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2023/2 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

グリーン電力を主体とする地域エネルギーシステムのデザイン

中田 俊彦(東北大学)

カーボンニュートラル世紀の到来

1997年12月の京都議定書を契機にして、2020年10月の菅首相のカーボンニュートラル表明から2年を経て、社会の再生可能エネルギー導入の動きはいっそう加速化している。2012年7月から開始された「再生可能エネルギー由来のグリーン電力の固定価格買取制度(FIT)」は、発電設備と地域社会との共生という新たな課題を誘発し、2016年4月開始の電力の小売り自由化は、競争市場の整備と新たなエネルギーインフラ投資のはざまで模索が続いている。

地域エネルギーシステム

従来のエネルギー政策は、輸入資源を主体とした国単位のエネルギー供給量の確保を主眼としてきたのに比べて、再生可能エネルギーは、その資源量に地域間の偏差が大きく、そもそも地域のエネルギー需要量と合致しない。この需給バランスを、エネルギーキャリアを含めて統合デザインした社会システムを、地域エネルギーシステムという。物理面では、仕事をする能力のことをエネルギーといい、その担い手となるエネルギーキャリアは「電力」、「熱」、「輸送用燃料」の三種からなる(1)

地域エネルギーシステムの概念図を図1に示す。このシステムは、複数のレイヤー層から構成され、下面が需要サイド(消費)、上面が供給サイド(資源)を表す。これら二つの層の間に、各エネルギーキャリアが位置し、例えば電力キャリア(黄色)は地域の再生可能エネルギー資源からグリーン電力を生産し、それを地域の需要地に供給する機能を果たす。本システムでは、熱キャリア(赤色)と輸送用燃料(青)に加えて、グリーン電力由来のエネルギーキャリアである水素やアンモニアを含む合成燃料(紫色)を新設している。江戸時代までの〝地産地消〟と異なるのは、再生可能エネルギーの地域間の偏差を解消する手法として、広域連携圏(緑色)のレイヤーを最上部に設けている。これは、地域内でエネルギー需給が均衡しないときに、隣接地域を広域圏とみなして、その広域圏内および他の広域圏間にてエネルギーを相互融通することを想定している。地域エネルギーシステムを設計する研究手法についての詳細は、内閣府SIP戦略的イノベーション創造プログラムのウェブサイトを参照されたい(2)

図1 地域エネルギーシステムの概念

エネルギー需給の現況

日本のエネルギー需給を定量分析して可視化したのが、エネルギーフロー図である(図2)。単位は、エグザジュール(EJ)で低位(真)発熱量ベースである。

これをみると、2000年時点の日本の一次エネルギー総供給量は17.4 EJであり、このうち正味利用エネルギーは5.54 EJ、損失エネルギーは9.60 EJである。正味利用は、全体の32パーセントに過ぎず、残りは有効利用できずに大気中に廃棄している。これらフロー図中の数値の定義や算出方法は、米国エネルギー省ローレンス・リバモア国立研究所の分析手法(3)に準拠している。日本を対象としたエネルギーデータの分析手法は、既報にて報告している(4)

図2 日本のエネルギーフロー図(2020年)

地域エネルギー需給データベース

地域エネルギーシステムをデザインするには、国単位のエネルギー需給の現況を理解した後に、地域毎のエネルギー需給の特性を理解することが重要となる。全国1,741の地方公共団体を対象として開発中の、「地域エネルギー需給データベース(https://energy-sustainability.jp)」について紹介する。

本データベースは、基本機能(図3)として、「エネルギーマップ(左)」ではエネルギー需要量、再エネポテンシャル量、再エネ移出ポテンシャル量を掲載している。「再生可能エネルギー発電特性(中央)」では、市区町村別に集計した再生可能エネルギー発電(太陽光発電、風力発電)の出力変動パターンを掲載している。「市区町村別エネルギー消費統計(右)」では、2013、2019両年度のエネルギー消費統計表の分析結果を掲載し、表データ形式でダウンロード可能である。これらから、対象地域の再生可能エネルギーのポテンシャル(供給サイド)とエネルギー需要量(需要サイド)を定量的に把握することができる。

【エネルギーマップ】
エネルギー需要、再エネポテンシャル、再エネ移出ポテンシャルを地図上に可視化。


【再エネ発電特性】
市区町村別に集計した再エネ発電出力変動パターンを掲載。(ダウンロード可能)

【市区町村別エネルギー消費統計】
部門別・エネルギー種別消費量の推計結果を掲載。(ダウンロード可能)

図3 地域エネルギー需給データベースの基本機能

 

次に、シミュレーション機能(図4)では、エネルギーフロー図の作図機能(左)として各地域のエネルギーフロー図を描画している。特色として、①エネルギーフロー図とシミュレーション機能を統合表示すると共に、②2013年に加えて新しい2019年データや、③都道府県データを加えるなど、機能の充実を進めてきた。シミュレーション機能(右)では、各技術や再生可能エネルギー資源の導入が進むことを想定して、導入量を任意に可変してその効果を理解することができる。④電力需給バランスシミュレーション機能や、⑤各パラメータの可変機能がある。現時点のエネルギーフロー図が、設定する各導入パラメータの増減と共に徐々に変化する様子を目視できるので、個別の技術導入量などが地域エネルギーシステムの全体構成に及ぼす影響を俯瞰することができる。地方公共団体にとって重要となるエネルギー自給率、エネルギー移入依存率、地域内再生可能エネルギー導入率、エネルギー起源 CO2排出量なども算出して同時に表示される。

