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2023/3 Vol.126

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学会賞受賞論文のポイント

光学特性から推定した分極率による低摩擦メカニズムの力学的解明を目指して

梅原 徳次(名古屋大学)

2021年度日本機械学会賞(論文)受賞

ベース油中ta-CNx膜の摩擦時反射分光分析その場観察による低摩擦メカニズムの解明

岡本 竜也, 梅原 徳次, 野老山 貴行,村島 基之

日本機械学会論文集

DOI: 10.1299/transjsme.19-00071


はじめに

持続可能な発展を目指すためには、発電機、自動車、電車などあらゆる機械で更なる運動効率が求められる。エネルギ分野では、熱エネルギから運動エネルギへの変換効率の向上が必要であるが、同様に、摩擦損失の低減が求められる。

従来、非接触での摩擦である流体潤滑においては、摩擦係数が0.01以下の低摩擦が得られていたが、固体同士の接触を伴う境界潤滑では0.04程度が最小であった。しかし、図1に示すように1990年代以降、半導体製造装置の開発に伴いドライコーティング技術が普及し、PVD(物理蒸着成膜法)等で特殊な特性を有する薄膜を機械材料として用いる研究が広まっており、摩擦係数のチャンピオンデータの記録が破られてきている。超低摩擦が期待される代表的コーティングとしてダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)がある。

炭素系硬質膜であるDLC膜は炭素原子を骨格とした薄膜で sp2結合と sp3 結合をあわせ持つアモルファスな構造をしており、構造により軟質にも硬質にもなり表面粗さが小さくできることから耐摩耗で低摩擦な硬質膜として使用が拡大している。

近年、筆者らの研究によって、DLCの中でもsp3 結合の割合が多いta-C(tetrahedral amorphous carbon)膜に窒素を含有したta-CNx(tetrahedral amorphous Carbon Nitride)膜の成膜が行われた。ベース油であるPAO(Poly Alpha Olefin)油中で、窒素を含有することで摩擦係数が半減し、初期境界潤滑状態にありながら0.036の低摩擦係数が得られることが明らかになった(1)。このようなta-CNx膜のベース油中低摩擦メカニズムとしては、摩擦初期に境界潤滑状態であったが、摩擦に伴い油膜厚さの増加と表面粗さの減少に伴い流体潤滑に遷移したことや、境界潤滑状態においてta-CNx膜表面の摩擦に伴うグラファイト化などの構造変化による油性の増加が考えられる。そのため、ta-CNx膜のベース油中低摩擦メカニズムの解明のためには、摩擦界面の油膜厚さ、表面粗さ、構造変化層の種類と厚さをモニタリングし、摩擦係数との関係を明らかにすることが必要である。

図1 超低摩擦への挑戦の変遷

研究手法

油中での超低摩擦メカニズムの解明のためには、固体接触(境界潤滑部)と流体潤滑部のそれぞれの支持荷重を明らかにする第1ステップと、その次にそれぞれの摩擦メカニズムに基づく摩擦係数を明らかにする第2ステップが必要である。このような二つのステップによる摩擦メカニズム解明のためには、摩擦時刻一刻と変化する油膜厚さ、表面粗さおよび表面物性を摩擦界面でその場評価する必要がある。そこで、筆者らは、図2で示すように、反射分光膜計を摩擦装置に組み込み、摩擦界面が異なる光学特性(屈折率n, 消衰係数k)を持つ厚さtを有する層状構造をした光学モデルと仮定することで、サファイア半球で透過した摩擦界面での油膜厚さと表面物性を反射光の分光スペクトルから得た光学特性(屈折率と消衰係数)の解析から明らかにした。このように摩擦時の摩擦界面構造を光学層状モデルから逐次明らかにすることで、遷移する摩擦メカニズムを力学的に完全解明することが可能になることを提案した(2)

図2 反射分光摩擦界面その場評価装置における光学モデル

特に本研究では、ta-CNxへの無極性油PAOのファンデルワールス力が分極率の関数であり、分極率αが屈折率nと消衰係数kの関数であることから、PAO油のファンデルワールス力によるta-CNxへの物理吸着の評価が可能と仮定した。

窒素が非含有なta-C膜、2水準の窒素含有量のta-CNx膜をイオンビーム支援FCVA法で成膜し、PAOベース油中での繰り返し摩擦に伴う摩擦係数の減少過程における油膜厚さおよび構造変化層の屈折率と消衰係数を計測し、それらの関係を明らかにした。その結果、図3に示すようにベース油中繰り返し摩擦で油膜厚さが増加し、それに伴う摩擦係数の減少が見られた。そのため、油膜厚さの増加に伴い境界潤滑から流体潤滑への遷移が低摩擦の一つのメカニズムであることを明らかにした。

次に、何故繰り返し摩擦により油膜厚さが厚くなったかを明らかにするために、ta-CNx膜における屈折率と消衰係数から推定される構造変化層の分極率と油膜厚さの関係を明らかにした。その結果、図4のように油膜厚さとta-CNx膜の構造変化層の分極率は正の相関があり、分極率の増加によりPAO油とのファンデルワールス力による分子間力が高まり、油性の増加に伴い、油膜厚さが増加することを明らかにした。さらにこのta-CNx膜の構造変化層の分極率の増加は、構造変化層のC-Csp2 結合割合の減少を伴うことも明らかにした。

図3 摩擦係数に及ぼす油膜厚さの影響

図4 油膜厚さに及ぼす構造変化層の分極率の影響

おわりに

我々の夢は、力である摩擦力の発生メカニズムを機械学会が得意な力学で明らかすることである。そのために、界面での力に関わる分析を試みているところである。道半ばの挑戦的な研究論文であるが、2021年度日本機械学会賞(論文)をいただき望外の喜びである。共同執筆者諸氏に深く感謝申し上げる。


参考文献

(1) Liu, X., Yamaguchi, R., Umehara, N., Deng, X., Kousaka, H. and Murashima, M., Clarification of high wear resistance mechanism of ta-CNx coating under poly-alpha-olefin (PAO) lubrication, Tribology International, Vol. 105 (2017), pp.193-200.

(2) Nishimura, H., Umehara, N., Kousaka, H. and Murashima, M., Clarification of effect of transformed layer and oil film on low friction coefficient of CNx coating in PAO oil lubrication by in-situ observation of friction area with reflectance spectroscopy, Tribology International, Vol. 113 (2017), pp.383-388.


<フェロー>

梅原 徳次

◎名古屋大学工学研究科

マイクロ・ナノ機械理工学専攻 教授

◎専門:機械工学、トライボロジー、機能表面創成工学

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