名誉員から一言
産学連携で大学の工学系に国際競争力を
1.自己紹介と近況
機械工学の博士課程を1969年に修了後、日本電信電話公社武蔵野電気通信研究所に入所し、コンピュータ産業の勃興期に磁気記憶装置の研究実用化に13年間従事し、その後東工大の助教授・教授として研究・教育に23年間従事した。定年退職後、日立製作所の研究所の技術顧問としてハードディスク装置(HDD)の研究開発に携わり、70歳で退職後、自宅にてパソコンのMATLABを用いて、ヘッド・ディスクインタフェース(HDI)のトライボロジー現象を数理的・統一的に解明する研究を続けている。
卒業研究で、「滑り軸受で支持された回転体の自励振動現象を機械力学的立場から理論化する研究」を通じて、研究者として生きることを決め、修士・博士課程では機械力学、振動学、潤滑理論などの体系を学ぶと共に、学部時代に追求した科学技術論、社会観の延長として、人間社会の経済原理を体系化した資本論も同志達と学んだ。日立退職後も2回の科研費補助を得て、現在までHDIにおけるナノスケールの諸現象のモデル化と数理解析を行い、年間約2編の論文にまとめている。
2.工学分野における産学連携研究の勧め
欧米の研究者に似た上述の経歴をもつ私からの提言は、産学連携研究の勧めである。産学連携というと、「大学人が発案した技術を実用化するため企業と連携する」という意味で推奨されている。しかし、材料物性、生命・バイオ・医学、AI、新エネルギーなどの黎明・興隆分野なら可能であろうが、機械工学という確立された分野では、成功してもニッチな例に過ぎないと思う。私の意味する産学連携とは、産業を支える重要な技術の基本要素の高性能化のための基礎的研究で産学が連携すべきだということである。
1995年に情報記憶研究共同体(SRC)が磁気ディスク業界により組織され、数十人の大学研究者の一人として10年間参加した。HDIとメカ・サーボの2分野で参加したため、毎年500万円程度の委任経理金を得ることができた。大学研究室で多くの大学院学生を研究活動を介して育成するには、基盤研究Bレベル以上の科研費が必要であるが、科研費は申請テーマにしか使用できない。一方、委任経理金はHDDに関する研究だけでなく、他の研究・教育への資金とすることができた。博士学生はもちろん、修士学生であっても国際会議に出張させることもでき、他の基礎研究や博士学生の生活費補助にも使うことができた。またSRCの情報交換会で啓発される博士課程学生は企業が欲しい研究者にもなった。最近、大学の運営交付金が削減され、委任経理金も使用目的が制限されるようになっていると聞いており、大学の貧困化が心配である。
上記の意味の産学連携がないのは、学問の自由とあまりに理想的な産学連携の観念に囚われ、現実の企業体験がないことも要因になっている。米国では企業からの資金導入が不可欠であり、自分の給料のためにも産学連携が行われているが、活躍している大学人は企業経験がある。博士学位を取得した若者は、欧米への留学も必須であるが、同時に日本の先進企業への長期インターンシップも必須と思う。かつて大学が得意とした理論解析問題は、今は汎用ソフトで容易にmulti-physics解析できるようになっている。大学人は先進企業の研究開発を体験し、汎用ソフトやAIでは解けない問題の解明に挑戦すべきである。産業界と大学は、大学人の優秀な頭脳を有効に活用するシステムを構築しなければ日本の大学の工学研究は国際競争力を失っていくだろう。
昨秋World Tribology Congress 2017 北京に参加し、主催者である精華大学の摩擦学国家重点実験室を見学し、設備と陣容の規模に驚いた。また感激したのは、かつて私の研究室で学位を取り、日本電産で5年間スピンドルの研究開発に従事した北京科技大学のF教授と、ポスドク研究生として1年間過ごし、その後トヨタ自動車で2年間ロボット研究に従事し、現在ハルピン工大で宇宙空間機構の研究を行っているR教授の活躍である。強調したいのは大学研究室での基礎学問の蓄積と共に、日本の先進企業での技術開発体験が現在の活躍の礎になっていることである。F教授によると中国の大学研究のシステムは米国と同じで、国からの補助が少ない代わりに企業との連携研究により資金を集め、博士課程学生に給料を支払い、また教官も収入の一部にすることができるそうである。最近働き方改革と副業が議論されているが、最も創造的で自由でなければならない大学人にこそ、自然発生的にインターンシップや産学連携研究が生まれる環境を創ることが、活力と国際競争力を生む道であると思う。
<名誉員>
小野 京右
◎東京工業大学 名誉教授
◎専門:機械力学、トライボロジー
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