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2023/3 Vol.126

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技術ロードマップから見る2030年の社会

第3回_2 バイオエンジニアリング

中西 義孝(熊本大学)

バイオエンジニアリング分野

バイオエンジニアリング部門では、機械工学分野と他分野との連携・融合により、生み出されるトピックスとして「マイクロ・ナノバイオメカニクス:荷重支持組織の再生医療への応用」と「生体低摩擦接合」の2つを取り上げ、2030年の社会を見ていた(1)。本稿では、現段階での実例を取り上げながら、2030年の社会についてレビューを行うことにした。

マイクロ・ナノバイオメカニクス:荷重支持組織の再生医療への応用

荷重支持組織(骨、腱・靭帯、軟骨、動脈など)あるいは力発生組織(筋肉、心筋、消化管など)の形態や機能の維持には適切な力学刺激が必須であることが明らかとなっており、組織再生には力学刺激の考慮が不可欠であるという考えがロードマップに示されていた。

これに関わるものとして、①失われた細胞を新しく生み出し、病気やけがで失われた細胞を補い、損傷部を修復・再生することができる幹細胞(未分化細胞の一種)を患者から採取し、大量に培養(増幅)し、血管や関節に投与する治療法、②成長因子やサイトカイン(周囲の細胞に影響を与えるタンパク質の一種)を産生し、組織修復や抗炎症・除痛を発現させる血小板を患者の血液から分離し、関節に投与する治療法、ならびに③患者の軟骨細胞を培養して欠損部分に移植する再生医療、などが現在行われている。

今後、未分化細胞の分化誘導や生体組織の形態形成(全体の形成だけでなく、血管系の走行なども)と力学環境の関係、細胞分化と組織再生を支配する力学因子、などの解明が進めば、より高い治療効果や患者の負担軽減につながる治療法の発展につながる。

生体低摩擦接合

生物の観察や分析から得た着想を「ものづくり」に活かす科学技術はバイオミメティクス(生物模倣)などと呼ばれている(2)。ロードマップではそのうち、物体表面における接合部分の摩擦に関わるものを取り扱っていた。

現在でもこれに基づいた商品開発・社会実装には枚挙にいとまがない(表1)

生体摩擦接合分野はバイオミメティクスに関わる商品開発・社会実装の一分野である。他分野でも「蛾の目」に学んだ光学系製品が開発されたり、生体または生体群体の運動に学んだロボット制御など、さまざまな分野で研究が進んでいる。

表1 生体摩擦接合に関わる商品開発・社会実装例

国際的な動き

バイオエンジニアリング部門で取り上げた2つのトピック(「マイクロ・ナノバイオメカニクス:荷重支持組織の再生医療への応用」と「生体低摩擦接合」)は生物の観察や分析から得た着想をヒト・生物・環境へ応用するという観点からすれば、広義のバイオミメティクスに入るとも考えられる。2011年に提案、2012年に第1回の総会が開かれたISO/TC266 Biomimeticsでは、バイオミメティクス製品評価の検討、起業や人材育成、バイオミメティクスに関する用語の検討、デザイン手法としてのバイオミメティクスの検討、などが引き続き議論されているようである(3)


参考文献

(1) バイオエンジニアリング部門ロードマップ委員, 技術ロードマップから見る2030年の社会:バイオエンジニアリング, 日本機械学会誌, Vol.119, No.1170, pp.265(2016).

(2) 平坂雅男, バイオミメティクスを取り巻く課題─国際標準化および産業展開を中心として─, 日本知財学会誌, Vol.13, No.2, pp.11-17(2016).

(3) 公益社団法人高分子学会バイオミメティクス標準化国内審議委員会, ISO/TC266 Biomimetics 第 11 回総会の開催について, Newsletter, ISO/TC266 Biomimetics, Issue 9, December(2020).


<フェロー>

中西 義孝

◎熊本大学 大学院先端科学研究部 教授

◎専門:バイオエンジニアリング

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