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2025/9 Vol.128

表紙:経年変化してグラデーションに紙焼けをした古紙を材料にコラージュ作品を生み出す作家「余地|yoti」。
古い科学雑誌を素材にして、特集名に着想を受け、つくりおろしています。

デザイン SKG(株)
表紙絵 佐藤 洋美(余地|yoti)

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技術のみちのり

乗り心地最高の車両を目指して

2024年度学会賞(技術)
「鉄道車両用次世代振子制御システムの開発」

(公財)鉄道総合技術研究所、西日本旅客鉄道(株)、川崎車両(株)、ピー・エス・シー(株)

乗り心地抜群! 新型車両登場

岡山から出雲市間では約40年の間、381系特急「やくも」が運行してきたが、2024年4月に新たな車両273系がデビューした。快適な乗り心地と評判のこの列車には、鉄道総合技術研究所(鉄道総研)と西日本旅客鉄道(株)、川崎車両(株)、ピー・エス・シー(株)の4社が開発した「次世代振子制御システム」(図1)が搭載されている。

図1 次世代振子制御システムの構成

 

No more 乗り物酔い!

列車がカーブを速く走るほど、乗客にかかる遠心力は大きくなる。遠心力を軽減して、曲線区間を高速走行するために開発されたのが「振子車両」だ。振子の原理で車体をカーブの内側に傾けることで、乗客も内側に傾き、身体にかかる遠心力を打ち消す仕組みだ。振子車両は1973年から運行を開始した。振子によってカーブで発生する遠心力は打ち消されたが、乗客は乗り物酔いに悩まされた。原因は曲線出入り口での車体傾斜の遅れなどから発生する低周波左右振動だった。

そこで傾斜遅れを解消するために、空気圧式振子アクチュエータを搭載した「制御付き振子システム」が開発された。1989年に実用化が始まり、乗り心地は大幅に改善され、曲線の多い路線で運用されてきた。しかし、このアクチュエータは位置決め精度や応答性に限界があり、細かい制御ができない。曲線が連続する区間での乗り心地にはさらなる改善が必要だった。そこで2000年頃、鉄道総研では振子車両に特有の乗り物酔いをなくすため、次世代振子制御システムの開発をスタートした。

自車位置検出と車体傾斜動作

開発するのは、曲線を走る列車の位置を正確に検出し、アクチュエータを使って、乗り心地を考慮した角度で車体を傾斜する技術だ。鉄道総研の真木たちは、次の方法を考案した。

あらかじめ路線を走行し、車両に搭載したジャイロセンサで車体ヨー角速度を、速度センサで走行速度を測定し、線路曲率(車体ヨー角速度÷走行速度で求められる)を算出。これをマップ曲率データとして、車上に登録しておく。そして車両が制御状態で走行する時には、走行しながら曲率データを取得しつつ、マップ曲率データと照合し、最も一致する箇所を現在位置と判定するのだ(図2)

図2 曲率データの照合方法

現在位置が判明すると、車上に登録してある曲率とカント(カーブの内側と外側のレールの高低差)のマップデータから、これから走行する区間の曲率とカントの情報がわかる。これら二つのデータと現在の走行速度を元に、人間工学的知見に基づいた計算方法で振子パターン(直後に走行する曲線での理想的な車体の傾斜角)を算出する(図3)

図3 曲線に対する振子パターンの例

真木が苦労したのは、列車が駅で通常と異なる番線に進入した時の解決策だ。進入の判定には曲率不一致度(マップ曲率-走行曲率)2という評価指標を設け、異なる番線に入ったことを検知すると、振子制御を停止することで対応した。

次世代アクチュエータの開発

振子パターン(図3)に従って、遅れずに正確に車体を傾けるには、応答性に優れたアクチュエータが必要だ。検討した結果、高応答性・高出力である電動油圧式アクチュエータ(EHA)を開発することに決まり、鉄道総研の風戸は2005年頃からEHAの開発に加わった。