本データベースは、全国市区町村のうち545地域からアクセスがあり、総アクセスは35,000件を超えている。なかには、地方公共団体の地域エネルギー政策や脱炭素先行地域の立案に活用されている事例もある。

【エネルギーフロー図】

【シミュレーション機能】

地域エネルギー需給データをエネルギーフローとして可視化。

エネルギー自給率やCO2排出量、エネルギー経済収支などの統合指標により地域エネルギーシステムを定量評価。

再エネ導入、電化、燃料代替、地域間連携などの各種施策による脱炭素化シミュレーション機能を搭載。

地域エネルギー需給データをエネルギーフローとして可視化。

エネルギー自給率やCO2排出量、エネルギー経済収支などの統合指標により地域エネルギーシステムを定量評価。

再エネ導入、電化、燃料代替、地域間連携などの各種施策による脱炭素化シミュレーション機能を搭載。

図4 地域エネルギー需給データベースのシミュレーション機能

おわりに

カーボンニュートラルは、再生可能エネルギー導入に伴う化石燃料代替だけではなく、国内各地域に散在するエネルギー消費者がエネルギー供給サイドの役割も担い、エネルギー需給の安定性に貢献することも意味している。電気自動車のバッテリーによる電力の補填など、災害時のレジリエンス機能は新たな付加価値として意義深く、地域社会のセキュリティを大幅に強化することができる。海外化石燃料の調達に大きく依存した一方通行のエネルギー供給が、需要家を含む双方向のエネルギーシステムへと進化することによって、誰もが未経験の新たな社会システムが始まることになる。従来の産業部門、業務部門、家庭部門、運輸部門の各需要家は、グリーン電力へのシフトを加速化すると共に、あわせて熱や輸送用燃料の脱炭素化もグリーン電力に牽引されて進行する。この移行を円滑に進めるには、エネルギー需給データの短時間・高空間密度の取得と分析、科学的エビデンスに基づく地域エネルギーシステムの最適デザイン手法が重要となる。これらの各技術を開発し、習得し、統合利用し、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)に基づくエネルギー政策立案を社会実装できた国が、今後の国際社会のリーダシップを牽引することになろう。

たとえば、市民は自分の家庭のエネルギー消費量を正確に把握することが望ましい。電力消費量は、スマートメータが設置済みであれば、電力メーター情報発信サービス(Bルートサービス)にアクセスIDを申請すれば、通信規格Wi-SUNを通じて30分刻みの電力消費量データをオンタイムで把握することができる。とくに、大型家電機器や電気自動車等を自宅で充電をする際には、消費動向を正確に把握すれば時間帯別料金など合理的に選択できる。その他、都市ガス、LPガス、灯油、ガソリン等は、メータリングが難しくとも季節毎の変動を調べることは可能である。次に、各種エネルギー料金の単価を計算して、エネルギー種毎の単価の違いを理解すれば、次回の設備更新となる投資機会に賢明な判断を下すことができる。

企業は、「エネルギーの使用の合理化等に関する法律(省エネ法)」で経済産業局に提出する定期報告書や、「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」で環境省に提出する定期報告書に加えて、自らの事業者を対象とするエネルギーフロー図の作成が第一歩となる。多様なエネルギー資源をどのエネルギー需要に用いているのかの一連のエネルギーシステムの理解が基本となる。ボイラー等の機器の性能把握に留まらずに、供給から需要機器に至るエネルギー需給システムの性能把握である。一般に、省エネ指向に基づく電力の節電管理は進んでいるものの、熱エネルギーの現状把握は劣っている。所要の温度帯よりもはるかに高温度の蒸気を製造して使用している事例が多く、その膨大な損失に気づくには熱力学や伝熱学に基づく有効エネルギーの理解が必須となる。先進的な電気自動車であっても、実はバッテリーや室温のアナログ的温度管理が要となるのも興味深い。これらエネルギー需給のスマートなデジタル情報と、熱に代表されるアナログ特性情報を組み合わせることが、今後の省エネルギーの基本であり、ゼロカーボンに向けた具体的な戦略策定を始めるスタート地点となる。

国は、前向きの事業者や個人がさらに進化することを応援すべく、エネルギーの基礎データを統合し分析する機関を新設して、公開度の高いデータベースを作成し、継続して更新する機能を担う使命がある。先進事例として、米国エネルギー省のエネルギー情報局(US-DOE/EIA)の豊富な機能がおおいに参考になる。そのためには、まずデータの空間解像度を高めること、データの時間解像度を高めること、データ推定手法を向上させることが重要となる。欧州や米国をみると、1970年代の石油危機を契機にして、大学や研究機関が国と協力してそれぞれ得意な分野で協調して上記の課題に取り組み、日本の十歩先を進んでいる。


参考文献

(1) IPCC, Climate Change 2007: Working Group Ⅲ: Mitigation of climate change, pp.280-281.

(2) SIP戦略的イノベーション創造プログラム,IoE社会のエネルギーシステム,A-3地域エネルギーシステムデザインのガイドライン策定,科学技術振興機構
https://www.jst.go.jp/sip/p08/team-a.html(参照日2022年12月18日)

(3) Energy Flow Charts: Charting the complex relationship among energy, water, and carbon, Lawrence Livermore National Laboratory
https://flowcharts.llnl.gov(参照日2022年12月18日)

(4) 瀧田祐樹, 古林敬顕, 中田俊彦, 再生可能エネルギーのポテンシャルを考慮したエネルギーフローの作成と分析, 日本機械学会論文集, No.15-00164 (2015), pp.1-9.


<フェロー>

中田 俊彦

◎東北大学 大学院工学研究科 教授

◎専門:熱工学、エネルギーシステム工学

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