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2023/3 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」

学会横断テーマ『少子高齢化社会を支える革新技術の提案』全体像とこれまでの議論

佐久間 一郎(東京大学)

はじめに

少子高齢化社会で社会の活力を維持するために機械工学ができることは何か

学会横断テーマ「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」の活動は2020年に開始し、2021年度・2022年度の年次大会において特別企画を開催した。約3年間の議論を経て、日本機械学会が行うべき活動の提案は、医工学テクノロジー推進会議2022年度委員長の白樫先生の本特集記事(P.28)に詳しく記載されている。ここでは、本横断テーマの議論の背景について、テーマリーダーの私見を述べる。

課題の社会背景

医療・福祉サービスの需給バランスの崩れをどのように防ぐか

国立社会保障・人口問題研究所による2017年段階での推計では、総人口は2040年には高齢者の増加は1割であるが、生産年齢人口が75%程度に減少すると予想されている(1)。このため、将来的には医療福祉サービス資源の需要と供給のバランスが崩れることが危惧される。2020年度の厚生労働白書に示されている意識調査の結果では、「人口減少に伴い、買い物や交通、医療アクセスが不便になることが懸念されるものの、そのまま転居につながるものではない」という国民の意識が報告されている。また人口減少下でも、地域・産業ごとの労働力需給のミスマッチを防ぐとともに、地方に住む若い世代がその地域に住み続けたいとする希望が叶うよう、生活面や雇用面での環境整備を図っていく必要がある。さらに2040年には、人口5千人未満の自治体が全体の約4分の1を占めることが見込まれるなど、医療・福祉をはじめとする公共サービス等へのアクセスが課題となる、と指摘されている(2)

このような医療福祉サービス環境の低下が想定される中で生活の質(Quality of Life:QOL)を維持するためには、人々の健康を維持し、社会参加を可能とする技術開発が不可欠である(図1)

図1 工学技術とQO+(Quality of Life)(3)
人間(ヒト)の生命と生活を支援する技術は生命支援、生活支援、社会活動支援という層で人間のQOLを改善できる可能性を持つ。

本課題に関する機械工学としての学問的問い

生体の生理的な力学特性、ダイナミクスに関する基礎原理を明らかにし、医療福祉機器の開発、疾患科学の進歩にも貢献

機械工学と医学との連携を考えると、診断治療技術開発、福祉用具開発、支援機器開発などの具体的な課題解決への貢献が考えられる。本テーマの企画チームでは、このような医工連携において、機械工学としてどのような学問的な問いがあるのかという議論を行った。

多くの学会において医工連携の重要性が指摘されており、単に「医工連携を推進する」だけでは本会の特徴を出すことはできない。そのなかで、機械学会が扱うべき力学、運動学、熱学分野の視点から生体を取り扱うことが基本となる。単に情報の提示のみで生体に介入するのではなく、何らかの物理的な刺激による生体の応答の解析とモデル化、そして介入を行うという点に、本会の特徴を出すことができるのであろう。

前世紀に急速に発展した分子生物学により細胞機能の解析は飛躍的に進んだ。その集合体の臓器、個体の生理学的な関係の理解はいまだ十分ではないが、細胞・組織に対する力学的刺激がさまざまな生理学的効果を生み出すことを理解し、それを制御することが疾病の解析や診断治療戦略の構築に重要なことが明らかになっている。また、生体の静的な特性に加えて、物理的なダイナミクスを考慮した生体の動的な力学特性を、他の学問分野の成果と関連付けていく研究の重要性が指摘されている。分子、細胞、組織、臓器、個体といった多階層の現象を統合し、さらに生体現象を制御しつつ介入するためには、機械工学的な考察が重要となるであろう。このような視点からの機械工学の生体機能解析と制御の応用例を、本特集において野崎先生が解説されている(本誌P.12)。

我が国の死因は、2020年では1位が悪性新生物(癌など)、2位が心疾患、3位が老衰、4位が脳血管疾患となっている(4)。2位と4位は循環器、血管という血液という流体に関わる疾患であり、生体のダイナミックな特性と密接な関係がある。また、さまざまな治療デバイスの開発が活発な分野である。血流という力学現象を扱うことから、機械工学の貢献が期待される分野であり、日本循環器学会と日本機械学会の連携活動が進められている。

分野融合のあるべき姿

医療福祉分野の分野融合を進めるためには臨床現場の実情を知ることが大切

本特集の真田先生・松本先生(本誌P.7)、井上先生(本誌P.24)の解説にあるように、研究課題の設定ならびに解決手段の検討、研究成果の評価の全てにわたり、現場の現実の状況を深く分析し、課題を抽出することが重要である。これは手術ロボットの開発経緯の解説(本誌P.16)の中で、橋本氏も指摘している。いわゆるニーズ・シーズマッチングの議論であるが、この分野ではニーズ駆動型の研究手法をとることが望ましいと考えられる。しかし、直近の現実的な問題解決手段を機械工学が提案するだけでは、革新的な技術の創出にはつながらない。技術開発の当初から、その技術の可能性を理解する医療者が技術開発担当者と一緒になって開発を進め、その医学的価値や適正な使用方法を明らかにしながら研究開発を進めることが、革新的な医療福祉技術を創出するためには必須である。両方のアプローチの視点から研究開発を進めることが重要であろう。

