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2023/8 Vol.126

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学会賞受賞論文のポイント

ロケット用ターボポンプの自励振動問題

平木 博道〔三菱重工業(株)〕

2022年度日本機械学会賞(論文)受賞

バランスピストン機構の軸方向安定性に関する実験的研究

平木 博道,井上 剛志,藪井 将太

日本機械学会論文集, 2019, 85巻, 876号, p .19-0018753.

DOI: 10.1299/transjsme.19-00187

振動問題との出会い

ロケットエンジンの振動問題に直面したのは、筆者が入社3年目の時であった。エンジンの燃焼試験が終わって出力されたデータを見ていると、ターボポンプの軸方向の変位データに特異な振動が見られたのだ。当時、振動に関して全くの素人であった筆者は、そのデータをみても何が起きたか全く理解できず、「何だこれ?」くらいの感想しか持つことができなかった。その後、長い間この問題と付き合っていくこととなった。

ターボポンプのバランスピストン機構

ロケットエンジン用のターボポンプで発生するトラブルのひとつに、「軸方向振動」というものがある。ターボポンプのような高速回転機械では、危険速度との共振や減衰比の低下によりロータが振れ回る径方向振動がよく知られているが、軸方向振動はそれとは直角方向、ロータの機軸方向(Axial方向)に振動するものである(図1)

ターボポンプは、ポンプの吐出圧に由来する軸方向の大きな圧力荷重(図2)に対処するため、ポンプ内部を循環する流体の圧力を利用して軸方向推力を自動調整するバランスピストン(以下、「BP」)機構が用いられる(1)図3にBP機構の原理を示す。圧力の高いインペラ出口からNo1オリフィス、BP室、No2オリフィスへと流体が流れることで圧力損失が発生する。ロータ全体が軸方向に動くようになっており(1㎜に満たない非常にわずかな量だが)、ロータの動きに伴いオリフィスの隙間が変化することで、BP室圧力、ひいては軸方向の荷重が変化する。ロータの動きと軸方向荷重の変化が逆向きであるため流体によるばねの特性を示し、荷重が自動調整され静的には安定な特性を示す。しかし、条件によっては動的には不安定になる場合があり、冒頭で述べた通り軸方向の振動を発現するケースが見られた。

図1 ターボポンプの径方向振動と軸方向振動

図2 インペラに発生する軸方向荷重

図3 バランスピストン機構の原理

どうやって自励振動を再現させるか?

この軸方向の振動問題に対してさまざまなアプローチで研究が行われたが、その中でも1次元的なモデル化により不安定化するメカニズムを説明できることが分かってきた(2)。不安定化は作動流体である液体水素の圧縮性に起因し、ロータ変位に対して流体の圧力応答が遅れることで発生する、というものである。この理論を実験的に検証するために極低温の液体水素を用いた試験をしようとすると、費用や準備期間の面で困難であった。しかし、回転機械の軸方向振動という珍しい現象に対し、理論だけでの説明では説得力が不十分であり、実験的な検証の要請は強かった。何とか簡単に、かつ明瞭に検証できる方法はないか頭をひねり、BP機構を模擬した実験装置を考案した。

実験装置を図4に示す。ピストンはリニアベアリングに支持され上下方向に動くことができ、ケーシング(BP容積部)には穴を空けピストンとの間に2箇所の環状隙間(No1、No2オリフィス)が形成される。No2オリフィス下流に掃除機を設置して吸引することでBP室圧が大気圧よりも低下し、重力により下方に位置しているピストンが上方に浮上する。

図5に、装置を作動させた際の時系列データ(ピストン変位、圧力)を示す。作動条件により、図5下のような自励振動が発現することを確認できた。この装置により、理論的な安定/不安定の予測を実験的に検証し、両者はよく一致することがわかった。

図4 自励振動を検証する実験装置

図5 実験結果(下が自励振動発生時)

流体の圧縮性

いちばんのポイントは、圧縮性を持つ作動流体として空気を用いた点である。当初は、ベース流体を水としBP室に空気を混入させて圧縮性を模擬するなどの試行錯誤を重ねたが、安定して作動させることが難しかった。そんな時、昔海外のトライボロジーの研究者を訪ねた際に「液体水素は圧縮性があるので、圧縮性の大きい常温の気体を用いて実験する」と話していたことを思い出し、空気を用いることにした。これが非常によい結果をもたらし、安定して(というのもおかしな表現だが)不安定化させる=自励振動を発生させることができた。

おわりに

軸方向振動問題に出会ってから十余年、これをテーマに博士論文を書いて博士号をとり、果ては賞まで頂くことができた。望外の喜びである。当初は全くの素人であったが、毛の生えた素人くらいにはなれたかと思っている。研究の機会を与えて下さった方々、また未熟な筆者に根気よくご指導いただいた方々に、深く謝意を表する。


参考文献

(1) 林光昭, 都丸裕司, 川崎聡, 志村隆, 内海政春,バランスピストン機構による軸方向振動の安定性に関する検討,ターボ機械,第41巻,第10号(2013),pp.625-632.

(2) 志村隆,長谷川敏,LE-7液酸ターボポンプの軸推力釣合わせ,日本航空宇宙学会誌,41巻,477号(1993), pp.590-596.


<正員>

平木 博道

◎三菱重工業(株) 液体ロケットエンジン設計課 上席主任

◎専門:ロケットエンジン、ターボポンプ

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