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2023/3 Vol.126

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特集 学会横断テーマ「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」

手術支援ロボット開発における医工連携と医療現場ニーズの工学的解決方法

橋本 康彦〔川崎重工業(株)〕

はじめに

ロボットを取り巻く環境において、日本は世界有数の産業用ロボットを開発・製造・販売する企業を多く輩出しており、日本製のロボットがグローバル市場の過半数を占めている。

一方、医療用ロボットに目を向けると、米国製のロボットが市場を独占しているという状況にあり、また日本の医療機器の輸入超過額は2019年度時点で約16,000億円となっている(1)。そのため、日本の技術力を用いた国産手術支援ロボットの登場に期待が寄せられていた。

医療ロボットの市場は年々増加し、2025年にはグローバル市場において1兆円を超えていると予測され、その多くは手術支援ロボットが占めると考えられている。

川崎重工業(株)(2)(以下、川崎重工)は、これらの期待に応えるべく2013年に同じく神戸に本社を置き、体外診断機器でグルーバルNo.1のシェアを持つシスメックス(株)(3)(以下、シスメックス)と医療用ロボットを開発・製造・販売していくことを目指す(株)メディカロイド(4)(以下、メディカロイド)を設立し運営してきた(図1)

川崎重工からは産業用ロボットで培った技術力・品質・コスト競争力を、シスメックスからは医療業界で培った医療機器のノウハウ・販売ルートなど持ち寄り、両者の強みを最大限に引き出した取組みを行ってきている。

メディカロイドのミッションは図2の通りであり、「みんな」とは、患者様だけではなく、そのご家族や、医療従事者の方々、関連のある人々全体を表している。

図1 メディカロイドの成り立ち

図2 メディカロイドのミッション

hinotoriTMサージカルロボットシステム

メディカロイドでは会社設立後約1年半をかけてマーケティング活動に専念し、どのような医療ロボットを開発すべきかを検討した。そして2015年に手術支援ロボットを開発することを決定した。その後、5年の年月をかけて開発を行い、2020年8月に国からhinotori™サージカルロボットシステム(以下、hinotori™)(図3)の製造販売承認を取得した。

開発期間中は毎年試作機を開発した。試作機開発は、前半の3年間はコンセプトを固めるために、後半2年は製品の完成度向上のために実施した。

hinotoriという名前は、手塚治虫先生がライフワークとして描かれたマンガ「火の鳥」からいただいている。「火の鳥」は「命」をテーマに描かれており、患者様の命を救う医師の方々をサポートする筆者たちの製品に最適な名前と考え、手塚プロダクションからもご賛同をいただいている。

2020年12月には神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターにて、前立腺全摘除術に使用いただき、hinotori™ を用いた初の手術は無事終了した。

当初は泌尿器科限定での承認であったが、2022年10月には消化器外科、婦人科領域においても追加の承認をいただき、泌尿器科における前立腺、腎臓だけでなく、消化器外科における胃や、結腸、直腸、婦人科における子宮などの手術でも使用が開始された。これまで実施してきた手術数は2022年12月末時点で900を超える。

手術支援ロボットで手術を始めるためには、医師の方々にトレーニングを行っていただき、Certificateを取得していただく必要がある。メディカロイドでは日本内視鏡外科学会の方針に沿ったトレーニングを実施し、トレーニング専用の施設を東京、名古屋、神戸に保有しており、医師の方々にトレーニングを受けていただけやすいような環境を整えている(図4)

図3 hinotori™サージカルロボットシステム

図4 トレーニング施設風景とCertificate

医工連携

前章でも簡単に触れたが、メディカロイドは2013年に会社を設立して以来、約1年半をかけてマーケティング活動を行った。手術支援ロボットを開発する対象の第一候補として考えていたものの、既に上市された製品がある中で、本当にニーズがあるのか、先生方にご意見を伺いたいという思いがあった。

