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2023/10 Vol.126

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転ばぬ先の失敗学

第10回 天災天国の日本に住んでいると打たれ強くなる

中尾 政之(東京大学大学院)

日本人は再生遺伝子を持っている

日本は「天災天国」であり、日本人は打たれ強い。地震、津波、噴火、台風、洪水、地滑り、疫病などに会うたびに、大泣きする割には立ち直りが早く、粛々と再生する。例えば、1707年に富士山は宝永大噴火を起こし、東方に降砂して酒匂川の川底を上昇させ、大洪水を頻発させた(1)。小田原藩は復興資金が出せず、藩領を幕領化した。幕府は全国から「諸国高役金」(復興特別所得税のようなもの)として49万両を徴収した。復興対策として、土木技術者の田中丘きゅう隅ぐうは有名な文命堤を作った。つまり図1に示すように、足柄平野に出る直前の酒匂川の流れをジグザグと2回、岩崖にぶつけて勢いを削ぎ、出てからは右岸に大口堤防を築いて導流した。技術者必見である。その後も粛々と工事を続け、噴火から76年後の1783年に、やっと小田原藩に返還された。日本人のDNAには「再生遺伝子」が入っている。

図1 文命堤で洪水の勢いを殺ぐ

2011年の福島第一原発事故でも同じように、放射能汚染土を除去し続けた。環境省は約2.5兆円をかけて、やっと12年後の2023年6月に、総計32,649haの農地から1,351万m3の汚染土を中間貯蔵施設へと搬送し終えた。しかし、この方法は搬送・貯蔵にお金がかかる。その場で除染する方法はないのか?

2013年に筆者は汚染地域の飯館村で、恩師の畑村洋太郎先生と村民の菅野義人氏との「天地返し」プロジェクトを見学した(1)。そこでは、まず、屋敷林の汚染表層を厚さ12㎝だけ剥がして右横に置き、次にそこを深さ60㎝だけ掘って清浄土を左横に置き、最後にその穴へ汚染土を入れてから清浄土を盛った。つまり、汚染表層を60㎝深さに埋め込んだ。表層上の放射線量を測ると10から2μSv/hに減ったが、残念ながら回りの樹木からも放射線が照射されるので激減しなかった。NHKはドキュメンタリ番組で村民の反応を撮影していたが、村民の半数は「国が汚染土を除去すると約束したので、自分たちがわざわざやる必要はない」と冷ややかであった。菅野氏によると自助よりも公助に頼る気持ちは2023年でも強いらしい(2)。確かに村民にとって、放射能汚染は東電起因の未曾有の「天災」であり、公助を求めるのは自然の流れである。

2013年に筆者は畑村先生の鞄持ちとして、当時の谷垣禎一法務大臣と石原伸晃環境大臣に天地返しを陳情した。自民党が2012年に政権奪取したのに、両者とも「民主党政権が決めた中間貯蔵施設搬送の計画を遵守して除染を続ける」とおっしゃった。公助は国家と国民の約束であり、政治家が交代しても守るのが日本のお作法であった。

菅野氏曰く、彼の比曾地区は1780年代の天明飢饉で90から5戸に減じたが、移民招聘や赤子救済で200年かけて94戸に増やした。今回は2017年に除染完了したのに、まだ20戸、それも高齢者しか帰還していないそうだ。ここの住民のDNAの中にも再生遺伝子が刻まれているから、公助の次は自助で再生できるはず。

環境を汚すと膨大な再生費と年月がかかる

2023年7月15日の失敗学会で、香川県の石井亨氏に豊て島しまの産廃不法投棄の話を聞いた。事件自体は知っていたが、関東人にとって遠い異国の事件に見えた。反省。

この事件は天災でなく人災である。豊島に住む松浦庄助氏が産廃で儲けようと企てて、1975年に「ミミズ養殖」の申請を香川県にした。島民は「前科11犯の彼が申請通りにやるはずない」と反対運動したが、当時の前川忠夫県知事は元香川大学学長の人道主義者で、「事業者の生存権は守らねばならぬ」と1978年に許可してしまった。それから1990年に隣県の兵庫県警に強制捜査されるまでの13年間に、松浦氏は予想通りに計画変更して、大量の産廃処理を引き受け、野焼きでダイオキシンを出し続けた。1997年の所沢のダイオキシン問題と経緯は同じであるが、豊島は焼却物がそのまま残って、その総量が凄まじく多い。

島民は1993年に香川県と公害調停を申請した。2000年に合意し、2003年から処理を始め、2023年にやっと91万トンを高温焼却して終了した。香川県は島民が損害賠償しないことを条件に処理費用を出したが、総額は何と817億円。当の松浦氏は廃棄物処理法違反で罰金50万円・懲役10カ月・執行猶予5年の有罪になったが、その後は破産したので損害賠償請求しても無理。香川県は128回も現場指導したが改善させられずに推移し、結局、知事が交替しても前任者が一度決めた方針を遵守し、最後には検査不正までして有害物質を一緒に隠蔽した。

