名誉員から一言
ものづくり強国としての日本のこれから

競争力に優れていたはずの日本が、これからどうなっていくのかと最近よく考える。経済大国として米国に次いで戦後長らく保っていた第2位の地位が、あっという間に中国に追い越された。いずれはインドにも追い越されてしまうであろう。関連して、昨年アブダビで開催された技能オリンピックで日本は惨敗を喫した。また、アジアでトップを続けていた日本の大学が、シンガポール、香港などにランキング上で敗退している。それでも技術だけは世界一であって、どこにも負けないという自負はあった。我が国の技術、特に、ものづくりの技術は世界最高と信じられてきたし、実際もそうであった。
戦後しばらくMade-in-Japanは安物の代名詞であった。しかし、東京オリンピックの数年後、Made-in-Japanは高級品といわれ始めた。Made-in-Japanの意味が180度逆転したのである。Japan-as-Number Oneという本がベストセラーになったこともある。すなわち、ものづくりで日本は世界トップに躍り出たのである。しかし、今世紀に入ると韓国、台湾、中国といったアジア諸国が力をつけてきた。技術的にはともかく、人件費の面で日本の劣勢は否めなかった。このような状況の中で、昨年後半、ものづくりに関係する技術者にとって忘れられない二つの“事件”が起こった。
まずは、複数の大企業のコンプライアンス違反である。例えば、製品の強度や寸法などの検査データを組織ぐるみで改ざんしていたというものである。
技術には、派手な面と地味な面が共存している。前者はロケット打ち上げ、新薬の開発などがある。問題は後者である。具体的には、材料や構造の設計、安全性の確認など、技術としてはどちらかといえば舞台裏から技術の表の面を支える技術のことであり、支援技術とも呼ばれる。派手な面はないがこれがしっかりしないと大変なことになる。シンクロナイズドスイミングは観客席からはきわめて優雅であるが、それを支えるために水面下では選手たちが必死の思いで手足を動かしている。オーケストラでも第一バイオリンが美しい旋律を奏でる間、コントラバスは地味な伴奏を続けており、バス旋律があってこそ第一バイオリンのメロディーが浮き立つ。今回のコンプライアンス違反問題の背景は、「納期を守り、生産目標を達成するというプレッシャーの存在」と分析されている。しかし、できあがった製品の安全・安心や信頼性においてこのような風潮は決して許されない。
二つ目は、新幹線「のぞみ」の亀裂問題である。昨年12月11日、博多発東京行き「のぞみ34号」で、JR西日本の車掌らが30件の異音や異臭を確認したが、名古屋駅で点検するまで3時間以上運転を続けた。台車枠に底面から両側面にかけて計約44センチの疲労亀裂が生じた。運行時間や車両数に余裕が少ないことが背景にあるといわれている。2005年に乗客106人が犠牲になった福知山線脱線事故でも、スピードアップのため余裕時分をゼロにしていたことが問題になった。JR西日本は問題を受けて、運転を続けた要因について、現場社員にかかる定時運行のプレッシャーを認め、異常なしと確認できない場合は、ためらわず停止させる方針を打ち出したが、ダイヤ優先主義からの脱却が容易でないことも浮き彫りになった。
昨年のこれらの“事件”はそれまでに先達たちが延々と培ってきた世界最高のものづくり技術(ものを利用する側の安全技術も含む)というブランドを台無しにしてしまうことに他ならない。我が国の技術全体に対する信頼性の喪失であり、日本全体にとって大きな損失である。
いずれも効率を追い求め利益を追求しようとした結果のことである。企業である以上、利益追求や、少し無理をしてでも、という気持ちは理解できる。しかし、安全や安心を犠牲にすると元も子もなくなることを歴史は教えている。我が国が一流国であり続けるためにも、「安全文化」の基本を産業界・ものづくり現場に徹底させる必要がある。
<名誉員>
矢川 元基
◎東京大学・東洋大学名誉教授、(公益財団法人)原子力安全研究協会会長
◎専門:計算力学、材料力学
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