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2022/10 Vol.125

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特集 超精密加工の最前線

硬脆材料の超精密延性モード加工

閻 紀旺(慶應義塾大学)

研究背景

技術としての必要性と重要性

単結晶シリコン(Si)やゲルマニウム(Ge)、フッ化カルシウム(CaF2)などの光学結晶はサーモグラフィや車載ナイトビジョン、半導体露光装置などのレンズ基板材料として応用されているが、硬くて脆いという性質をもつため、高品質な光学表面に加工することが困難とされてきた。平面や球面などの単純な形状の場合は研磨によって加工することが可能であるが、近年需要が急速に増加している非球面や自由曲面レンズ、マイクロレンズアレイなどの複雑形状の光学部品については有効な加工方法が確立されていない。このような背景を踏まえ、形状制御性が優れている超精密切削技術を用いて硬脆材料を金属のように加工する、いわゆる延性モード加工の研究が多く報告されてきた。この技術が実用化されれば、複雑形状の高精度加工が可能となり、光学デバイス開発において飛躍的な進歩が期待できると考えられる。

加工原理

延性モード加工の必要条件とメカニズム

硬脆材料であっても一定の条件を満たせば、脆性破壊のない切削面を得られるということが古くから知られてきた(1)(2)。そして、延性モード切削を実現するには、いくつかの条件を満たす必要があることも明らかになってきた。1つ目の条件は、超精密加工機の運動制御により1回の切削あたりの切取り厚さをある臨界値以下にすることである。もう1つは、適正な負のすくい角をもつ切削工具を使用することである。たとえば、単結晶Si切削の場合、臨界切取り厚さが0.1μm前後、すくい角の適正範囲が−25~−45°である(3)(4)。これらの条件を満たせば、加工状態は脆性モードから延性モードへ遷移する。すなわち、図1(a)に示すように、切取り厚さが大きい場合、切れ刃前上方の自由表面に近い領域が低応力状態となり、切れ刃先端の応力場は引張応力が支配的となるため、クラックが生じやすくなる。一方、図1(b)に示すように、切取り厚さが小さくなるに従って、低応力部分が減り、切れ刃前方の領域のほとんどは高応力状態になる。また、切取り厚さの減少にしたがって、刃先丸み半径の影響が顕著になり、刃先丸みによる負のすくい角により圧縮応力が支配的になる。有限要素法による単結晶Si切削の応力解析において、刃先前方の圧縮応力は18 GPaにも達していることが明らかになっている(5)。このような高い圧縮応力状態がクラックの発生を抑制し、延性モード切削を可能にする根本的な要因であると考えられる。そして、負のすくい角をもつ工具を用いることにより、摩耗による刃先丸み半径の変化にも影響されずに圧縮応力状態の維持が可能である。

 

図1 切削模式図:(a)脆性モード、(b)延性モード

加工現象

表面性状と切りくず形態

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