さまざまな先生にご意見を伺った結果、医師の先生方、特に日本の先生方は、手術支援ロボットに対して数多くの要望やアイデアがあることが分かった。例えば、日本人は外国人に比べて体が小さいため、手術器具もより小さいものの方が適していたが、外国製には要望を満たすようなものはなかった。小さな手術器具の開発を要望しても、外国の開発元に聞き届けられることは難しく、フラストレーションを抱えられることも少なくなかったという。どの先生も当初門外漢であった筆者たちを快く受け入れ、いろいろなお話をしていただけた。そして開発開始後も惜しみないご協力をいただいた。こうして筆者たちは手術支援ロボットの開発を実施することを決意したのである。

hinotori™ は、2015年の開発開始以来、ロボット手術の経験者によるフィードバックを得ながら改良を重ねた。2015年から計5台の試作機を製作し、2018年度以降は手術室同等の環境で、試作機を用いて医師や医療スタッフに模擬手術を実施いただき、細かな操作性の改善を行った。承認申請までにフィードバックをいただいた先生方は100名以上にのぼり、国内外の大学や医療機関と連携しながら開発を実施した。

hinotori™ が5年という短い開発期間で開発完了できたのは、医工がスムーズに連携できたためである。前述のとおり、国内外の先生方は本システムの開発に快く協力いただき、時には休日を返上いただいて模擬手術を実施いただいた。特に日本の先生方には、日本の精緻な技術、今までロボット手術を経験されて得た治験やニーズを惜しみなく本システムに注いでいただいた。筆者たちも先生方のニーズをできうる限りシステムに反映すべく、試作機を作りつづけた。時には医工連携がうまくいかず、開発がスムーズに進まないこともあった。先生方は、豊富な医学知識を有しているが、一方で工学知識をお持ちではない。エンジニアは工学知識を持っているが、医学知識はほぼなく、また当たり前であるが手術の経験もない。結果、せっかく先生方のアドバイスやご意見をいただいても、工学的な開発仕様に落とし込むことができず開発が止まってしまうことがあった。しかし、先生方から根気強く評価・アドバイスをしていただき、筆者たちも手術や医療現場の見学などを実施し医学知識を身につけることによって、徐々に先生方のアドバイスやご意見の内容が理解できるようになり、そこからは開発が飛躍的にスムーズに進んだ。

また先生方とエンジニアの継続的なコミュニケーション以外にも、医工連携がスムーズに進んだ要因がある。それはメディカロイドが医療産業都市内に拠点を構えていたことである。図5の通り、メディカロイド本社の隣にあるMeDIP統合医療機器研究開発・創出拠点には、hinotori™ を持ち込んで評価ができる模擬手術室があった。そしてメディカロイド本社の向かいには、臨床の現場である神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターがあった。開発・評価・臨床の拠点が徒歩圏内にあり、この地の利を活かした結果、医学と工学の垣根を越えたスムーズな連携を実現することができた。

図5 メディカロイドのロケーション

医療現場ニーズの工学的解決方法

前述のとおり、手術支援ロボットの開発はマーケットインの考え方を念頭において進めた。

ロボットアームの開発にあたっては、医療従事者の声を数多くヒアリングし、そこから得られた情報を元にどのように設計すべきかを議論した。そしてその結果を試作機に反映し、また医療従事者の方々に確認いただくというサイクルで進めていった。

医師2名の肩幅、腕をイメージしたアーム

従来のロボットを使用しない開腹手術や、腹腔鏡下手術は、医師の方々が手を動かして行う手術であった。そのため、ロボットのアームサイズが人のサイズより大きいと手術室での取り回しや使い勝手が悪くなると考えられるため、アームの太さや長さなどは人の腕に近いサイズとした(図6)

またその配置も医師2名が肩を並べて配置されたような形とし、ロボットを手術室に設置しても助手や看護師、その他のスタッフの作業にも影響がないように配慮した(図7)

