Myメカライフ
とある研究者の自分語り

研究についての想いなどを書いて欲しいと依頼されたので、私が何をやってきて今に至るのか、研究に取り組み始めてからこれまでの日々を思い出しながら少し書いてみたいと思います。隙あらば自分語りをしてしまうオタクの悪いクセが出ている文章になっていたらごめんなさい。
私は大多数の機械工学科出身の学生と同様、修士課程修了後に会社員になりました。修士2年生の頃は衝突噴流の流れをひたすら粒子画像流速計(PIV)を使って計測していたのですが、修了直前の1、2月頃に出てきた3次元干渉の可視化結果は個人的に納得のいくもので、コレを世に出さず人に自慢できないのは何か悔しいなと思いつつも就職することになりました。
会社員になってすぐの頃は時間にゆとりがあったので、専門書を読むなど勉強だけは続けていました。でも、環境に馴染めず、仕事にも全く興味が起きないという鬱屈とした日々を過ごし、1年目の最後にはとうとう体調を崩してしまいました。体調を崩してまで無理して働くのは何か違うし、自分のやりたいことをやった方が「精神衛生上絶対に良いよね」という思いが段々強くなり、修士課程の頃の成果を形にするために大学に戻るか、という軽い気持ちで博士課程への進学を決意し、退職しました。
博士課程でも修士課程の頃の研究をそのまま続けるつもりでいたのですが、各方面から「新しいことをやらないと意味がない」というありがたいご意見をいただき、かつての研究成果を論文にまとめつつ、研究テーマを模索する日々が始まりました。
博士課程でも3次元計測にはこだわり、所属していた研究室の研究対象に合わせて、計測対象を界面やマイクロスケールに、という感じであれこれ考えました。そして、マイクロ流路内に形成される気液界面近傍の流れをカメラ1台だけで3次元計測する研究を始めることになりました。しかし、「さぁやっていくぞ!」という頃には博士課程の1年目が終わりかけており、そこから紆余曲折を経て、学位取得まで結局3年近くかかりました(最後は30歳実家暮らしの限界無職生活を覚悟していました)。
学位取得後、縁あってJAXAの航空技術部門にポスドクとして採用されました。当時の仕事は航空機の空力性能を風洞試験で調べるもので、研究対象のスケールが一気に大きくなり(レイノルズ数にすると10-3から106にオーダーがシフト)、博士課程の頃は右の写真のように日々顕微鏡を覗く生活をしていた自分からすると当初は戸惑うことが多かったのを記憶しています。とはいえ、スケールが変わってもやることは同じく流れの可視化計測でしたので、風洞試験でも多くの人たちを巻き込みながら長時間に渡ってステレオPIVで何百断面もの速度場を取得し(夏場の試験では風洞内の気温を50℃近くまで上昇させてしまい、その中での作業は本当にしんどかったです)、3次元的に再構築された翼周りの流れと空力制御デバイスの干渉の様子を可視化して「あーでもない、こーでもない」と騒ぐ日々を過ごしました。
その後、コロナ禍の最中に3年間のポスドク任期が終わり、また縁あって東京理科大学に助教として採用され、現在に至ります。今度は複雑流体の3次元計測に手を出しました。これはこれで正直難しく、苦しんでいます・・・。
このように大小さまざまなスケールの流れを3次元的に測る研究をやってきました。ただ、手広くやってきた分、それぞれの研究が中途半端になっている感じは否めません。また、会社員生活よりも長く研究者を続けられているので、自分にはこの職が向いているとは思うのですが、日々目の前のことをこなすので精一杯で、研究者としてこうなりたいという明確な目標をなかなか持てずにいます。とはいえ、同じことをずっとやるのも自分の性分に合わないので、自分の興味の赴くままに面白そうなことを好き放題やっていきたいです。案外、フットワークを軽くあちこち飛び回り、何でも軽いノリでやっていくのが研究を続けられる秘訣かもしれません。

図 博士課程の頃の筆者
<正員>
市川 賀康
◎東京理科大学 工学部機械工学科
◎専門:熱流体計測・制御
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