振子車両の乗り物酔いの主な要因は0.3Hz付近の左右振動で、EHAはこの揺れを低減することがわかった。EHAは高剛性であるが故に、2~10Hzの振動が台車から車体に伝わりやすいという課題はあったが、実用化は目前だった。しかし大きな問題が立ちはだかった。EHAは空気圧式と比べて数倍も高価なのだ。2008年頃、風戸たちはEHAを諦め、従来の空気圧式振子アクチュエータを高性能化する方法に舵を切った。

だが、油圧と違って、空気は圧縮すると縮むので制御が難しい。従来の変位フィードバック制御では、空気圧式アクチュエータの応答性を上げようとすると、空気の圧縮性により動作が不安定になりやすいのだ。

風戸は悩みに悩んだ末、解決の糸口を見出した。シミュレーションでシリンダー速度のフィードバックを加えてみたが安定しなかったので、加速度のフィードバックを追加したところ、安定性を確保できることがわかったのだ。すぐに鉄道総研にある実物大の振子試験装置でアクチュエータの動作を検証した。すると…不安定な揺れはピタリと止まったのだ。風戸たちにとって最高の日となった。

最高の空気圧サーボ技術者

アクチュエータを開発したのはピー・エス・シーの佐々木だ。佐々木の開発した直動型のサーボ弁は精密で非常に性能が良く、従来の空気圧式振子アクチュエータも佐々木が中心となり開発したものだった。加速度フィードバックによる制御はサーボ弁を非常に細かく動作させる必要があり、佐々木のサーボ弁はそれにみごとに答えた。

また、アクチュエータ非制御時には自動的に回路が切り替わって、ダンパになる機能を持たせたが、ダンパ機能を実現する基本的な空気圧回路も佐々木が考案した。風戸は語る。「佐々木さんなしでは、このアクチュエータは実現できなかった」と。

安全第一

2016年頃、西日本旅客鉄道から、新型「やくも」に次世代振子制御システムを搭載したいとの申し出があり、実用化への開発が始まった。自車位置検出と振子パターン算出を行う振子制御装置の開発と製品化は、川崎車両の酒見たちが取り組んだ。4社で協力体制を取り、トライアンドエラーを繰り返しながら開発した。

西日本旅客鉄道・車両設計室の野本は、万が一、機器が不具合を起こしても走行性能には問題のないように、安全なシステムを選ぶことを最重要視した。例えばアクチュエータの応答性向上のために、サーボ弁は従来の圧力制御弁から流量制御弁に変更していたが、設計会議で検討した結果、従来のものより圧力要素の弱い圧力制御弁を使うことに決まった。電源が切れた場合、流量制御弁は空気を完全にシャットアウトしてしまうからだ。乗り心地を向上させるとともに、メンテナンスしやすいシステム作りや列車が途中駅で分割した時のシステム動作など、社会実装に向けた課題をみんなで乗り越えていった。

実現へ

既存の振子車両にシステムを搭載して走行試験をした結果、乗り物酔い評価値は従来と比べて約23%低減した(図4)。そして2023年11月、完成した次世代振子制御システムを273系新型「やくも」に搭載して、実際の線区で4カ月間走行試験を行い、最適な乗り心地にチューニングした。同時に、さまざまな異常を模擬した試験も行い、安全性の確認を行っている。

図4 車両の左右振動に対する乗り物酔いの起こりやすさの評価(MSDVy)

新型「やくも」に乗車した人々から賞賛の声が上がる。今後は別の車両への展開や、さらなる乗り心地とメンテナンス性の向上を目指した振子制御システムの改良を考えている。

鉄道総研の大勢の技術者たちが20年以上の年月をかけて進めてきたプロジェクトは、さらに多くの人々の協力を得て実現した。自分がかかわった開発が世の中の役に立つ。それは技術者にとって最高の喜びなのだ。

取材・文 山田ふしぎ

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