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2017/7 Vol.120

「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。

バックナンバー

特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~

「空気をきれいにする車」の技術的バックキャスト

村上 陽一(東京工業大学)

対象絵画の選定と技術要素への分解

バックキャストの対象とする子供の絵画を選び、
目的機能を実現する技術の技術要素への分解を行った

 

本パイロットプロジェクトでは、幼稚園児の描いた「空気をきれいにする車」(図1)を選んだ。この絵では、走行中の車が汚染物質を含む周囲の空気を吸い込み、後方から浄化された空気として出しているように見える。本プロジェクトでは、その実現について、バックキャストの手法により検討を行った。具体的に、目的の機能を実現する技術を技術要素に分解し、続いてそれらの対応技術に今後どのような課題解決や改善が要されるのか、という視点から検討を行った。しかし、技術要素への分解の段階で現存の技術から外挿的に考えざるを得ないため、正確な意味のバックキャストが必ずしも行えたわけではない。本試行は、本プロジェクト委員とその協力者、および次稿以降に寄稿をいただいた専門家の協力を得て行ったものである。

図1 今回対象とした、2015 年度「機械の日・機械週間」絵画コン
テスト受賞作品「空気をきれいにする車」。

 

大気中の汚染物質は環境省のホームページ(1)にまとめられており、燃焼により生じる窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)のほか、主なものは表1のように分類されるようである。本試行ではこれらを除去の対象としている。

 

表1 NOx 、SOx 以外の主な大気汚染物質とその説明。
環境省ホームページ(1)の記載をもとに、筆者が要約・整理した。

このような目的を実現する技術として、筆者らはまず、図2 のように技術を「分解」と「分離」とに分けたうえで、(i)面積的分解、(ii)体積的分解、(iii)面通過分離、(iv)体積通過分離とに分類した。(iii)はフィルター技術、(iv)は電気集塵技術が考えられた。しかし(iii)は走行に対する流体力学的抵抗が著しく増大しそうであること、また、(iii)と(iv)はフィルターの定期的交換や堆積した塵の定期的な除去作業を要することから、これらはひとまず検討から除き、(i)と(ii)のみを考えることとした。具体的に、(i)については光触媒技術を考え、(ii)については大気圧プラズマ技術を考えた。さらに前者は、太陽光を用いて車の表面で受動的分解を行う方法(i-a)と、自動車のもつ電気エネルギーの一部をLED 等光源の電力に用い車内部で光触媒を用いた能動的分解を行う方法(i-b)とに分けた。

図2  目的機能を実現する技術の技術要素への分解

図3 に本バックキャストの概念図を示す。本特集では、次稿以降、(i)、(i-b)、(ii)それぞれについて3 名の専門家に解説記事の寄稿をいただいた。これらの専門家には当該技術の原理、現在の状況、および課題について解説していただき、図1 の車の実現に向けた課題等についても触れていただいた。

図3 本バックキャストの概念図。本図のデザインは市川 裕士氏(東北大
学大学院工学系研究科助教)に、車体と気流のイメージ・グラフィック
は伊藤 孝宏氏(オリエンタルモーター㈱主席研究員)に制作いただ
いた。

その意義と制限の考察

まず、上述の(i)~(iv)いずれの技術でも、地球規模で希薄に広がった汚染物質を、地表上の限られた場所のみを走る車で除去するのは困難であろう。一方、都市部や幹線道路周辺の局所的な空間では、NOx や表1 に示した汚染物質が比較的高濃度に滞留し、その同じ空間に人々が高密度に居住していることが、大気汚染が問題となる理由の一つと考えられる。都市部の大気が霞むほどの光化学スモッグ等の問題は、現在も国内外に存在している(1)

図1 の車の意義は、汚染物質の滞留空間と人間の密集地とが重なっていて、そこに多数の車が移動している空間も重なる点にあると思われる。視点をさらに局所に絞ると、幹線道路にある割合でこのような車が走行することにより、その前方を走行する従来型の内燃機関車から出された排気を、それが広く大気に拡散する前に処理できる可能性がある。そのときの浄化の効率は、地球規模の大気に拡散した汚染物質を浄化する場合から、著しく高まるであろう。