ちなみに、田子の浦の120万トンのヘドロも68億円かけて1981年までの11年間に浚しゅん渫せつし、また、水俣の151万m3の水銀汚染土も485億円かけて1990年までの14年間に浚渫・埋土した。田子の浦と水俣は費用の一部を企業負担したが、豊島はほとんど香川県負担である。神岡鉱山のカドミウムによるイタイイタイ病では、2012年までの25年間に、神通川に沿って1,603haの水田を天地返しした。いずれも有名な環境再生事業であるが、福島の32,649ha・1,351万m3・12年と比較すると、福島は処理量が一桁多いのに処理年数は同じであった。つまり、福島の再生パワーは10倍だったことがわかる。政治家の力。

パンデミックが天災の王様?

2023年現在、世界中でウンザリと思っている天災がCOVID-19であろう。でもデジタルハンターや米国のトランプ元大統領は「武漢ウイルス研究所のコロナウイルス流出」という人災の証拠を今も探している。当該研究所は「雲南省の鉱山から2012年にコウモリ由来のコロナウイルスを採取したが、冷凍保存していただけ」と公式に報告していたが、バイオ兵器として遺伝子操作していたかもしれない・・・。

あとで調査したら、SARS-CoV-2は、すでに2019年9月頃にインフルエンザとして武漢で出現し、11月のイタリアの下水の中でも発見された。局所的なエピデミックは起きただろう。でも12月末に武漢を封鎖できていれば、世界的なパンデミックは防げたかもしれない。その一つの可能性を示したのは、アイ・フェン(艾芬)という中国人女性の救急科主任医師(当時46歳)の手記である(3)。2019年12月16日、彼女が務める武漢市中央病院南京路分院に、華南海鮮卸売市場で働く男性が救急搬送された。30日にこの患者のカルテの中に、アイ医師はコロナウイルスの記載を見て驚愕した。中国の医師ならば、2002年のSARS感染の悪夢を思い出すのである。

さっそく同僚の医師に微信(中国製のLINEもどき)で感染防止を呼び掛ける。どこの国でも医師は倫理観が高く、まず人命救助を考える。でも中国共産党は違った。3日後の1月2日に「人民をパニックにさせるようなデマを流すな」とアイ医師を叱責した。さらに救急科200名にも口止めし、メール・微信を禁止した。あとでわかったことだが、密やかに12月31日にWHO本部は中国出張所からクラスタ発生の報告を受け、同日の武漢・台湾便では機内検疫を開始していた。蛇の道は蛇へびで、アイ医師以外の多くの医師も気付き、周りもできるところから自助努力を始めていた(4)

1月20日に中国の中央政府はヒト-ヒト感染を認めたが、時すでに遅かった。旧正月で人民が国内外に大移動し、病院は患者だらけで崩壊し、23日に武漢市が封鎖された。憤慨したアイ医師は記事を書き、3月10日に雑誌に記事掲載されたが、当局により即座に回収され、インターネットも2時間後に削除された。でも義憤を感じた市民がその記事を国内外に拡散した。ITが発達した現在、情報は隠しても国境を越えてあっという間に広がる。

ところでコロナ禍の損害はいくらか? 命はプライスレスだが、2023年5月9日までに日本では74,694人が亡くなっているので、仮に3000万円ずつ生命保険を払うとしたら2.2兆円である。東日本大震災のときの地震保険の支払額が1.2兆円だったので、同レベルである。別の試算では、実際の医療費は0.4兆円に比べて、濃厚接触者と患者の生産性損失は2.7兆円とそれより大きくなったことがわかった(5)。確かに自宅待機は長かった。そして会計検査院によると、ワクチン接種事業のほうが、2020/2021年度で4.2兆円とさらに大きかった。8.8億回分を用意したのに、実際は3.8億回しか接種していないから、結果的に無駄が大きかったけれど。もっと広げると、休業給付金や産業補助金のようなコロナ予算総額は、2020年度だけでも77兆円になった。こうなると、東日本大震災の復興予算は10年間でたかだか32兆円だから、コロナは1桁大きくなり「天災の王様」になる。


参考文献

(1) 中尾政之, 続々・失敗百選, (2016), 森北出版.

(2)寺島英弥,避難指示解除から6年の飯館村比曾,TOHOKU360(ニュースサイト),2023.5.19.

(3) アイ・フェン,武漢・中国人女性医師の手記,文藝春秋,2020年5月号.

(4) 中尾政之, 脱・失敗学宣言, (2021), 森北出版.

(5) 五十嵐中,「価値ある医療」議論不可避に,日本経済新聞,2023.3.7.


<正員>

中尾 政之

◎東京大学大学院工学系研究科 教授
◎専門:生産技術、ナノ・マイクロ加工、加工の知能化と情報化、
創造設計と脳科学、失敗学

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