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2019/3 Vol.122

【表紙の絵】
未来のファミリーレストラン

小原 芽莉 さん(当時10歳)

私の考えた機械は、これから起きるといわれている「食料危機」を乗り越えられる機械です。バクテリアの入っている機械に昆虫をいれると、バクテリアが昆虫をハンバーグやオムライス、カレーなどの味にします。色々な味になった物が穴からでてきます。最後に羽あり型ロボットが穴から落ちてきた物をお皿にならべてくれます。

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名誉員から一言

工学における創造性 その1 -チンパンジーと鏡-

はじめに

春の夜には、大学の本館前の月に映えた桜の老木を眺めながら帰宅するのを楽しみとしていた。退職間近のある日、「老桜を包む月明かり」と「月明かりが織りなす陰影」とが互いに絡み合ってハーモニーを奏でているのに出会い、「かげ(影・景)」という言葉には、通常の「黒い影」という意味に加えて、「月や星の光」という意味があるのを思い出した。

「対する」とは? :オーケストラの例え

工学では、「桜の老木(対象)」と「黒い影の部分(問題点、暗部)」とを対比させるが、これを水平弁証法と呼ぶ。一方、「桜の陰影」と「月の光(発展の契機)」とを対比させる手法を垂直弁証法と呼ぶ。この両者をあわせ持つものが弁証法的一般者である。この手法を、工学における創造性と絡めてお話ししたい。

哲学では「対する」という概念が重要である。オーケストラが「月の光」を演奏するとき、だれが弾いても物理的な音階は「譜面」に一致する。哲学ではこの譜面を「一般者(あるいは普遍)」、演奏者を「個物」と、それぞれいう。演奏される「曲」がすべて異なることから、「譜面」を弾くのではなく、「譜面」に基づいて「自己表現」を行っていることがわかる。これを、「表現のレベルで演奏者たちが相対(あいたい)する」という。工学では、方程式・解法などが譜面で、社会の複雑に絡まった問題をより高い表現レベルで捉え、互いに相対(あいたい)することで解決していく。

科学の基本構造とは?:一般者と個物との矛盾的統一

科学とは、二つの相反する概念を対立させ、その矛盾を弁証法的に解決するプロセスである。その二つとは、(a)変わらないもの(全称命題:例えば応力の平衡方程式)と(b)変わり続けるもの(単称命題:例えばこの瞬間にこの部分の応力は〇〇MPa)である。論理的には、(a)変わらないもの=一般者と(b)変わり続けるもの=個物とが同時に成立することはあり得ない。この矛盾的統一を創造に用いるのが弁証法である。

チンパンジーと鏡:写す鏡と自覚の鏡

有限要素法では、剛性行列[K]を介して、節点変位(個物)と等価節点力(個物)とが互いに関係しあっており、変位と力とは互いに写像関係にある。これを「うつす」と表現する。この時、[K]のことを写す鏡という意味で「うつす媒介者medium」という。[K]の中身は、個物の幾何学的条件や材料定数などに加え、一般者のひずみの適合・力のつり合い条件などが関与していることから、個物と一般者とを含み、かつ媒介者としての固有の役割を演じている。最適化法などでは、基礎方程式や境界条件ではなく、応答行列のみが解析対象となることが、鏡の適用例である。

チンパンジーが鏡に映った虚像を自分と認知することを自己鏡映像認知(self-recognition)と呼ぶそうである。動作の自己随伴性が認知できるのである。人間の場合は、実像と虚像とが存在者的には違うけれど、共に自己であり、かつ「両者を見ている第3の自己」との間には差異を感じている。これを自己認知の自覚(self-consciousness)、あるいは存在論的差異の自覚という(見るものと見られるものとの矛盾的自己同一)。有限要素法などで現れる非自己随伴性の議論などが水平弁証法なのに対して、矛盾的自己同一は垂直弁証法である。先の第3の自己が実像に内在していて、行動の主体となると同時に、回りの状況を超越的に俯瞰している(超越が内在)。その意味で、自覚における鏡の働きはプレーイングマネージャーに例えられる。

格(ただ)すのには鏡が必要:知を致すは、物を格すにあり(格物致知)

人工知能(AI)は解釈はできるものの、プレイヤーとしての実践能力がない。一方、我々は、ただ理解・解釈するだけではなく、敢えてこの世界の困難に立ち向かい、同時に、新しい歴史を創造し続けている。そして、その役割の自覚のもとに、自己を深化させてきた。その結果、現在、弁証法的一般者としての鏡がますます見えない「何か」になってきている。科学の基本構築は、西洋においておよそ2300年前にプラトンとアリストテレスによりなされたが、この「何か」を言い表す述語を人類はいまだ保有していない。感覚、意識、精神の与件に関するこれまでのあらゆる論理が破綻し、次の「無の論理」の先行きが見えてこない、これが現代が直面している問題群の本質である。

ひたすら人に役立つことを:弁証法的一般者の3大契機

弁証法的一般者の3大契機を「光」の働きに例えれば、熱移動による温熱効果(育みと慈しみ)、フォトンによる照らす効果(知恵)、反応を促進するがそれ自身は変化しない光触媒的媒介効果(創造性)、となる。それを「夜桜」に託して:

一人ひとりの ゆめし慈(いつく)しみ さくら歴(ふ)る (個別的内在性)

ひとひらの はなももらさず さす月光(ひかり) (一般的超越性)

月光(かげ)添いて 威容(すがた)を格(ただ)す 老桜(さくら)かな (パラダイムシフト)


 

<名誉員>

中村 春夫

◎東京工業大学 名誉教授

◎専門:安全から安全・安心へのパラダイムシフト、工学における創造性と弁証法

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