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2023/2 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

2050年におけるカーボンニュートラルのシナリオ分析

尾羽 秀晃(日本エネルギー経済研究所)

背景

再生可能エネルギーの大量導入による影響

カーボンニュートラルの達成に向けて、再生可能エネルギーなどのさまざまなエネルギー技術を活用し、費用対効果の高い手段によって、抜本的なエネルギー需給構造の転換を図る必要性が高まっている。近年では、温室効果ガスの大規模削減に向けて太陽光発電と風力発電の活用が期待されているが、各電源が大量導入された際にはさまざまな問題が生じることが懸念される。

第一の問題は、太陽光発電と風力発電の立地問題である。これまで、固定価格買取制度によって、太陽光発電の導入が進んだ一方で、地価が安価な森林などにおける乱開発が進んでおり、2020年度末時点で約156km2の森林が太陽光発電事業によって改変されている。このような事例を踏まえると、今後再生可能エネルギーの大量導入を想定する場合においては、自然環境への影響や社会的受容性についても十分考慮を行い、再生可能エネルギーがどのような場所に設置され、どの程度導入されるのか把握する必要がある。

第二の問題は、カーボンニュートラルを達成する際に、エネルギーシステム全体に生じる費用の増大である。電力システムだけに着目しても、変動性の太陽光発電と風力発電が大量に導入された場合、電源のバックアップに関わる費用や、供給力が不足することを防止するための費用が増大することが懸念される。そのため、2050年に向けて利用が期待される技術や、再生可能エネルギーの立地に関わるさまざまなシナリオにおいて、エネルギーシステム全体に生じる費用がどの程度生じるのか推計し、比較することが重要である。

技術選択モデル

最適な技術の組み合わせを評価

本研究では、大槻ら(1)、および川上ら(2)によって開発された、我が国のエネルギーシステム全体を対象とする技術選択モデルをベースとした評価を行った。本モデルは、各エネルギー技術の資本費などを入力値とし、線形計画法に基づき、排出量制約や電力需給などに関わる各種制約下において、エネルギーシステム全体における費用が最小となるエネルギー技術の導入量などを出力する。選択の対象となる技術は発電、エネルギー転換、産業、運輸、家庭、業務の各部門における約300の技術とし、一次エネルギー供給からエネルギー転換、二次エネルギー、地域間輸送、最終消費までをフロー化している(図1)

本モデルでは、k個の技術の固定費、燃料費、運転維持費(O&M費)などに関わる変動費の総和を総コストとし、式(1)に示す目的関数によって割引後累積コストの最小化が行われる。yは時点を示す添え字で、本研究では計算の最終年度yeを2050年とし、その間は2015年、 2020年、 2030年、 2040年の隔年で計算を行った。

図1 モデル化したエネルギーシステム

シナリオの設定

将来利用可能な技術に応じて設定

2050年にエネルギー起源のCO2を実質ゼロにする制約条件の下、立地条件と将来利用可能な技術に応じた6種類のシナリオを設定した。

(1)ベースシナリオにおいては、自然環境に影響を与える場所に太陽光発電や風力発電を設置しないという前提の下、森林には設置せず、雑草地などのみに各電源を設置する想定とした。洋上風力は、再エネ海域利用法が管轄する領域内(離岸距離22.2 km未満)に風車を設置する前提とした。また、CCS貯留量の上限は国内1億t–CO2/年、国外1.5億t–CO2/年とし、原子力は現存設備が60年まで延長運転を行うことに加えて、建設中の3基が新設される前提とした。このベースシナリオを基準とし、(2)CCS拡大シナリオではCO2貯留量の上限を国内2億t–CO2/年、国外3億t–CO2/年まで拡大したものとし、(3)原子力拡大シナリオでは2050年における原子力の設備容量が2倍となる想定とした。また、(4)RE100シナリオでは、発電電力量のすべてを再生可能エネルギーによって賄う前提とし、原子力は2050年までにすべて廃止し、火力発電はバイオマス火力のみとした。

また、これら4シナリオに加え、太陽光発電と風力発電を導入の不確実性が高い場所にも設置することを想定する極端なシナリオとして、(5)ベース*シナリオ および(6)RE100*シナリオを設定した。

前提条件:太陽光・風力発電の導入量上限

自然環境影響などを考慮してGISで推計

地上設置型太陽光発電と風力発電の導入量上限は、雑草地・しの地・裸地・再生困難な荒廃農地などの自然環境への影響が小さいと考えられる場所や、再エネ海域利用法に基づく「促進区域」の対象となる海域に発電設備を設置する前提の下、H. Obane et al(3)(4)に倣って2021年4月時点のGISデータを用いて推計を行った。この推計に基づき、地上設置型太陽光発電65.4GW、陸上風力23.4 GW、洋上風力405.1 GWを導入量の上限とした。また、建物設置型太陽光発電の導入量上限は、環境省のREPOS(2021年6月時点)を参考に、戸建住宅設置159.5GW、その他建物設置139.0 GW(うち95.7 GWは壁面)とした。

