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2025/9 Vol.128

表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。

デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)

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学会賞受賞論文のポイント

原子力発電プラント材料の健全性確保に向けた水化学の検討

垣谷 健太・佐藤 賢二・志水 雄一〔三菱重工業(株)〕、杉野 亘・中野 佑介〔日本原子力発電(株)

2024年度日本機械学会賞(論文)受賞

Effect of KOH and dissolved hydrogen on oxide film and stress corrosion cracking susceptibility of Alloy X-750
垣谷 健太, 杉野 亘, 中野 佑介, 佐藤 賢二, 志水 雄一
Mechanical Engineering Journal 11巻2号(2024) p. 23-00317
DOI: 10.1299/mej.23-00317

背景・目的

加圧水型原子力発電プラント(PWR; Pressurized Water Reactor)は、世界で最も多く採用されている原子力発電プラントである。PWRは、炉心での核分裂反応で発生した熱を取り出す1次系と、その熱により生成された蒸気でタービンを駆動して発電する2次系の、二系統から成る。1次系では、冷却水が約15.5MPaの高圧状態に保たれており、高温でも沸騰しないよう制御されている。この高温・高圧水と接する構造材料の健全性は、PWRの安全性や稼働率の維持に直結する重要な要素である。1次系の構造材に広く用いられるNi基合金の応力腐食割れ(SCC; Stress Corrosion Cracking)抑制は重要課題であり、さまざまなSCC抑制技術がこれまでに開発・導入されてきた。

冷却水にはpH調整剤として水酸化リチウム(LiOH)が添加される。天然Liに含まれる6Liは核反応により環境排出が制限されているトリチウムを生じるため、7Li を同位体濃縮したLiOHが添加される。近年、同位体濃縮Liの価格高騰のため、水酸化カリウム(KOH)を代替として検討する動きがある(1)。本研究はKOH適用性評価の一環として、KOHのNi基合金のSCCへの影響を調査した。さらに、LiOH条件では冷却水の溶存水素濃度を現状の30ml/kg-H2O(1ml/kg-H2O = 0.089mg-H2 / kg-H2O)(国内)や45ml/kg-H2O(米国)から5ml/kg-H2Oに低減することでSCCが抑制されることが知られており(2)、KOH条件でも同様の効果が得られるかの評価も目的とした。

実験方法

ほう酸およびpH調整剤(LiOHまたはKOH)を含む360℃のPWR模擬環境でX-750合金(Ni基600系合金の試験上の代表)の定荷重試験を実施し、SCCに及ぼす水化学の影響を調べた(図1:試験装置)。各水化学条件につき10本の試験片を供試し、それらの破断時間に基づいてSCC発生感受性を評価した。

図1 PWR模擬環境中での定荷重試験に用いた装置

SCCは発生までに数年などの長期を要する場合もあり、限られた期間内で適切な評価が行える試験条件の設定が課題となる。本研究では、文献調査に基づき、温度・応力・使用材料などの条件を適正化し、合理的な試験期間でSCC発生感受性を適切に評価できるよう工夫した。

結果・考察

図2に、試験片破断時間をプロットした対数正規確率紙を示す。LiOHとKOHいずれの条件でも、大半の試験片が数百時間でSCCにより破断した。t検定の結果、破断時間に有意な差は認められず、LiOHとKOHでSCC発生感受性に差が認められないことが示唆された。

図2 LiOHとKOHの比較の試験結果

図3は、pH調整剤がKOHで溶存水素濃度が異なる条件(5、30、45ml/kg-H2O)の試験結果である。濃度30、45ml/kg-H2Oの条件では破断時間に大差がなかったが、5ml/kg-H2Oでは、2510時間を通じて破断が認められなかった。プロットの近似直線が累積破断確率50%となる時間を試算した結果、5、30、45ml/kg-H2Oの各条件に対して、4790時間以上、675時間、745時間、と評価された。この結果から、5ml/kg-H2Oまで溶存水素濃度を低減することでSCC発生が大幅に遅延されたと評価された。

図3 溶存水素濃度の効果の試験結果(KOH環境)

従来のLiOH水質における既往知見では、溶存水素濃度が30ml/kg-H2Oより低い領域で、濃度が低いほどSCC発生時間が長くなることが知られている(2)。本研究で調査したKOH水質でも5ml/kg-H2OにおけるSCC発生時間が30と45ml/kg-H2Oの場合に対して長い結果であり、SCC発生時間に対する溶存水素濃度の効果はLiOH水質のケースと類似であることが分かった。

まとめと今後の展望

PWR模擬環境でのSCC試験によって水化学の影響を調べた結果、LiOHをKOHで代替しても悪影響がないことが示唆された。また、pH調整剤によらず、溶存水素濃度を5ml/kg-H2O程度まで下げることが有効であると分かった。今後は、実機温度条件などでもデータを蓄積することが望ましいと考えられる。KOHに関しては、米国のプラントでの試験運用が予定されており(3)、そのような海外動向もウォッチする。

今後も材料と水化学の相互作用についての理解を深めながら、未来の原子力技術を支える一助となれるよう、挑戦を続けていきたい。


参考文献

(1) K. Fruzzetti, C. Marks, J. Reinders, J. McElrath, D.M. Wells, “Evaluation of Potassium Hydroxide for Reactor Coolant pHT Control in Western PWRs,” 20th Int. Conf. on Water Chem. in Nuclear Reactor System (2016), paper No. 06.

(2) K. Kakitani, T. Kobayashi, K. Sato, W. Sugino, Y. Nakano, T. Shoji, H. Abe, “Influence of Dissolved Hydrogen Concentration on the Protective Property of Oxide Film of Alloy 600 Against Primary Water Stress Corrosion Cracking,” Corrosion, Vol. 78, No. 9 (2022), pp. 885–893.

(3) K. Nigmatullina, J. Rolph, K. Cothran, J. Ritchie, K. Fruzzetti, D. Perkins, P. Chou, D. Hussey, “Potassium Hydroxide for Western-Design PWRs: Plans for a Three-Cycle Monitored Campaign at TVA Sequoya,” 22nd Int. Conf. on Water Chem. in Nuclear Reactor System (2023), Paper No. 0091.


<正員>

垣谷 健太

◎三菱重工業(株) 総合研究所

◎専門:原子力工学、応力腐食割れ、分光分析

 

<正員>

杉野 亘

◎日本原子力発電(株) (現)一般財団法人日本エネルギー経済研究所

◎専門:原子炉水化学

 

中野 佑介

◎日本原子力発電(株)

◎専門:原子炉水化学

 

<正員>

佐藤 賢二

◎三菱重工業(株) 総合研究所

◎専門:原子力工学、腐食・防食

 

<正員>

志水 雄一

◎三菱重工業(株) 原子力セグメント

◎専門:原子炉水化学

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