ニーズ・シーズマッチングの活動の代表的なものとしては、谷下先生が本特集で紹介されている日本医工ものつくりコモンズの活動がある(本誌P.20)。その活動は極めて参考になり、興味深いものである。日本機械学会は日本医工ものつくりコモンズの会員となっており、興味のある方々が積極的に日本医工ものつくりコモンズの活動に参加されることを期待する。また、基礎的な、分野がまだ成立していない課題に対して、他分野の適切なパートナーを探すことは一般的な機械工学者には難しい。関連する医療福祉分野の専門学会と積極的に連携し、本会との連携セッションを設ける、あるいは当該学会から講師を招き、本会の学術集会に連携セッションを設けるなど、本会が積極的に交流の場を設けることが望ましいと考えている。

機械設計の重要性

機械工学による具体的なシステムの実現(シンセシス)においては優れた機械設計が必要

本特集で井上先生(本誌P.24)が指摘されているように「機械工学とはアナリシスとシンセシスが織りなす人と社会を支える学問」である。前述のように、機械工学は生体を理解するという観点から新しい手法を与えるという学問的な位置づけがあるとともに、社会的課題を解決できる素晴らしい技術を供給できるものである。ものつくりを通じて現実のシステムを実現していく研究開発が重要な活動の一つである。そのためには、ヒト・生体がシステムの一部となる医療機器、福祉機器、支援機器の設計手法の体系化、設計学の確立が重要である。医療福祉分野特有の安全性技術の研究開発や、安全性・有効性の科学的評価方法の研究、いわゆるレギュラトリーサイエンスの研究なども、機械工学の新たな研究分野となる。例えば、米国機械学会では医療機器の性能評価に数値シミュレーションを応用する上での考え方をまとめた標準に関する文書を発行している(5)。そしてこのような考え方に従って、医療機器、具体的には補助循環装置の生体内での機能を推定する数値計算モデルの検証と評価の設計にここで示された考え方を活用した例などが報告されている(6)。実験技術的な制約や、生命を扱うという倫理的な観点からある種の障壁が存在する研究分野に、このような新たな手法を提案することは関連分野の発展に大きく貢献すると思われる。

また、学会の大きな業務として、生体に関するさまざまなデータをデータベース化し、研究用に供するという活動が挙げられる。すでにさまざまなヒト臨床データを収集するデータベースの整備が行われているが、力学的な情報を含むデータが必ずしも集積されているわけではない(例えば独立行政法人医薬品医療機器総合機構が運営するMID-NET®がある(7))。日本機械学会としても公的な活動の一環として、関連するデータ集積を進める事業を推進することも議論すべきであろう。

また中学生、高校生を含む若い世代に、従来の機械工学がカバーする分野とは異なる、診断治療用医療機器、人工臓器などの生体機能代行装置、医療福祉機器などの機械工学が貢献できる興味深く、魅力的な新分野があることを示していく必要性も議論の中で指摘された。

まとめ

日本機械学会の中にすでに存在している関連組織と外部の医療福祉分野の学術団体との連携を進め、ニーズ・シーズマッチングの促進等を通じて同分野の活動の活性化を図る

日本機械学会の各部門では、すでにこの課題解決に貢献する研究活動がなされている。しかしながら、部門内での活動、あるいは部門で形成された他分野との連携チャネルを介した融合研究の実施にとどまる傾向があり、より広範な発展のポテンシャルを有効に活用できていないという課題がある。部門間の連携のみならず、関連学術団体との連係を進め、この魅力的で未知への挑戦を含む研究分野へ多くの機械工学者の参画が促進されることを期待している。

今回、日本機械学会における具体的な研究推進策を提案したが、この分野は現在発展中であり、会員諸氏の意見を伺いつつ研究振興に向けた学会活動の在り方について継続して議論していくことが望まれる。

2022年度年次大会 先端技術フォーラム「機械工学分野における少子高齢化社会の課題解決にむけた活動推進」パネルディスカッションの様子
学会横断テーマ『少子高齢化社会を支える革新技術の提案』企画チームメンバー:
佐久間一郎(東京大学)、安藤健(パナソニック)、岩崎清隆(早稲田大学)、太田順(東京大学)、小林英津子(東京大学)、松日楽信人(芝浦工業大学)、山本健次郎(日立製作所)、和田成生(大阪大学)

 


参考文献

(1) 国立社会保障・人口問題研究所:日本の将来推計人口 平成29年推計, (2017),
http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp29_ReportALL.pdf(参照日2023年2月7日).

(2) 厚生労働省:令和2年版 厚生労働白書―令和時代の社会保障と働き方を考える―, (2020),
https://www.mhlw.go.jp/content/000735866.pdf(参照日2023年2月7日)

(3) 土肥健純, 医療福祉における精密工学の役割, 精密工学会誌, Vol.65(1999), pp.489-492.

(4) 厚生労働省:令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/dl/gaikyouR3.pdf(参照日2023年2月7日).

(5) The American Society of Mechanical Engineers: Assessing Credibility of Computational Modeling through Verification and Validation: Application to Medical Devices V V 40 – 2018,
https://www.asme.org/codes-standards/find-codes-standards/v-v-40-assessing-credibility-computational-modeling-verification-validation-application-medical-devices(参照日2023年2月7日).

(6) Santiago, Alfons Butakoff, Constantine Eguzkitza, Beatriz Gray, Richard A May-Newman, Karen Pathmanathan, Pras Vu, Vi Vázquez, Mariano: Design and execution of a verification, validation, and uncertainty quantification plan for a numerical model of left ventricular flow after LVAD implantation, PLoS computational biology, Vol.18, No.6(2022), e1010141.
https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1010141

(7)(独)医薬品医療機器総合機構:MID-NET(Medical Information Database Network),
https://www.pmda.go.jp/safety/mid-net/0001.html(参照日2023年2月7日).


<フェロー>

佐久間 一郎

◎東京大学大学院 工学系研究科 教授

◎専門:生体医工学、医用精密工学、精密工学

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