各アームは冗長度を持つ8軸の構造として、冗長軸制御を行うことにより、隣り合うアーム間での干渉を低減している。またアーム肘部の側方への移動量にも拘束条件を設けて、幅方向への張り出し量を抑制し、ベッド周辺の助手や看護師にも配慮している(図8)

図6 人の腕をイメージしたアーム

図7 医師2名の肩幅をイメージしたアーム配置

図8 アームの構造

患者近くのスペースを広く確保

hinotori™ では図9に示すようにソフトウェア制御により腹壁の中心であるピボット位置の維持を行うことで、患者腹壁に留置されるトロカールスリーブと呼ばれる筒状の器具を保持する機構を用いていない。その結果として、助手の医師の手元作業空間を広く確保している。

図9 トロカールを保持しない機構

術式に合わせた最適な動作範囲へ移動可能

術式によってロボットに求められる動作範囲は大きく変化する。hinotoriTMではそれぞれの術式に最適な動作範囲を確保できる姿勢へ移動できるように、6軸多関節のポジショナの先端にアームベースを配置し、またアームベースの両端に配置したアームはスライド軸によって横方向への動作範囲を変更できるように設計している。これらによって、外科手術で求められるさまざまな術式に簡単に対応できるようにしている(図10)

図10 さまざまな術式に対応できる機構

まとめ

以上のような特長を持つhinotori™ だが、まだ生まれたばかりであり、これから大きく成長させていくことが望まれている。まず、開発当初からグローバルを視野に入れた開発を行ってきており、米国、欧州、アジア地域など各国で必要とされる法規制に合わせて認証取得を行っていく。また、昨今の社会課題である地方部と都市部の医療格差拡大の改善に向けて、都市部の熟練医が地方部で手術を行う若手医師の指導・支援を行えるようにする遠隔手術システムの開発(図11)を開始しており、神戸大学、藤田医科大学、日本外科学会と実証試験を進めている。さらに、手術時にデジタル情報として得られるロボット動作や、周辺機器の信号を取得してデータベース化し、手術そのものの効率化への助言や、医療技術の向上や伝承に役立てるような取組みも行っていく予定である。

これらの取組みは今後も、さまざまな医師、そして医療従事者の声を反映させながら、医工連携で進めていく。また、手術支援ロボットシステムは多くの技術が結集された高度なシステムであり、一社の持つ技術だけでは成し遂げられない。メディカロイドでは図12のとおり、オープンプラットフォーム体制を敷き、賛同いただける多くの組織とともにhinotori™ を世界に羽ばたかせたいと考えている。

日本は、高度経済成長期からバブル期に至るまで、欧米の自動車や電気機器、コンピュータなどの製品に対し、「追いつけ、追い越せ」の精神で、確固たる技術力をベースに効率化・コストダウンなどを実行し、成長を続け、世界有数の産業技術大国となった歴史がある。川崎重工においても、50年以上のロボット事業の歴史の中で、ユーザのニーズをくみ取り、スピード感を持って製品に反映させることを繰り返し、世界における競争力を培ってきた。今後も、進化を続けるhinotori™ を、外国製が大多数を占める医療用ロボットの市場に風穴を開ける革新性の高い製品として成長させていきたい。

図11 遠隔手術システム

図12 オープンプラットフォーム体制


参考文献

(1) 令和2年薬事工業生産動態統計年報の概要, 厚生労働省, 第39表, 第41表
https://www.mhlw.go.jp/topics/yakuji/2020/nenpo/

(2) 川崎重工業(株) ホームページ
https://www.khi.co.jp/

(3) シスメックス(株) ホームページ
https://www.sysmex.co.jp/

(4) (株)メディカロイド ホームページ
https://www.medicaroid.com/top.html


橋本 康彦

◎川崎重工業(株) 代表取締役社長執行役員

(株)メディカロイド 取締役会長

◎専門:ロボット工学、機械工学

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