以下、特に(i-a)と(i-b)の場合について、短い考察を行う。光触媒技術全般の説明と課題については、次稿(東京工業大学 宮内 雅浩氏)に詳しく解説いただいている。

(i-a)の場合、車体表面で分解可能な汚染物質量の上限は、例えば以下の手順で見積もることができると考えられる。都市が多く存在する緯度帯の年平均日照(入射方向投影)(2)と車体の投影面積とから、1 台の車体に入射する年間光量が求まる。そして、光触媒の光吸収スペクトル(3)と地表面での光子密度スペクトル形状 (4)とから、光触媒が利用可能な波長域の入射光子数Nph (mol/year・台)が求まる。Nph の光子のうち光触媒に吸収される(酸化力が強く物質分解に行う正孔が生成される)割合を仮定し、全世界の台数を仮定すれば、分解レートの上限が見積もられる。ある汚染物質の分解がn電子反応であれば、最大その1/n のモル数を分解できることになる。なお、車の静止状態では対流を伴わないため、その表面への物質拡散律速は甚だしく、目的に適さないことになる。一方、車が走行すると、その速度が周囲空気の対流速度となり、表面における物質境界層が薄くなり、またしばしば車体面近傍の気流が乱流(Schmidt数 ~ 1)となり、Chilton-Colburn のアナロジー(5)から車体表面への物質供給が改善される。すなわち、車の走行は、車体が空間掃引を行う意義に加え、表面への物質輸送を増大させる意義をもつ。

続いて、(i-b)の車体内に搭載した光源と光触媒とを用いて分解を行う場合について考える。こちらの現状の技術と課題は次々稿(盛和環境エンジニアリング㈱ 栗屋野 伸樹氏)に解説いただいている。未来の車として、水素燃料電池車を考える。トヨタ自動車㈱のMIRAI® の場合、平均的な都市部走行時の電気出力は約10 kW である(6)。この1.5 %、すなわち150 W を光源の駆動電力に使用可能とする。紫外LED(365-375 nm 帯)の効率が20 %ならば30 Wの紫外光が得られ、これは2×1023 光子/h に当たる。これは光触媒上における0.3 mol/h の正孔生成に相当し、これが汚染物質の分解レートの上限を与える。また、MIRAI® では1 回の水素満充填で160 kWh のエネルギー(水素の化学エネルギーの電気量換算)を蓄える(6)。もしその1%を上記紫外LED 光源の駆動電力に使えるなら、1 回の満充填ごとに最大約18モルの正孔が光触媒に生成されることになる。次々稿のように、光触媒フィルターは多孔体の形態をしており、反応表面積を増大できる長所がある。一方、この目的には、その流体力学的な最適設計が要されると思われる。

このほか、(ii)の大気圧プラズマを用いた分解についても寄稿(大阪府立大学大学院 大久保 雅章氏)をいただいており、これらの技術を組み合わせることにより、また、それらの技術にさらなる改善とブレークスルーがなされたうえ、未来には図1の絵のような車が登場するかもしれない。

参考資料・文献:

(1)環境省ホームページ
        http://www.env.go.jp/seisaku/list/air.html
        http://www.env.go.jp/air/osen/voc/pamph2/
      (参照日2017 年4 月7 日)
(2)国立再生可能エネルギー研究所(NREL、米国)ホームページ
        http://rredc.nrel.gov/solar/old_data/nsrdb/1961-1990/redbook/atlas/
     (参照日2017 年4 月7 日)
(3)Inde, R., Liu, M., Atarashi, D., Sakai, E. and Miyauchi, M., Ti(IV)
        nanoclusters as a promoter on semiconductor photocatalysts for the
        oxidation of organic compounds, J. Mater. Chem. A, Vol. 4、2016、pp.
       1784-1791.
(4)国立再生可能エネルギー研究所(NREL、米国)ホームページ
        http://rredc.nrel.gov/solar/spectra/am1.5/
     (参照日2017 年4 月7 日)
(5)Bird, R.B. Stewart, W.E. and Lightfoot, E.N., Transport Phenomena,
     (1960), John Wiley & Sons.
(6)公表値を元に算出したデータ(トヨタ自動車㈱提供)


<正員>

村上 陽一

◎東京工業大学 工学院(機械系) 准教授

◎専門:熱工学、分子エネルギー工学、物理化学

 

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