力発電などの方向性についての議論がよく聞かれるが、実は、非電力部門のほうが課題は山積している。主要排出4部門(電力、産業、民生、運輸)のうち電力が最大の排出部門なので、メディアなどでは電源構成ばかりを注目しがちであるが、やや乱暴な言い方だが、相対的に少数の電気事業者(2021年11月時点で約1,800社。発電、送配電、小売を含む(3))がどう対応するか、ということに過ぎない。一方、非電力部門の産業、民生、運輸部門は私たちの生活・経済活動から直接排出している部分であり、すべての世帯(2020 年10 月時点で約5,600万世帯(4))、すべての企業(2021年6月時点で約370万社(5))が対応しなければならない。政策の対象範囲や技術の普及規模などを考えても、非電力部門への対応は膨大である。そのため、非電力部門でいかに排出量を削減するかが、カーボンニュートラル達成への大きなカギとなる。

非電力部門(=エネルギー需要部門)におけるカーボンニュートラル達成には、大きく4つの手段が考えられる。

①省エネルギー:まず、需要を抑えるというのは非常に重要である。しかし、日本は石油危機以降省エネを大きく進めてきたことで、需要削減の余地も限られてきている。当然、エネルギー需要をゼロにすることは物理的にできない。省エネには限界がある。

②電力の利用:そこで、CO2を排出しないエネルギーを利用する必要がある。その一つが電力である。電気はCO2を排出しない。もちろん、電気を作るときにCO2を排出するかもしれないが、それは電力部門での課題なので、ここでは考えない。現在使っている化石燃料(石油、石炭、天然ガス)の利用をやめて、電力に切り替えていく必要がある。例えば、ガソリン自動車を電気自動車に変える、ガスコンロをIHクッキングに変える、石油ストーブを電気ヒーターやエアコンに変えるといったことが必要になる。

③カーボンニュートラル燃料の利用:しかし、すべてのエネルギー需要を電力に置き換えるというのは、実は非常に難しい。特に、産業部門では高温の熱が必要な生産工程があり、燃料の直接燃焼でしか対応できないこともある。そこで、直接燃焼してもCO2が出ない水素やアンモニア、あるいはカーボンニュートラルと位置付けられるバイオ燃料や合成燃料(水素とCO2から合成されるメタンやガソリンなど)などを利用していくことも考えなければならない。バイオ燃料は一部で既に使われているが、水素、アンモニア、合成燃料はまだ商用化されていない燃料であり、その普及についてはまだまだ課題が多い。

④炭素除去:そして、それでもなお、CO2を排出する部分が残ってしまった場合、DACCSやBECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage:バイオ燃料の燃焼時に排出されるCO2を地下に貯留する技術)などのCO2除去技術が必要になる。どちらもまだ商用化されていない技術であり、今後の技術進展に期待がかかる。

各需要部門におけるカーボンニュートラルの課題

産業部門のエネルギー需要に占める現在の電力化率は4割弱で、多くの工場では大量の化石燃料を燃焼した熱を利用している。電力化を進めるために、電気で熱を発生させるヒートポンプ技術の利用も考えられるが、高温熱には対応できないという課題がある。そのため、やはり燃料の直接燃焼が必要となり、期待されているのが、水素・アンモニア、そして水素と回収CO2を組み合わせてつくる合成メタンの利用である。また、鉄鋼業では、水素還元製鉄といった手法も検討されている。いずれも、開発途上の技術で、大量普及のためには、コストやインフラ整備などの面で大きな課題がある。

また、費用面での課題もある。製造工程の変更には大規模な投資が必要であり、そのファイナンスをどうするかは個々の企業にとって深刻な問題である。政府が創設した2兆円のグリーン基金や、環境事業などに資金使途を絞った債券、いわゆる「グリーンボンド」などの活用がこうした課題を緩和してくれるかもしれない。また、脱炭素技術・燃料の導入による製造コスト上昇も課題になる。製品価格に転嫁できなければ経営を圧迫するし、できたとしても価格上昇によって消費者が負担することになる。特に、国際競争力の観点からは、厳しい状況におかれることになる。負担の緩和には、脱炭素技術の早い時期でのコスト低減が必須となる。

民生部門の電力化率は約5割と高く、残り半分の電力化も、産業部門とは異なり高温熱を使わないことから、技術的には相対的に容易と言える。ただ、いちばんの課題は、建物の改修である。新築ならばZEH(net Zero Energy House)・ZEB(net Zero Energy Building)といったゼロエミッション仕様の建物を建設することはできるが、既存の建物をそのように改修するのはかなり難しい。住宅やビルは通常50年以上使うので、新築だけのゼロエミッション対応では追いつかない。そこで、今ある設備を使いながら、カーボンニュートラルを目指す手法が必要となる。ここでも、既存の都市ガス設備・インフラの継続利用が可能な水素や合成メタンの普及がカギとなる。

また、需要家の多様性も課題になる。新築か既築か、都市部か地方部か、寒冷地か温暖地かなどで利用しているエネルギーや用途が異なっている。そのため、技術普及を促す優遇や規制などについても、一律的な対策ではなく、きめ細かな制度設計が必要となる。住宅の場合、戸建か共同かによっても技術導入のハードルは大きく異なる。既築建物への対応は難しいと先述したが、とりわけ、住宅の約4割を占める共同住宅、いわゆるマンションなどではさらに困難になる。大規模な改修工事には多額の費用がかかり、また居住者の合意も必要になる。大型マンションほど合意へのハードルは高い。物理的な観点からは、例えば、お風呂を沸かすガス給湯器は瞬間式であるが、これを電気給湯器(ヒートポンプ)に変える場合、お湯を事前にためておく貯湯式なので、そのためのスペースが必要になる。マンションの場合ベランダに設置することが多いが、ベランダが狭く設置スペースを確保できない事例もあるだろう。個別の事情を踏まえた取組みが必要になる。