(5)ベース*シナリオ、(6)RE100*シナリオでは、営農型太陽光発電54.6GW、 年間平均風速5.5 m/s以上でかつ傾斜角20度未満の森林における陸上風力249.1 GW、 接続水域における洋上風力245.5 GWも最大で設置可能とした。

前提条件:エネルギー輸入価格

IEA WEOなどに基づき設定

本モデルでは、原油、石油製品(7種類)、LNG、一般炭、原料炭、水素、アンモニア、合成メタン、合成石油(3種類)の輸入を想定している。化石燃料価格は、IEA WEO2020のSustainable Development Scenarioにおける価格見通しの伸び率を用いて推計した。

水素とアンモニア価格は、技術動向を勘案し、水素、アンモニアの製造・輸入サプライチェーンを構成する各プロセスのコストを積み上げることにより、水素11.7万円/toe、 アンモニア9.9万円/toeとした。また、輸入合成燃料は、海外における再生可能エネルギーの発電場所において、水電解水素とDACで回収したCO2から製造すると仮定し、合成メタン17.6万円/toe、 合成石油19.3万円/toeとした。

前提条件:太陽光・風力発電の資本費

調達価格等算定委員会に基づき設定

太陽光発電と風力発電の資本費は、調達価格等算定委員会などの資本費を基に、累積生産量に応じて生産コストが低下する前提に基づく学習曲線によって推計を行った。2050年における資本費の想定値は、10.5‐17.7万円/kW(地上設置型太陽光)、12.3‐22.7万円/kW(建物設置型太陽光)、22.1万円/kW(陸上風力)、45.0万円/kW(着床式洋上風力)、58.5万円/kW(浮体式洋上風力)とした。

モデル結果1:2050年の発電電力量

ベースシナリオにおける再エネ比率は50%程度

2050年における各シナリオの発電電力量を見ると、全発電量に対する再生可能エネルギーの発電量の比率はベースシナリオで50%となり、残りの約10%は原子力、約20%はCCS付きのガス火力、約35%はアンモニア・水素火力によって賄われる結果となった(図2)。この結果より、エネルギー総コストを最小限にする上では、再生可能エネルギーだけでなく、原子力やCCS付のガス火力、水素・アンモニア火力などをバランス良く導入することが有効であることが示唆される。ベースシナリオと比較し、CCS拡大シナリオでは、ガス火力が洋上風力の代わりに多く導入され、原子力拡大シナリオでは、原子力発電が水素・アンモニア火力の代わりに導入される結果が示された。また、RE100シナリオでは、洋上風力が特に多く導入され、全発電電力量の約5割を賄う結果が示された。

図2 2050年における発電電力量[TWh/year]

モデル結果2:再エネ設置による土地利用影響

再エネ設置に伴う土地利用影響は小さくない

太陽光発電および風力発電が各設置場所に導入された設備容量を図3、図4に示す。同図における点線部は、土地利用の制約によって決定されるモデル内の導入量上限を示し、この上限に対して太陽光発電もしくは風力発電がモデル上でどの程度導入されたかを示している。その結果、太陽光発電については、ベースシナリオにおいても雑草地のほぼすべてに加え、建物屋根の約2/3に太陽光発電が設置される結果が示された。また、再生可能エネルギーの比率がさらに高いRE100シナリオにおいては、これらの場所に加えて、日射条件の悪い壁面や北側屋根にまで太陽光発電が設置される結果となった。

洋上風力については、ベースシナリオにおいても74.7 GWが導入される結果となり、これは新潟県の面積にほぼ等しい12,450km2の海域で洋上風力が開発されることに相当する。また、RE100シナリオにおいては、204.7 GWが導入される結果となり、開発面積は九州の面積に相当する34,116km2にも及ぶ。

このように、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを想定する場合、現状の再生可能エネルギーの発電効率においては、土地や海域へ与える影響は必ずしも小さくないことが示唆される。

図3 2050年における太陽光発電の設備容量[GW]

図4 2050年における風力発電の設備容量[GW]

モデル結果3:電力限界費用

極端な再エネ比率の増大は費用増大を招く

電力システムにおける費用への影響をみるため、2050年における各エリアにおける電力限界費用の年平均値を図5に示す。ここでの電力限界費用とは、各時間帯において電力1kWhを追加的に発電するのに必要な費用を示しており、各時間帯で稼働している電源のうち、主に燃料費が最も高い電源の燃料費や、追加的に導入が必要な技術の資本費などで決定される。なお、電力限界費用は必ずしも小売電気料金に直接的に反映されるものでなく、絶対値は燃料費などの想定に依存するため、各シナリオの相対関係などに留意する必要がある。

