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2019/3 Vol.122

【表紙の絵】
未来のファミリーレストラン

小原 芽莉 さん(当時10歳)

私の考えた機械は、これから起きるといわれている「食料危機」を乗り越えられる機械です。バクテリアの入っている機械に昆虫をいれると、バクテリアが昆虫をハンバーグやオムライス、カレーなどの味にします。色々な味になった物が穴からでてきます。最後に羽あり型ロボットが穴から落ちてきた物をお皿にならべてくれます。

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人と機械の新しい関係

重度障害者が遠隔操作ロボットで接客するカフェ「DAWN ver.β」が期間限定オープン

何らかの事情で家から出られない人が遠隔操作するテレプレゼンスロボットを使うことで社会に参画する。そんなコンセプトの「分身ロボットカフェ」が実験的に行われ、多くの注目を集めた。国内外から寄せられた反響は、技術のありようや今後の期待を反映しているように思われる。

取材・文 森山 和道 http://moriyama.com/

 

分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」

■操作者がロボットの不具合をカバー

 (公財)日本財団、(株)オリィ研究所、ANAホールディングス(株)は、(一社)分身ロボットコミュニケーション協会と共同で「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーン・バージョン・ベータ)」を2018年11月26日から12月7日までの期間限定で開いた。

 障害者週間に合わせた取り組みで、これまでは就労の対象として考えられていなかったALS(筋萎縮性側索硬化症)患者や脊椎損傷者などの重度障害者が、ロボットを遠隔操作して、カフェでの接客を行った。

 中心となっているのはオリィ研究所。同社が開発している身長120cmの等身大サイズの分身ロボット「OriHime-D(オリヒメ・ディー)」を約10名の障害者が交代して操作した。ロボットは3台が用いられた。

遠隔操作されるロボットが注文をとり、コーヒーを運ぶ

 

 OriHime-Dは上半身に14自由度を持ち、500g程度の物体を運ぶことができるロボットだ。カメラ、マイク、スピーカーを使って、遠隔からやりとりができる。

 移動には床面に貼られたテープを用いる。ロボットはテープ上しか移動しないので、接客される側も動きの予想が容易で、操作側も操作が単純ですむ。足回りに関しては、同じくベンチャーの(株)猫とロボット社の飯田尚宏らが担当した。

ロボットは床に貼られたテープと角に埋められたRFID(Radio Frequency Identifier)からの方位情報を元に移動する

 

 操作は視線入力装置「OriHime eye」などを用いる。眼や指先しか動かせない重度肢体不自由患者のための意思伝達装置として開発されたデバイスで、ALSの人であっても眼球運動を使ってロボットを遠隔操作することができる。注文は客の側がロボットにメモを挟んで、バックヤードまで戻ったロボットにコーヒーを持たせて運ばせる仕組みだ。

ロボット越しに操作者と雑談を楽しむことができた

 

 ただし、当初はごく単純なシナリオベースで「こう行って、ここで止まって、戻ってくる」といった、ストップ、ゴーのみ指定すれば良いように考えていたが、現場ではさまざまな突発的な出来事もあった。そのため、ロボットを操作するパイロットが手動と自動をこまめに切替えて対応したり、トークで繋いだりすることでトラブルを乗り切った。飯田は「パイロットの方々の驚異的な対応力で運用をカバーしてもらった。対応力はこちらの想定を超えていた」と語る。遠隔操作ロボットならではの利点だったとも言えるだろう。

操作者は「パイロット」と呼ばれる。壁には写真が貼られていた

 

 臨時のカフェとなったのは日本財団のビルの1F。普段はロビーとして用いられている。日本財団は2015年4月から就労モデルの構築と人材育成を二本柱として障害者就労の環境改善を目指す「はたらくNIPPON!計画」プロジェクトを展開している。今回のカフェはこのプロジェクトの一環でもある。

 このほかANAは、ロボティクスやVR技術を組合せた遠隔操作ロボット「AVATAR(アバター)」を利用するサービスを開発しようとしていることから参画した。

■誰もが社会の中での役割を見出せるようにするための技術

 このカフェは一時的な取り組みだったが、2019年に入ってからも、まだネット上で話題となっている。特に海外のSNSでも話題になっているようだ。感想を読むと、臨時ではなく常設の取り組みだと勘違いしている人もいるようだが、概ね肯定的に捉えられているように見える。特に、遠隔操作ロボットを使うことで家から出られない重度障害者が社会参画できるということ自体に驚きを感じている人が多いようだ。

 今回の取り組みは、遠隔操作ロボットを使ったカフェという企画を実現させた(株)オリィ研究所 代表取締役CEOである吉藤健太朗の才能や努力に依る部分が大きい。

(株)オリィ研究所 代表取締役 CEO 吉藤健太朗氏。「オリィ」は吉藤氏の通称。

 

 吉藤は以前、卓上サイズの遠隔操作ロボット「OriHime」を使った「孤独の解消」を強調していた。自身の3年半に及ぶ不登校時代の経験によるものだったという。

会場では卓上サイズの分身ロボット「OriHime」も

 

 それが、2013年にALS患者や頸損患者の方々と出会うことで、すこし方向が変化する。「孤独の解消」を目指すという目的自体は変化していないが、人が孤独を解消するためには、単に遠隔操作のロボットを使ってバーチャル旅行をしたり、学校に行ったりするだけではなく「社会の中での役割を持つ」ことが必要不可欠だと気付いたのだという。つまり、誰かに必要とされているという感覚を持つことが、人には必須だということだ。それが吉藤の言う「社会の中での役割」である。吉藤は意思伝達ツールではなく「意思実現ツール」を作りたいと述べている。

 その取り組みの第一歩が、彼の友人であり、秘書でもあった頸損者の故・番田雄太と語り合っていた夢だった「分身ロボットカフェ」だったというわけだ。より詳細な話について知りたい方は、彼自身の著書他に書かれているので、そちらを読んでもらいたい。

視線入力装置でALS患者であってもロボットを遠隔操作できる

■技術を何にどう使うか

 吉藤は、将来は分身ロボットを使って自分で自分の介護ができるようにしたいと考えている。

 ロボットの遠隔操作自体は、5Gそのほか通信技術の向上もあるので、今後ますます容易になるだろう。高度な人工知能が実現できなくても、人間が遠隔操作できるのであれば、さまざまなタスクを機械を使って行えるようになる。また、対物作業であれば人間一人が機械一台に張り付く必要はない。ときどき面倒を見る程度でいいのであれば、一人の人間が10台のロボットを操って、作業を助けるようなこともできるだろうし、クラウドワークで作業者を随時募集することもできるようになるだろう。

 だが、今回の分身ロボットカフェのような取り組みは、技術だけではできない。同じような趣旨・コンセプトで、いきなり今回の取り組みをやろうといっても、簡単に真似できるものではない。

 そもそも人がついてこないだろう。考えてみてもわかる。これまで人との接触が限られていた人が、ロボット越しとはいえ、いきなりカフェで見ず知らずの人と対話するのは、かなりハードルが高い。今回のオリィカフェは、吉藤や日本財団が、これまで積み上げてきたものがあって、初めて実現できているのである。そういう意味では、かなり属人的なカフェだとも言える。

 オリィ研究所では、2020年に分身ロボットカフェの常設を目指して取り組んでいる。協力企業も募集中だ。

 技術は再現性のある普遍的なものだ。一方で属人的な個性の領域がある。技術自体を何に使うか、その方向性は後者による。両者が重なる領域に未来がある。

(本文敬称略)

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