運輸部門ではほとんど石油が使われている(電化率2%)。自動車については、電気自動車や燃料電池自動車(水素自動車)への転換が必要になる。電気自動車はコストや充電インフラなどの課題はあるが、すでに実用化されており、世界中の自動車メーカーが力を入れている。ただ、2050年までの100%普及には間に合わない可能性がある。というのも、自動車の平均使用年数は15年位で、今日、例えば仮に1万台の新車が販売されるとしたら、15年後には半分の5千台が道路を走っている。完全に道路上から無くなるのは、単純にはさらに15年後、すなわち今から30年後である。つまり、2050年でも今日売られたガソリン車がわずかに残っているということである。政府は2030年代半ばごろでのガソリン車販売禁止を目指しているようであるが、あきらかに間に合わない。そこで、他の部門と同様に、水素と回収CO2を組み合わせて作る合成燃料に期待がかかる。これであれば、既存のガソリン車だけでなく、ガソリンスタンドも利用できる。もちろん、商用化への課題は山積している。

運輸部門の電力化には、いち早い電気自動車の普及が必要だ。しかし、車両価格の高さ、航続距離、充電時間や充電設備など、まだまだ克服しなければならない課題がある。最大の課題は、バッテリーコストの高さである。その分、車両価格が高くなる。一方、燃費(電費)が良く、毎年の燃料(電気)コストはかなり安く抑えることができる。例えば、標準的なガソリン車の燃料コストは年間6.5万円であるのに対し、電気自動車は2.5万円で、年間4万円程度節約できる(2021年1月時点での試算(6))。しかし、車両価格は、一般のガソリン車に比べて100万円位は高くなる感じであるが、この100万円を燃料コストの4万円の差額で埋め合わせようとすると、単純に25年かかる。現在、政府や多くの自治体が、補助金や減免税などの優遇制度を設けているが、まだまだ電気自動車は価格が高いというのが実情である(図2)

図2 需要側の脱炭素の取組みと課題
(出所)経済産業省「第36回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」(2021年1月27日)配付資料

ゼロエミッション電源の課題

再生可能エネルギーは確立した電源として普及してきているが、太陽光・風力といった天候によって左右される変動性に対して、どのように対処していくのかが大きな課題である。現在はまだ全体の電源構成のうち10%位なので、対処可能であるが、これが50%を超えたら、さらに100%になったら、どういうことになるのかまだまだ未知なところもあり、そのための対策がさまざま検討されているところである。また、コストの受容性も課題である。再生可能エネルギーの発電コストそのものは下がってきているが、変動性に対応するためのシステム全体のコスト(蓄電池や送電線などへの費用を含む)、いわゆる統合コストが高くなるため、電力料金が大きな負担になる可能性もある。

一方、ゼロエミッション電源である原子力発電は国民の信頼回復がいちばんの課題である。持続性という意味では、バックエンドシステム(放射性廃棄物の処理や発電所施設の解体など)の確立が重要であるが、人材の確保も喫緊の課題として挙げられている。また、従来の火力発電技術を継続利用していくためには、CCS、水素・アンモニアといった技術イノーベーションが必要になる(図3)

図3 ゼロエミッション電源の課題

(出所)経済産業省「第36回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」(2021年1月27日)配付資料

国民各層による総力戦

2050年カーボンニュートラルの実現は容易ではない。その道筋は前途多難と言えるだろう。ただ、それでも、カーボンニュートラルに向かって進んでいくという姿勢は間違いではない。2050年での達成は難しいが、2060年なら、2070年なら達成できるかもしれない。その意味でも、達成すべき目標ではなく、目指すべき方向性との位置づけとなっている。

エネルギー基本計画でも、産業界、消費者、政府など国民各層が総力を挙げた取組みが必要、としている。それでも、なお産業界の貢献、すなわち技術開発への期待は自然と大きくなる。カーボンニュートラル実現のためには、現在実用化されていない革新的技術の開発・社会実装が不可欠である。どんな技術の芽も否定せず、あらゆる選択肢を追求する姿勢が必要になる。

エネルギー政策の基本である「S+3E」を前提とすれば、結局はあらゆる選択肢を追求する総力戦になる。自分もその戦力の一員である。他人事(ヒトゴト)ではなく自分事(ジブンゴト)として考える、個々人の意識改革が、カーボンニュートラルの実現に必要ではないだろうか。


参考文献

(1) 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会, 経済産業省
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/index.html(参照日2022年11月21日)

(2) 第6次エネルギー基本計画, 経済産業
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005.html(参照日2022年11月21日)

(3)2022年度供給計画の取りまとめ, 電力広域的運営推進機関
https://www.occto.or.jp/kyoukei/torimatome/index.html(参照日2022年11月21日)

(4) 「令和2年国勢調査」人口など基本集計結果,総務省
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka/pdf/outline_01.pdf(参照日2022年11月21日)

(5) 令和3年経済センサス‐活動調査 速報集計, 総務省・経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531005/20220531005.html(参照日2022年11月21日)

(6) 「第36回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」配付資料, 経済産業省https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/036/(参照日2022年11月21日)


末広 茂

◎一般財団法人日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット

グループマネージャー・研究主幹

◎専門:計量経済モデル分析・統計解析、エネルギー需給予測

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