各シナリオの電力限界費用の年平均値は、ベースシナリオ、CCSシナリオ、原子力シナリオ、ベース*シナリオではほぼ同程度であることが示された。しかし、再生可能エネルギー100%で電力を供給するRE100シナリオでは、ベースシナリオと比較して電力限界費用が約2倍となる結果となった。そこで、RE100シナリオの東京エリアにおいて、各時間の電力限界費用を高い順に並べた持続曲線(図6)に着目すると、燃料費が発生しない太陽光発電と風力発電の大量導入に伴い、他のシナリオと比較して、電力限界費用が0円/kWhとなる時間帯が多く発生している(図6中 A部)。この時間帯では、各電源の発電電力量が電力需要を超過し、各電源による電力の価値がつかない時間帯となっている。

他方で、太陽光発電や風力発電がともに発電しない時間帯においては、蓄電池に充電した電力や、燃料費の高いバイオマス火力などで電力供給を賄う必要があるため、電力限界費用が大きく増大する時間帯が生じている(図6中 B部)

このように、RE100シナリオにおいては、電力限界費用が0円/kWhになる期間と高騰する期間に二極化されており、結果として時間平均としてみた電力限界費用が上昇している。すなわち、再生可能エネルギーの比率が極端に高まった場合には、電力限界費用の大きな上昇を招くことが懸念される。

図5 2050年おける電力限界費用(年平均値)[円/kWh]

図6 東京エリアにおける電力限界費用の持続曲線

結論

バランスのとれたエネルギーミックスを

本研究では、技術選択モデルを用いることによって、将来技術に関する複数のシナリオの下、2050年における電源構成や各種費用の評価を行った。

その結果、カーボンニュートラルを達成する場合、原子力発電やCCS付火力発電を活用するベースシナリオにおいても、太陽光発電や風力発電は大量に導入されることとなり、立地への影響は小さくないことが示唆された。現在、再生可能エネルギーへの期待が高まっているものの、再生可能エネルギーの比率を極端に増大させてしまうと、自然環境に影響を生じ得る場所や、利害調整が必要となる場所にまで発電設備を設置せざるを得なくなる。太陽光発電や風力発電の運転期間が20–30年程度とされている中で、2050年に設置可能場所のほぼすべてに太陽光発電や風力発電が設置されたとしても、2050年以降に大規模な撤去とリプレイスも必要となり、大量の廃棄物の処理や、リサイクルをどのように行うかといった点も課題となる。

また、費用の観点からも、再生可能エネルギーの比率が極端に高まった場合には、太陽光発電と風力発電がともに発電しない時間帯における電力限界費用が大きく増大することが懸念される。

本検討では6種類のシナリオの検討を行ったが、各シナリオで想定した各技術の実現性についてはいずれも不確実性がある。しかし、現時点でさまざまな選択肢の可能性を排除し、特定の技術に偏ったシナリオに沿ってカーボンニュートラルを目指した場合、CO2の削減に関わる費用対効果を悪化させてしまうだけでなく、特定技術の導入が実現しなかった場合に、代替手段によるリカバリーが困難となってしまう恐れもある。例えば、長期的な計画と建設が必要な原子力発電やCCSについては、一度可能性を完全に排除してしまうと、限られた時間の中で再度活用することが難しくなる。そのため、2050年に向けてさまざまな技術の活用の可能性が残されている中で、現時点においては多様なオプションを追求し、カーボンニュートラルに向けて費用対効果の高い技術に対する支援を行うなど、バランスのとれたエネルギーミックスを目指すことが望まれる。


参考文献

(1) 大槻貴司, 尾羽秀晃, 川上恭章, 下郡けい, 水野有智, 森本壮一, 松尾雄司,2050年CO2正味ゼロ排出に向けた日本のエネルギー構成: 自然変動電源の立地制約を考慮した分析, 電気学会論文誌B(電力・エネルギー部門誌),Vol.142, No.7(2022).

(2) 川上恭章, 松尾雄司, エネルギーシステム技術選択モデルによる GHG80%削減分析:気象条件が技術選択や GHG 削減費用に与える影響, エネルギー・資源学会論文誌, Vol.41, No.3 (2020).

(3) H.Obane, Y.Nagai, K.Asano, Assessing land use and potential conflict in solar and onshore wind energy in Japan, Renewable Energy, Vol.160, pp842-851 (2020).

(4) H.Obane, Y.Nagai, K.Asano, Assessing the potential areas for developing offshore wind energy in Japanese territorial waters considering national zoning and possible social conflicts, Marine Policy, Vol 129 (2021).

(5) T.Stehly, P.Beiter, P.Duffy, 2019 Cost of Wind Energy Review, National Renewable Energy Laboratory.
https://www.nrel.gov/docs/fy21osti/78471.pdf


尾羽 秀晃

◎日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット主任研究員

◎専門:システム工学 エネルギーモデル分析

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